天ぷらにはソースか醤油か
夕べは、名古屋で仕事関係の忘年会があった。
15人ほどでのミーティングを朝から8時間ほどやったあとなので、
相当疲れていてぐずぐずではあったが、難しい話の後の馬鹿馬鹿しい話は楽しい。
歌舞伎の話やら、社交ダンスの話やら、メンバーのいろんな趣味が暴露されて面白かったが、
中でも盛り上がったのは、天ぷらにはソースか醤油かという話だった。
普通に天ぷらを食べる場合には、天つゆや塩だろうが、
お弁当についてくる海老天一本とかに何をつけるかという話題。
お弁当には、具材によって醤油やソースの小袋が付いてくる。
幕の内だと、大体両方付いてくるので、それをどれに掛けるかで悩む。
で、私は海老天はどっちかというと醤油なのだが、
これがさつまいも天やかぼちゃ天ということになるならばソースだ。
こういう時に、自分と違うセレクトをする相手の選択を
気持ち悪いとか、おかしいとか言い合うくだらなさがなんとも楽しい。
その後は、時節柄お雑煮の話とか、おせちでは何を入れるかとか、
日本でも数少ない、いまも残る地方色豊かな食の話をして盛り上がった。
名古屋という場所も、そうした食の地方性を語るにはいい場所かもしれない。
独特の赤味噌文化やら、ひつまぶしなどに残る地方性が豊かな土地だから。
東京には何でもありすぎて、地方色とか食文化を考えるきっかけを失っていることもある。
世界中のあらゆる料理が料理店として成立し、何でも食べられる街。
そこには、食の洗練も商業化もあるだろうけど、地方色は失われている。
名古屋の食べ物も東京をかなり席巻しているけれど、
世界の山ちゃんよりは●●の方がうまいとか、
味噌煮込みうどんはいいが、味噌煮込みきしめんは邪道だろうとか、
現地でしか聞けない話もあるし、
岐阜や高山や三重の独特の地方文化は一方でまだまだ残っている。
東京からモノを考えるばかりではなく、東京を離れて考えることも大事だなと
仕事とは関係の無い場所で語る言葉から感じた次第である。
15人ほどでのミーティングを朝から8時間ほどやったあとなので、
相当疲れていてぐずぐずではあったが、難しい話の後の馬鹿馬鹿しい話は楽しい。
歌舞伎の話やら、社交ダンスの話やら、メンバーのいろんな趣味が暴露されて面白かったが、
中でも盛り上がったのは、天ぷらにはソースか醤油かという話だった。
普通に天ぷらを食べる場合には、天つゆや塩だろうが、
お弁当についてくる海老天一本とかに何をつけるかという話題。
お弁当には、具材によって醤油やソースの小袋が付いてくる。
幕の内だと、大体両方付いてくるので、それをどれに掛けるかで悩む。
で、私は海老天はどっちかというと醤油なのだが、
これがさつまいも天やかぼちゃ天ということになるならばソースだ。
こういう時に、自分と違うセレクトをする相手の選択を
気持ち悪いとか、おかしいとか言い合うくだらなさがなんとも楽しい。
その後は、時節柄お雑煮の話とか、おせちでは何を入れるかとか、
日本でも数少ない、いまも残る地方色豊かな食の話をして盛り上がった。
名古屋という場所も、そうした食の地方性を語るにはいい場所かもしれない。
独特の赤味噌文化やら、ひつまぶしなどに残る地方性が豊かな土地だから。
東京には何でもありすぎて、地方色とか食文化を考えるきっかけを失っていることもある。
世界中のあらゆる料理が料理店として成立し、何でも食べられる街。
そこには、食の洗練も商業化もあるだろうけど、地方色は失われている。
名古屋の食べ物も東京をかなり席巻しているけれど、
世界の山ちゃんよりは●●の方がうまいとか、
味噌煮込みうどんはいいが、味噌煮込みきしめんは邪道だろうとか、
現地でしか聞けない話もあるし、
岐阜や高山や三重の独特の地方文化は一方でまだまだ残っている。
東京からモノを考えるばかりではなく、東京を離れて考えることも大事だなと
仕事とは関係の無い場所で語る言葉から感じた次第である。