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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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「原爆や戦争、あったらあかん」 被爆した革職人こつこつと働き平和願う 大阪

今も革職人としてこつこつと仕事を続ける森山績さん=大阪市浪速区浪速東2の仕事場で
今も革職人としてこつこつと仕事を続ける森山績さん=大阪市浪速区浪速東2の仕事場で

 下町の片隅で、こつこつと皮革の型抜き作業を続けながら、平和な世の中が続くことを願う革職人がいる。放射性物質を含む原爆後の黒い雨を浴びて被爆者認定を受けている森山績(いさお)さん(82)=大阪市浪速区。今年も例年通り、8月6日はテレビで広島の平和記念式典を見ながら、そっと心の中で犠牲者に手を合わせるつもりだ。

 森山さんは広島市郊外の伴村(現・同市安佐南区沼田町伴)の出身だ。伴国民学校(現・広島市立伴小学校)2年の時、修身の授業中の教室で原爆のピカッという光や、ドンという大きな音に驚いたのを覚えている。爆心地から直線距離で9キロは離れている場所だが、校舎の窓ガラスの一部は爆風で割れ、学校は裏山に児童を避難させた。山の向こうの広島市の方向に、きのこ雲がわいたのを見た。

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