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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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「ゾウに踏まれたように広島壊滅」 インドネシア人被爆者の伝記を長女が出版準備

ハッサン・ラハヤさんの手記と証言を取りまとめ伝記の出版を目指す長女のデデン・ロフマワティさん=ジャカルタで2020年1月13日、中島昭浩撮影
ハッサン・ラハヤさんの手記と証言を取りまとめ伝記の出版を目指す長女のデデン・ロフマワティさん=ジャカルタで2020年1月13日、中島昭浩撮影

 留学先の広島で被爆した後、インドネシアに戻って国会議員になった男性の娘が、父の伝記を出版する準備を進めている。原子野を生き抜いた父から当時の話を聞きながら育った娘は、「核の恐ろしさを伝えたい」と語る。

 男性は2014年に91歳で亡くなったハッサン・ラハヤさん。インドネシア・ジャカルタ在住の長女デデン・ロフマワティさん(56)らがインドネシア語と英語でまとめた伝記の草稿によると、オランダ領東インド(現インドネシア)生まれで、旧日本軍に見いだされ、親日派の指導者を育成する「南方特別留学生」に選抜された。東京での研修後、教育学を学ぶため1945年4月に広島文理科大(現広島大)に入学した。

 「広島の街がクラッカーが割れるように、大きなゾウに踏みにじられたかのように壊滅していた。全ては平らになっていた。あちこちに血まみれで衣服をはだけながら悲痛な叫び声を上げる人々。叫びは遠くこだまし、空に消えていった」

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