はてなキーワード: フェラーリとは
その神社がある地区が高級住宅街で、周辺をついでに散歩するのが正月のルーティーンになっている
マンションは景観条例なのか、高くても4階建てのものしかなく、エントランスがゴツい
大きなマンションだけどバルコニーに仕切りのようなものが見当たらない
一軒家になるとさらにエグゴツい
要塞か城かと思うほどの重厚な塀に50人くらい住んでも窮屈にはならなそうなデカい家が
果てしなくとも思える長いアプローチの先にデンと構えられている
ふんだんに庭木が植えられているけど枯れ葉一枚落ちてないほど手入れが行き届いている
車もマンションの住人がベンツ・BMW・レクサスあたりに対して
フェラーリ・マセラティ・ベントレーなどとさらにランクが高い車がごろごろ
そしてこの地区全体がすごく閑静
都心までそんなに離れていないのに
静寂は金で買うものなんだ
この家でどういう生活送っているのか想像するだけでうらやましくなってくる
下階でバカデカい声で電話してるババァの声きいたりすることなんて
一生涯ないんだろうなぁ
俺もいつかはこんなところに住みたい
金持ちの生活を勝手に想像するのが毎年正月のお決まり行事になっている
いくらくらいするのかと不動産サイトで探してみたけど載ってなかった
きっとマンションは超富裕層だけに情報が提供されて、住宅のほうは建て替えなんだろう
今のところ手にするどころか情報さえ手に入らない
すごい世界だ
小室哲哉は全盛期に極端な**贅沢や浪費**を重ね、財政悪化の大きな要因となりました。主な具体的エピソードは以下の通りです.
飛行機移動時、他の乗客と一緒にしたくないという理由でファーストクラス全席を自腹で買い切り。片道2000万円、往復で4000万円にのぼることもあった。
ロサンゼルスやハワイの豪邸には、フェラーリやポルシェ、2億5千万円の限定ベンツ(CLK-GTR)など希少な高級車を多数所有。
ロサンゼルスやハワイに大豪邸、自家用ジェットを使って東京−ロサンゼルス間を行き来していたとの逸話も。
TRFなど「小室ファミリー」のメンバーにクリスマスで一人1,000万円、計5,000万円現金をプレゼントしたことも。
月210万円の高級マンション滞在、妻への高級品購入、数億円単位の慰謝料支払い。
本人が当時「湯水のように使った」「愛する家族には贅沢をさせたいという思いがあった」と語っており、**金銭感覚の麻痺が深刻な財政悪化と借金・破綻につながった**ことに異論はありません.
横須賀に10年ぐらい住んで引っ越したので良いところと悪いところを書いていく
海が近いので夏場に遊びに行くのは大変良い
そうでなくても土日にふらっとBBQしたりとか、猿島まで行けば非日常感を味わえる
年に2,3回のフレンドシップデーでは米軍基地に入れてアメリカを体感できる
また、米軍基地内の人と仲良くなると通常日でも中に入れて怪しいビールなんかを飲めるので大変楽しい
もともと国立の小児科専門病院?があったらしく、昔から小児科に関しては国内トップクラスの医療が充実している
特に2,3歳までの子は突然熱を出したりするのが24時間いつでも見てくれるので大変助かる
海鮮物が美味しいのはもちろんのこと、野菜系も産地が近いので新鮮で美味い
普通にスーパーに獲れたての魚が刺身になってたりするし食い物は美味い
居酒屋なんかは探せば美味い店がそこそこあるという感じ
ラーメンは大して美味くないし、海軍カレーは普通のカレーなので期待しないように
ただ、いわゆる珍走団が西側(武山辺り)から夜な夜な遊びに来るのがマジでウザい
加えて葉山あたりからフェラーリやランボルギーニに乗ったチャラ男が海岸を走るのでうるさい
昔一度あったのが日教組の集会が開かれたときに右翼連中が押しかけて最悪の状態になった
ちょっと遠出しようと思っても必ず横浜を通らないといけないのだが横浜までが遠い
とにかく交通の便が悪くて日帰りでどこかへ行こうというのがほぼ不可能
交通の便は悪い癖に地味に首都圏への通勤圏内だからか地価が高い
かといって賃貸に良物件があるわけでもないので、どこに住めばいいのかよくわからない
残念ながら今後は観光で売っていくしか無いので産業は何も期待できない
こども憲法川柳優秀賞の作品について、二通りの読み方が成り立つという指摘が出ているので考えてみた。
これは増田個人の意見だけど、最後の助詞が「を」だからこうなるんだと思う。つまり、「あいつも人権を持ってる」という(実際には倒置法で書かれた)文章と「気に食わない」というフレーズのあいだの論理的繋がりが自明ではない。自明ではないがゆえに、解釈Bが生まれる余地がある。
(「人権」を他の語に入れ替えてみると、解釈Bも文章の読解として自然であることがよくわかる。「フェラーリ」に入れ替えてみたら、「俺が持ってるのと同じフェラーリを相手も持ってるのがムカつく」という意味になるはずだ。したがって解釈Bが「誤読」であるという主張はまったく肯んじえない)
仮に助詞が「は」だったらどうなるだろうか。
「あいつも人権『は』持ってる」という文章にすれば、解釈Bは成立しなくなると思う。「人権『は』」持ってるってことは、他のもの(作者からの好意とか)は持っていないけど、最低限人権だけはある、みたいなニュアンスになるけど、それを羨ましがったり、気に食わないと思う余地なんてあるだろうか? そうはならないだろう。よって、解釈Aだけが成り立つということになる。
ただ「は」だとなんかこう……押しが弱い。「を」のほうが川柳としてのキレが良い気がする。解釈の有無を措いといてどっちが良い川柳かって聞かれたら「を」だと思う。それに、解釈Bも成り立ち得るところが元の川柳の奥深さだと思うので、やはり変えない方がいいんだろうな。
っていうかtogetterでもはてブでも、「作者が解釈Aって言ってるんだから解釈Aだけが正解!」って言ってる人が多すぎて、作者の意図だけが唯一の正解とかいったい何十年前の話ですか??? という気分になってしまった。「作者の意図は明白に解釈Aである」ことと「とはいえ解釈Bも成り立つ」ことはふつうに両立するでしょ……
これはちょっと無理があると思う。というのは、「気に食わない」が取る助詞は「が」のことが多いだろうと思うからだ。「あいつのことを気に食わない」よりも、「あいつのことが気に食わない」のほうが日本語としては自然だと思うんだが、どうだろうか。
ただ、「を」でも間違いとはいえない。「あいつが持ってる人権を気に食わない」でも文法的には間違ってないはず。でもやっぱり、なんか不自然なんだよな(「を」だと、「気に食わないなにかがあるのは前提として、それはなに?」という質問への回答っぽくない?)。「あいつが持ってる人権が気に食わない」でしょう、ふつうは……
これ両方の解釈ができるのは意図的だと思うんですよね。どちらか一方に割り切れるほど人間の感情は単純じゃない、という表現でしょ。
いや、「作者の意図」を問題にするなら明白に解釈Aが正解だよ。「作品に込められた思い」で解釈Aに沿った方向での発言をしてるから、解釈Bが生まれるのは予想外だったんじゃないかな(こういう、自分では意図してないのにダブルミーニングになっちゃう構造の文章はなかなか自分では気付けないもの)。この増田では解釈の話をしているから2つの解釈のどっちも正しいよねって結論になってるけど、「作者の意図」を問うのなら解釈Bは明白に間違い。ただ、文学作品を鑑賞する上では作者の意図って別にそんな大事じゃないよね、ってだけ。