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はてなキーワード: Googleマップとは

2026-05-09

俺がロードバイクにハマってた頃は、ヤバい道は走らないって決めてたけどな。

例の自転車青切符自転車界隈がやかましい。

やれ車道を走ったら危ない。

やれ違法駐車で走れない。

とかなんとかかんとか。

まあその通りかもしれないが、わかってるなら自衛策としてヤバい道は走らないという選択があるだろ。

俺が狂ったように自転車乗ってた頃は、まだGoogleマップも思うようにスマホで使えなくて、って頃だったが、

うそうな道は基本的に走らない、という方針で回り道すれば問題はなかったぞ。

なんつっても自転車からな。

幹線道路を走らなくても目的地につけるというの強みじゃないか

それをなんだ、アホの人たちは。

え?ここを自転車で走る気なの?って我が目を疑うようなところを平気で走ってる。

そりゃ身の危険を感じて当然だよ。

え?自転車が走っちゃ駄目って決まってるところじゃないから走ってもいいだろ?

いや、そりゃそうだよ。走ってもいいよ。でもさ、なんでわざわざ危険なところを好んで走るの?

ひとつ隣の道に行けば、生活道路をゆったりと走れるのにさ、なぜわざわざ危険な道を???

からない。自衛をするほうが得だろ。

なんつーの?

そこを走っていいからって、深夜に強盗とか出るようなスラムみたいなところは自転車で走らないだろ?

それと一緒だよ。賢く生きろよ、って思うんだけど、妥協できない人ばかりでおかししか感じないよw

2026-05-07

世界流通するトークン数を節約するために

・彼らがやってるエグいgrep自分の手でやる(コマンドだけリマインドしてくれや一生覚えられん)

・結果キャッシュを行う(あーはい梅田駅の案内ね、これ返しときゃいいから「ガチで無理なんで淀屋橋とかで降りてGoogleマップ見ながら歩いていけ」)(あるいは、ユーザ土地狂った質問文をまともに解釈できる形に直す機構サジェストする機構、というか、お前は文学を学び言語化かいうこまっしゃくれた行為を愛せ)

2026-05-05

街中に20軒ちかく歯医者があるのに予約が取りにくいとことすぐ診てもらえるとこの差が大きい

やっぱリアルクチコミなんかな

Googleマップクチコミだとどこもそんな悪いこと書かれてないけどリアルクチコミ評価が浸透してそう

今行ってる歯医者も周りの人数人から聞いて決めたとこだし

ただここ予約が最短でも1週間後くらいになるのでなかなか利用しにくいんだよね

どこかにすぐ見てくれるかつ上手で痛くなく丁寧にやってくれる夢のような歯医者ねえかな

2026-05-04

anond:20260504014927

結局のところGoogleマップレビューが最強なんスよ

レビュー数50以上で星4以上ならまずハズレはないっスよ

2026-04-29

ジェラートピケでジェラートは買えるのか

ジェラートが食べたくなるタイミングがある。

特に行きつけの店はないのでGoogleマップジェラートと入れて検索する。

すると目に入ってくるのがジェラートピケ。

名前だけ見れば完全にジェラート専門店の風格。むしろ本家っぽいまである

ピケが何かはよくわからないが、ストライキを常にやっているわけでもないだろう。

近場の商業施設に入っている店舗に足を運ぶ。店構えはやけに柔らかい雰囲気でなんだかふわふわしている。

ショーケース的なものを探す。アイスが並んでいるあのガラスのやつを探す。

が、ない。

代わりにもこもこした部屋着みたいなものが大量にある。

色もパステル調で、たしかジェラートっぽいと言われればそう見えなくもないが食べられるものではない。触ると気持ちよさそうだが口に入れるものではない。

ジェラートという単語からここに来たはずなのに、ジェラートが一切ない。

店名に偽りがあるのではないかという気持ちが湧いてくる。

しかし店内は普通に賑わっていて誰もジェラートを探していない(多分)。

スマホを開いて今度は少し冷静に情報を見る。どうやらルームウェアのブランドで、あのふわふわ感をジェラート見立てているらしい。騙された気持ちになる。

だがそこで別の単語が目に入る。ジェラートピケ「カフェ」。

カフェがついている。これはもう完全に食べ物領域だろう。

さすがにここならジェラートがあるはず。名前に二重にジェラートが含まれているようなものだ。

しかしここでまた思考が止まる。ジェラートピケは服屋だった。カフェがついたことで本当にジェラートを扱うのか、それともふわふわした空間ふわふわした何かを出すだけなのか。

ジェラートを名乗りながらジェラートがない前例体験しているので信用が揺らいでいる。自分認識が一番ふわふわしている。

素直に他のジェラート専門店を探せばいい話ではある。だがジェラートピケという単語の引力が妙に強い。検索結果の上にいるだけで選択肢に入り込んでくる。

ジェラートピケでジェラートは買えない。

ジェラートピケカフェなら買える可能性がある。だが確信が持てない。

ジェラートという単語に対する信頼が揺らぎ続けている。

2026-04-25

Googleマップとかあんなに精度いいんだから

指定した駅に近づいたらアラートかけるとか

そういうサービスやってくれてもいいのに

2026-04-19

ナーロッパ世界スカスカに見えてしま理由

なんとなくGoogleマップストリートビューヨーロッパの街並みを見ていた。べつに旅行の予定があるわけでもないのに(そもそもパスポートすら持ってない)石畳の道とか、ゴシック建築が並ぶ通りとか、そびえたつ大聖堂彫刻とかをまじまじ眺めていたらうわスゲーとなってしまった(語彙力)

この辺ってだいたいキリスト教が絡んでるんだろうなーと思う。私はキリスト教に対する学がないから、スケールかい、石すごい、みたいな薄っぺらい感動しかできない。もっと知識がある人だったらもっとちゃんと味わえるのだろうし、教養ってこういうところで要るんだなと思った。教養があれば、これはどういう経緯で誰が作り、どういう意味があって、どんな歴史の上に立っている建物なのか、まで込みで見ているわけで、理解の深さが段違いのはずだ。

でもキリスト教ってちょっと深めようとしただけで世界史だの神話だの美術史だのといった所まで当然のようにつながっていくでしょ。時間が足らんー。途方もない。だから完全理解しようとは思わないのだが、このままずっと石スゴイ彫刻スゴイで終わってたら薄っぺらいままだろうなと思う。

話はズレるんだけど、日本ラノベweb小説に出てくるなんちゃって中世ヨーロッパ風の世界観のことをナーロッパ揶揄されるけど、まあそらそうなるわなーって感じ。

主語デカかもしれないけど、研究者文化人でもない一介の日本人が、キリスト教ってかヨーロッパ世界観をまともにトレースするのはかなり無謀なんだよな。圧倒的に教養が足りない。

から日本という小っちゃい箱庭の中で生み出される作品がなんとなくスカスカで魅力なしに見えてしまうのもむべなるかなと思う。まー、美術館ビデオじゃあないんだから背景の細部なんていちいち重要じゃないでしょってのはわかるし、ただでさえ人手不足の世の中なのに背景にそこまで注力する余裕がないのもわかる。

わかるんだけれどなんというか、それはそれとして現代クリエイター側も消費者側もキリスト教ヨーロッパ世界に対する理解が足りない、またそれを作品の中に精緻に落とし込む技量もない、仮に作り手がそこをうまくやれたとしても、受け手がそれを面白さとして受け取る土壌がどれだけあるのかも怪しい。そんな市場メディアミックスまで含めて何か作ろうとしたって、まあロクなものができませんわな。

みたいな話をチャッピー君にしてみたところ、ナーロッパの点についてはわりと同意してくれた。

あれは単に「日本人にキリスト教理解が足りない」だけではなくて、記号だけ輸入して、生活論理まで輸入していない、という問題に近い気がします。尖塔、石造り、修道院騎士聖女っぽい名前、そういう見た目の部品は並ぶのに、その世界人間が何を恐れて、何を祝って、どう罪を考えて、誰に祈って、死者をどう扱うのか、みたいな底の部分が薄いと、背景がどうしても書き割りっぽくなる。

だって。おーさすが人類の叡智。わかってるねえ。

要はその世界に生きる人間が薄いんだね。

続けてチャッピー君、

でも、背景美術として密度が高いのと、キリスト教ヨーロッパ世界観重力まで感じさせるのは、別です。前者だけなら、思ったよりあります

ということで、(「重力」って表現チャッピー君っぽいよね)

ヴァニタスの手記

ヴァイオレット・エヴァーガーデン

プリンセス・プリンシパル

純潔のマリア

お勧めに挙げてもらった。

早速ヴァニタスの手記を見たら、OPの絵がとってもおフランスなゴージャスな感じでよさげだった。さすが人類の叡智。アニメにも詳しい(でもこれなろうじゃないよな…)

2026-04-16

anond:20260416084544

地方名産がある方がわりと珍しいよな

漫才師が俺の住む街に来た時のつかみのネタ

googleマップ定食屋調べたらいきなりチェーン店しかなかったっていう話題

それでみんな大笑いしてたし

2026-04-12

うっすら希死念慮がずっと横にいる

ご飯は美味しい、好き嫌いは少ない、アレルギーもない、手取り30万以上で地方都市不自由なく暮らしていて、子供時代不登校になるようないじめもとくになく(友人との喧嘩トラブルは人並みにあった)、

兄弟比較されたり、親の求めるレベル(進路とか諸々)の高さや方向性の違い疲弊したこともあるがそれはどの家庭でもあるだろう。

でも希死念慮はいつも横にいる。

30代半ばでも親に愛されているな、という実感もあるし、子供時代に厳しくされたことも親の愛情だったんだなと理解できる余裕がいまの自分にはあるし、私がいま独り身でも友人たちと楽しく過ごしている様子を親も楽しげに見守ってくれている実感がある。

大きな病気は一回したけど寛解状態で再発の恐れもほぼなく、生活に困ってない。

でも希死念慮はいつも横にいる。


仲のよい友人もいて、大人になってからの友だちも複数いる。

ふと連絡して週末会えない?ここに行ってみない?と連絡できる距離感の友人たち。

それでも自分の横に常に希死念慮のようなものがある。

いつからかは分からないけど、一番古い記憶だと小学校の1〜2年生くらいのときに「別に今死んでも良いな」って思った覚えがある。

しか体育か音楽か覚えがないけど何かの実技のテストが嫌で、別に死んでも良いなと思った。続きが気になるアニメや好きなアイドルがいても、それは死んだら関係ないことだから今死んでも別にいいやと。

実際死んでないのでここにいるけど、ずっといま死んでも良いし、するっと痛みなく消えてこの世からなくなれるならそれはそれで良いなって気持ちがずっとある

何か嫌なことがなくても、「そこの門をくぐれば死です〜」と言われたら普通に選択肢に入るような感じ。

大病したときに、これほんとに死ぬのかも?と思って自分の死が人生で最も現実に近づいてきたとき、恐怖よりも終活準備とかを修学旅行出張の準備のように考えれる自分がいた。

なんならわくわくしていたかもしれない。友人集めて生前葬生前贈与フリマとかできるかなとか考えてたのに数ヶ月で元気になってしまった。

悪性腫瘍腫瘍サイズだけでステージ3と言われたが摘出してみたら悪性部分が小さかったので摘出後の念のための抗がん剤をしたらただの元気な人になってしまった)

死にたい」というほど積極的に死に向かって行こうという気持ちはないけど、「死ですか?エスカレーターで下るだけですよ」と言われたらじゃあ行こうかな、くらいの距離感にずっとある

友人たちにはさすがに言いづらいし、みんなたぶんこんなふうに考えてないだろうなと思う。

何かちょっと嫌だな、面倒だなと思う度に、死ねたら楽だな、いま死ねたら楽だろうなと考えてしまうし、そうでなくても楽に選択できるところにあれば考えてふっと流れていきそうな感じ。

来週は友人たちと楽しみの予定がある、好きなアイドルライブは今月末。行きたい場所Googleマップにたくさんピン留めしていて、友だちを誘って旅行しようか、母を誘って行ってみようかと楽しみに考えてる場所がある。

それでも死んでもいいなっていう気持ちが離れていかない。

これは人生もっと楽しいことや夢中になれることがあれば解消されるのか、それとも死ぬまでずっと自分そばで横たわり続けるものなんだろうか。

anond:20260412123000

Googleマップに「個人主観的事実認識評価を示すもので、閲覧者が直ちに信用するものではない」って判決出したんだから裁判官マップもその程度のもんでいいでしょ

なに崇高ぶって捉えてんの

裁判官マップ言及する医者漏れなく全員バカでびっくりする

医学的におかしトンデモ判決を出す裁判官いるから悪いんだ!裁判官マップ批判する弁護士おかしい!」と吹き上がっているか

もしくは「口コミ関係ないんですよねぇ?口コミに影響される裁判官なんていませんよねぇ?」と嫌味を垂れているか、どっちか。

本当に視野が狭いというか、世間知らずというか、馬鹿

特に、「裁判官人間」という言葉や「裁判官本質的不利益を与える職業」という言葉意味を全く理解していないで噛みついている。

まず、人間は不完全なもので、誤りうるというのは、当然の前提だ。

基本的に、裁判官裁判官マップ口コミなど気にしないだろう。判決にも影響させないはずだ。

しかし、そのような世間の声や口コミのような圧力判断に影響を与えてしまうことは、ありうる。残念ながら。裁判官完璧判決を常に出せたら苦労はない。

「だからトンデモ判決を出す裁判官を叩きまくれば医療界に有利になる!裁判官マップ万歳!」

なんて考えている医者は本当に知能テストを受けた方がいい。

トンデモ判決にだけ口コミがつくわけではない。まともな「クレーマー患者を退けた判決」にも口コミがつく。敗訴したクレーマー口コミをつける。低評価がつく。

そういう判決の方がずっと多い。つまり、まともな判決をたくさん出した裁判官に、たくさん低評価がつく。一般人もその評価に影響を受ける。

医学的におかしい主張の口コミなんて影響があるわけない!」

そんなことはない。医学的に正しいか間違っているか、多くの人は判断できない。

まり世間に対しても裁判官に対しても、心理的圧力が働くとしたら、「まともな判断」を歪める方向に働く。

もちろん、少数の不当な判決に対する批判口コミはつくだろう。だが、圧倒的多数になるのは、クレーマーによる裁判官叩きだ。

医師だってGoogleマップで低評価を付けられるのを我慢している!」

医師は良い医療をすれば高評価がつく。キチガイクレーマーから評価を受けることはあるだろうが、基本的には良い行為と高評価が結びつくのが前提だ。

裁判官事情は違う。正しい判決を行っても、かならず一方からまれる。

「うーん、懲役12年の判決を受けたけど、裁判官判断妥当だったから星5です!」なんて考える人はいない。

民事訴訟でも、家庭裁判所でも、常に誰かから不満を持たれ、恨まれる。それは、ジャッジという行為本質だ。

医学的にトンデモ判決を出すから悪いんだ!」

裁判裁判官医者が争っている場ではない。訴えた側と訴えられた側がプレイヤーであり、裁判官審判としてそれをジャッジしているにすぎない。

真実神様しかからない。だから、両方のプレイヤーが手札を並べて、論証していくしかない。論証が下手なら、真実がどうあれ、負ける。

裁判には手続きルールがある。法律に従うと奇妙な結論になることもある。しかしそれはかなり特殊なケースだ。

もちろん、問題のある裁判官はいるし、ミスジャッジは存在する。だが、負けるのは基本的に、手札が弱いかプレイが下手だからだ。

裁判官マップ問題は、それを「審判問題があるから負けた」という一点に収束させてしまうところだ。

裁判官マップ世間圧力裁判官は影響されるべきではない。だが、裁判官人間であり、不完全な存在で、影響されうる。

影響を受けるとき、それは「まともな判決が歪む」という形であらわれる。まともな判決にも低評価つくし、まともな判決の方が圧倒的に多いからだ。

まり裁判官マップが今後影響力を拡大した時、不利益を受けるのは医者の側だ。

そんなことも分からない医者は、本当に救いようのない馬鹿しか言いようがない。竹田レベルだ。

案外、医者がクソバカだから起きた医療事故は想定されるよりずっと多いのかもしれない。

2026-04-05

ホタテ平貝だった

箱根観光地での食事

ホタテサーモン丼を頼んだのだけど、出てきたのはホタテじゃなくて平貝だった。

こういうことするんだなぁって悲しくて文句をいってもしょうがいから何枚か残して出てきた。

そんなんでも1600円とか全然馬鹿にならない値段だったけどね。

インバウンド需要でどうせわからないだろうって感覚なんだろうけど、やっぱり残念だよね。

店内のポスターに「日本海産物応援します」って書いてあった。

応援してるけど国産海産物しか使ってないとは書いてないんだよね。

多分出てきたのも中国産平貝だったんだろうなぁ。

googleマップ料理写真を見ると1年前はちゃんホタテを使ってたみたい。

放っておいても観光バスに乗せられた外国人が続々と連れてこられていて、まともに商売する気持ちがなくなってしまったんだろうな。

芦ノ湖ではもう2度とご飯を食べるのはやめます

2026-03-30

ハイネスな人ほどしょうもないバイトをしておくべきである10の理由

実家金持ちだったり、そんな業種興味ねえわ、俺はそんなとこで将来働かねえわ、というのでバイトをしない人も多いだろうが、そんなお前らこそしょうもない業種のバイトをしておくべきなんである

以下、その理由

1.世の中の人が持つ対人態度の平均値は思っているより低いと実感できる。

2.そしてそういう奴らは、案外お前らくらいの人種に多いと確信できる。

3.そんな奴らの接客をするのは大層腹が立つし、なんでこんな簡単なことができないんだ、とイライラする。

4.あるとき自分もそうなっていないだろうか?と振り返ることができる。

5.どうすれば相手迷惑にならないか考えて動くことができるようになる。

6.どんな仕事でも得意、不得意があり、それは頭の良し悪しに関係ないことを理解できる。

7.まれにクソほど仕事ができないやつに当たってイライラするが、それもしょうがない、とあきらめることができるようになる。

8.一方、ただ仕事ができないのではなく舐めた態度の店員区別できるようになるため、本社クレームを入れることができるようになる。

9.Googleマップのお前が悪いんだろ、という口コミを見分けることができるようになる。

10.結局バイトは大変で、世の中の多くの人がどれだけ苦労して金を稼いでいるかが分かるようになる。

2026-03-22

記憶に残ったのは名前も知らずに入った温室。

その温室は、あとから地図で確かめれば「バーカンコンサバリー」と呼ばれている場所だった。

ロンドンの真ん中で、コンクリートの箱の三階にひっそりと載せられた、ちょっと場違い熱帯雨林

その日の私はロンドンのシティで、あまり気の進まない打ち合わせに向かう途中でした。

Googleマップはいものように、何ひとつ悪びれることなく、私を間違った方向へと導いていく。

細長い路地をいくつか曲がっているうちに、ガラスコンクリートが入り乱れた無表情な建物の谷間に迷い込んでしまった。

ビル風が、誰かの忘れたメールみたいに、足もとをせわしなくすり抜けていく。

時間あきらかに足りていないのに、靴紐だけがほどけていく、そういう午後でした。

やっとのことで辿りついたバーカンセンター入口は、劇場ギャラリー看板でごちゃごちゃしていて、そのどれもが私とは無関係に見えた。

でも、エスカレーターを乗り継いでいるうちに、「Conservatory →」という小さな案内板が、ふと視界の端に引っかかった。

誰かが悪ふざけで貼った冗談みたいに、そこだけ文字温度が違っていた。

私は予定より遅れているくせに、吸い込まれるようにその矢印の方へと歩いていってしまった。

ビジネス・パーソンとしては明らかに失格ですが、旅人としてなら、まあ合格だったのかもしれません。

コンサバリーの扉を押し開けると、空気が一段、体温ごと入れ替わったような気がした。

外の乾いたオフィスの気配が、背中でぱさりと切り落とされる。

中は、湿り気を帯びた別種の時間で満たされていた。

熱帯雨林をそのままビルの三階に引っ越してきたような空間で、シダの長い葉が廊下にせり出し、椰子の影がコンクリートの壁にやわらかい傷をつけている。

ロンドン第二の規模というその温室は、コンサートホールの上に土を盛り、そこに無理やり根付かされた植物たちの、少し騒がしい仮住まいだった。

足を踏み入れると、まず匂いが来る。

土と水と、少しだけ古い配管の匂い

東京地下鉄匂いとはまるで違うが、どちらも人間がこしらえた迷路匂いだ。

その迷路の隙間という隙間からモンステラドラセナバナナの葉が伸びてきて、コンクリート論理に異議申し立てをしている。

彼らは声を持たないが、葉のかたちと光沢で、じゅうぶん雄弁だった。

頭上にはガラス天井が高くかぶさっていて、その下を、ヤシとシダがビルの梁をなぞるように伸びている。

少し離れたところには、乾いた空気一角があって、サボテン多肉植物が、別の惑星の住人みたいな顔でこちらを眺めている。

ロンドンの曇り空から落ちてきた光は、ガラスを透過するあいだに少し丸くなり、その丸くなった光が葉の縁をなぞる。

それは、仕事メールフォルダを三つくぐって届くあいだに、言葉の角を落としてしまうのと、どこか似ていた。

世界は、フィルターを一枚通過するたびに、少しだけ不正確になっていく。

「切羽詰まる」という言葉を、私はいつも、、終電間際の改札といっしょに思い浮かべてしまう。

でもあの日ロンドンで切羽詰まっていたのは、終電ではなく、スケジュール表の余白だった。

会議会議あいだに挟まれた三十分という数字が、じわじわと縮んでいく。

その縮みゆ時間の隙間に、バーカンの温室は、するりと滑り込んできた。

まるで、誰かがエクセルのシートの裏側に、秘密のタブを隠しておいたみたいに。

温室の小径を歩いていると、ところどころに池があって、鯉や草魚が、あまりやる気のない役者のように水の中を一周してみせる。

水音は、遠くから聞こえるコピー機の音に少し似ているが、こちらには紙もインクトナーもいらない。

ただ水が石に触れ、魚が水を押すだけだ。

きっとここも、もともとは劇場舞台装置のために計画された場所なのだろう。

舞台の上では芝居が進み、舞台の上の上では植物が茂り、そのずっと下の地下鉄では人々が愚痴をこぼしながら通勤している。

現代生活というのも、考えてみれば、そう悪くない三段構造劇場だ。

ただ、私たちはふだん、いちばん下の階で、湿気のぬけた顔をして立っている。

たまにエレベーターを乗り違えて、植物の階に出てしまう。

そして、そこで数十分ばかり、誰か別人の人生を借りるようにして時間を過ごす。

そういうことが、一年に一度くらいなら起きてもかまわない。

資料をひもとけば、このバーカンコンサバリーは「ロンドン第二のガラスハウス」とか、「都市型の温室」といった定型句説明されるのかもしれない。

一五〇〇種を超える植物、適切に保たれた気温と湿度、そういう数字を並べることもできる。

でも、あの日の私にとってそれは、名称のない、ただの「迷い込んだ温室」だった。

名前のないものは、たいてい、こちらの心の側に名前要求してくる。

から私は、そこを勝手に「終電間際の温室」と呼ぶことにした。

時間がここだけ、半歩ずれて流れている。

メールは届かないし、上司の声も届かない。

届くのは、少し冷たいガラス越しの光と、換気システムの低い唸りと、落ち葉を掃く係員のほうきの音だけだ。

その音を聞いていると、自分の中の、使いかけのまま放置された感情が、ひとつずつ棚から下ろされていく。

「ああ、私はちょっと疲れているんだな」と、ようやく理解する。

やがて私はスマートフォンを取り出し、現実世界へ逆戻りするための検索をした。

バーカンセンター地図地下鉄の駅、会議室の場所

その過程で、ここが「Barbican Conservatory」と呼ばれていることを知る。

名前を知った瞬間、魔法はすこしだけ弱くなる。

でも、魔法というのは、弱くなったあとに記憶として定着するのだと思う。

そこを出て、再び灰色廊下エスカレーターを乗り継ぎ、午後の会議室にたどり着いたとき、私は十分ほど遅刻していた。

遅刻言い訳として、「すみません、温室に迷い込んでいました」と正直に言うわけにはいかない。

そのかわりに、「エレベーターが混んでいて」とか、「出口を間違えて」とか、いくつかのありきたりな言葉適当に組み合わせた。

それは嘘ではなかったが、真実でもなかった。

真実はいだって、温室の中に置き去りにされてしまう。

ロンドンから戻ってしばらくしても、あの温室のことが、ときどき頭に浮かぶ

メールの返信をしながら、ふと指が止まり脳裏にシダの葉の輪郭がちらつく。

地図アプリを開けば、もう簡単にそこへの行き方はわかる。

飛行機にさえ乗ってしまえば、地下鉄を乗り継いで、エスカレーターを三本と階段を二つ上がって、あのガラス天井の下に再び立つこともできるだろう。

でも、おそらく次に行ったときには、あの日と同じ温室は、もうそこにはない。

温室というのは、建物のことじゃない。

切羽詰まった移動の途中で、ふいに足を止めさせる、あの妙な違和感のことだ。

時間割のセルセルあいだにできる、目には見えない余白。

そこで、なまぬるい湿気と、少し冷たいガラスと、名も知らない葉のかたちが、一時的共犯関係を結ぶ。

その共犯関係に巻き込まれ人間けが、あとからそれを「思い出」と呼ぶ。

バーカンコンサバリーが、世界で二番目に大きなロンドンの温室であることは、きっとそのうち忘れてしまうだろう。

でも、「名前も知らない温室に迷い込んで、会議遅刻したことがある」という事実は、たぶん私の中で、これからも長いあいだ、奇妙なかたちをした記憶の温室として残っていくはずだ。

のしおりをつくるWEBサービスおすすめある?

ざっくりした工程Googleマップでの地図表示、訪問先のURLとかがまとめられて

登録不要他人と共有できるといいんだけど

2026-03-21

にがてな空気

言語化しづらいんだけど、たぶん伝わる人には伝わるやつなので書く。

先に言っておくと、別にその手の店を否定したいわけじゃない。たぶん俺の性格が悪いだけ。あと、単純に相性。

俺が苦手なのは、「この店、生活のためにやってないな」って一瞬でわかる飲食店だ。

30代〜50代くらいのオーナーが、趣味の延長でカフェとかビストロをやってるタイプ実家が太いのか、配偶者が稼いでるのか、前職で貯めたのか、理由は知らない。知らないけど、わかる。あの“焦りのなさ”が、店の空気として染み出てる。

何がしんどいって、まず値段設定が現実と噛み合ってないことが多い。

原価とか回転率とか、たぶん「考えてない」んじゃなくて「考える必要がない」。この立地、この席数、この客単価で、普通にやったら家賃が重いはずなのに、店主だけが軽い顔をしてる。

こっちは勝手計算して勝手に疲れる。たぶん、そういうところがもう負けてる。

あと、こだわりの提示が丁寧すぎる。

○○産の××、△△で修行焙煎がどう、熟成がどう。別にいい。むしろちゃんとしてる。ちゃんとしてるんだけど、説明が「情報」じゃなくて「審査」みたいに感じる瞬間がある。

こっちが味わう前に、先に“理解”を求められる。理解できない側が、なんとなく浅い人間みたいに扱われるやつ。

Googleマップレビュー返信も、だいたい空気が同じだ。

「当店のコンセプトをご理解いただけなかったようで残念です」みたいな、あの丁寧な断絶。言葉は柔らかいのに、距離だけはきっちり取ってくる。レビュー数は多くて数十件、低評価も混ざってる。たぶん、店側はそれすら“選別の結果”として受け止めてる。

内装も、よくできてる。よくできすぎてる。

雑誌に載りそうな、生活感が一切ない空間。清潔で、整ってて、正しい。

でもたまに思う。生活感を排除するのはいいとして、客の“雑さ”まで排除してないか

店主が理想空間を完成させて、客はそこに「入れてもらってる」。居心地が悪いわけじゃない。ただ、居場所こちのものじゃない。

不思議なのは、じいちゃんばあちゃんがやってる個人店は全然平気なことだ。

年金もらいながら惰性で続けてるような定食屋とか喫茶店、むしろ好き。あれは店が暮らしの延長にある。暮らしの中に店がある。

一方で苦手なほうは、店が“暮らし表現”として置かれてる感じがする。生活じゃなくて、ライフスタイル。たぶんその差が、俺には刺さる。


もちろん、悪いことをしてるわけじゃない。むしろちゃんとしてる。経済も回してるし、雇用も生んでるかもしれない。

ただ俺は、あの空間で「丁寧な暮らし」みたいなものを浴びると、なぜか自分が値踏みされてる気分になる。

あなたはこの空間にふさわしい客ですか?」って、誰も言ってないのに、勝手に聞こえてくる。たぶん、聞こえてる時点でこっちの負け。

結局、俺の劣等感問題です。って言っておけば角は立たない。

でも正直、劣等感だけでもない。

あいう店に居心地の良さを感じられる人って、たぶん日常のほうがもう整ってる。俺はそこまで整ってないから、整った空間に入ると、こっちの粗が浮く。そういう話。

……と、ここまで書いておいてなんだけど、たぶん俺は、あの店が嫌いなんじゃなくて、あの店で平気な顔をして座っていられる人間になれない自分が、ちょっと嫌なんだと思う。

2026-03-18

労働しなくてよさそうな人がやってる飲食店が苦手

追記3

https://anond.hatelabo.jp/20260319220620

追記2

妬み?はい、そうですね。

ただ、憧れはベクトルが違うかな。稼がなくても食いっぱぐれないご身分は素直に羨ましいけど。

追記

行きたくなきゃ行かなきゃいい、というのはホントその通りなんだが嫁がこういう店好きなんだよね。

自分ひとりじゃ絶対に行かない。

国道沿いの松屋カレー食ったり、出張先のマクドテイクアウトしてホテルの部屋で一人食らってる瞬間が一番落ち着く性分なので…

以下原文

言語化が難しいんだけど、がんばって書く。

明らかに「この人べつに生活のためにこの店やってないよな」ってわかる飲食店が苦手だ。30代〜50代くらいのオーナーで、なんというか、趣味の延長でカフェとかビストロとかやってるタイプ実家が太いのか、配偶者が稼いでるのか、前職でめちゃくちゃ貯めたのか、理由は知らない。知らないけどわかる。あの空気

何が苦手かって、まずだいたい値段設定がバグってる。原価とか回転率とか絶対考えてない。「この立地でこの席数でこの客単価で家賃払えるわけないだろ」みたいな店。でも本人は全然焦ってない。そりゃそうだよな、別に潰れても死なないんだから

あとメニューにやたらこだわりが多い。○○産の××を使った~、とか、△△で修行した~、とか。いや別にそれはいいんだよ。いいんだけど、それを客にわからせようとしてくる圧がすごい。Googleマップレビューの返信とかで「当店のコンセプトをご理解いただけなかったようで残念です」みたいなこと書いちゃうタイプレビュー数は多くて数十件とかで、1点のコメントもちらほらついてる。

店の内装もそう。やたら雑誌に載りそうなおしゃれ空間で、生活感の排除が徹底されてる。でも客のことは排除してないか?と思うことがある。なんか、店主が自分理想空間を作って、そこに客が入れてもらってる感じがする。

不思議なのは、老人がやってる個人店は全然気にならないんだよな。じいちゃんばあちゃん年金もらいながら惰性でやってるような定食屋とか喫茶店は、むしろ大好き。たぶんあれは生活の延長線上にある店だからだと思う。暮らしの中に店がある感じ。対して苦手なほうは、ライフスタイル表現として店がある感じ。その違い。

別に悪いことしてるわけじゃないのはわかってる。法律にも道徳にも反してない。むしろ経済回してるし、雇用も生んでるかもしれない。でも俺はあの空間に座って「丁寧な暮らし」みたいなものを浴びると、なんかこう、自分が値踏みされてるような気持ちになるんだよな。お前はこの空間にふさわしい客か?って試されてるような。

たぶん俺の劣等感問題です。すみませんでした。​​​​​​​​​​​​​​​​

2026-03-17

anond:20260317120909

かにGoogleマップの低評価口コミはひどいけど、新規順だと気付いてない人も多いことがうかがえるね。日ごろから動物に触れるなどして注意深い人じゃないと見逃すこともありえそうな感じなのかな。

そしてXとYouTubeでは話題になってる様子はないわね。

"日光" "花いちもんめ" - 検索 / X

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"日光" "花いちもんめ" - YouTube

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TikTokInstagram検索性が悪いけどぱっと見はなかった。

2026-03-16

地図が苦手な猫の未来

 タイトルに猫って入れたらみんな読んでくれるかなと思ったからそういうタイトルにした。話の流れとして猫は一応出てくるけど、猫好き(= 人類)にとって嬉しい話としては出てこない。それに関しては先に謝っておきたい。

 私は地図が苦手だ。幼い頃から今に至るまで、地図を読んだり実風景と紐付けたりという行為が、どうも不得手だ。英検二次試験もこれが理由で落ちたことがある。会場に辿り着けなかったのだ。一応、Googleマップなら使える。Googleマップを開けば現在地と向きが自動的にわかから、どこまで歩いてどう曲がれば目的地に着くかということが、迷いなく判断できる。よしんば多少入り組んでいても、Googleマップと睨めっこしながら歩けば確実だ。(歩きスマホ危険だが。)では、どういう意味地図が苦手なのか?地図が苦手だと、どのようなことが起きるのか?

 例えば、道の方角がわからない。大学通学で4年通った道であっても、それが東西南北どの方向に走っているのかわからない。「朝通う時も夕方帰る時も太陽が眩しかたから、大学が東に, 駅が西にあるのだろう」という手間のかかるアナクロ推理を毎回行う必要がある。

 他には、3点以上の位置関係がわからない。つまり、「家から駅」には行けるし、「家から病院」も行けるが、「駅から病院」には行けない。必ず、駅から家に行く道を歩き、家を経由して病院に行かないと、道に迷ってしまう。普通の人なら、家と駅と病院の3点を脳内地図に描き出し、駅から病院に行くなら別の道を使えば直線的に行けて近道だということを必要に応じて判断することができるのだろう。しかしそれを私が真似ようとすると、駅から明後日の方向を右往左往し、駅の裏手に戻り、さらに迷走しながら結局家の近くを通過し、...... ということになる。これでは遠回りどころの話ではない。

 考えてみると、これは「地図が苦手だ」というより、「地図づくりができない」という表現の方が近い気がする。或いは単に「方向音痴」としても良い。こう言うと、周囲の者は決まって「努力が足りない」とか「慣れの問題だ」などと言うのだが、果たして本当にそうだろうか、と思う時がある。方向感覚というのは、そんな表面的なテクニックなのだろうか?そういう疑問は基本的に聞き入れられることはなく、次に聞こえてくるセリフも大体決まっている。「車を運転するようになれば、自然とそういう能力は見につく」と。

 車に乗るのは好きだ。といっても専ら助手席である運転免許は持っているが、やる気も機会も車もないので、”乗るとき”は決まって”乗せられるときである適当なことを喋りながら、ただ車窓を眺める。知ってるような知らないような風景が後ろに流れ、着実に目的地に近づいていく。そして、今見ている風景地図上のどこなのか、ぼんやりカーナビで把握しつつも、しかし全体の道のりのうちどこまで進んでいるのかということまで考えることはない。こどもの頃の家族旅行の道中、当たり前すぎて意識にも上ることのなかったある種の安心感を、未だに享受している。電車に乗るときも、飛行機に乗るときも、基本的には同じ感覚である

 ゴンドラの猫、という話がある。アメリカでかつて行われた心理実験だ。ケージの中に二匹の猫を入れ、一匹を自由に歩かせつつ、もう一匹をゴンドラに乗せる。そのゴンドラは、自由に歩いている猫の動きに応じて動くため、ゴンドラに乗っている猫は絶えず動きつつも、自分意志で動くことはできない。このような環境下で2週間の観察を行ったところ、空恐ろしい結果となった。なんと、ゴンドラの猫は目が見えなくなったのだ。いや、おそらく視力のものが消えたのではなかろうが、外界の視覚刺激に反応しなくなった。意味を成さなくなったのだ。猫はゴンドラから降ろされた後も、自ら歩きはじめることはついぞなかった。

 私はこの話を、大学入学直後の最初講義で聞いた。先生は、「もちろんゴンドラに乗せられて初めて見える景色もあるから、そういう経験大事だけど、最終的には自分で歩いて景色を観に行くことが大切だ」ということを言っていて、なるほどと思った。特に大学というのはそういう教育機関だ。専門的知識を紐解いて教えつつ、それを材料として自ら探求するという大学という場において、先生は「ゴンドラから降りろ」ということを言いたかったのだろう。

 翻って私は、と考える。吾輩はゴンドラの猫である、などといっている場合ではない。いつまでも助手席に座り運転席に座らなかったから実空間地図として脳内意味を成さなくなったのではないか?...... こう考えるとき、言いようのない焦燥感と後悔が渦を巻く。

 これが地図だけの話なら、Googleマップが全てを解決する。そもそも別にから病院に行くにあたって家を経由しようがしまいが、人生とか幸福に大きな影響はない。それでももし本気で解決したいなら、車を運転すればよいのだろう。その意志さえあれば、世界地図能動的に関わっていくなかで、猫であっても失われた視力を取り戻すことはできるはずだ。

 こういった話にも、まだ現実感が感じられない。先ほど、「これが地図だけの話なら、Googleマップが全てを解決する」と書いた。”これが地図だけの話なら”。この仮定が成り立たない場合は?さら根深問題があるなら?

 TwitterYouTubeショート流行は衰えを知らない。指先数センチの動きで、世界中のありとあらゆる情報が画面内に現れては消えていく。あの中毒性は異常だ。平気で数時間が溶けていき、後悔するとわかっていても気付くと開いている。ほとんど手癖だ。そして哀しいかな、費やされる時間ほとんどにおいて、感情は”無”である

 ネットの海、とは言い得て妙だと思う。茫漠たる海。穏やかになぎ、時には荒れ、しかしそれを操るすべは存在しない。四方を見渡せども広がるのは水平線。陸地も灯台も見えない中で、方向感覚というもの意味を成さない。ただたゆたう中で様々な漂流物に辿り着くことができるし、それ以上の体験を海がもたらすことは無いからだ。

 考えるほどに、そんな漂流面白いはずがないという確信ばかり深まる。しかし一方で、快適な浮力で何者をも穏やかに受け止め、ささやかながら恵みをもたらし飽きさせない海から出たくはない。楽しい陸地など簡単には見つからないし、上陸後は歩きまわらない限りは何者も訪れてくれることはない。生物進化歴史もその原点は海である。畢竟、海の方が楽なのだとある生成AIはこの考えについて「ドーパミン中毒」との評を下した。よくわからないがそうなのかもしれない。

 漂流はそれなりに面白く、楽で、苦痛がない。それゆえに、そこを脱する理由がない。地図が苦手でも生きていける世の中で、なぜ苦労して方向感覚を身につける必要があるのだろう?

 こうして、無気力, 無軌道, 無関心なゴンドラの猫が一匹できあがった。猫であれば人が世話をするが、人の世話をするのは何だろうか。私が「人生はなるようになる」と言っているとき、それは肯定的な楽観主義とは異なる意味合いを持つ。外界の動きのことを人生定義していて、そこには意思の介在もなければ後悔もないからだ。究極的に堕落した解脱である

 おそろしいことに、これが最終結である

 成長はない。希望もない。苦しみがないから救いもない。

 私はまだ、ゴンドラの中にいる。

2026-03-12

anond:20260312161136

Geminiさんに聞いてみたで

おっしゃる通り、冷静に考えると不思議存在ですよね。「スピード違反助長しているのではないか?」という疑問は、実は昔から議論対象になっています

結論から言うと、日本でこれらが堂々と売られているのは、「電波を受信するだけの行為違法ではない」という法律解釈と、**「安全運転を促す装置である」という建前(メーカー側の主張)**が並立しているからです。

なぜ許容されているのか、その背景にある主な理由を整理しました。

1. 法律上の「受信」と「妨害」の違い

日本電波法では、飛んでいる電波を受信すること自体基本的自由です。

レーダー探知機オービスが発する電波キャッチして知らせるだけの「受動的」な機器。これはラジオを聞くのと同じ扱いで、規制する法律がありません。

ジャマー(妨害機): 電波を発信してオービスの測定を妨害する機器こちらは電波違反公務執行妨害に問われる可能性が非常に高く、販売使用も厳しく制限されています

2. 「安全運転支援」という建前

メーカー側は、これらを「違反逃れの道具」ではなく**「うっかり速度超過を防ぎ、安全運転サポートする機器」**として販売しています

最近の機種は、オービス位置だけでなく、**「事故多発地点」「ゾーン30生活道路速度制限)」「消防署付近」**などをGPSで知らせる機能がメインになっています

「ここで取り締まりがあるから気をつけよう」と意識させることで、結果的にその地点での減速を促しており、**「速度抑制という警察目的合致している」**という理屈が成立してしまっているのです。

3. 警察側のスタンス

意外かもしれませんが、警察側もこれらを徹底的に排除しようという動きは今のところ見られません。

警察目的は「切符を切ること」以上に「事故を防ぐために速度を落とさせること」です。探知機が鳴ってドライバーブレーキを踏むなら、その地点での安全は確保されたことになります

また、警察は近年、探知機が反応しにくい**「移動式オービス(MSSS等)」や「レーザー式」**への切り替えを進めており、いたちごっこ状態技術的な優位を保とうとしています

4. 公的議論過去の事例

実は、過去国会などで「暴走族速度違反助長するのではないか」と問題視されたことはありますしかし、以下の理由規制には至っていません。

職業選択の自由営業自由: すでに巨大な市場ができあがっており、明確な実害(それによって事故が増えたという統計的証明など)がない限り、一企業販売を止めるのは憲法上難しいという側面があります

海外との違い: フランスオーストラリアアメリカの一部の州など、海外では「所持しているだけで罰金」という国も実際にあります日本世界的に見ると、この手のデバイスにかなり寛容な国と言えます

まとめ

スピードを出したい人」と「それを検知したい人」のグレーな共存の上に成り立っているのが、日本レーダー探知機市場の現状です。最近ではスマホアプリGoogleマップYahoo!カーナビなど)にもオービス通知機能が標準搭載され始めており、専用機としての存在意義はさらに「多機能安全運転モニター」へとシフトしています

2026-03-08

地球温暖化生活コスト上昇する札幌

@エヌ-e7o

1 day ago

今の時代に非冷房なんてあったのか

@keiko-v2x

10 hours ago

基本窓開けると平気だったので。むしろ夏でも肌寒いこともあったくらい。

昔は「今年は一度も30度超えなかったね・・・」「海行きたかった」みたいなこともたまにあるくらいだったのが、今は30度超え当たり前になってきたしね。

てか知り合いや親戚で、エアコンついてる家をまだ見たことないもの

北海道Googleマップ見るとマジで一般住宅に室外機がほぼない。でもそれもいよいよ・・・って感じだね。

東西線東豊線冷房導入へ】札幌市営地下鉄サウナ状態」解消へ!2028年度にも一部車両から開始か_利用者からの苦情143件受けて市が6100万円計上し調査へ<北海道札幌市

https://www.youtube.com/watch?v=pT8xIm-cD-Q

2026-03-01

Android家族スマホを見られても死なないためのプライバシー防衛

プライバシー保護」というと、巨大IT企業によるデータ収集への対抗策として語られることが多いですが、私たち個人にとって、もっと切実で身近なリスクがあります

それは、家族や知人にスマホを覗き見られること」です。

ふとした瞬間に画面を見られたり、あるいは自分の死後にスマホロックが解除されたりしたとき、そこには「誰にも見せたくない自分」が詰まっていますあなた趣味嗜好、行動範囲検索履歴……これらが家族に筒抜けになることは、時として人生に甚大なインパクトを与えかねません。

記事では、生粋Androidユーザーである筆者が実践している、ロック解除状態スマホを渡しても致命傷を負わないための設定」解説します。対象Google PixelAndroid 14/15)およびBraveブラウザです。

前提: ロック解除のPINは他デバイス別にする

まず大前提として、スマホロック解除に使う6桁暗証番号は、iPadPCなど他のデバイス必ず別にしてください。「どうせ同じ番号だろう」と推測されるのを防ぐための最低限の対策です。

1. 鉄壁OS設定(Pixel / Android

まずはOSレベルで「無意識に記録されるデータ」を徹底的に排除します。便利機能の多くは、プライバシーリスクと表裏一体です。

1-1. 位置情報の記録を止める

「いつどこにいたか」は雄弁なプライバシー情報です。Googleマップタイムライン機能は便利ですが、行動を詳細に記録する必要がないならオフにすべきです。

マップ利用時のみ位置情報ONにし、ログとしては残さな運用が最も安全です。

1-2. 予測変換の「うっかり」を防ぐ (Gboard)

人に検索画面を見せて文字入力しようとした瞬間、予測変換に「恥ずかしいワード」が表示される……これこそが最も恐れるべき事態です。Gboardの学習機能無効化し、リスク排除します。

特に「連絡先の候補」をOFFにすることで、連絡先に登録している特定人名などが変換候補に出るのを防げます

1-3. Googleフォトへの自動アップロードを停止

クラウドへの自動バックアップは便利ですが、「見られても良い写真」と「そうでない写真」が混在したままクラウドに上がるのは危険です。写真ローカルで選別し、必要ものだけを手動で上げる運用します。

手動バックアップ方法:

アップロードしたい写真選択し、[今すぐバックアップ](雲のアイコン)をタップするだけです。

また、絶対に見られたくない写真は、Googleフォトとは別のクラウドサービス(後述)に退避させ、ローカル端末からは即座に削除しましょう。

1-4. 電話アプリの「お節介」をオフ

Google電話アプリには、着信番号から店名などを自動表示する機能があります。これは便利ですが、例えば「〇〇クリニック」や特定店舗名などが表示され、着信履歴に残ることで、通院歴や行動が家族に知られるリスクがあります

また、不要ショートメッセージSMS)は定期的に削除しましょう。認証コードや通知SMSには、登録しているサービス名が含まれることがあります

2. ブラウザ通信要塞化 (Brave)

Webブラウザは最もプライバシー情報が蓄積される場所です。ChromeGoogleアカウントとの結びつきが強すぎるため、メインブラウザには「Brave」を使用し、履歴を残さない設定にします。

2-1. Braveブラウザの「終了時全消去」設定

Braveには、アプリを閉じるだけで閲覧データを消去する機能があります。これを使えば、「履歴を消し忘れる」というヒューマンエラーを防げます

2-2. ホーム画面を無機質にする

Braveホーム画面(新しいタブ)には、デフォルトで「トップサイト(よく訪れるサイト)」が表示されます。ここから頻繁にアクセスしているサイトがバレるのを防ぎます

2-3. フォーム自動入力無効化

住所入力フォームなどで、過去入力した住所や電話番号がサジェストされるのを防ぎます

  • 手順:
    • [設定] → [住所とその他]
    • [住所の保存と入力] をOFF

運用のコツ:

ホーム画面にBraveの「プライベートタブ」のショートカットを置いておき、検索時は基本的にそこから開始する癖をつけるとさら安全です。

2-4. Wi-Fiを使い分ける

見落とされがちですが、同じWi-Fiネットワーク家族と共用することにもリスクがあります

同一ネットワーク内では、Cookieトラッキング実装杜撰サービス場合自分スマホで見た商品広告が、同じWi-Fiに繋がっている家族PCタブレットに表示されることがあります。「なんでこんな広告が出るんだろう」と家族不思議に思うパターンです。

筆者は賃貸備え付けの回線家族共用Wi-Fiとは別)をスマホ専用で使っています

3. アカウントID管理の分離

「表の顔」であるメインのGoogleアカウントと、「裏の顔」であるプライベート活動は、完全に切り離して管理します。

3-1. メールアドレスの使い分け

用途に応じてメールアドレスを明確に分けます

メルアドぽいぽい (m.kuku.lu)」の活用:

アクセスするだけで即座にメールアドレスを発行・送受信できるサービスです。アドレス作成時に自分IDパスワードを設定しておけば、いつでも同じメールボックスに再アクセス可能です。メインの受信箱を汚さず、かつ「このサービス登録していること」自体をメインのアカウントから隠蔽できます

注意個人運営サービスのため、サービス終了リスクがあります銀行口座など重要サービス登録には使わないようにしましょう。

3-2. パスキー (Passkey) の積極採用

対応サイトでは、従来のパスワードではなく「パスキー」を使いましょう。

3-3. 「墓場まで持っていく」メモ管理

誰にも見られたくないメモや、裏アカウントID管理はどうすべきでしょうか。

Google Keepなどの標準アプリは、同期の手軽さゆえに家族に見られるリスクが高いです。


まとめ

プライバシー保護とは、巨大企業に対するデータ防衛だけでなく、リアル人間関係」における自己防衛でもあります

利便性を追求すればするほど、私たち情報は端末やクラウドに蓄積され、ふとした拍子に露見するリスクが高まります。全てを隠すのは不便すぎますが、「検索履歴」「写真」「予測変換」という見られたら終わるポイントだけは、鉄壁の守りを固めておきましょう。

この設定が、あなたの心の平穏に繋がることを願っています

2026-02-13

今日は変なジジイに絡まれ

今日さ、チャリで出かけてて普通に道に迷ったんだよね。 一応スマホGoogleマップ見てたんだけど、住宅街で方向感覚バグって「詰んだわ」ってなってた。

そしたら近くにいたおじさんが「どこ行きたいの?」って声かけてくれてさ。 マジで親切な人で、わざわざスマホ一緒に覗き込んで「あー、ここなら次の角を左だよ」って超丁寧に教えてくれてたわけ。

そこに、どっから湧いてきたのか知らんけど、いきなり変なジジイが割って入ってきてマジでビビった。 「ちょっとあなた大丈夫!?」「しつこくされてない!?」とかデカい声で喚き散らしてんの。 おじさんと私の間に強引に割り込んできて、おじさんのこと不審者を見るような目で睨みつけてさ。

は?って感じ。 どうやらナンパとか勧誘から私を助けてやってる正義の味方(笑)のつもりらしい。 こっちはただ道聞いてただけだし、おじさんもポカーンとしてたわ。

マジで空気読めなさすぎてドン引きしたんだけど、あまりにもしつこく喚くからこっちも限界きてさ。 腹立ちすぎて反射的にそのジジイ顔面を思いっきりぶん殴ってやったわけ。

そしたらそのジジイ、「チギュッ!」とかいう謎の叫び声あげて5メートルくらい吹っ飛んでいってマジで草。 あん漫画みたいな飛び方する人間初めて見たわ。

結局おじさん、それ見てビビって逃げるように居なくなっちゃったし。 親切な人を勝手不審者扱いして、善行邪魔して、挙句の果てに私に殴られて吹っ飛ぶとか、マジで何しに来たんだよあのバカ

自分のこと「弱きを助ける私、素敵!」とか思ってたんだろうけど、身の程を知れって感じ。 せっかく道がわかってスッキリしてたのに、あのクソジジイのせいで一気に不快になったわ。 ああい自意識過剰正義マンマジでこの世から消えてほしい。

2026-02-10

anond:20260210213032

わかる

>お店でこっそりサービスしてもらったのを堂々とGoogleマップに書いちゃうみたいな感じ

言いえて妙

アイドルファンになんかしたみたいなやつ

ファン葬式に行ったとかファン行方不明になったから探しに行った(オチ暴力沙汰でパクられてたw)とかさ

全然良い話じゃないよな

お店でこっそりサービスしてもらったのを堂々とGoogleマップに書いちゃうみたいな感じ

「そういうことがあっても良いよね」から「そうするのが当然」みたいに考えが肥大化するのは一瞬だぞ

ただでさえ推し活はストーカー紙一重なんだから

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