はてなキーワード: ラジコンとは
イーロン・マスク「退職後のために貯蓄するのは無意味になるだろう」
もしこれが本当なら大変なことだ。この未来では通貨が意味をなさないので、彼は94兆2000億円の資産を5年以内に放棄するだろう。
信じがたいことだが、お金が必要なくなった世界では、貯金や資産よりもSNSのいいねの数の方が重視される。
スネ夫のラジコンやプラモデルは、それ自体が貴重で高価なため価値を持つが、やがて皆が裕福になり、誰でも買えるようになると
その価値は減衰し、本当にそれが好きな人以外には、何の価値もない、つまらないものになってしまう。
例えばパンが食べられなくて餓死したり、薬が手に入らないという理由で病死することは現代であってもあまり起こらないが、
カフェで朝食をとりたいとか、高価なサプリメントを買いたいという需要はなくならないし、それを供給するためには誰かが仕事をしなければならない。
もしこれを止めたいなら、人間自身がその世界に適応して進化する必要があり、それは10年や20年では達成不可能だ。
わかるだろう?毎日トラックからパンがばら撒かれ、それを拾って食べるだけ。そんな人生は、多くの人にとってあまり魅力的ではない。
春の陽射しが網戸を通して差し込む。父親がレール部分を指さす。「ここが出っ張っているから削ってくれ」。私は黙って見ていた。
彼の指さす先は、網戸の可動部分そのものだった。削れば機能しなくなる。彼は「ちょっとした困難」にすぐ人を頼る。
この癖が、彼の人生を、そして私との関係を、ゆっくりと確実に蝕んでいったのだと、今ならわかる。
水に沈むラジコン
私が小学校六年生のときの話だ。何週間もかけてラジコンカーを組み上げていた。
完成間近になった夜、父は「見せろ」と言った。暗がりの中、私は車体の最終調整をし、父に送信機を渡した。「触らないで」と念を押した。
彼は触った。いや、いたずらした。車体はバックし、深い水たまりにまっすぐ入った。
防水ではない。私は固まった。父は笑っていた。彼は私がキャンキャン騒ぐのを楽しんでいた。
後日、母の叱責で父は謝罪した。窓を開け、寝ている私に投げやりに「悪かった」と叫んだ。
この瞬間、私は「父」という存在を、一個の「人間」として測り始めた。そして、その測定結果は惨憺たるものだった。
父は幼い子ども、特に五歳くらいまでの子に強い興味を示した。無理難題を言って反応を楽しむ。
しかし、子どもが自我を持ち始め、「嫌なものは嫌」と言い出すと、彼の目は瞬く間に曇り、興味は失せた。
彼が求めたのは「思い通りになる関係」だった。それは存在しない幻想だ。だが彼は、その幻想に依存し続けた。
春になると、父は特別なことをした。早起きして私を叩き起こすのだ。
冬はない。春の陽気が、彼の中の何かを騒がせるらしい。「五分で着替えてグラウンドに出てこい」。それができないと、真っ赤な顔をして殴ってきた。
彼は「猶予を与えないこと」が得意だった。自分が起こされるときは、そんなことは一切ないのに。
時は流れ、父は会社で「懲罰人事」と呼ばれる社外出向を命じられた。
当時はリストラの時代ではない。彼は「出向イコールクビ」と二度繰り返し、絶望した。
青森かどこかへ行かされ、そこでは何もせず、無為に時間を過ごし、苦しんでいたと後で聞いた。
不思議なものだ。同じ「出向」という境遇に、私は後に立つことになる。
だが私の感覚は違った。「落ち込んでいたけど、日々の出勤があるからね。なんかできないかなー」そう思った。
二万円のパソコンと、当時としては画期的な低価格ソフトを買い、独学で使いこなした。
そして自作の便利なコマンドを作り、部署のみんなに入れてあげた。面白がられた。
そこに、大手IT企業から来たという男がいた。LANケーブルのこともわからず、私に頼ってきた。仕事から逃げる人だった。
「こんなダメ人間がいるのか」と思った。肩書と実力の乖離。父が会社でやっていたことも、おそらくこれに近かったのだろう。
「暴力で言うことを聞かせ、逆らうと政治をする」。そんな男が、組織の本流から「放逐」されるのは、必然の成り行きだった。
自分で見て、考えて、ためしてみる――この最も基本的なプロセスを、彼は常に他者に投げた。
その癖は、家庭の隅々に染み出ていた。
一緒に旅行に行こうと言い出したかと思うと、電車の中で突然言った。「お前は算数の問題集を持ってきてやる」。
アホかと思った。旅行という非日常の空間に、日常の課題を持ち込む。
彼の頭の中には、私という人間の感情や欲望は存在せず、あるのは「教育する父」という自分自身の役割に没入したいという欲求だけだった。
別の日、彼はテレビのクラシック音楽番組を楽しそうに見終わると、手元を指さして言った。
「ハイ、ここに三十分くらいクラシック音楽」。突然の指令である。私はレコードプレーヤーを持ってくるよう命じられ、むしゃくしゃした。
私だって番組を楽しんでいたのに。彼の「いい気分」は、周囲の人間を突然「自分の情緒的体験の延長」として召喚する許可状になった。
ゴルフの指導もそうだった。一挙一動に大声で口を出し、完全に夢中になる。
彼が夢中になっているのは、私の上達でもない、親子の時間でもない。
それは私のためというより、自分自身の熱狂を演出するパフォーマンスだった。
母方の叔母の話をしよう。彼女の息子は三十五歳でようやく結婚式を挙げた。
その場でマイクを握り、「私は胸がいっぱいです」と泣きながら言った。
私は意外だった。ふつう、結婚式は来賓を労うものだと思うからだ。
だが、これが母方の家系の特徴なのかもしれない、と後になって気づいた。
その叔母もまた、自分の息子が結婚した際、相手の家が存在しないかのような振る舞いを繰り返したという。
母も父と「同じ」だった。私の感情や意思を、一個の独立したものとして尊重するという基盤が、初めからそこにはなかった。
母方の家系には、内輪の感情に強く没入し、その外側の他者を軽視する傾向が流れているようだった。
私は、父方の「支配と幻想」と、母方の「没入と無視」という、二つの異なる「他者不在」のシステムの交差点に生まれ落ちた。
だからこそ、私は両方のシステムから自由な、「外部の観察者」となることを運命づけられていたのかもしれない。
高校生のある日、私はついに父に「やり返した」。長年の理不尽な暴力への反撃だ。
だが私は、顔面は避け、背中から押し倒すという「優しさ」すら守った。
彼は私を殴り返さなかった。代わりに、親戚中に電話をかけ、「息子が父親に暴力をふるった」と言いふらした。
そこで私は、彼の「卑怯」の本質を見た。力の論理で負けるやいなや、たちまち「世間体」や「情の政治」という別の土俵に持ち込む。
会社で「逆らうと政治をする」というのも、まったく同じ手口だったに違いない。
家庭という密室では通用したこの手法が、会社というより広い社会では通用しなくなり、彼は「懲罰人事」という形で社会からも排除されていった。
死の間際の「息子、息子」
父が死の床に就いた時、彼はひたすら「息子、息子」と考え続けていたと聞いた。その話を聞いて、私はなお一層、痛々しい気持ちになった。
なぜそこまで、自分を脱することができないのか。なぜ「最初から存在しなかった幼児」への依存から、一生抜け出せないのか。
彼が求め続けた「息子」は、私ではなかった。自我を持ち、意思を持ち、彼の支配を拒絶し、一個の人間として彼と対峙したこの私ではなかった。
彼が恋い慕ったのは、彼の心の中にだけ存在した「言いなりになる幻想の幼児」だった。私は、その幻想を体現できない「失敗作」として、彼の人生に居続けたのだ。
世間では「生まれてこさせてもらって感謝しなさい」と言われる。だが私は思う。最初から存在していないなら、生の苦しみも何もない。
生まれる前の「私」に、生まれることの恩恵も不利益もない。問い自体が意味をなさない。
父や母は、「子どもを作った」という事実をもって、何かを成し遂げたと思っていたかもしれない。
だが、生物学的な子作りは猫や犬にもできる。なにも偉くない。
本当に難しいのは、その子どもを一個の独立した人格として尊重し、その人生を見守ることだ。
彼らにはそれが決定的に欠けていた。だから「感謝」を求めること自体が、服従の要求に感じられる。
私もうつ病になり、三十年近く貧しい生活を続けてきた。その中で気づいたのは、生きて給料を得ることすら、ある種の犬や猫が「できること」に過ぎないということだ。
社会はそれを「偉さ」の基準にするが、それができないからといって人間の価値がなくなるわけではない。
逆に、それができたからといって、その人が他者を尊重できる人間になるわけでもない。父がそうだったように。
だから私は思う。父のような人は、理想化されたホステスさんに、自分の理想の女性を「乗り移らせ」て、ぼーっと依存するほうがよほど健全だったのではないか、と。
対価を払い、時間を区切り、無辜な他者を傷つけずに、自分の幻想と向き合うことができるのだから。
彼はそうしなかった。代わりに、逃げ場のない家族を、自分の幻想と支配欲の捌け口にした。
網戸のパーツを「出っ張り」と誤認し、削るよう命じたように、彼は現実を歪めて認識し、それを修正する責任を他者に押し付けた。
彼が家庭という密室で、そしておそらく会社という社会で、いかに他者を尊重せず、いかに自己の幻想に依存し、いかにして孤立と排除へと向かっていったかを、誰よりも詳細に証明できる存在だ。
同時に、私は彼の「反対の証明」でもありたい。出向先でパソコンを学び、コマンドを作って笑いをとったように。
網戸のパーツを削るように命じられながら、その誤りを見抜いたように。春の朝の暴力に、「背中から落とす」という自制の反撃で応えたように。
彼が「懲罰」と見た場所で、私は「自分が伸びる材料」を見た。彼が「クビ」と絶望した処遇を、私は「日々の出勤があるから」と現実として受け入れた。
彼が「息子、息子」と幻想にすがった最期のとき、私は「なぜ自分を脱せないのか」と、彼の孤独を見つめていた。
証拠はすべてここにある。水に沈んだラジコン。春の朝のグラウンド。網戸の誤認されたパーツ。親戚に言いつけた電話。
青森での無為な日々。そして、私の中に残る虚しさと、それでも尚、現実と能動的に関わろうとする、かすかな手応え。
子どもはすべて知っている。思う存分にやったことを、一つ一つ覚えている。
私は父の、そして母方の家系の、その「思う存分」の人生の、生きている証明書なのだ。
この証明書に刻まれた文字は、時に怒りに、時に哀れみに、時に深い虚無に染まる。
買ったんか!
そりゃうれしいぞ!
タミヤのラジコンは箱でも見ごたえがあるから飾りつつ、連休とかで気が向いたら作ってみてもいい感じや!
もし作るときは
Item No:74085 のRCツール8本セットがあるとめっちゃ楽!
変に自前の工具使うとネジが合わなくてネジの頭つぶしちゃったりするからね・・・。
何はともあれ、好きな形で楽しんでもらえたら良きだ!
今も再販のアバンテは人気だし、いつか組んでみたいわ・・・(結構な金額だけどw)
エアロアバンテのラジコンはDF-02シャーシっていう初心者⇒中級者向けの樹脂シャーシラジコンなんで、かなり扱いやすくて楽しいぞ!
走り自体も初代アバンテみたいに複雑で重量のあるマシンじゃないのでかなり軽快!
ただ、結構前のシャーシなので破損した時の部品に関してはRCショップの通販とかでアフターパーツが無いとちょい厳しい・・・。
(自分はいちいちそろえるのがめんどくさかったのでエアロアバンテもう一台買って、ボディはフリマアプリで売るみたいなことをしていた・・・)
ミニ四駆と違ってボディは透明なポリカボディなので塗装にはポリカ用のスプレーが無いといけないのもちょっとハードルかもしれない・・。
サーボや受信機、スピードコントローラーは今は中華製の安いヤツが有るのでそれでそろえてもよし、タミヤのファインスペックセットを買ってもよし。
それなっ🫵!!
ワイも、派生シリーズの中では一番アバンテっぽいな、って思った。
って言うかラジコン出てんのかぁ……🤔。
ミニ四駆が先ならラジコンは『エアロアバンテ シニア』やねっ🫵。
12.000円ぐらいせんのかぁ……🤔。
初代アバンテの再販、まだまだ残ってるけど通販は高い事あるからねぇ。
エアロアバンテはARシャーシのエアロミニ四駆ってシリーズのやつだね!
エアロアバンテは派生型の中でも結構アバンテ感あっていいのよねぇ。ARシャーシ自体結構拡張性があるからレースでも使いやすいし、
ちなみにアバンテ系は基本的にラジコン⇒ミニ四駆の流れだからjrっていうのが名前に付くんだけど、
エアロアバンテはミニ四駆が先行で出てからラジコンでエアロアバンテが出たからjrがついてないぞ!
同じパターンだとMSシャーシのアバンテMk.IIとかMk.III、スーパーアバンテとかがあるかな。
まあラジコンとか操縦してみればいいよ。究極的には言語の問題ですらないってことがわかるから。
dorawiiより
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町場まで車で50分、旧村部の人口が1000人を切っいる、もう限界集落どころかそれを突破したような所で看取り民みたいに暮らしてる増田です。
どうもこんんちは。
何故か、ハンターの協会も、森熊協会も、正反対のところ両方が熊の出没はソーラーが原因と言いだしていて、なんかおかしな方向に行きそうな雰囲気だが、まじやめてくれ。
むしろ人と山との間にソーラーを作って、緩衝地帯にするべきだ。風力でも水力でもいいが、そうやって活用するべき。
最近、熊や野生動物の出没で、メガソーラーがやり玉に挙がってるのがどうも気になるんだよね。
むしろ、メガソーラーとか野生動物対策にちょうどいいシステムだと思うんだけど。
どうするかというと、山付けの耕作放棄地や、かつての村落の荒れ地をソーラー発電にする。
その上で、その収益で周辺を整備する。
整備すると言っても家を建てるとかじゃなくて、ロボット・ラジコン草刈り機が歩いて回れる程度に凹凸を均して整備するとか、風水害で崩れないように土留めや排水をきちんと整備するとかその程度でよい。
そうしてくれればかなり広い面積でも守人が一人でメンテを回せる。
そうして山と里の間にソーラーという緩衝地帯を作って、従来は里山が担っていた、人の住む世界と野生動物が棲む世界の間を区別できる訳だ。
里山や畑をソーラーにすることを自然破壊だという人がいるが、これはそこに暮らす人間としてははっきり逆だと言える。
放置されないためにソーラー発電所はかなり有用だ。その金で地域を守っている。
問題は、放置されたところだ。ここがやばい。竹林などになったらもう最悪で、排水も上手くないから大雨などが降るとあっという間に崩れたりする。
かつて人が植えた果樹が残っていたりするとそれも野生動物を呼んでしまうが、放置されてでかくなった木は切るだけでも金がかかる。
里山はほっとくと里山じゃなくなる。単なる山になる。そうなると山と同じ災害が起きるようになる。それは当たり前の話だが、それは人の暮らす町の近くで山と同じ災害がおきるということだ。遠く離れているから関係ないと思うかもしれないが、あなたの近くに流れている川はどこから来ているかとか考えてみてほしい。
経験的に最悪なのが竹林で、古い段々畑で放置するとほぼ崩れる。次が山林に帰る前の荒れた状態が危ない。蔓植物が蔓延るのも厄介。
きちんと植生がついて山になると地盤は安定してくるが、今度は野生動物が住む場所に変わって人間のエリアではなくなる。土砂災害になるよりはマシと植林するという手もあるが、植林しても今度は林業従事者が足りなくてメンテが行き届かない。
そうなってしまうのを、ソーラーを設置することによって、きちんと排水は設置されるようになるし、草刈りなどの整備は最低限であっても森に帰らない程度には行われる。フェンスなどで囲まれる上に食べ物などはないので、適切に処置すれば野生動物には荒らされにくい。
ソーラーは放置されてしまう土地をきちんと利益を上げて、その利益で守っていくと言う商材としては最適なのだ。
実は俺も何カ所かソーラー発電所(メガソーラーではない。規模は事業用としては小規模)の草刈りや除草剤散などのメンテナンスを請け負っている。その意味でこれはポジショントークだが、そう言う施設があるところの近くでは、放置されているところに比べて野生動物の被害は少ないと思う。
そりゃ、かつてそこに人家があった時代に比べたら増えてはいるだろうが、放置よりはかなりマシだ。
再エネを変に敵視するようなことにしないでくれ。単に目立つだけだ。そして目立つということは野生動物に対しても目立つのだから、町と山を隔てるのに適するという事も理解してくれ。
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