はてなキーワード: サカナクションとは
サカナクションの山口一郎さんのお父様が小樽運河の保存運動に関わり市議会議員を勤めていたに
も関わらず、息子の山口一郎さんが無知を装い反戦平和運動を冷笑し否定的に語る思想の持ち主に育ったように
親と子の政治思想は必ずしも一致しない。親の思想に反発して逆の思想に至る子供だっている。
沖縄辺野古の亡くなった女子高校生の父親とその娘さん当人だってそうでしょう。
父親の思想がどうだろうと、娘さんの思想がそれと同じとは限らない。
その被害者個人の事はよく知らないがあくまで一般論として、沖縄の在日米兵による性暴力が治外法権になる現実からは
サカナクションの山口一郎さんのお父様の山口保さん、立憲民主党(2023年当時)の議員と対談してるじゃん
本当にかっこいい人だと思う
【現場の声を聴く】地域の声を活かした政策推進を 木彫職人・山口保さん
https://cdp-japan.jp/news/20230816_6628/amp
国内外から広く観光客が訪れる北海道小樽市。完成してから100年が経つ「小樽運河」が、今もまちのシンボルとして存在する背景には、約50年前に持ち上がった運河埋め立て計画に対し、多くの市民を巻き込んで論争を生んだ「運河保存運動」がありました。 その最前線で活動をした山口保さんに、当時を振り返りながら“未来の”まちづくりについて、おおつき紅葉議員(北海道4区)がお話をお聴きしました。。
木彫工房「メリーゴーランド」代表 http://otaru-merry-go-round.com/
1947年、岐阜県飛騨生まれ。立命館大学法学部中退後、京都日仏学院を経て渡欧。在仏1年ののち、スウェーデンにて移動チボリの看板画工として就労。1975年より小樽市在住。「小樽運河を守る会」幹事会・幹事、ポートフェスティバル創立委員、小樽運河百人委員会創設、代表運営委員および小樽運河五者会談委員、第1~3回小樽・ 雪あかりの路実行委員会事務局長などを歴任。元小樽市議。
ミュージシャンなら音楽で表現しろよというのは当たり前だと思うけど
言い訳くさいのは印象良く無いのもわかる
ブルーススプリングスティーンとか貫いててかっこいいがあれは元からああいうスタイルだし
サカナクションは違うやろ
サカナクションの山口一郎さんってよく知らないから検索してみたけれど、1980年生まれの現在45歳で、お父様は2003年から小樽市議会議員をしていたらしいね。
しかも1970年代から小樽運河の保存運動という政治的活動に関わっていたらしい。
自分語りになるけれど、自分も山口一郎とは同年代で、身内に地方公共団体の議員がいたので、小さい頃から嫌でも政治に興味を持たざるを得ないようになっていたから、山口一郎さんの立場で政治に無知なのはちょっと有り得ないと思う。
年齢的にも45歳と言えば成人年齢の倍以上であり、「これから勉強します」で通る年齢ではなくない?
この経歴を見る限り、どう考えても山口一郎は政治的に無知なのではなく、寧ろ政治をよく知っているからこそ、自民政治に楯突く事が立場を悪くすると分かっていて保身を選んでいるのだろう。全く「誠実」などではないと思うよ。
サカナクション山口一郎さんの父、保さんの話|編集者のこぼれ話⑥
https://note.com/nobunkyou/n/n11e6344b2199
山口保さんは、1947年、岐阜県金山町(現・下呂市)生まれ。ヨーロッパ各地を旅した後、1975年に北海道小樽市に移住しました。日本の伝統的な「沈め彫り」の技法を応用した独自の技法で、野鳥や魚を彫刻・彩色した「木鳥表札」の考案者として知られ、木彫工房「メリーゴーランド」を営んでいます。1970~80年代の小樽運河保存運動で中心的な役割を果たし、「小樽運河を守る会」幹事、小樽観光協会理事など歴任、2003年から小樽市議を3期務めるなど、地域のために活動してきました。
1978年、フォークソングのグループをつくって活動していた保さんは、埋立て工事が進む小樽運河で音楽イベント「ポートフェスティバル」を企画・開催し、2日間で10万人を集めて大成功させました。これを機に、水辺の価値が行政や住民に広く伝わり、運河を生かしたまちづくりへと潮目が変わりました。今日も小樽運河が残り、小樽観光の中心地となっているのは、保さんの知恵と情熱のおかげと言っても過言ではありません。一郎さんパパとして、サカナクションのファン(魚民=うおたみ)から愛される有名人でもあり、木彫工房「メリーゴーランド」は魚民の聖地となっています。
多くのメーカーが伸び悩み、小規模スタジオが乱立して波瀾万丈中
でも仕方ないよなと思う
多くの成功している業界と違って、音楽業界は有名クリエイターからは金を取らない
基本的に「有名人に金を払って名義を貸してもらい、何の価値もないものに高額な値段をつけて売りつける」というネズミ講みたいなビジネスで成り立っていた
有名クリエイターは何に金使うの?というと、YOSHIKIとかサカナクションみたいな成功しても音楽に金使うガイキチを除くと、シャブやったり、新興宗教に金貢いだり、時計買ったり、エプスタイン島で子供の肉食ったりしてた
怪しいものにブランドという看板着せて初心者から搾取するビジネス構造だから
初心者の頃に救われた人間がいるわけではなく困ったときに助けてくれないっていう負の循環もある
そうして、今、AIで誰でも音楽ソフトに参入できるようになってコストが下がり、より良い実用的なソフトが個人に作られて、客を取られまくっている
ここ半年間、大手メーカーがこれでもかって割引率で自社製品を売り逃げてる
パソコンメーカーとかもわりとこれに近いけどアレはただの横流し小売業だから違うか
こういうユーザーあり気の企業ってユーザーが成功しないと自分たちの成功もあり得ないのになんでないところから金取ろうとすんだろな
まさにBlenderやDavinci resolveはこれとは正反対の考えで、成功した奴が金持ってきて俺たち助けてくれ!って初心者に投資しまくってシェアバカみたいに伸ばしてAI時代でも利益拡大してる
誠実になろうよ
撃たれたら死ぬんだよ
嘘ばっかついてないで真面目に生きろよ
ベタな生涯を送って来ました。
小中高公立で友達はそれぞれ5人くらい、親友と呼べるものが1人くらい。成績は中の上で、得意な科目一個だけ偏差値65くらいあるくらい。実家から一番近い都市圏の総合大学に進学し、プライム上場企業に入社し、大学時代にサークルで出会った公務員の妻と出会い、20代後半で結婚。30過ぎで子をなし、数年後にもう一人。35年ローンで戸建てを買い郊外に住む。40代くらいで管理職になり、上と下に挟まれ気を揉みながらもまあ許容できる待遇の中で定年までダラダラと働く。
好きな食べ物はラーメンと寿司。好きな酒はレモンサワー。タバコはメビウスの6ミリ(結婚を機に辞めた)。毎朝数キロランニングするのが日課。週末は地元サッカーチームの応援に精を出したり、子供をイオンモールに連れていく。夏はフェスに行き、冬はスノボに行くのが毎年の楽しみ。スマホはiPhoneを3年ごとに買い替える。車はプリウス。好きなアーティストは星野源とサカナクション。ストリートファイターではケンを使い、スマブラではマリオを使う。髪型は長めのツーブロ七三、服はユニクロGAPが主でたまにちょっといいものが欲しければ三井アウトレットパークでセレオリを買う。
要は評価が確立している癖のないものを好みがちで、私のような嗜好は他人軸に従う面白みのないものに映るだろう。実際社会の多数派ルートを穏当に選び続けているだけなのでその通りだ。
でも自分がベタだと思うことに迷わず全力ダッシュすることによって、選択するストレスは大分少ない楽な人生になったと思う。
普通な人生、じゃなくてベタな人生ってとこがポイントである。現代人はベタを目指そうとして「普通」に振り回されている。
そもそも日本語における「普通」ってのはordinary(陳腐)standard(標準),normal(規定),decent(常識的)plain(癖のない)average(平均的)authentic(正統)といった本来全く別のニュアンスの意味合いがごちゃ混ぜにされた言葉であり、実は「普通」を目指すと様々な物差しに振り回される生き方になってしまう。
これらのニュアンスからどれを評価基準とするかを選択したうえで、コミュニティ、社会的地位、時代背景、健康状態、知識、金銭的余裕、遺伝的要因などにより絶えず揺蕩う不明瞭な言葉、それが「普通」だ。
これが理解できていないと結婚して子供をつくるのはstandardか?身長170cmはnormalか?おにぎりでツナマヨを選ぶのはplainか?みたいな意味不明な評価基準を自分に課してしまい、結果何にも達成感や満足感を得られないことが多いのだろう。
だから、私は普通じゃなくてベタを選ぶ。すでに評価が定まったものに囲まれ、見えているレールに乗っかることで評価基準を選ぶコストを圧縮し、最小の労力で最大の達成感を得る。自分に軸が無いから他の軸を一本用意する感覚で生きてる。