はてなキーワード: イーガンとは
正直、AI生成の小説なんてどうせガワだけで中身スカスカだろって高を括ってたんだけど、今回読んだやつはマジで「SFとしてのツボ」を的確に突きすぎてて、一人のSFオタクとして普通に敗北感を味わってる。
ChatGPT5.4Proに小説を書かせたら「AIが書いたにしては面白い」というレベルをはるかに超えてて、仰天した|ふろむだ
まず、現実が何層にも重なった入れ子構造を剥いていく感じ。『マトリックス』とか『インセプション』、あるいはディック的な「現実崩壊」の王道モチーフなんだけど、そこにグレッグ・イーガン味をぶち込んできたのが熱い。
「人類はとっくに滅びていて、主人公は単なる情報存在(意思決定モジュール)でした」っていう真相。これ完全に『しあわせの理由』とか『ディアスポラ』の系譜じゃん。ポストヒューマンSFの美味しいところを過不足なく抽出してる。
ガイド役の少女が「8歳の頃の自分を元にしたアバター」っていう設定も、内面世界から外部をナビゲートするイーガンとかチャン・ジョン的な手触りがあって、古参のSFファンならニヤリとするはず。
でも、単なる二番煎じで終わってないのが癪なんだよな。「宇宙生成アルゴリズムの評価関数として、人間のクオリアを利用する」っていう設定を、あえて「雨の東京の交差点」っていう手垢のついた日常風景に接続させるセンス。この湿り気のある解像度が、作品固有の味になってる。
ハードSF的な視点で見ると、設定はイーガン並みにガチなのに、描写をあえてソフトに留めてるのがまた計算高い。
「宇宙の候補を並べて、どれにするか選ばせる」なんて擬人化しすぎたデフォルメなんだけど、作中で「お前に理解できる比喩で喋ってやってるんだよ」っていうメタ的なエクスキューズを入れてる。これで科学的厳密さへの突っ込みを無効化してるんだよね。この緩衝材の置き方がプロの犯行すぎる。
月面都市セレネから恒星間移民船、そして宇宙終焉後の情報空間まで一気にスケールをぶち上げる加速感。
まあ、熱力学的終末(ビッグフリーズ)でどうやって計算基盤を維持してんだよとか、情報存在のくせに痛みや恐怖の感じ方が人間臭すぎだろとか、突っ込みたいポイントはある。あるけど、この尺ならディテールよりカタルシス優先だろっていう「切り捨ての判断」が的確なんだわ。
何よりSOW(センス・オブ・ワンダー)の出し方が上手い。
雨の交差点(日常)→ 月面 → 宇宙船 → 宇宙の果て(超克)と、一段ずつレイヤーを上げていくリズム。
「まだ一枚」「まだ二枚」と繰り返される少女のメッセージ。このカウントダウンが、最後に「宇宙候補のレイヤーを剥ぐ作業だった」と回収される瞬間。王道だけど、やっぱり脳汁が出る。
個人的に一番痺れたのは、ラストにまた「雨の交差点」に戻ってくるところ。
新宇宙の種を選ぶっていう壮大な決断をした後に、やることは「一歩下がってトラックをやり過ごす」「赤信号を待つ」っていう、ただのささやかな日常の動作なんだよね。この、宇宙論的スケールとミクロな行動が直結するカタルシス。マジで余韻がすごい。
ドラマとしても完成されてるんだよな。
「死の案内人」が「最も純粋だった頃の自分」だったという二重性。
「今までの世界は全部不採用になったゴミかもしれない」という虚無感と、「それでもあそこで感じた感情は本物だ」という着地。
AI特有の「感情のなぞり」じゃなくて、物語の構造そのもので感情を揺さぶりにきてる。
正直、ハードSFファンとしてもそこまでストレスなく読めたし、むしろ「AIがここまでSFの文法を理解して、感情ドラマに落とし込めるのか」っていう事実に一番センス・オブ・ワンダーを感じたわ。
正直、AI生成の小説なんてどうせガワだけで中身スカスカだろって高を括ってたんだけど、今回読んだやつはマジで「SFとしてのツボ」を的確に突きすぎてて、一人のSFオタクとして普通に敗北感を味わってる。
ChatGPT5.4Proに小説を書かせたら「AIが書いたにしては面白い」というレベルをはるかに超えてて、仰天した|ふろむだ
まず、現実が何層にも重なった入れ子構造を剥いていく感じ。『マトリックス』とか『インセプション』、あるいはディック的な「現実崩壊」の王道モチーフなんだけど、そこにグレッグ・イーガン味をぶち込んできたのが熱い。
「人類はとっくに滅びていて、主人公は単なる情報存在(意思決定モジュール)でした」っていう真相。これ完全に『しあわせの理由』とか『ディアスポラ』の系譜じゃん。ポストヒューマンSFの美味しいところを過不足なく抽出してる。
ガイド役の少女が「8歳の頃の自分を元にしたアバター」っていう設定も、内面世界から外部をナビゲートするイーガンとかチャン・ジョン的な手触りがあって、古参のSFファンならニヤリとするはず。
でも、単なる二番煎じで終わってないのが癪なんだよな。「宇宙生成アルゴリズムの評価関数として、人間のクオリアを利用する」っていう設定を、あえて「雨の東京の交差点」っていう手垢のついた日常風景に接続させるセンス。この湿り気のある解像度が、作品固有の味になってる。
ハードSF的な視点で見ると、設定はイーガン並みにガチなのに、描写をあえてソフトに留めてるのがまた計算高い。
「宇宙の候補を並べて、どれにするか選ばせる」なんて擬人化しすぎたデフォルメなんだけど、作中で「お前に理解できる比喩で喋ってやってるんだよ」っていうメタ的なエクスキューズを入れてる。これで科学的厳密さへの突っ込みを無効化してるんだよね。この緩衝材の置き方がプロの犯行すぎる。
月面都市セレネから恒星間移民船、そして宇宙終焉後の情報空間まで一気にスケールをぶち上げる加速感。
まあ、熱力学的終末(ビッグフリーズ)でどうやって計算基盤を維持してんだよとか、情報存在のくせに痛みや恐怖の感じ方が人間臭すぎだろとか、突っ込みたいポイントはある。あるけど、この尺ならディテールよりカタルシス優先だろっていう「切り捨ての判断」が的確なんだわ。
何よりSOW(センス・オブ・ワンダー)の出し方が上手い。
雨の交差点(日常)→ 月面 → 宇宙船 → 宇宙の果て(超克)と、一段ずつレイヤーを上げていくリズム。
「まだ一枚」「まだ二枚」と繰り返される少女のメッセージ。このカウントダウンが、最後に「宇宙候補のレイヤーを剥ぐ作業だった」と回収される瞬間。王道だけど、やっぱり脳汁が出る。
個人的に一番痺れたのは、ラストにまた「雨の交差点」に戻ってくるところ。
新宇宙の種を選ぶっていう壮大な決断をした後に、やることは「一歩下がってトラックをやり過ごす」「赤信号を待つ」っていう、ただのささやかな日常の動作なんだよね。この、宇宙論的スケールとミクロな行動が直結するカタルシス。マジで余韻がすごい。
ドラマとしても完成されてるんだよな。
「死の案内人」が「最も純粋だった頃の自分」だったという二重性。
「今までの世界は全部不採用になったゴミかもしれない」という虚無感と、「それでもあそこで感じた感情は本物だ」という着地。
AI特有の「感情のなぞり」じゃなくて、物語の構造そのもので感情を揺さぶりにきてる。
正直、ハードSFファンとしてもそこまでストレスなく読めたし、むしろ「AIがここまでSFの文法を理解して、感情ドラマに落とし込めるのか」っていう事実に一番センス・オブ・ワンダーを感じたわ。
一瞬グレッグイーガンかと思った
アイデア部分は一部で賞賛されてるけどあんまり面白くなくて、どっちかというと提示されるシチュエーションや展開が楽しい小説です
で、その提示されるシチュエーションですが、未来社会は富裕層の疑似人格AIの計算のために計算リソースの大半を食われており、そのため技術発展のための計算リソース割当が十分に供給されてないという、ちょっとひねくれた設定のプチディストピアの話でした(はず。20年前に読んだっきりなので)
で、ここんとこのAI社会到来で、この未来予想図が当たってるではないけど、似た構図になりそうだなあと
この話は、AI自体が実際にどこまで使い物になるかはあまり関係ないです
「AIは使える、人間より使い物になる、人間をもう超えてる」という社会認識が共有されてるか否かが重要です
なんなら宣伝しまくって「AIは素晴らしい、AIは使い物になる」と情報操作した結果、実態以上に社会に認められるのでもOK
AIが准人権的な権利を法的に認められるかどうかだけが問題になります
現状は、既に細かいレベルで権利を容認する方向に動いてますよね。AIを使って製作した製作物をAI使用者が権利を所有する、といった形で、AIをかませることで権利を得ることを認めるよう働きかける人は非常に多い
実際にAIを使って利益を得るのは人間なのは、この先も変わりませんが
つまり、既存の個人の諸権利の枠組み、鋳型が、技術発展という名目(実際に発展するかどうかは関係ない)で、AI使用者側に細かく細かく食い荒らされてく構図というのが、現状としてある
いや、発展段階だから、この先に法整備されてく、という説明をする人が多いと思いますが、この先の世界経済は法整備は暴力としての実力と金がものをいう世界でしょうから、基本的には大規模資本の要望に基づいた法整備で人間の諸権利の再設定が行われると仮定するのが妥当です
というより、AIという題目は、その実力よりも、20世紀までに積み上げてきた生身の身体をもった人権をいかに再定義し解体していくかのためのツールとして活用されるためにこそ最大限に使用されるのが、今後の見通しでしょう
順列都市では大規模資本家の死後も資本家の疑似人格AI(を運用する団体)が資産の所有権を承継し、その承継の正当性を主張するために人格模倣の計算リソースが膨大に使われてる、みたいな状況でした
これ、経済面で言うとかなり詰んでそうです。資本家AI(団体)は、消費もせず、死んで相続税を払うでもなく、ただ運用して富を増やすためだけに資本を投じ続ける
そういう資本家AIさんが資本の投資効率を最大限に高めましょうとか投資先に提案し続けるわけですよね、自分自身は一切、生身の人間としての消費をせずに
実際のAIの運用は生きてる人間がスタッフとして管理するんでしょうけど、彼らはまあ、自分らの報酬をサラリーマン的に毎月受けとるだけみたいに行動するのが最適解でしょうし
法人という枠組みが今までもそういう仕組みとしてあったわけですが、ここでいよいよ、法人と個人の境目が消えて一体化していく
投資最大効率以外に特に何の目的も持ち合わせてない資本家AI(団体)を中心とした社会構造に再編されてく、現状の資本主義の運用状況が先鋭化してく形ですね
国家がそうした資本の論理に対して抑止できるのかというと、現状で既に国家は負けつつあるので期待できない
そうなると、AIは実用(物理世界での消費や生産)の用途より、名目の用途に合致したほうがいいわけで、AIの未来はますます実用用途から遠ざかりそう
現時点でイーガンがすっかり中興の祖みたいになってて感慨無量
あんま表で大きい声では言えねーけどSFって実は古典よりも今のほうが文章的にも展開も格段にアップグレードしてて、とりわけSFのキモであるセンスオブワンダーは昔の作品に比べて明確に意識的に重んじられるようになった。
それにしてもSFの楽しみは「三体」とグレッグイーガンだけ読んでれば全体の満足度の9割くらい摂取できるんだが、しかし入門者に向けて三体を勧めるか・・・・?🤔
10ページくらいで挫折して二度とSFに寄り付かない恐れがある。
そこで「プロジェクト・ヘイル・メアリー」。読みやすいんだ、これが。
登場人物も限られてるから込み入った人間ドラマに脳を焼かれることもないし、ギュギュッと詰まったセンスオブワンダーに惹きつけられること請け合いよ。初心者にオススメ。
小学生:
(これ以外思い出せん)
中学生:
悲しい予感(吉本ばなな) 模試か何かの試験問題になっていて、何故だか刺さった。小説っていいなと初めて思った。
高校生:
大学生:
グラスホッパー(伊坂幸太郎) 講義室の忘れ物を勝手に読んだ。面白かった。
室井佑月の何か
田口ランディの何か
森博嗣のS&Mシリーズ、四季シリーズ、Gシリーズの一部
人間失格 (太宰治) 見栄を張って、全集借りてきてここだけ読んだ
龍は眠る、レベル7 (宮部みゆき) 嫌いな小説がある、というのを宮部みゆきで初めて経験した。
慟哭(作者思い出せん)
思い出トランプ(同上)
社会人:
伊坂幸太郎の色々(ゴールデンスランバー、モダンタイムス、チルドレン、サブマリン、マイクロスパイアンサンブル、アイネクライネナハトムジーク、砂漠、ラッシュライフ、オーデュボンの祈り)
吉田修一の色々(太陽は眠らない、森は生きている、怒り、悪人、横道世之介、静かな爆弾)
原田マハの色々(楽園のカンヴァス、暗幕のゲルニカ、たゆたえども沈まず、キネマの神様、本日はお日柄もよく)
赤い竪琴 その他色々 (津原ヤスミ) 図書館で赤い装丁の本が気になって手に取ったのがきっかけ
グレッグイーガンの何か ここで薦められた奴
命も要らず、名も要らず(作者思い出せん)
博士の愛した数式(同上)
花戦(同上)
老人と海、武器よさらば(ヘミングウェイ) 上司がなんか言ってたから読んだ奴
サリンジャーの何か(バナナフィッシュ云々が収録されてるヤツ) 漫画のバナナフィッシュを昔読んだのをふと思い出して読んでみた
もっと読んでるはずだけど、なかなか思い出せんな。
漫画とゲームとエロ動画にはもっと時間割いているけど、結構読書家じゃろ?
20年ぐらい前にイーガンの「順列都市」という小説が一部で超持ち上げられてて読んだのだが、
メインっぽいアイデアの部分(計算の分散をいくらでも拡散してけば無限に計算できるよね)が
「あれ? こんなん幼稚園か小学校の頃に脳内妄想するような話じゃね?」(少なくとも俺はそういうのやった)
ってなって全くピンとこなかったんだけど
まあ、あれはそういう与太話に乗っかって金持ちが全員カモられてめでたしめでたしって話なんだなと納得していた
だって、あんな穴が丸見えのアイデアで順列都市に移住するって、バカにも程があるじゃない?
まあ小説設定的には既にAI移住済みの人格だから現実世界に関与するあり方と順列都市住みの違いに大差を感じなかったってことなんだろうけど
(ただ、「イーガンすげー」って誉め方してる人はそういう受け取り方してるようには見えなかった)
で、時は過ぎ現代
AIが現実世界(というか株式市場)でもてはやされるようになり、
小説の与太の前提(金持ちが死後も自分の人格をAIに移行して、自分は死んでない人格は維持してると主張して金をガメ続ける)が
ところが、順列都市の都市の中で超もてはやされそうなNFTは総スカンくらうし、AIバブルは始まって一瞬で終わりだし、メタバースは始まる前から終わってるし、
まあそらそうだよなーと当たり前の結論になるんだけど
結局、順列都市って何が良かったんですかね
ダンテの煉獄っぽいところ? でもそのへん適当に付け足した感なくない?
わからんわー
草枕、徒然草、ファウストはフリーレン的だと思わんかった?ドストエフスキーがニーチェ的だとは全然思わん。夏目漱石を楽しめるならツァラトゥストラも楽しめるはずだと思うけど。あとは古典SFやファンタジーじゃね?四畳半神話大系やシュタインズゲート、ゼーガペインにグレッグイーガンが多大な影響を与えているのは確かだけど、知らなくても説明的だから楽しめるんじゃね?フリーレンは説明も感情も抑制してるから教養ないと楽しめないって言われるんだろね。
草枕、徒然草、ファウストをフリーレンと関連づけるという発想そのものが出てこなかった。
あとドストエフスキーがニーチェ的なのではなく、ニーチェがドストエフスキーの無神論に影響を受けてる。
古典SF、四畳半神話大系やシュタインズゲート、ゼーガペインにグレッグイーガンは一切履修してない。完全にそのあたりの知識は欠落してる。自分が知るファンタジーはゲームのRPGがほとんどかもしれない。それが原因なのかも。
今回、ネットやSNSでフリーレンの感想を漁ってみたんだけど、楽しんでいる人たちの大多数はもっと感覚的なところで素朴に純粋に楽しんでいるように見えた。
なので、教養がないと楽しめないというより、教養があるとより楽しめる作品なんじゃないかな、というのが個人の感想。
それはフリーレンに限らないけれど、フリーレンはどちらかというと起伏があまりない作品なので、その傾向がより顕著になるんではないかなと。