私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

アサド大統領に物申す:ロジャバを救いなさい(2)

2017-12-10 22:07:07 | æ—¥è¨˜ãƒ»ã‚¨ãƒƒã‚»ã‚¤ãƒ»ã‚³ãƒ©ãƒ 
 フランス革命は、王朝を頂点とするフランスの旧体制(アンシャン・レジーム)が市民の革命運動によって崩壊し、ブルジョア社会が樹立された革命で、その革命運動が展開された期間は、大まかに言って、1789年の市民によるバスティーユ牢獄襲撃に始まり、市民革命の進行がナポレオンのクーデターによって息の根を止められた1799年までの約10年間としてよいでしょう。
 いわゆるアンシャン・レジームでは、王朝の絶対的支配のもとで、国民は三つの身分に大別され、第一身分は聖職者、第二身分は貴族、その他一般の平民は第三身分とされていました。聖職者と貴族は人口の約2%を占めるだけでしたが、国から年金が支給され、税金も免除されていて、国家財政の負担は全面的に第三身分の平民たちが担っていました。ただ、ここで第三身分の平民層にも有産層と無産層があったことをよくわきまえておく必要があります。フランス革命が「ブルジョア」革命と呼ばれるのは、この革命で王朝、聖職者、貴族の支配を排して権力を手に入れたのが第三身分の平民層の上層を占めるブルジョア階級(有産階級)であったからです。ブルジョア革命が資本主義社会とその具体的権力機構としての資本主義国家の形成に向かったのは当然の成り行きでした。
 フランス革命から約80年後、「パリ・コミューン」と呼ばれる革命運動がパリで展開されました。今度こそ無産階級による革命でしたが、その革命的自治組織は1871年3月18日から5月28日までの72日間の生命しか与えられませんでした。「パリ・コミューン」を血祭りにあげたのは、つまるところ、「フランス革命」で権力の座についた社会勢力であったのです。
 「パリ・コミューン」について、また、「フランス革命」から「パリ・コミューン」へと続く歴史の流れについて拙筆で語ることは自粛しますが、北シリアのロジャバ革命運動を「パリ・コミューン」の後裔として位置させたい私の気持ちはここではっきりと述べたいと思います。
 長崎の浦上天主堂の小聖堂に「被爆マリア像」が祀られています。(この聖像については拙著SF『オペ・おかめ』に書きました。) このマリア像は2010年(ナガサキ65周年)にピカソの絵で名高いスペイン北部の小都市ゲルニカを訪れ、また、今年2017年4月26日(ゲルニカ無差別被爆から80年の記念日)には被爆マリア像の複製が長崎からの平和巡礼団によってゲルニカに贈呈されました。私はたまたまNHKのテレビニュースを見たのですが、現地の人が「ゲルニカがひどい無差別爆撃を受けたのはこの土地で自治独立のコミューン運動が盛んだったからだ」と語っていたのに、私は大いに驚かされました。ゲルニカのコミューン運動が単にバスク地方の人々の国家的独立の希求に支えられていただけではなく、パリ・コミューンへの参加者たちのように、本物の“自由、平等、友愛”を求めるコミューン運動であったのであり、したがって、ゲルニカに襲いかかったものがパリ・コミューンに襲いかかったものと同質だとするのは、私だけの思い過ごし、あるいは、見当違いかもしれませんが。
 パリ・コミューンに関する好著に桂圭男著『パリ・コミューン』(岩波新書、1971年)があります。ほぼ50年前の著書ですが、次のように結ばれています:
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 私たちは今一度、百年前の原点に立ち還り、コミューンの歴史的存在としての意味を再確認するとともに、コミューンに内在する未来への課題を積極的につかみとることが必要ではあるまいか。高度に工業化された現代日本の管理社会が生み出す公害問題や、独占資本のアメリカ帝国主義への従属体制とアジア再侵略政策のもたらした基地問題・再軍備問題は、地方自治体行政への地域住民大衆の自主的参加と、民主化された自治体の連合組織結成の必要を迫っている。と同時に、パリ・コミューンの教訓は、真に民主的な連合政府、人民のための中央政府を樹立する必要を教えている。プロレタリア国際主義に裏づけられた愛国主義と市民的権利意識は、この二つの課題を有機的に結びつけ、幅広い民主統一戦線を結成するのに有効に役立つであろう。ベトナムの民衆と沖縄の同胞は、このことを身をもって実証している。
 ともあれ、コミューン戦士の魂を現代に復活させ、百年前の敗北を人類全体の真の勝利に転化するために、我々は現代何をなすべきであろうか。
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五十年前のこの桂圭男さんの呼びかけは、現在の我々に対する呼びかけとして間然するところがありません。
 2017年9月23日付のブログ記事『ロジャバ革命の命運(1)』に書きましたように、私は、7月11日付けのStephen Gowansの『The Myth of the Kurdish YPG’s Moral Excellence』(クルドの人民防衛隊の道義的卓越性という作り話)と題する論説:

http://www3.sympatico.ca/sr.gowans/interview.html

から強い刺激を受けました。長い論考ですが、要するに、YPGはクルドの無政府主義ゲリラのテロ組織PKKそのものであり、「ロジャバ革命」とい美名を隠れ蓑にして世界の同情と支持を得ようと試みている、という主張です。ロジャバの人民防衛隊(YPG/YPJ)がSDFと呼び名を変えて米軍の代理地上軍の役割を担うようになってから、この論考と似通った視点からの見解や批判が数多く目につくようになっています。それに促されて、私はロジャバ革命の指導者オジャラン(Abdullah Ocalan)のいくつかの基本的著作や関連の書物を再読し、ロジャバ革命の世界的な意義について、私なりに、改めてよく考えてみました。「ロジャバ革命は桂圭男さんの呼びかけに正面から答えている」というのが私の到達した結論です。
 パリ・コミューンはティエール率いるヴェルサイユ政府軍によって血祭りにあげられました。クルド人たちロジャバ革命は、最も残忍な形で米国に酷使された挙句に放棄され、結局は、アサド大統領のシリア政府によって弾圧され扼殺されてしまうのでしょうか? 次回には、その命運を占ってみたいと思います。

藤永茂(2017年12月10日)

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