私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ハイチは我々にとって何か?(6)

2010-03-24 10:30:11 | æ—¥è¨˜ãƒ»ã‚¨ãƒƒã‚»ã‚¤ãƒ»ã‚³ãƒ©ãƒ 
 国連事務総長バン・キムン(BAN KI-MOON)は、2009年3月31日のニューヨーク・タイムズに“Haiti’s Big Chance(ハイチの大きなチャンス)” と題する注目すべき論説を寄稿しています。プリントして2頁ほどですから、出来れば読んで頂きたいのですが、乱暴に要約すれば、「ハイチの低賃金労働をフルに生かして、輸出用の衣料製品を生産するチャンスだ」というものです。バン・キムンはその成功を確信しているようで、「我々はそれがうまく行くのをバングラデッシュで見た。それは、衣料産業が250万の職を支えていることを誇っている。ユガンダでもルワンダでもうまく行った。」と書いています。2009年9月、ポルトープランスでクリントン元大統領の主導の下に開催された「投資家会議」には、我々にも親しいギャップやリーヴァイなどの大衣料メーカーを含む二百社にのぼる会社からの出席者がありました。しかし、その時点では、「まだハイチの治安の悪さが心配だな」という意見が支配的だったそうです。その5ヶ月後に、今度の大震災、すかさず、強力な米国軍によるハイチの占領が始まりました。この占領でハイチの治安が保証されれば、衣料メーカーによる大規模の資本投資が実現するでしょう。米国資本にとって、今度の大地震は“天が与えた好機”となるかも知れません。それはクリントンの、そして、バン・キムンの望む所でもあります。貧困国、あるいは、都市の貧民居住地区が大天災に見舞われたのを好機と捉えて、一挙にネオリベラルな経済発展政策を押し付けるというやり方です。
 国連事務総長バン・キムンの論説は、ハイチについての特任顧問であるPaul Collier (オックスフォード大学経済学教授)による2009年1月に国連事務総長宛の報告書『ハイチ:自然の大災害から経済的安寧へ(Haiti: From Natural Catastrophe to Economic Security)』に直接基づいています。タイトル、目次を含めて19頁の論文ですが、これは現代の植民地経営と奴隷制継続のマニフェスト、いやマニュアルと言うほかはありません。ここで言う「自然の大災害」とは、今度の大地震ではなく、2008年のハリケーン襲来で、ハイチの道路などのインフラや食料生産が壊滅的な損害を受け、生活に窮した貧困民の数が急増し、農村人口がますますポルトープランス周辺に集中してきたことを主に指しています。前回のブログでシテ・ソレイユ(太陽の町)の発祥とそのスラム化のお話をしましたが、外国資本と富裕支配層の言うままになる政府が出来た今、かつて試みた超低賃金労働者を使役する衣料製造産業を、再び起こして製品を輸出しようというのが、コリエ教授のアイディア、つまり、ギャップやリーヴァイなどの大衣料メーカーがポルトープランス周辺の産業パークに工場を造って、安い実費でどしどし衣料を製造し、ハイチの直ぐ北にある大消費マーケットのアメリカ合州国を筆頭に、世界中に売りまくろうというわけです。この着想に関連するコリエ教授の論文の一部を訳出します。:
■ もちろん、マーケットへのアクセスだけでは十分でなく、生産コストが世界中で競争出来なければならない。しかし、ここでもファンダメンタルは実に好都合だ。衣料品製造コストで最大の成分は労働力だ。その貧困度と比較的に無統制の労働力市場のため、ハイチの労働力コストはグローバルな基準である中国と充分に競争できる。ハイチの労働力は安価であるだけでなく、その質も良好である。実際の所、かつてハイチの衣料産業は現在の規模よりはるかに大きかったから、技能経験を持った大きな予備労働力が現存するのである。■
冷徹な経済用語が使ってありますが、砕いて言えば、大自然災害で打ちのめされた貧困大衆は、奴隷的低賃金の仕事にも飛びついてくるから、これを使わない手はない、というわけです。「技能経験を持った大きな予備労働力が現存する」というのは、主にシテ・ソレイユの住民達を意味します。先述のように、アリスティド大統領の復位の条件として押し付けたネオリベラル経済政策の下で、1990年代に、今回のコリエ提案と同じことが試みられ、シテ・ソレイユ地区に衣料製造工場が出来たのですが、よく言うことを聞かなくなったアリスティド大統領を懲らしめるために、工場は閉鎖され、技能を身につけた人たちは一挙に失業してしまいました。コリエ教授が、はなはだ好都合という大きな予備労働力とはこの人たちのことです。
 コリエ報告から1年後、ハイチはハリケーンを上回る大自然災害に見舞われました。貧困大衆に奴隷労働を押し付ける条件は、コリエ教授の言葉使いに従えば、ますます良好になりました。最大のポイントは治安の維持です。コリエ報告書の序文で、国連軍MINUSTAH がポルトープランス周辺の治安を安定させた功績が讃えられています。今度の大地震で、その治安が壊されないように、1万を超える米軍が急遽派遣されました。今までの所、彼等の作戦は成功しているようです。
 オバマ大統領はハイチの災害救済と復興のための特使として、二人の元大統領クリントンとブッシュを現地に派遣しました。この二人こそが、過去四半世紀間、占領と内政干渉によって、ハイチという国をグチャグチャにした張本人なのですから、いかにも、アメリカらしい、オバマらしい人選です。特に、クリントンはコリエ報告の線に沿った経済政策、換言すれば、21世紀スタイルの奴隷制度をハイチに押し付けることに熱をあげることでしょう。
 しかし、果たして、事は彼等の思惑通りに進むでしょうか?
 大地震の直後からしばらく、世界のマスメディアは、人たちが救援物資を奪い合いし、スーパーマーケットを襲う様子を、幾つか報道しました。でも、何とはなしに、材料不足の気味を感じられた方々もあったのではありませんか。貧困民衆の激しい反乱や暴動を期待していたメディアは、実は肩すかしを食らった形なのです。逆に、いろいろの形で、現地に入った人々の多数が、ハイチの貧民達が辛抱強く、秩序を保って、乏しい救援物資を分け合う様子を報じています。自警団的な人々の組織が出来て、自分たちの手で秩序を保っていると考える充分の理由があります。シテ・ソレイユ(太陽の町)が、大混乱に陥っていない理由は、国連軍MINUSTAHと米軍の制圧だけではなく、その住民達の強い団結の意志の表れでもあるのです。
 古雑誌の山から、面白い記事を掘り出しました。クリントンが「ハイチに民主主義を回復する」という全く欺瞞的な見せかけのもとで、ネオリベラル経済政策の実施を条件にアリスティドを大統領の座に戻した直ぐあとの、1994年11月3日付けの『ニューヨーク・レヴュー・オブ・ブックス』に出た、Michel-Rolph Trouillot というハイチ人の人類学者(ジョンズ・ホプキンス大学教授)の「アリスティドの挑戦」という論考です。この人はデュヴァリエ時代の政治学的分析の業績で知られています。
Fanmi Lavalas(みんなの洪水)の形をとった民衆運動は、アリスティドによって始められたのではなく、この民衆運動のエネルギーが、アリスティドを生み、彼を大統領の座にまで抱え上げたのだと、トゥルイヨ教授は、この論説で言い切っています。その後の15年間のハイチの政治的動乱の歴史をたどると、彼の視点と洞察は正しかったと、私には、思われます。アメリカにとっての本当の問題は、ジャン=ベルトラン・アリスティドという一種奇矯なアマチュア政治家ではなく、アリスティドをアリスティドとして動かしている貧困層大衆の持続的な政治的エネルギーだという事です。
 ナポレオン・ボナパルトがハイチ奪還に差し向けた大軍を見事に打ち破ったトゥサン・ルーヴェルチュールは、和戦を装ったフランス軍の奸計によって捕えられ、フランスのジュラの監獄に監禁され、結核を病み、1803年4月、寒さに曝されて肺炎で獄死しましたが、彼は、ハイチの小学生の誰もが知っているといわれる有名な言葉を残しました。:
■ 私を倒すことで、あなた方は、サン・ドマングで、黒人の自由の木の幹だけを切り倒した。木は、その根っこから必ずや芽を吹き出すだろう。木は、沢山の根を深く張っているのだから。■
たしかに、大震災後のシテ・ソレイユの人々が、意外なほど冷静に相互扶助の精神を発揮して、何とか生き抜こうとしている様子を見ていると、逆境にめげず、いつの日か、本当の自由を獲得しようとする彼等の革命精神の根は、広く深く息づいているのだと思えて来ます。
 しかしながら、正直なところ、私は憂慮せざるをえません。この度の大震災を天与の好機ととらえるアメリカ合州国は、今度こそ、ハイチの政治的経済的支配を成功させ、その属国化を仕上げようと全力をあげるでしょう。ごく少数の富裕支配階級の人々を除く、大多数のハイチ人の苦難の日は、これからも続くに違いありません。電話を始めとする公営事業は私営化されるでしょう。スウェット・ショップ(sweat shop)という言葉を、ご存知ですか? スウェット・ショップが沢山できて、80%とも言われる貧困大衆の失業率は少しばかり低められるでしょう。しかし、これは黒人奴隷制度の継続に過ぎません。これが、クリントン/コリエ/バン・キムンのハイチ経済復興計画の要点です。懐があたたまるのは、又しても、アメリカとハイチのごく少数の人たちでしょう。
 ハイチは我々にとって何か? 我々が先ずやるべきことは、ハイチの歴史と現実を出来る限り正確に把握する努力をすることです。ハイチのこれまでの200年は、アメリカ合州国という国の本当の姿を鮮やかに映し出している鏡であります。日本はアメリカ合州国と重大濃厚な関係にあります。パートナーの本質を正しく深く把握する必要があります。
 ブッシュ(父)、クリントン、ブッシュ(子)、オバマの4人の大統領の対ハイチ政策の驚くべき一貫性、不変性(ノー・チェンジ!)は勿論、オバマ大統領が尊敬するというウッドロウ・ウィルソン大統領の19年間のハイチ占領、さらに、1776年の『独立宣言』の起草者ジェファソン第3代大統領まで遡ることが出来ます。この200年、アメリカは、自分の裏庭と考えるカリブ海で、黒人の独立国が生き生きと輝くことがどうしても許せないのです。2月24日付けのブログ『ハイチは我々にとって何か?(2)』に引用したジェファソンのアメリカ『独立宣言』の部分には、一つの人間集団(people)の独立が、当然の権利として、正当化される場合がはっきりと打ち出されていて、それに基づいてアメリカはイギリスから独立しました。くどいようですが、もう一度、読んで頂きたいので、再度、引用します。:
■われわれは、次の諸真理を自明なものと考える。すなわち、すべての人間は平等につくられている。すべての人間は、奪われることのない一定の諸権利を、創造主によって与えられている。その中には、生命、自由、そして幸福の追求が含まれる。■
■これらの諸権利を確保するために、人間たちの間に政府が設置されるのであり、政府の権力は、治められる人々が同意を与える場合にのみ、正当とされるのである。いかなる形の政府でも、こうした政府本来の目的に破壊的になれば、そうした政府をいつでも改変し廃止することは国民の権利である。そして、国民の安全と幸福とに最も役立つと思われる原理や権限組織に基づいて、新しい政府を設立する権利を国民は持っている。■
アメリカ『独立宣言』のこの文言に照らせば、1776年のアメリカ独立よりも、1804年のハイチ独立の方が、はるかに高い緊急性と正当性をもった独立革命であったのは明白です。しかし、アメリカは、この200年間、一貫して、ハイチ国民の当然の権利を圧殺し続けてきました。これがハイチという鏡に映し出されているアメリカ合州国の本当の姿です。ハイチはまだ独立を果たしていません。
 今度の大震災は、アメリカにハイチ支配の強化のビッグ・チャンスを与えてしまったようです。ハイチの人々の苦難は、まだこれからも永く続くことでしょう。私は憂慮せざるを得ません。ハイチはとても自然の恵み豊かな土地であったのです。基本的自然条件は今も変わっていません。ハイチという豊かな黒人独立国が、自由と平等を象徴する大きな宝石(ジュエル)として、カリブの海と空に輝く日を、余命の限られた私には、言祝ぐことが許されますまい。しかし、10年後、20年後、ハイチにその日が必ず訪れることを祈ってやみません。
「付記」最近、ハイチに関する浜忠雄氏の次の二著を読みました。今回の大地震をきっかけにハイチに興味を持たれた方々は是非お読み下さい。
* 『カリブからの問い ハイチ革命と近代世界 』(岩波書店 2003年)
* 『ハイチの栄光と苦難-世界初の黒人共和国の行方-』(刀水書房 2007年)
また、前回のブログ『ハイチは我々にとって何か?(5)』に二つの貴重なコメントを頂きました。こちらの方もお読み頂ければ幸いです。

藤永 茂 (2010年3月24日)



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たぶん、20年以上前の朝日新聞に載っていた記事で... (nazuna)
2010-03-24 16:16:57
たぶん、20年以上前の朝日新聞に載っていた記事ですが、アメリカの、教師や弁護士などの職業を持つ、インテリ黒人女性の素人歌手グループの話題が載っていました。彼女たちの自作の歌が紹介されていたのですが、その歌詞は「第三世界の女たちが一日2ドルの賃金で縫ったブラウスを私は今日、有名デパートのバーゲンで10ドルで買った。私は何か悪いことをしたのだろうか?」というようなものでした。(金額の部分などは、多少違ったかもしれません)以来、スーパーなどで外国製の安い衣料品を見るたびに、その歌詞を思い出したものです。

あれから四半世紀近く経つのに世界の構造は変わらない。いえ、変えて行かなくていいのだろうか?自分に何が出来るのだろうか?と時々、考えてみたりします。結局、「何も出来はしない」と思ってしまうのですが、ハイチの貧しい人々が団結しているというお話を聞けば、希望が持てるような気がします。

カナダのジャーナリストのナオミ・クラインが書いた『The Shock Doctrine』という本に、大災害などがあって社会基盤が弱っている国に、その弱みにつけ込んで、すかさず新自由主義政策を押し付けるというような話が書いてあるというので、前から読んでみたいと思っているのですが、なかなか邦訳が出ません。英語を不自由なく読めるように勉強しておくのだったと後悔することの多い昨今です。

今日、藤永先生の新刊『アメリカンドリームという悪夢』と旧著の『アメリカインディアン悲史』を手に入れました。新著は、まだ「はじめに」を読んだだけですが、ブログ以上に先生の決然たる思いが伝わって来るような気がいたしました。『アメリカインディアン悲史』は前に近くの図書館で借りたことはあったのですが、手元に置いてもう一度じっくり読もうと思います。これからも先生の御文章を読ませていただけたらと願っています。
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 はじめまして。 (haru)
2010-03-26 19:13:01
 はじめまして。

 あるサイトにこちらのブログが紹介されており、伺いました。

 ハイチはアメリカという国を映す鏡、とありましたが、
 その鏡には私自身の姿も映っているのだろうと思いました。

 自分だけ快適で得できれば満足するサルのような心です。

 目を凝らし、いろいろな鏡の中に自分の姿を見つけていかなければと思います。

 いろいろと学ばせてください。

 
 

 
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「週刊金曜日」の記事にバングラデシュのスウェッ... (nazuna)
2010-03-28 14:07:49
「週刊金曜日」の記事にバングラデシュのスウェットショップの火災で多くの犠牲者が出たことが載っていました。バン・キムン氏が250万人の職を支えると誇らしげに語った同国の衣料産業ですが、実態は「女工哀史」そのもののようです。「それでも職が無いよりはましだろう」というのが資本の側の言い分なのかもしれませんが、働く人の命や健康を脅かすような労働など、あってよいものなのか?その「果実」を受け取るのは誰なのか?と考えてしまいます。

世界三大アパレル小売業H&M社 バングラデシュで工場火災
http://www.kinyobi.co.jp/backnum/antenna/antenna_kiji.php?no=1030

少し前ですが朝の経済番組で、東京に進出した米国系のファストファッションの店を取り上げていました。数日単位で入れ替わる安い商品を取り揃え、大きなお金は持っていないが、お小遣いには不自由しない程度の、若い女性層の購買欲をそそるのが成功の秘訣ということのようでした。お客としてインタビューされていた女性たちは、毎回違うものを着て行きたいデート用の服などが安く買えて良いと語っていて、手に入れた商品そのものを長く着るつもりはなさそうでした。

「この不況にも関わらず、成功している企業」ということで、紹介されていたのですが、相変わらず、消費者にこのような「大量消費」を強いなければやっていけないような経済の仕組みというものも、どこか狂っているような気がします。低賃金で過酷な労働を強いられる第三世界の人々と、安物の製品を次々と消費させられる先進国の人々、どちらの側の人々も、人間としての充実した幸せとは遠い所に置かれているのではと感じます。
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前略、失礼いたします。「週刊金曜日」の本多勝一... (ペンペン草)
2010-04-12 10:09:41
前略、失礼いたします。「週刊金曜日」の本多勝一氏の案内により先生のプログを読ませていただきました。ハイチに関する一連の論考はやはりと思うと同時にその奥の深さに驚き、自分の勉強不足を痛感しています。論考を読ませていただいて、一点だけ気になることがありますので、お教えいただけると幸いです。「開放神学」の語が出てきますが、私はこれまで「解放神学」と理解していました。「開放」の方がふさわしいのであればそのことを解説していただけませんでしょうか。よろしくお願いいたします。
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ペンペン草 様 (藤永 茂)
2010-04-12 10:55:33
ペンペン草 様

「開放」は私の変換不注意で、もちろん、「解放」であるべきです。
ご指摘ありがとうございました。

藤永 茂
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