私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

震災から10ヶ月、ハイチの現状

2010-10-27 10:31:02 | ã‚¤ãƒ³ãƒãƒ¼ãƒˆ
 佐々木恭治さんから前回のブログ宛にコメントを頂きましたように、ハイチでコレラが発生しました。これまでチリのことばかり報道していたNHK 総合テレビ・ニュースでも、10月22日の朝、突然ハイチが取り上げられました。罹災民のキャンプで、多分コレラの流行のため、次々に人が死んでいるという報道です。たちまちの内に百数十人の死者、チリのサンホセ銅山の33人の坑夫の救出ドラマと同時進行の人災です。インフォテインメントとしての商品価値はともかくとして、世界史的な意義の重さで測るとすれば、ハイチの方が遥かに上です。ハイチは本質的にアメリカ政府とその傭兵軍団としての国連治安維持軍(MINUSTAH)の支配の下にあります。ハイチの民衆はMINUSTAHを単純に「占領軍」と呼びます。民衆の確かな知恵です。
 アメリカの CommonDreams.org というウェブサイトで「Surviving in Haiti」(by Beverly Bell)という記事(10月21日付け)を読む事が出来ます。前回のブログで、
■ 首都ポルトープランスの市内中心を除けば、復興事業は、ハイチの一般大衆に関する限り、殆ど進んでいません。瓦礫の除去さえ進んでいないのです。そして今も、首都の内外、特に市の周辺地域に広がった地域に百五十万人がテントや防水シートの仮住まいで生きています。写真でみると日本のホームレスの人々の寝起きの様子にそっくり、それが150万人、想像を超える情景でしょう。■
と書きましたが、ベルさんの記事によると、被災者たちは首都周辺地域に限られず、もっと広汎な地域に1300ほどの難民キャンプで悲惨な生活を強いられているようです。その90の家族を対象にして5ヶ月間にわたって行なわれた統計調査によると、
* 44%は安全処理がなされていない水を飲んでいる、
* 78%は囲いのある避難小屋に住んでいない、
* 27%はトイレがなく、バケツ、ポリ袋を使うか、キャンプの空き地で用を足している、
* 37%の家族は全くの無収入である、
といった状況です。震災による瓦礫の撤去は遅々として進まず、まだその数%が除去されただけで、2千万立方メートルから3千万立方メートルの瓦礫が残っていると推定されています。
 この記事に送られて来たコメントの一つに、「Haiti is still being punished for having the only successful slave rebellion.(ハイチはそれが唯一の成功した奴隷反乱であったことで今もなお罰せられ続けているのだ)」とありました。アメリカとハイチの関係の歴史は、まさにこの投稿者の言う通りです。私のこのブログで、大地震のすぐ後の2月3日から3月24日にわたって『ハイチは我々にとって何か』という見出しで、6回ハイチ問題を取り上げました。その第2回目(2010年2月24日)の記事の一節を以下に再録します。:
■この1776年のアメリカ独立革命の影響を多分に受けて、1789年、フランス大革命が起りますが、その2年後の1791年、カリブ海のフランス植民地サン・ドマングで大きな黒人奴隷反乱が勃発し、12年間の紛争擾乱のあと、1804年1月1日、黒人共和国ハイチ(現地読みではアイティ、英語読みではヘイティ)が誕生して今日まで続いています。しかし、続いていると言っても、この200年間、絶え間のない、何という苦難、苦悩の連続でしょう。以前にも書いたように、今度の大地震災害に当って、オバマ大統領は、今や彼のトレードマークとなった欺瞞的雄弁調で、「アメリカは、そして世界はハイチとともにある」と言いました。「アメリカはもちろん、世界もハイチの災害を心配して、助けてあげようとしている」というわけです。しかし、この二百年、確かに、ハイチとともにあって、ハイチ国民の絶え間ない長い苦難の最大の源泉となっているのは、他ならぬアメリカ合州国です。ハイチのメガ死の悲惨を目の前にして流されるオバマ大統領の涙こそ、ワニの涙(crocodile tears)と呼ぶにふさわしいものです。■
 嘆かわしいことに、ハイチの復興の空約束、オバマ大統領の虚言癖と欺瞞性が完璧な形で露呈されました。いや、オバマ大統領は、ジェファソン以来、リンカーン、ウッドロウ・ウィルソン、フランクリン・ルーズベルト、ブッシュ(父)、クリントン、ブッシュ(子)と綿々と続くアメリカのハイチいじめの忌わしい伝統の見事な継承者です。彼の体内の黒人の血はなぜ騒がないのか、なぜ慟哭に疼かないのか!
 ハイチ問題はカリブ海のエキゾチックな小国の問題ではありません。アメリカ合州国というものの正体を見定めるための最も効果的で貴重な定点観測地点の一つです。出来れば、このブログの以前の6回シリーズ『ハイチは我々にとって何か』を読んでいただき、さらにその中で挙げておいたハイチに関する本格的な書物をひもといて下さい。
 10月24日のロイター通信によると、ハイチのコレラ感染は首都ポルトープランス以外の地域にも広がり、死者が253人、感染者は3015人に達したとありますが、今頃は、死者数がチリ落盤事故の生存者数33の10倍をはるかに超えているに違いありません。チリの親米政府とその首相のイメージアップを狙ってあれほど騒いだメディアは、ハイチ人の受難については寂として声なし。こんな事が許されてはなりません。チリの落盤事故もハイチのコレラ蔓延も人災です。我々はこの認識から始めなければなりません。
<付記>私の専門外の事について書いているこのブログ『私の闇の奥』も、今のような形でいつまで続けられるか心もとなくなってきました。私としては「科学論」に就いても少し書いておきたい事柄があります。実は、もう2年半以上も前(2008年3月15日)に『トーマス・クーン解体新書』という別口のブログを開いていたのですが、それから丸7ヶ月間、一人もアクセスして下さらないので、ブログ『私の闇の奥』の右肩にリンクを掲げることにしました。不定期で雑記帳のような内容ですが、興味のある方は覗いてみて下さい。

藤永 茂 (2010年10月27日)



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拝読して、いつも勇気づけられています。先生のご... (水島英己)
2010-10-28 10:03:19
拝読して、いつも勇気づけられています。先生のご健康とご自愛を祈らずにはおられません。

『闇の奥』の新訳を購入しました。目からウロコが落ちるような気持ちで、読んでいます。ありがとうございます。
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