駒治安大昇鯉(こまっちゃんだいしょうり)
2013/06/30|Category:膜
その珍種アリを、ミヤマアメイロケアリLasius hikosanusという。本種は日本だけで見つかっているアリで、公式には3都道府県に含まれる3,4カ所からしか記録がない。くわえて、近年の生息が全国的にまったく確認されておらず、環境省の絶滅危惧種にも指定されている(2012年版で情報不足カテゴリー)。今までこのアリが得られている環境は、いずれもブナ林が残っているような奥深い原生林らしい。
そこで、ある日突然その幻のアリを探そうと思い立ち、家から一番近いところにあるブナの原生林へ探しに行くことにした。俺が探さなきゃ、向こう50年は誰も探さないし見つけないと思ったので、ここらで俺が奴を希少種の玉座から引きずりおろしてやろうと思ったのである。その県では今までミヤマの記録が知られていないのだが、きっといるに違いない、そしているならその場所はこのブナ林しかないと、13年前から思っていた。
一番近いと言っても、原付で走りっぱなしで数時間もかかる、本当に遠い場所である。その上、そこへ行くため通らねばならない街道は隣接県をつなぐ重要路のため、大形ダンプカーがひっきりなしに通る。それがおっかなくて13年間ずっと行く気がしないでいたのだが、勇気を出して大型ダンプの間を原付で縫いながら命からがら到達することに成功した。
そこで一日がかりで必死こいて探した結果、怪しい雰囲気のアリコロニーを複数発見できた。種同定に自信がなかったが、後にそのスジの専門家からお墨付きを得ることが出来た。間違いなく珍種アリだ!
史上初めて生きた姿が撮影されたミヤマアメイロケアリのワーカーの勇姿。言ってもただのアリなのだが。
ミヤマアメイロケアリの属するアメイロケアリ亜属Chthonolasiusは、いずれもワーカーの体色が黄色い仲間で、日本から3種が知られている。そのうちミヤマ以外の2種、すなわちただのアメイロL. umbratusとヒゲナガアメイロL. meridionalisは、平地で普通に見られる駄アリだ。じつは、この駄アリと珍アリの区別がけっこう難しいのである。
外見でこの珍アリを駄アリと識別する唯一のポイントは、胸部の後方(前伸腹節)の形だ。珍種ミヤマは、この部分の傾斜が丸くカーブを描くのに対し、近似の駄アリ2種はスパッと裁断したように平らである。
なお、駄アリことただのアメイロとヒゲナガアメイロの2種は、ワーカーでの種同定ができない。結婚飛行の時期にメスの翅アリを採ってこないとだめ(非公式には、ワーカーで区別する方法が秘密裏に開発されたとも聞くが・・)。ただ、経験則では市街地の公園など攪乱されたつまらない環境ほどヒゲナガが多いように思う。
ワーカーの体色の濃淡は、基本的にこの仲間の同定には使えないのだが、上記のブナ林で得た複数コロニーの個体は、平地で見る駄アリより格段にくすんで濁った色合いだった。ミヤマに関しては、もしかしたら体色もある程度は種判別の尺度として使えるかも知れない。
この山は、都道府県レベルで従来知られていなかったミヤマの新産地である。いずれ、何らかの形で発表したい。また、アメイロケアリ亜属のアリは社会寄生性のグループで、駄アリのアメイロやヒゲナガアメイロでは、新女王が近縁のケアリ亜属Lasiusの巣に巧みな方法で侵入し、これを乗っ取る習性が観察されている。ミヤマも同じことをするのは疑いようもないが、まだ誰も観察に成功していない。うまく結婚飛行の時期に再び出かけることが出来ればいいのだが。いかんせん遠すぎて気軽に行けないのがネックだ。
おまけ。石下のミヤマアメイロケアリの坑道から得られた、大型ムネトゲ系アリヅカムシの失敗写真。いつも家の近所でヤマアリ類の巣から出るヨコヅナトゲアリヅカBatrisodellus palpalisに一見似ていたが、上半身がやけにほっそりと長い。今までどこでも見た覚えがない種なので、たぶん珍種の好蟻性種と思いたい。頭部後方の黄色い毛束がとくに怪しい。
この山塊は虫マニアには割と有名だが、好蟻性昆虫という観点では誰も調査に入った歴史がない所なので、俺の「駿河まま」。同じケアリ属のクサアリ亜属では、特定種のクサアリの巣に固有な好蟻性昆虫がいくつか知られているので、ミヤマアメイロケアリにだけ専門につく居候だっていないとは言い切れない。絶対見つけてやる。