ある時の昼下がり、森の中で倒れているタケを踏み割った。倒れたタケの中には、本来樹上性でなかなか巣を暴けない種類のアリが巣を作っていることがあるからだ。この日割ったタケからは、珍しく数匹のギガスが飛び出してきた。夜行性のギガスは、時々数匹のチームで採餌に出る。そして、巣に帰る前に夜が明けてしまった場合、次の夜までこうした物陰に隠れてやり過ごすのである。
こういうシチュエーションで日中外へ叩き出されたギガスは、ひどく臆病な性格をしている。慌てふためいて逃げまどい、殆どの個体が近くの大きな落ち葉裏に身を寄せて隠れた。しかし、体サイズのひときわでかい一匹がそこに隠れ損ねてしまった。何とか隠れる場所を探すため右往左往しているのだが、このアリ、なにか様子がおかしい。急にダッシュしたかと思えば、その場で仁王立ちして虚勢をはるそぶりを見せたりする。よく目をこらすと、アリの周辺を小さなゴミみたいなものがまとわりついているように見えた。
とても小さいノミバエが、アリにまとわりついていたのだ。ノミバエには飛びながらアリの体内に産卵し、内側から食い荒らす捕食寄生性の種が多く知られる。様々な種類のアリで、その種専門に寄生するノミバエの仲間が存在する。アリより遙かに小さく、そして素早く飛び回るこの天敵はアリにとって非常にやっかいな存在。これに見込まれるとアリは逃走する以外に防衛の術がない。
見ていると次第にハエの数が増えていくようだった。アリはパニックを起こして、その場から走って逃げ出す。3センチクラスの巨大アリがゴマ粒よりも小さいハエに怯えて逃げる様は、滑稽であり奇妙でもある。
時々、顎を振りかざして怒り狂うのだが、ハエには何の威嚇にもならない。
ハエはアリの体に止まり、口で刺すような舐めるようなそぶりを見せる。高速でアリに体当たりしてすぐ逃げるものもいて、何をしているのかよく分からない。見たところ、複数種のハエが来ている雰囲気で、それぞれアリに対して行うことが違うように思えた。
しばらく見ていると、逃げまどうアリの動きに変化が見られた。足取りがおぼつかなくなり、よたよた歩くようになった。そして・・・
何とあろうことか死んでしまった。ハエにまとわりつかれてからわずか30~40分後の出来事。屈強なアリが、ハエにまとわりつかれただけで死ぬとは思わなかった。アリを倒す程のことをハエがしたようには見えなかったのだが、ハエの行動が何らかの影響を与えた結果としか思えない。さっきまで元気で、目立った外傷もなかったのに。タケを割ったときに首尾よく逃げ隠れたアリの方は普通に皆元気だった。
このハエの存在は、少し前に「ant phorid」などとグーグルで画像検索していたときに、偶然出てきたflickrの写真で知った。きっと気にしていれば、そのうちジャングルで実際に見る機会があるだろうと思っていたら、本当に見ることが出来た。ギガスはマレー半島とボルネオに生息するが、ハエも双方に分布しているのか、いるなら種類は違わないのかなど、興味は尽きない。
マレーにて。