2022.03.31
歴史家のみるウクライナ戦争
ティモシー・シナイダー教授へのインタビュー記事
2月24日のロシア軍のウクライナ侵攻の映像は、第二次大戦中のナチスドイツ軍の記録フィルムをカラー化したものかと思わせる大時代的なものであった。プーチンによる蛮行は、世界の時計を80年ほど巻き戻したのだ。日本国内のマスメディアやネット上の議論などを見ても、多くの人がどう受け止めればいいのか混乱しているようだ。
東欧現代史研究の第一人者である、イェール大学のティモシー・シナイダー教授が様々な場面で発言している。その中から、3月23日のイギリス公共放送のチャンネル4のインタビュー「ウクライナはプーチンから我々皆を守っている」(Ukraine is ‘defending all of us’ from Putin)を要約する。話は非常に論理的で今後の展開を考えるうえでも多くのヒントを与える内容である。
〇プーチンの動機
我々は長い間、プーチンは我々とあまり変わらない、ただ政治的戦術に長けた人物だと考えていたが、それは間違いだった。今回の戦争から、彼はロシアのあるべき姿、ウクライナのあるべき姿について特定のイデオロギーに基づいて行動する人物だということが明らかになった。プーチンは合理的な考え方をする人物だと思っていたが、じつは我々に馴染みのない思想に染まっているのだ。
〇今回の軍事行動は一種の帝政的な考えと見てよいか
「帝政」の語は適切だ。帝国内に国家は存在せず、皇帝が領土を支配する。プーチンはウクライナが国家として存在していないと考えており、その地域を一方的に、軍事力を行使して支配・服属させようとしている。彼はロシアが、大ロシアとして何らかの使命をもっていると考えている。
〇交渉はどのように可能か
プーチンの「特殊軍事作戦」は、ウクライナという国家は実際には存在しないということを前提としていたが、その考えは間違っていた。ロシア軍が来れば、「国民」でないウクライナの人々は喜んで迎え入れ、政権は逃亡する、とプーチンは期待していたが、そのような事態は生じなかった。
プーチンは、国民国家としてのウクライナは存立しえないと、ウクライナ人たちが諦めるまで、ウクライナ人を傷めつけ続けるだろう。それが、いま我々が見ているものであり、女性・子ども・避難民の列に対する砲弾・爆弾による無意味な殺戮だ。しかしウクライナの人々が、プーチンの頭の中にある「現実」を受け入れることはない。
交渉が成立するとすれば、まずはウクライナ側が勝利しなければならない。ウクライナ側はプーチンが、自分の見るものは幻想であることを認めさせ、また自身の幻想に固執すれば、現在の地位に留まるチャンスが脅かされることを理解させる必要がある。
〇ウクライナ側の勝利の可能性
ロシアの軍事作戦は予定通りには進んでいないし、ロシアにとって好ましい状況にはない。中国に対して支援を求めたりシリア人傭兵を導入しようとしたりしているが、これらはロシアが勝っているのであれば、採用するものではない。ウクラナ側が勝てば、現実的な交渉に持ち込むことができよう。ウクライナ側が勝つ可能性を理解しない限り、プーチンは交渉のテーブルには着かないだろう。ウクライナ側が勝利することでしか戦争は終わらない。
〇長期の消耗戦となった場合
我々はロシアがひとつの国家を破壊する試みを見ている最中であり、ロシアの前線の向こう側にいるウクライナの人々が連れ去られ、ジャーナリストや市長が行方不明となっている。ロシア側は領土を支配しようとしているだけではなく、そこに暮らす人々の生活を変えようとしている。ウクライナ人たちに、ウクライナという国がないことを受け入れるまで服従させようとしている。それはより多くのロシア兵、より多くのウクライナ人が死ぬことを意味する。
〇ロシアの行動をどう理解すべきか
西側は価値観においては多元主義であり、人々は異なる考えをもつことが当然とされる民主主義社会だ。しかしプーチンは、ウクライナだけではなく民主主義の西側社会を相手に戦っていると考えている。彼の軍事行動は、ウクライナ征服だけではなく、西側社会を弱く防御を無力なものにすることを目指している。
〇プーチンの主張にどう対応すればよいか
プーチンの歴史観を事実に基づいて批判することが大切だ。プーチンは、歴史を超越してどこかからやってきた英雄のように振る舞い、ウクライナとロシアを一緒に取り戻し、彼にとって「壊れた世界」を修復することが自分の任務であると考えている。
それなりの内在的な論理があってウクライナに侵攻し、国家を破壊する行動を起こしている。我々がそれをただ否定して笑うとすれば間違うし、彼が異なる形で世界を見ていることを深刻に捉える必要がある。プーチンはウクライナが存在しないという見方をし、戦争を招いている。我々はそこで立ち止まり、どう止めねられるか考えねばならない。
〇西側の武器提供などは正しいだろうか
そうだ。もし西側首脳たちが言う通りにウクライナが本当に重要ならば、西側諸国の相当額の防衛費をウクライナ支援に回すべきだ。ドイツのようにタブーに触れることになるとしても、実際に支出している防衛費に比べれば小さなものである。世界の未来はウクライナにかかっているといえる。だとすれば、多くの支援をすることに疑問はないどころか、現状では少なすぎるぐらいだ。
〇プーチンのバルト三国やNATOに対して取る態度
西側世界のような社会のあり様はあってはならないものと、プーチンが考えていることを理解しなければならない。民主主義国では選挙に負ければ首相が退陣するように、指導者は民意によって変わる。プーチンは、そのような社会の在り方自体を否定する。プーチンは独裁者として永久的に支配することを望むがゆえに、西側の存在そのものが彼にとっての脅威であり、ウクラナが彼の思い通りにならず、選挙で選ばれた大統領のいる民主主義国家であることが、彼にとっての脅威なのだ。プーチンにとってウクライナは西側そのものであり、もしもウクライナが負けることがあれば、ロシアは、さらに侵略を拡大するだろう。
〇核兵器の使用の可能性について
プーチンは西側指導者と異なる考え方をするが、いったん核兵器を使用すれば、保有国同士が滅亡するMAD(Mutual Assured Destruction)の環境が存在することは理解しているはずだ。プーチンも死にたくはないだろうから、彼にとって核兵器の使用が難しいことに変わりはない。しかし、限定的な生物・化学兵器の使用可能性は考えらえる。そのような大量破壊兵器が使用された場合の対応は考えておく必要がある。
小川 洋 (教育研究者)
2月24日のロシア軍のウクライナ侵攻の映像は、第二次大戦中のナチスドイツ軍の記録フィルムをカラー化したものかと思わせる大時代的なものであった。プーチンによる蛮行は、世界の時計を80年ほど巻き戻したのだ。日本国内のマスメディアやネット上の議論などを見ても、多くの人がどう受け止めればいいのか混乱しているようだ。
東欧現代史研究の第一人者である、イェール大学のティモシー・シナイダー教授が様々な場面で発言している。その中から、3月23日のイギリス公共放送のチャンネル4のインタビュー「ウクライナはプーチンから我々皆を守っている」(Ukraine is ‘defending all of us’ from Putin)を要約する。話は非常に論理的で今後の展開を考えるうえでも多くのヒントを与える内容である。
〇プーチンの動機
我々は長い間、プーチンは我々とあまり変わらない、ただ政治的戦術に長けた人物だと考えていたが、それは間違いだった。今回の戦争から、彼はロシアのあるべき姿、ウクライナのあるべき姿について特定のイデオロギーに基づいて行動する人物だということが明らかになった。プーチンは合理的な考え方をする人物だと思っていたが、じつは我々に馴染みのない思想に染まっているのだ。
〇今回の軍事行動は一種の帝政的な考えと見てよいか
「帝政」の語は適切だ。帝国内に国家は存在せず、皇帝が領土を支配する。プーチンはウクライナが国家として存在していないと考えており、その地域を一方的に、軍事力を行使して支配・服属させようとしている。彼はロシアが、大ロシアとして何らかの使命をもっていると考えている。
〇交渉はどのように可能か
プーチンの「特殊軍事作戦」は、ウクライナという国家は実際には存在しないということを前提としていたが、その考えは間違っていた。ロシア軍が来れば、「国民」でないウクライナの人々は喜んで迎え入れ、政権は逃亡する、とプーチンは期待していたが、そのような事態は生じなかった。
プーチンは、国民国家としてのウクライナは存立しえないと、ウクライナ人たちが諦めるまで、ウクライナ人を傷めつけ続けるだろう。それが、いま我々が見ているものであり、女性・子ども・避難民の列に対する砲弾・爆弾による無意味な殺戮だ。しかしウクライナの人々が、プーチンの頭の中にある「現実」を受け入れることはない。
交渉が成立するとすれば、まずはウクライナ側が勝利しなければならない。ウクライナ側はプーチンが、自分の見るものは幻想であることを認めさせ、また自身の幻想に固執すれば、現在の地位に留まるチャンスが脅かされることを理解させる必要がある。
〇ウクライナ側の勝利の可能性
ロシアの軍事作戦は予定通りには進んでいないし、ロシアにとって好ましい状況にはない。中国に対して支援を求めたりシリア人傭兵を導入しようとしたりしているが、これらはロシアが勝っているのであれば、採用するものではない。ウクラナ側が勝てば、現実的な交渉に持ち込むことができよう。ウクライナ側が勝つ可能性を理解しない限り、プーチンは交渉のテーブルには着かないだろう。ウクライナ側が勝利することでしか戦争は終わらない。
〇長期の消耗戦となった場合
我々はロシアがひとつの国家を破壊する試みを見ている最中であり、ロシアの前線の向こう側にいるウクライナの人々が連れ去られ、ジャーナリストや市長が行方不明となっている。ロシア側は領土を支配しようとしているだけではなく、そこに暮らす人々の生活を変えようとしている。ウクライナ人たちに、ウクライナという国がないことを受け入れるまで服従させようとしている。それはより多くのロシア兵、より多くのウクライナ人が死ぬことを意味する。
〇ロシアの行動をどう理解すべきか
西側は価値観においては多元主義であり、人々は異なる考えをもつことが当然とされる民主主義社会だ。しかしプーチンは、ウクライナだけではなく民主主義の西側社会を相手に戦っていると考えている。彼の軍事行動は、ウクライナ征服だけではなく、西側社会を弱く防御を無力なものにすることを目指している。
〇プーチンの主張にどう対応すればよいか
プーチンの歴史観を事実に基づいて批判することが大切だ。プーチンは、歴史を超越してどこかからやってきた英雄のように振る舞い、ウクライナとロシアを一緒に取り戻し、彼にとって「壊れた世界」を修復することが自分の任務であると考えている。
それなりの内在的な論理があってウクライナに侵攻し、国家を破壊する行動を起こしている。我々がそれをただ否定して笑うとすれば間違うし、彼が異なる形で世界を見ていることを深刻に捉える必要がある。プーチンはウクライナが存在しないという見方をし、戦争を招いている。我々はそこで立ち止まり、どう止めねられるか考えねばならない。
〇西側の武器提供などは正しいだろうか
そうだ。もし西側首脳たちが言う通りにウクライナが本当に重要ならば、西側諸国の相当額の防衛費をウクライナ支援に回すべきだ。ドイツのようにタブーに触れることになるとしても、実際に支出している防衛費に比べれば小さなものである。世界の未来はウクライナにかかっているといえる。だとすれば、多くの支援をすることに疑問はないどころか、現状では少なすぎるぐらいだ。
〇プーチンのバルト三国やNATOに対して取る態度
西側世界のような社会のあり様はあってはならないものと、プーチンが考えていることを理解しなければならない。民主主義国では選挙に負ければ首相が退陣するように、指導者は民意によって変わる。プーチンは、そのような社会の在り方自体を否定する。プーチンは独裁者として永久的に支配することを望むがゆえに、西側の存在そのものが彼にとっての脅威であり、ウクラナが彼の思い通りにならず、選挙で選ばれた大統領のいる民主主義国家であることが、彼にとっての脅威なのだ。プーチンにとってウクライナは西側そのものであり、もしもウクライナが負けることがあれば、ロシアは、さらに侵略を拡大するだろう。
〇核兵器の使用の可能性について
プーチンは西側指導者と異なる考え方をするが、いったん核兵器を使用すれば、保有国同士が滅亡するMAD(Mutual Assured Destruction)の環境が存在することは理解しているはずだ。プーチンも死にたくはないだろうから、彼にとって核兵器の使用が難しいことに変わりはない。しかし、限定的な生物・化学兵器の使用可能性は考えらえる。そのような大量破壊兵器が使用された場合の対応は考えておく必要がある。