2016.05.31
そら始まった!消費税引き上げ延期の「アベの猿芝居」
暴論珍説メモ(145)
安倍首相は来年4月に予定されている消費税の8%から10%への引き上げを2019年10月まで2年半先送りすることで、週明けから自民党内および公明党との調整に入るとか。
私は先月の本欄で、安倍首相は14年12月に行われた前回衆院選で味をしめた手口、つまり選挙前に増税延期を持ち出して、それの是非を問うという形で、票を集めようとする手を来る7月の参院選でも打ってくるに違いないと書いたが、やはりその通りに筋書は進んでいるようである。こんな安手の猿芝居がいつまでも通用するとすれば、日本の民主政治とはいったい何なのかと索然たる思いを禁じ得ない。
とは言っても、そんな安倍首相の心底を見透かしている人は多いから、今回は前回ほど簡単に舞台をつくることは難しく、脚本はますますわざとらしくなってきたので、そこを一応念押ししておきたい。
安倍首相は14年11月に増税延期を決めた時には、「2度と延期はしない。延期するとすれば、リーマンショック級の危機か、東北大震災のような大災害が起きた時だ」と明言した。しかし、やはり選挙が近くなると、14年衆院選での大勝の味が忘れられないと見え、この春以来、一方では腹心の稲田政調会長に「増税は延期すべきだ」という「個人的見解」を大っぴらに吹聴させ、一方ではノーベル賞受賞者ら経済学の「権威」を外国から招いて「増税は慎重に」と言ってもらって、なんとか増税延期を言い出せるような世論の下地をつくろうとしてきた。
しかし、そんな腹の内は誰の目にも明らかだから、先月の党首討論で民主党の岡田代表から「増税は延期すべきだ」という先制攻撃を受けてしまった。表向きは「2度と延期はしない」という公約を取り下げていない以上、安倍首相は岡田氏の延期論に賛成するわけにもいかず、その場では心ならずも「増税は予定通り実施」と言わざるをえなかった。
もっとも岡田氏のこの先制攻撃も、安倍首相の本音と建て前の食い違いを突いて、安倍首相を困らせてやろうというだけのもので、増税延期後の財政をどうするのかという本質的なところには全く触れず、もともと消費税増税を言い出した民主党の代表の討論にしては、いささか品格に欠けるところがあったが、今の力関係ではそれもやむをえまい。
そこで安倍首相が考えた次の一手はG7サミットの議長国という立場を利用して、外国首脳の力を借りて脚本を書き直すことだった。サミット前にG7の欧州主要国を歴訪して、各国首脳に世界経済の危機を訴え財政出動を説いて回ることだった。それがうまくいけば、「各国が苦しい台所事情にも拘わらず、財政出動して、世界の危機を救おうとしている時に、日本だけが増税してそれに水をかけるわけにはいかない」という大義名分ができるという仕掛けである。
ところがそうは問屋が卸さなかった。ドイツ、イギリスは明確に反対したし、積極的な賛成論はどこからも出てこなかった。本来なら、ここでこの筋書きはお蔵入りとするしかなかったのである。
しかし、そこはわが安倍首相、そんなことでは怯まなかった。筋書が破たんして観客の失笑を買おうと買うまいと、お構いなしに議長国の立場を利用して、「世界経済はリーマン危機の前夜にある」という独断にG7の合意というきらびやかな衣裳を着せてしまった。さすがに「危機のさなかにある」とは言えなくて「前夜にある」という気象予報士のようなセリフにしたところに苦心が見られるが、原油価格が反転の兆しを見せ、米FRB(連邦準備制度理事会)のイエレン議長も6月には政策金利の引き上げに踏み切るか、という情勢の中で、自分の都合で「危機前夜」の旗を振る姿は滑稽と言わざるを得ない。
さすがにこの芝居はサミット取材の世界のメディアを驚かせたと見え、「2008年との比較は説得力がない」(英フィナンシャル・タイムズ)、「安倍氏はG7首脳を納得させられなかった」(英BBC)、「安倍氏は『深刻なリスク』の存在を訴え、悲観主義で驚かせた」(仏ルモンド)、「あまりに芝居がかっている」(米CNBC)と、笑いものにされたうえ、「政治的思惑からの発言」とすっかり腹の内を見透かされている(いずれも『毎日』5月29日朝刊)。
さてこれからである。「危機前夜」という口実はできたとして、それならとみんなが増税延期に賛成しては選挙の焦点にはならない。最大野党の民主党は前述のとおり「延期論」である。ここは自民党内と連立与党の公明党との間で「選挙の焦点」に仕立て上げるしかない。
そのために週明けから安倍官邸と自民党、公明党との調整が始まるようである。さぞや財務省の財政再建論や公明党の社会保障重視論などが飛び交って、一見真面目な論戦がおこなわれるであろう。しかし、猿芝居の結論は見えている。安倍首相の「決断」で増税延期がきまるのだ。しかも、次の引き上げ時期は2019年10月とか、安倍氏本人の自民党総裁任期は18年9月までだから、任期中はもはやこの問題に頭を使わなくてすむ。もっとも本人はさらなる続投を考えているのだろうが、その時はその時のこととして、今はうまい芝居が書けたとさぞやご満悦であろう。いやはや。 (160529)
田畑光永 (ジャーナリスト)
安倍首相は来年4月に予定されている消費税の8%から10%への引き上げを2019年10月まで2年半先送りすることで、週明けから自民党内および公明党との調整に入るとか。
私は先月の本欄で、安倍首相は14年12月に行われた前回衆院選で味をしめた手口、つまり選挙前に増税延期を持ち出して、それの是非を問うという形で、票を集めようとする手を来る7月の参院選でも打ってくるに違いないと書いたが、やはりその通りに筋書は進んでいるようである。こんな安手の猿芝居がいつまでも通用するとすれば、日本の民主政治とはいったい何なのかと索然たる思いを禁じ得ない。
とは言っても、そんな安倍首相の心底を見透かしている人は多いから、今回は前回ほど簡単に舞台をつくることは難しく、脚本はますますわざとらしくなってきたので、そこを一応念押ししておきたい。
安倍首相は14年11月に増税延期を決めた時には、「2度と延期はしない。延期するとすれば、リーマンショック級の危機か、東北大震災のような大災害が起きた時だ」と明言した。しかし、やはり選挙が近くなると、14年衆院選での大勝の味が忘れられないと見え、この春以来、一方では腹心の稲田政調会長に「増税は延期すべきだ」という「個人的見解」を大っぴらに吹聴させ、一方ではノーベル賞受賞者ら経済学の「権威」を外国から招いて「増税は慎重に」と言ってもらって、なんとか増税延期を言い出せるような世論の下地をつくろうとしてきた。
しかし、そんな腹の内は誰の目にも明らかだから、先月の党首討論で民主党の岡田代表から「増税は延期すべきだ」という先制攻撃を受けてしまった。表向きは「2度と延期はしない」という公約を取り下げていない以上、安倍首相は岡田氏の延期論に賛成するわけにもいかず、その場では心ならずも「増税は予定通り実施」と言わざるをえなかった。
もっとも岡田氏のこの先制攻撃も、安倍首相の本音と建て前の食い違いを突いて、安倍首相を困らせてやろうというだけのもので、増税延期後の財政をどうするのかという本質的なところには全く触れず、もともと消費税増税を言い出した民主党の代表の討論にしては、いささか品格に欠けるところがあったが、今の力関係ではそれもやむをえまい。
そこで安倍首相が考えた次の一手はG7サミットの議長国という立場を利用して、外国首脳の力を借りて脚本を書き直すことだった。サミット前にG7の欧州主要国を歴訪して、各国首脳に世界経済の危機を訴え財政出動を説いて回ることだった。それがうまくいけば、「各国が苦しい台所事情にも拘わらず、財政出動して、世界の危機を救おうとしている時に、日本だけが増税してそれに水をかけるわけにはいかない」という大義名分ができるという仕掛けである。
ところがそうは問屋が卸さなかった。ドイツ、イギリスは明確に反対したし、積極的な賛成論はどこからも出てこなかった。本来なら、ここでこの筋書きはお蔵入りとするしかなかったのである。
しかし、そこはわが安倍首相、そんなことでは怯まなかった。筋書が破たんして観客の失笑を買おうと買うまいと、お構いなしに議長国の立場を利用して、「世界経済はリーマン危機の前夜にある」という独断にG7の合意というきらびやかな衣裳を着せてしまった。さすがに「危機のさなかにある」とは言えなくて「前夜にある」という気象予報士のようなセリフにしたところに苦心が見られるが、原油価格が反転の兆しを見せ、米FRB(連邦準備制度理事会)のイエレン議長も6月には政策金利の引き上げに踏み切るか、という情勢の中で、自分の都合で「危機前夜」の旗を振る姿は滑稽と言わざるを得ない。
さすがにこの芝居はサミット取材の世界のメディアを驚かせたと見え、「2008年との比較は説得力がない」(英フィナンシャル・タイムズ)、「安倍氏はG7首脳を納得させられなかった」(英BBC)、「安倍氏は『深刻なリスク』の存在を訴え、悲観主義で驚かせた」(仏ルモンド)、「あまりに芝居がかっている」(米CNBC)と、笑いものにされたうえ、「政治的思惑からの発言」とすっかり腹の内を見透かされている(いずれも『毎日』5月29日朝刊)。
さてこれからである。「危機前夜」という口実はできたとして、それならとみんなが増税延期に賛成しては選挙の焦点にはならない。最大野党の民主党は前述のとおり「延期論」である。ここは自民党内と連立与党の公明党との間で「選挙の焦点」に仕立て上げるしかない。
そのために週明けから安倍官邸と自民党、公明党との調整が始まるようである。さぞや財務省の財政再建論や公明党の社会保障重視論などが飛び交って、一見真面目な論戦がおこなわれるであろう。しかし、猿芝居の結論は見えている。安倍首相の「決断」で増税延期がきまるのだ。しかも、次の引き上げ時期は2019年10月とか、安倍氏本人の自民党総裁任期は18年9月までだから、任期中はもはやこの問題に頭を使わなくてすむ。もっとも本人はさらなる続投を考えているのだろうが、その時はその時のこととして、今はうまい芝居が書けたとさぞやご満悦であろう。いやはや。 (160529)