2011.03.31 「にほんのうた」を聴いて思うこと
 ―緊張だけでよいのだろうか―

半澤健市 (元金融機関勤務)


《「東京・春・音楽祭-東京のオペラの森」》 
個人的な体験を書くことをお許しいただきたい。
11年3月23日の午後、私は家人と東京上野の「旧東京音楽学校奏楽堂」で東京オペラシンガーズの唱う「にほんのうた」を聴いていた。企業体が構成し東京都が後援する「東京・春・音楽祭実行委員会」主催の「東京・春・東京のオペラの森2011」の一環である。1時間余りの間に演奏された曲目と出演者は次の通りであった。

■曲 目
「この道」:北原白秋・作詞/山田耕筰・作曲(以下同じ)
「待ちぼうけ」:北原白秋/山田耕筰、「荒城の月」:土井晩翠/滝 廉太郎
「箱根八里」:鳥居 忱/滝 廉太郎、「かやの木山の」:北原白秋/山田耕筰
「からたちの花」:北原白秋/山田耕筰
「ずいずいずっころばし」によるパラフレーズ[ピアノ・ソロ]:野平一郎・作曲
「早春賦」:吉丸一昌/中田 章、「朧月夜」:高野辰之/岡野貞一
「花」:武島羽衣/滝 廉太郎、「浜辺の歌」:林 古溪/成田為三
「われは海の子」:文部省唱歌、「もみじ」:高野辰之/岡野貞一
「赤とんぼ」:三木露風/山田耕筰、「冬景色」:文部省唱歌
「雪」:文部省唱歌、「冬の夜」:文部省唱歌
「仰げば尊し」:文部省唱歌、「ふるさと」:高野辰之/岡野貞一、全員による合唱

■出演者
合唱:東京オペラシンガーズ
ソプラノ:柴田由香、永京子、藤田美奈子 アルト:三宮美穂、菅原章代、戸畑リオ テノール:高田正人、真野郁夫、与儀 巧 バス:寺本知生、成田 眞、藪内俊弥
指揮:宮松重紀 、ピアノ:野平一郎

《墨田河畔で聞いた「花」》 
見事な演奏であった。見事過ぎるといいたいほどである。
東京オペラシンガーズは小澤征爾の肝いりで結成されたプロ集団である。
滝廉太郎がピアノを弾き、山田耕筰が歌ったという「旧奏楽堂」は、1980年代に移築したから明治時代と場所は違うが当時のデザインのまま我々を迎えてくれたのである。
四季を表現する曲目を聴きながら数百名の聴衆は何かを想起していたに違いない。

私はなぜか預金集めの営業時代のことを思い出していた。半世紀前のことである。営業マンの苦労はどの商売も同じであろう。ノルマ金額を集めなければ自店へ帰れなかった。その時には喫茶店へシケ込むか、公園の一角へ座り込むか、B級映画を観に入るかである。
春の一日、私は隅田川河畔のベンチに腰掛けていた。カネが集まらなかったのであろう。そのときに女声合唱で「花」のメロデイーが流れてきた。それは近くの高校の音楽教室から聞こえてきたのだと思う。美しい歌声だった。私は本当に切ない気持ちになった。映画の一場面に自分がいるように感じた。黒澤明の『野良犬』では、殺人犯木村功が逃走する朝の無音の住宅地からはピアノの音が聞こえていた。米映画『裸の町』でも犯人が逃げ登った高層鉄塔からテニスコートが見える。打ち合うプレーヤーが米粒のように見える。そういう感覚なのである。
私は犯罪者ではなかったが、「花」の爽やかさは惨めな気持ちの私をさらに惨めにした。「切ない」気持ちが募った。私にとっての「花」のように、会場の人々にとって「にほんのうた」たちはきっと何物かなのだと思う。

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