2017.03.31 中国共産党第19回全国代表大会はどんなものになるだろうか
   ――八ヶ岳山麓から(216)――
       
阿部治平 (もと高校教師)

中国では毎年開かれる全国人民代表大会(全人代)が終わった。秋には中国共産党第19回全国大会が開かれ、最高幹部が大幅に改選される。全人代での報告と討論をみて、党大会はどのようなものになるか考えたい。

権力の集中について
19党大会の最重要事は党規約が改定され、主席制が復活して習近平がその座にすわれるかどうかである。
毛沢東の専制政治がいくたびもの悲劇を生んだ反省として、82年12回党大会では党主席制を廃止し最高指導部を政治局常務委員会とした。総書記はその議長であり、重要な権限は各常務委員が分担し、政策は多数決によってきた。
現在常務委員は7人。68歳引退の慣習があるから19回党大会で残るのは、習近平と李克強だけである。
習氏は総書記就任以来、反腐敗闘争の名のもと反対派閥を追い落とし、李総理をはじめ他の常務委員の権限を削って権力を自分に集中してきた。自身を別格の「核心」と位置付けさせ、メディアに忠誠を求め、言論の圧殺を続けている。
さきの全人代では発言者のほとんどは習氏を礼賛したが、習氏のねらいが容易に党長老らの同意をえられるかは疑問である。いずれ長老と最高幹部があつまる夏の北戴河会議で方向が決まる。決まらなかったら、習氏は対抗派閥に勝てなかったことを意味する。
党主席制が成立すると、習氏も毛主席のように生涯その座に居座ることが可能である。そうなると21世紀における皇帝支配の復活である。

経済圏の形成について
全人代では、李克強総理は今年のGDP成長目標を6.5%前後とし、前年より低い数値を報告した。そもそも中国のGDP数値はあまりあてにならない。かつて李氏が言ったように「鉄道貨物輸送量・銀行融資額・電力消費量」でやるべきだ。
これについて、環球時報は3月6日付社説で、構造調整が行われているとき、この成長率を維持できるのは貴重だと自賛した。だが、問題は中国経済のソフトランディングができるか、いつ下げ止まるかである。昨年財務相を退職した楼継偉は率直に「中国は五分五分の割合で『中所得のわな』に陥る」といったが、不景気が深刻化したら若者の失業が増加し、社会不安はたかまる。
一方、TPPが崩壊したことと、その後のASEAN諸国の動向からすれば、安倍政権の対中包囲網構想は完全に破綻したといえる。次に来るものはアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の建設と、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉である。習氏はさきのダボス会議で保護主義を批判し、グローバリズムによって中国も他国も利益を得ることができると自信を示した。
中国経済研究者の関志雄氏は「今後、アジアにおける地域統合は、中国が主導するRCEPを中心に進められる可能性が高い」として、こういう。
「中国は、地域統合にとどまらず、新設されたアジアインフラ投資銀行(AIIB)とBRICS5ヵ国が運営する新開発銀行(NDB)に加え、IMFや世界銀行といった既存の国際機関においても、出資比率の引き上げなどを通じて、存在感を増していくだろう(http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/index.html)」
その通りであろう。中国経済が大きく失速しない限り、TPPのあとに来るものは人民元主導のアジア経済圏である。19回党大会はこれを誇示するだろう。

また頭越し外交か
習氏は3月19日、ティラーソン米国務長官と会談した。中国側の発表では、習氏は「中米両国の共通の利益は意見の相違よりはるかに大きい。協力こそが両国の唯一の正しい選択だ」と強調し、ティラーソン氏もこれに応じて「(習氏の言の)衝突せず、対抗せず、相互に尊重し、協力してウィンウィンを達成する」をくりかえし、「トランプ大統領は習主席との意思疎通に非常に大きな価値を置いている」と述べ、早期の首脳会談開催を重視する姿勢を示した。
トランプ氏は大統領就任にあたって中国にまず一撃を加えたが、それを事実上撤回したのである。
こうした動きの先に、アメリカの「頭越し外交」が透けて見える。1971年8月、ニクソン米大統領は突然中国訪問を発表した。自民党佐藤政権にとっては寝耳に水で、それまでの中国敵視政策を急転換しなければならなくなった。
秋の19回党大会までには、米中外交戦の中味がかなり明らかになるだろうが、日本政府がアメリカの対中強硬策だけを頼りにするなら、とんだ煮え湯を飲ませられるだろう。
どんなにつきあいにくい隣人でも、その気になれば共存共栄の道はあるものだが、残念なことに日本を支配する政財界と官僚群には、自主外交を展開するだけの度胸がない。この5月自衛艦「いずも」を南シナ海に派遣するなどは、現実離れした判断になるにちがいない。

思想弾圧と腐敗取締について
全人代では、最高人民検察院の曹検察長は、まず民主活動家や弁護士を国家政権転覆罪で摘発した事案を報告し、汚職の取締を後回しにした。名指しされたのは活動家の胡石根氏や人権派弁護士の周世鋒氏らである。
党中央紀律検査委員会はすでに改革派の学者が多い北京大の調査に入った。関係者は「主眼は腐敗問題ではなく、講義や研究内容が党中央の要求に合致しているかどうかだ」と明かしたという。曹検察長は今後も「敵対勢力による転覆、破壊活動を厳しく処罰する」と強調した。19回党大会以後も苛烈な思想弾圧がつづくだろう。
検察長報告では、2016年に汚職事件で捕まった公務員は対前年比12.1%減の4万7650人だった。閣僚級以上の高官は21人で前年の半分である。だが以前本欄に書いたとおり、政治局常務委員が大量に交替する19回党大会までには、大物摘発の可能性が残っている。
反腐敗闘争は今後も強調されるだろう。だが根本的改革は不可能だ。なぜなら官とは党であり、官僚から腐敗の根源である特権を奪うことは党の力量を削ぐことになるからだ。

老百姓の生活について
中国へ行くたびに感じるのは、リーマンショック後の内需拡大政策以来、高速鉄道、舗装道路、地下鉄網の拡大、自動車の普及がいちじるしいことだ。都市住宅は極端に高価だが、消費生活のヨーロッパ化が急速にすすんでいる。全人代では貧困層救済に成功したと報告している。
だが貧困だけが問題ではない。一歩村に入れば、両親の出稼ぎと子供のしつけ、小学校の統廃合、農地問題、医療、水と土壌汚染など課題が山積している。
情報統制と監視は今後確実に厳しくなる。いまでも、GOOGLE系のインターネットにはアクセスできないし、メールやWeChat(無料のメッセージと通話のアプリ=「微信」)なども監視されている。携帯電話の購入や旅館ホテルの利用はもちろん、高速鉄道乗車の際も実名登録をしなければならない。
公務員の採用は「官二代(親のコネ)」が目立つ。やがて「官三代」も出るだろう。無権の民(老百姓)の子供は「根本無門(手も足も出ない)」状態だ。そして19回党大会は、民生の向上と機会の平等をうたうかもしれないが、どのくらい本気かはわからない。

裏返しの現状批判
日本ではともかく、欧米には中国経済の市場化の未完成を理由に「中国は統制経済であって市場経済に非ず」という議論がある。中国当局はこれにネット上で反論している。その「反論」に対する「誰か」の書込みをここに紹介して拙論を終る。

「西側敵対勢力は、中国が市場経済であることを認めないという。なんたる無知!我々のところでは、官界はすでに市場化し、官職の売買はもとより、解放軍将軍の地位だって買える。おまえらにはここまでやれるか!
教育、医療、裁判、工事の入札、出生・結婚・離婚の証明書、卒業証書、修士・博士の学位、勤続年数・年齢・各種職掌、さらには「地溝油」だって、サッカリンだって、「蘇丹紅」だって、「国際友人」だって、「紅十字会」だって、みんな買えるんだ。
それにネット上の世論だって「5毛ずつ」買って来たものなんだ(注)。
……こんなに立派に市場化しているじゃないか。これでもおまえらは我々が市場経済じゃないというのか!バカめ!」

注)「地溝油」とは食品工場の廃油をすくってもう一度あげものなどに使う油。「蘇丹紅」とは発癌性染色剤。鶏卵に用いられて問題になった。「国際友人」とは、この場合は北京オリンピック招致時のIOC会長サマランチを指す。
「紅十字会」は赤十字社、スキャンダルが多い。「5毛ずつ」とは、ネット上で反体制的書き込みを消し中共支持の書き込みをする仕事が1件5毛(0.8円)だから。「5毛党」という。