2017.07.31
中国世論は北朝鮮をどうみているか、それは中共中央とどう違うか
――八ヶ岳山麓から(229)――
北朝鮮の核・ミサイル開発にたいして、日米は中国に追加制裁を求めてきたが、中国は徹底した制裁には踏み切らなかったし、今後もこれ以上やる気はない。いまや米中合意の制裁方式が無力であることは、誰の目にも明らかになった。最終的な解決は、時間はかかるだろうが米朝の直接交渉以外に道はない。
「中国青年報」はこの6月、北朝鮮に対する近年の世論の傾向を発表した。李敦球論文「朝鮮半島認識にかかわる6大論点」がそれである。「中国青年報」は中国共産主義青年団(共青団)の機関紙で、「人民日報」「環球時報」などに次ぐ主要紙。李敦球は現在国務院世界発展研究所朝鮮半島研究主任で、朝鮮問題専門家である。
李論文がとりあげた「北朝鮮に対する近年の世論」の要旨は、箇条書きにするとつぎの通りである。
①韓国を含めた朝鮮半島の地政学的戦略的価値はなくなった。
②朝鮮の核保有は米韓に対するものではなく中国に対するものである。
③朝鮮の核ミサイル開発によって米日の中国包囲の軍事力が強化された。
④北朝鮮に対する一定程度の武力攻撃を支持する。
⑤アメリカによるTHAADの韓国配備をある限度で受入れる。
⑥北朝鮮の核実験は中国東北地方を荒廃させる。
李敦球自身はこのいずれにも否定的で、「客観的でもなく論理的にも合致しないような見方をくり返して世論の分裂を引き起こすようなことは、人々の認識を混乱させる可能性がある」との批判を加えており、この論文が中共中央の意向を反映したものであることを示している。
①は、韓国も含めた朝鮮半島の緩衝地域という戦略的価値が失われた。その理由は軍事技術が発展したこと、あるいは中国が北朝鮮をコントロールできなくなったことによるとするものである。
李敦球は中国は他国をコントロールしたことはないと弁解しつつも、(韓国ではなく)北朝鮮の地政学的戦略的地位は変らないと反論している。
北朝鮮自身は、中国が自国を米中間の緩衝国と見ていることはわかっていて、朝鮮戦争以来70年近く反米対決戦を闘い、米国の侵略的企図を挫折させて中国大陸の平和と安全をまもったのは我々だと胸を張っている。
②の北朝鮮の核兵器が中国に対するものだとする見方が生まれたのは、北朝鮮の中国への激しい非難がきっかけであろう。だが北の核保有の論理は、1960年前に、米ソの包囲下にあった中国が核保有をめざした当時の毛沢東の主張とほとんど同じで、以下のようなものである。
「核保有は、急変する情勢に対処するための一時的な対応策でもなく、いかなる対話テーブルにおける駆け引き材料でもなく、革命の最高利益と民族の安全を守るための最上の戦略的選択である。朝鮮の核は共和国の尊厳と力の絶対的象徴であり、民族復興の万年、億年の保証だ」
中露両国は日米韓と違い、北の核開発の軍事的脅威を直接に感じているわけではないが、NPT(核独占)体制の保全のために北朝鮮の核・ミサイル開発に反対している。そして、これが日韓の核武装の口実になることを警戒している。だが私はこれ以上中朝関係が悪化すれば、北の核は中国にとって脅威となる可能性は十分に存在すると思う。
金氏政権の核・ミサイル開発の論理は、朝鮮戦争以来北が直面してきた厳しい国際環境を検討することなしには理解できないものである。
やや意外だが李敦球は、③の北朝鮮の核ミサイル開発が日米における中国包囲の軍事力強化を引き起こしたとする見方を否定している。彼は、日米の国家発展戦略あるいは軍事戦略は、それぞれの国内的な政治、経済、文化及び軍事等の総合的要素が合わさって形成されたものである。北朝鮮は弱小国であって米日の戦略的方向を左右することなどできない。朝鮮が軍事的「挑発」をしなかったとしても、日米が現在の国家戦略、軍事戦略を実行しないとはかぎらない、というのである。
北朝鮮はこれについて、「中国の一部の論者は我々の核保有が北東アジア情勢を緊張させ、同地域に対する米国の戦略的配置を強化する口実を提供するというとんでもない詭弁を並べ立てているが、米国のアジア太平洋支配戦略はわれわれが核を保有するはるか以前から稼働し、以前からその基本目標はほかならぬ中国であった」と主張している。後半はそのとおりだ。
だが日本に関する限り③の論理を全面否定することはできない。安倍晋三政権は東シナ海での中国の軍事的プレゼンスとともに、北の核・ミサイル開発を軍備拡大の口実にしているからである。そしてメディアに北のミサイル発射を「挑発」と宣伝させ、これをうけてテレビはほとんどナンセンスなミサイル避難方法を放送するに至った。しかもそれにつられた日本海側の自治体のいくつかが防空訓練を実施したのである。嗤うべきか悲しむべきか。
さて、6項目すべてに共通しているのは、北朝鮮への過剰な警戒心と嫌悪感である。たとえば北の核が中国に対するもので、しかも日米の軍拡を促し、中国東北の環境を汚染する恐れがある。だから北朝鮮の(アメリカによる)核基地攻撃を容認するのもやむなしという。
李敦球は、北朝鮮が第5回核実験を行った後、米韓合同軍事演習が今までにない規模で行われたために緊張が生れ、北朝鮮基地攻撃論がこの中で台頭したという。そして現実には北の核実験が東北の環境を汚染してはいないし、世界で2000回以上行われた核実験よりも、チェルノブイリと福島の原発事故のほうが環境に対する大きな災難をもたらしたと反論している。また、李敦球はアメリカによる北基地攻撃は恐るべき結果をもたらし、事態の収拾がつかなくなるといい、われわれ同様の認識を示している。
北朝鮮はこれについてこういっている。
「(中国では)国境から100キロも離れているところの核実験を、北東地域の安全を脅かしているだの、われわれが北東アジア情勢を刺激して同地域に対する米国の戦略的配置を強化する口実を提供しているだのとして喧伝した。そのあげく、われわれの核保有に反対するのは、米国と中国の共通の利益であるとして、自分らに危険をもたらす戦争を避けるためにも、われわれに対する制裁を強化すべきだと、でまかせの主張をした」
⑤はTHAADの韓国配備の問題であるが、これを受容する考え方がなぜ中国で起こったのか私にはわからない。李敦球はもちろん受容派を非難した。これについてロシアの認識は核・ミサイル問題同様、中国と同じように反対している。むしろプーチンはアメリカが推進するミサイル防衛システム開発に重大な懸念を抱いている。というのは、アメリカのミサイル撃墜システムの精密度は急速に高度化しているからである。
以上、李敦球がとりあげた中国「世論」なるものが意外に幼稚で、「街道消息(うわさ話)」なみのレベルであることに驚く。思うに、中国のインテリたちの北朝鮮に対する過度のいらだちや憤懣、それから生まれる錯誤は、彼らが我々以上に重要な情報を知らされていないところから来るのではないか。情報を制限し必要な知識を提供せずに、過剰な警戒心と嫌悪感にもとづく「世論」を説得するのはむずかしい。
(李敦球論文の邦訳は浅井基文氏のブログ
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2017/922.html. から、また北朝鮮の論調に関しては、同ブログ「朝鮮メディアにおける対中国批判論調」http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2017/925.html)から引いた。(2017・07・27記)
阿部治平 (もと高校教師)
北朝鮮の核・ミサイル開発にたいして、日米は中国に追加制裁を求めてきたが、中国は徹底した制裁には踏み切らなかったし、今後もこれ以上やる気はない。いまや米中合意の制裁方式が無力であることは、誰の目にも明らかになった。最終的な解決は、時間はかかるだろうが米朝の直接交渉以外に道はない。
「中国青年報」はこの6月、北朝鮮に対する近年の世論の傾向を発表した。李敦球論文「朝鮮半島認識にかかわる6大論点」がそれである。「中国青年報」は中国共産主義青年団(共青団)の機関紙で、「人民日報」「環球時報」などに次ぐ主要紙。李敦球は現在国務院世界発展研究所朝鮮半島研究主任で、朝鮮問題専門家である。
李論文がとりあげた「北朝鮮に対する近年の世論」の要旨は、箇条書きにするとつぎの通りである。
①韓国を含めた朝鮮半島の地政学的戦略的価値はなくなった。
②朝鮮の核保有は米韓に対するものではなく中国に対するものである。
③朝鮮の核ミサイル開発によって米日の中国包囲の軍事力が強化された。
④北朝鮮に対する一定程度の武力攻撃を支持する。
⑤アメリカによるTHAADの韓国配備をある限度で受入れる。
⑥北朝鮮の核実験は中国東北地方を荒廃させる。
李敦球自身はこのいずれにも否定的で、「客観的でもなく論理的にも合致しないような見方をくり返して世論の分裂を引き起こすようなことは、人々の認識を混乱させる可能性がある」との批判を加えており、この論文が中共中央の意向を反映したものであることを示している。
①は、韓国も含めた朝鮮半島の緩衝地域という戦略的価値が失われた。その理由は軍事技術が発展したこと、あるいは中国が北朝鮮をコントロールできなくなったことによるとするものである。
李敦球は中国は他国をコントロールしたことはないと弁解しつつも、(韓国ではなく)北朝鮮の地政学的戦略的地位は変らないと反論している。
北朝鮮自身は、中国が自国を米中間の緩衝国と見ていることはわかっていて、朝鮮戦争以来70年近く反米対決戦を闘い、米国の侵略的企図を挫折させて中国大陸の平和と安全をまもったのは我々だと胸を張っている。
②の北朝鮮の核兵器が中国に対するものだとする見方が生まれたのは、北朝鮮の中国への激しい非難がきっかけであろう。だが北の核保有の論理は、1960年前に、米ソの包囲下にあった中国が核保有をめざした当時の毛沢東の主張とほとんど同じで、以下のようなものである。
「核保有は、急変する情勢に対処するための一時的な対応策でもなく、いかなる対話テーブルにおける駆け引き材料でもなく、革命の最高利益と民族の安全を守るための最上の戦略的選択である。朝鮮の核は共和国の尊厳と力の絶対的象徴であり、民族復興の万年、億年の保証だ」
中露両国は日米韓と違い、北の核開発の軍事的脅威を直接に感じているわけではないが、NPT(核独占)体制の保全のために北朝鮮の核・ミサイル開発に反対している。そして、これが日韓の核武装の口実になることを警戒している。だが私はこれ以上中朝関係が悪化すれば、北の核は中国にとって脅威となる可能性は十分に存在すると思う。
金氏政権の核・ミサイル開発の論理は、朝鮮戦争以来北が直面してきた厳しい国際環境を検討することなしには理解できないものである。
やや意外だが李敦球は、③の北朝鮮の核ミサイル開発が日米における中国包囲の軍事力強化を引き起こしたとする見方を否定している。彼は、日米の国家発展戦略あるいは軍事戦略は、それぞれの国内的な政治、経済、文化及び軍事等の総合的要素が合わさって形成されたものである。北朝鮮は弱小国であって米日の戦略的方向を左右することなどできない。朝鮮が軍事的「挑発」をしなかったとしても、日米が現在の国家戦略、軍事戦略を実行しないとはかぎらない、というのである。
北朝鮮はこれについて、「中国の一部の論者は我々の核保有が北東アジア情勢を緊張させ、同地域に対する米国の戦略的配置を強化する口実を提供するというとんでもない詭弁を並べ立てているが、米国のアジア太平洋支配戦略はわれわれが核を保有するはるか以前から稼働し、以前からその基本目標はほかならぬ中国であった」と主張している。後半はそのとおりだ。
だが日本に関する限り③の論理を全面否定することはできない。安倍晋三政権は東シナ海での中国の軍事的プレゼンスとともに、北の核・ミサイル開発を軍備拡大の口実にしているからである。そしてメディアに北のミサイル発射を「挑発」と宣伝させ、これをうけてテレビはほとんどナンセンスなミサイル避難方法を放送するに至った。しかもそれにつられた日本海側の自治体のいくつかが防空訓練を実施したのである。嗤うべきか悲しむべきか。
さて、6項目すべてに共通しているのは、北朝鮮への過剰な警戒心と嫌悪感である。たとえば北の核が中国に対するもので、しかも日米の軍拡を促し、中国東北の環境を汚染する恐れがある。だから北朝鮮の(アメリカによる)核基地攻撃を容認するのもやむなしという。
李敦球は、北朝鮮が第5回核実験を行った後、米韓合同軍事演習が今までにない規模で行われたために緊張が生れ、北朝鮮基地攻撃論がこの中で台頭したという。そして現実には北の核実験が東北の環境を汚染してはいないし、世界で2000回以上行われた核実験よりも、チェルノブイリと福島の原発事故のほうが環境に対する大きな災難をもたらしたと反論している。また、李敦球はアメリカによる北基地攻撃は恐るべき結果をもたらし、事態の収拾がつかなくなるといい、われわれ同様の認識を示している。
北朝鮮はこれについてこういっている。
「(中国では)国境から100キロも離れているところの核実験を、北東地域の安全を脅かしているだの、われわれが北東アジア情勢を刺激して同地域に対する米国の戦略的配置を強化する口実を提供しているだのとして喧伝した。そのあげく、われわれの核保有に反対するのは、米国と中国の共通の利益であるとして、自分らに危険をもたらす戦争を避けるためにも、われわれに対する制裁を強化すべきだと、でまかせの主張をした」
⑤はTHAADの韓国配備の問題であるが、これを受容する考え方がなぜ中国で起こったのか私にはわからない。李敦球はもちろん受容派を非難した。これについてロシアの認識は核・ミサイル問題同様、中国と同じように反対している。むしろプーチンはアメリカが推進するミサイル防衛システム開発に重大な懸念を抱いている。というのは、アメリカのミサイル撃墜システムの精密度は急速に高度化しているからである。
以上、李敦球がとりあげた中国「世論」なるものが意外に幼稚で、「街道消息(うわさ話)」なみのレベルであることに驚く。思うに、中国のインテリたちの北朝鮮に対する過度のいらだちや憤懣、それから生まれる錯誤は、彼らが我々以上に重要な情報を知らされていないところから来るのではないか。情報を制限し必要な知識を提供せずに、過剰な警戒心と嫌悪感にもとづく「世論」を説得するのはむずかしい。
(李敦球論文の邦訳は浅井基文氏のブログ
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2017/922.html. から、また北朝鮮の論調に関しては、同ブログ「朝鮮メディアにおける対中国批判論調」http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2017/925.html)から引いた。(2017・07・27記)