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[参照用 記事]

テンソル:なぜ難しいのか

まだテンソルにこだわってみる。

さまざまなテンソル達

「テンソルとは何か」が難しく分かりにくいのは、定義が多様であり、それらの定義のあいだの関係が明確にしくいせいでしょう。

まず、慣性テンソルとかひずみテンソルのように、物理(力学)や工学で登場する量としてのテンソルがあります。他にも、現象世界のなかに色んなテンソル量があるのだと思います(僕はよく知らんけど)。微分幾何のテンソルも、物理工学的なテンソルに近いものだと感じます。

一方で、線形代数(複線形代数と言うほうが正確)の範囲内で、純粋に代数的にテンソルを定義できます。ただしこの場合、「テンソルとは何か」に正面から答えるわけではなくて、代数的構造としてテンソル空間を定義して、「テンソル空間(の台集合)の元がテンソル」と素っ気なく言うだけですが。

もちろん、物理工学的なテンソル量は、あるテンソル空間でモデル化できます。しかし、抽象的な議論を避けるため、テンソル空間の代わりに“スカラーの組の計算”で済ます傾向があります。現象的な理解が先行していれば、“スカラーの組の計算”にイメージを持てるでしょうが、計算技法だけ取り出されると、かつての僕がそうだったように「何をやっているのかサッパリわからん」となるかもしれません。

物理工学的な量と代数的テンソル空間を結びつけるには、座標系や測定基準の議論をしなくてはなりませんが、これはけっこう難しい話です。

テンソルとテンソル場とテンソル値関数

古典的(伝統的)スタイルでは、テンソルとテンソル場をあまり区別しません。暗黙的に、テンソル量が空間に分布している状況を想定して、それを空間座標で微分したりするわけです。関数値と関数をあまり区別しない習慣はよくあるので、気にならない人も多いのかもしれません(僕は気になる!)。

さてところで、(テンソルとは何かわかったとして)テンソル場とは何でしょう。通常、空間の各点にテンソルを対応させる関数として定式化されます。では、テンソル場とはテンソル値関数でしょうか? この問<とい>は“テンソル”の文脈を離れて、「ナントカ場とはナントカ値関数か?」と一般化してもいいです。

実は、場と関数は違います。ただし、ある条件のもとでは場と関数を同一視できるので、通常は区別しないことが多いだけです。場と関数の違いをきちんと説明するにはファイバーバンドルという概念が必要です*1が、簡単な例ならたいした準備なしに構成できます(例えば、円筒とメビウスバンドの上にグラフを描く問題)。

テンソル積とテンソルの積

物理工学的なテンソル量/テンソル場にまったく言及することなく、純粋に代数的にテンソル積は定義できます。ここで言っている「テンソル積」は「テンソルの積」とは違います。テンソル積は、複数のベクトル空間に対する演算(新しい空間の構成操作)です。

ベクトル空間(より一般には加群)のテンソル積は抽象的な構成でどうも馴染みにくいのですが、ものすごく便利な概念です。圏論に対しても、テンソル積がたくさんの実例を提供してくれます。

ベクトル空間UとVのテンソル積を U\otimesV、普通の(集合論的)直積を U×V とすると、標準的(canonical)な双線形写像 b:U×V → U\otimesV が決まります。bを二項演算とみなすと、“テンソルの積”が定義できます。(他にも、“テンソル(あるいはベクトル)の積”と呼ばれる演算はあります。)

[追記]「テンソル積」と「テンソルの積」という、あえて紛らわしい用語を使ってみたのですが、ほんとに混乱しそうなので補足します。実際の用語法では、ベクトル空間のテンソル積 U\otimesV があるとき、u∈U、v∈V に対するb(u, v)も、uとvのテンソル積と呼ぶことが多いようです。つまり、ベクトル空間の積もベクトルの積も同じ呼び方。もし、U、Vがテンソル空間なら、b(u, v)は「テンソルuとテンソルvのテンソル積」ってことになります。

与えられたベクトル空間Uから、双対とテンソル積の組み合わせを可能な限り作り出して直和で寄せ集めると、Uのテンソル代数T(U)が作れます。T(U)には、スカラー、ベクトル(反変ベクトル)、余ベクトル(共変ベクトル)、色んな型のテンソルなどがすべて含まれます。T(U)は階付き代数(graded algebra)と呼ばれる構造で、足し算と掛け算が自由に行えるので計算上は便利です。しかし、現象との対応がつけにくいので、応用で明示的に使うことは少ないようですね。このT(U)の掛け算は「テンソルの積」と呼ぶにふさわしいものでしょう。[/追記]

ワケワカラン計算の功罪

僕は、自分が何を計算しているかが分からないとフラストレーションがたまり計算をほうり投げてしまいます。ですから、天下りの添字計算とかには、ついて行けませんでした。しかし、常に計算の対象物を求める態度は非効率的だし、必ずしも健全とは言えません。

我慢して計算しているうちにわかることもあるし、そっちのほうが早かったりします。また、計算の対象物は考えないで、計算そのものを対象にすることもできます。例えばカウフマンの抽象テンソルは、「テンソルとは何か」なんて一切考えないで、テンソル計算のメカニズムにだけに着目して定式化したものです。“何を計算しているか”は分からないままでも、計算機構自体が面白いこともあるわけです。

*1:ファイバーバンドルの切断面が場、自明バンドルの切断面は関数(写像)と同一視可能。