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[参照用 記事]

ボブ・クックの「物理系実務者のための圏論入門」

圏論に関する解説的論文(サーベイ/チュートリアル)で、あまり長くないものというと、次はお勧めです。

最近、もう1つ秀逸な記事を見つけました。「幼稚園児のための量子力学」を書いたボブ・クック(↓このニイチャン)*1による「物理系実務者のための圏論入門」(Introducing categories to the practicing physicist)です。


その概要を紹介しましょう。


こんな構成

目次はこんなです。原文の見出し(括弧内に並記)は「なにが書いてあるのだろう?」と興味をひかせる短くそっけないもの。ネタばらしになりますが、多少意訳してみました。

  1. なぜ圏論なの? (Why?)
  2. 圏てなに? (What?)
  3. 圏はどこで見つかるの? (Where?)
  4. 量子とどう関係するの? (Quantum?)
  5. 他になにが必要? (Which?)
  6. どうやって量を測るの? (How much?)
  7. 重要な圏論的概念 (Key categorical concepts)
  8. 豊饒圏について少し (Enriched categories)
  9. 閉性と内部ホム (Logical closure)
  10. 圏論的行列計算 (Categorical matirix calculus)
  11. 圏論的量子性 (Categorical quantumness)
  12. 結語 (Conclusion)

どんなことがどう書いてあるか

一般的な圏論入門ではありません。題名のとおり、物理系の実務者向けの解説です。より具体的には、量子情報の圏論的定式化(Categorical Quantum Mechanics / Informatics)の基礎を紹介する目的で書かれています。物理的/工学的直感に訴えて、主要な道具であるモノイド圏(monoidal categories)とその変種をグイグイ・グリグリと語り尽くします。

物理が苦手な僕には、ピンとこないところもあるのですが、ボブ・クックの達者な話芸に「オオー、フムフム」と感嘆/感心することしきり。物理的バックグランドがない人にもお勧めできます。

全体に、語りは口語体つうか講義調で、早口でシャベリまくっている雰囲気(typoもあり)。そのため、先走りやギャップもあって、セルフコンテインドとは言い難いのですが、要所要所の説明はホントに巧みだし、具体例も豊富なので納得感/お得感がありますよ。絵や図もキレイだし、重要な定義に赤い枠をつけたりと、学習参考書みたいな工夫もしてあって、“早口さ”を気にしなければ、楽しくわかりやすいナイスなチュートリアルです。

量子力学に興味がなくても、モノイド圏、直積と直和(デカルト圏と余デカルト圏)、豊饒圏と内部ホム、閉圏、双積、コンパクト閉圏、強(ダガー)コンパクト閉圏などの諸概念の手短な解説として利用できます。

読みどころ

有限次元ヒルベルト空間の圏FdHilbが話題の中心なんですが、「4. 量子とどう関係するの? (Quantum?)」に、「FdHilbと集合の圏Setは似てないが、FdHilbと関係の圏Relは似てる。」という指摘があります。これは面白い。「なぜ似てるか」の内的メカニズムも示唆されています。

「5. 他になにが必要? (Which?)」は、徹底的に物理的概念を使ったモノイド圏の解説。ここはまったく見事な説明で、モノイド圏(の言葉)が、物理的システムとその操作(過程)を記述するための最も自然な言語だと思えてきます。

第5節の終わりから「6. どうやって量を測るの? (How much?)」にかけて、抽象スカラー(abstract scalars)を導入・説明しています。これは、スカラー(係数)の概念が、モノイド圏のなかで定義できるというハナシ。スカラー/ベクトル/テンソルなどの区別を事前・天下りにする必要はなくて、モノイド圏さえ与えられればそこから自然に導かれる概念(射の種別)だということ。この事実が、FdHilbとRelが似てる背景のひとつだし、結び目の量子不変量に関係したりします。

第6節以降、いろいろな圏論的諸定義を手早く導入し、第11節でアブラムスキー/クック流の量子力学(Kindergaten quantum mechanics)を少しだけ展開。道具はお絵描き計算(graphical/pictorial/diagrammatic calculus/calculation)*2。量子テレポーテーションもヤンキング(引っ張ってほどく操作↓)の"trivial application"なんだそうです。

僕は、ベル状態(Bell state)とか言われてもなんのことだか分からないので、ヤンキングの物理的意味は実感できない、あー残念。

それで

第4節のFdHilbとRelが似てるという話、それと第6節の抽象スカラーはとても興味深いので、多少アレンジしていつか(?)ネタにするかもしれません。

[追記]「『物理系実務者のための圏論入門』への補遺+檜山の戯言」もご覧下さい。[/追記]

*1:"Coecke"は「クック」と読むのだろうと推測した事情はhttp://d.hatena.ne.jp/m-hiyama/20060811/1155276617を参照。

*2:http://d.hatena.ne.jp/m-hiyama/20060712/1152672819で、「絵算」という訳語を提案してます。