はてなキーワード: 無人駅とは
https://x.com/Yakamashiwa/status/1837679208489013407
色のセンスがあれなのはそれはそうですが、10年も経っちゃうと「ああ、あの町おこししてる駅ね」くらいの感じで、「あの駅はそういうもの」という認識になっちゃっています
鳥取県のいわゆる「秘境駅」みたいなものなので(Wikipediaによると一日の利用者数は2人ほどらしいです)、東京にお住まいのみなさんが通勤で使うことはないから安心してください
地元民の移動手段は「車に乗る」以外にないと言ってもよく、近くに高校や大学もないので学生が通学に利用することもないので、もしあなたが近くに住んでいても乗り降りすることはないと思います
隣の駅も隣の駅もその隣の駅も、鳥取県内の駅はほとんど似たようなつくりの無人駅ばかりなので、そのうちのひとつがピンク色に塗られていても鳥取から「田舎らしさ」が失われることはありません
写真の女の子のキャラクターは「アニメコラボ」ではなく、「鉄道むすめ」という鉄道のPRキャラだそうです
仮にアニメ作品だったとしても、鳥取県は鬼太郎、コナン、Free!、ひなビタ、孤独のグルメなどアニメ・漫画作品にはずいぶん助けてもらっているので、誰も使わない駅のはしっこに二次元キャラクターのイラストがあっても気にする人は少ないと思います
地元がどういう類のカスかを説明する為のカスポイントは無限にあるが、ひとまず駅といえば無人駅で、停まるのは勿論ワンマン電車、初スタバができれば二つ手前の交差点まで交通渋滞が起き、子どもが楽しめる娯楽はじじばば専用にあつらわれた地域の盆踊りのしょぼい出店と住宅展示会会場だけ、そこまで大きくない土地の中にだだっ広い田んぼ(2割腐っているか荒廃している)抱えているだけの、誇れるものが無さすぎてラッパーすら裸足で逃げ出すような、そういう巨大な墓地みたいな場所だといえば伝わるだろうか。
皆やることが無さすぎてとりあえずグレてみたりイジメをしてみたり円光(隠語)してみたり瞑想してみたり、そういうふうにすくすく病んでいた。
ボタン押すと100万もらえるけど100億年何もない空間に閉じ込められるってやつ。
そんな訳で100億年を生き抜き、わたしはなんとか成人して地元を飛び出た。都会も都会、窓の外が常にうるさい感じの場所。駅はデカすぎて出られなくなるような広さで、腐った田んぼの匂いの代わりにどっかから揚げ物の油の匂いが漂う娯楽に溢れた場所。
真逆の場所に住んだら少しは地元を懐かしんだりするのかなって思ってたんですけど、ぜんっぜんそんなことない。地元はカス。それは揺るがない。
たださ、やっぱり都会って生きているだけで選択肢が与えられる場所だよなって思った。
さっきも言ったように、わたしの地元はカスなのでスタバ渋滞なんてものができるぐらいなんですけど、都会は少し歩けばスタバやタリーズ、マックもモスもミスドもある。
地元で服を買いたかったらしまむらかイオンモールだったんだけど都会じゃショッピングモール行くだけでブランドの服が買える。
わたしの地元は“現実に”選択肢として存在する職業といえば嫁かキャバ嬢か郵便局員か事務員ぐらいだったのに、都会じゃTVの向こうの話でしかなかったキャビンアテンダントも心理カウンセラーもボディビルダーも外国語教師も全部フィクションじゃなくこの世に存在していて、わたしはなんにでもなれるみたいだった。
都会に生まれてたら、わたしはもっと別の人間になれていたんだろうか。
巨大霊園。
昭和の古い雑誌の巻末のほうには、しばしばペンフレンドコーナーというのがあった。
ひょうんなきっかけで、クラッシャージョウを特集していた80年代前半のアニメージュをふと手に取ったことがある。あれはたしか震災前の石巻市内の旅館だ。
ペンフレンドコーナーでアニメ愛を語り、連絡くださいと住所連絡先を書いていたあの頃の若者も、今はおじいさんおばあさんなんだろうな。
とにかくお手紙を書く時代だった。日ペンの美子ちゃんの黄金時代だ。
話はかわって学生の頃の話。
「あの、どこの山に登ってきたんですか」
1泊2日、残雪の単独登山の帰りだった。ほどなくして列車は富良野へと向かった。
「へえ、富良野って登山できるんですね。私、今富良野に住んでるんだけど、ほとんど町から出たことがなくて。今日、初めて列車で富良野から出てみたの」
聞いてみると出身は博多だという。看護学校に通うために、春に、富良野までやってきて寮にいるけれど、まだ友達がいないんだと寂しそうにいった。
「繁華街?、ああ中州ね」と彼女は笑った。鼻に寄ったしわの可愛さにすっかりやられてしまった。
富良野までの30分、音楽の話や地元の話、いろいろなことをお互いに話した。
やがて富良野が近づくとき、彼女は急いでメモ帳の切れ端に住所を書いてくれた。
今まさに一組のカップルが誕生しようとしている瞬間、周囲の乗客のくすくす笑いを今でも忘れられない。
俺の下宿の電話は(呼)だった。大家の部屋で親機で電話をとって、子機の部屋を呼び出す、という意味。
「え、なんで。すごく優しいおじいさんだよ」
「わたし、間違えて、呼び出しだって思わないで、もしもし、昭和くん?ってかけちゃったの。
そしたら大家さんがね、”ここは昭和さんのお宅ではありません。昭和さんが住んでいるアパートです!”っていってガチャって切られちゃったの。何も切ることないじゃない」
「ああ、それはきっと最近、大家さんとこに、そういう電話が多かったからイライラしていたんだと思うよ」
「もしもし、札幌商事の・・という者ですが、技術部の昭和さん、いらっしゃいますか。お見積りの件でお電話差し上げております」
昭和さん、札幌商事様からお電話です~、と取りついてもらったところ、
「はい、昭和ですが。いつもお世話になっており、、あ・・・小声で(おい会社にかけるなってあれほどいっただろ!)」
「はい、見積の件ですね、承知しております。20(時)部に変更ですね、例の物件(お店)ですよね。引き続きよろしくお願いいたします。」
などといって、彼女と待ち合わせをしたりした。
「昭和さん、お疲れ様、うふふ」といって電話を取り次いだ子が背中をポンと叩いて通り過ぎた。
待ち合わせをするだけのことで、このもどかしさ、このスリル。
ポケベルが登場するのはそれから平成に入ってしばらくのことだった。
こと、通信事情においては、昭和のエモさは半端ないものがある。
なのでおっさんたちが懐かしむのはよくわかる。
交通事情で書いたタバコの匂いはとてもひどい時代だったけれど、こんなふうに人と人がつながっていけた社会はもう二度と来ないだろう。
いつでも捜しているよ どっかに君の姿を 地方空港のLCC、無人駅、エレベーターが止まらない階段のみの飲食店、映画館の車椅子スペースのない部屋 こんなとこにいるはずもないのに
地方空港のLCC、無人駅、エレベーターが止まらない階段のみの飲食店、映画館の車椅子スペースのない部屋
車椅子の人で炎上騒ぎになる人って普通に考えて介助スキルを持つ人が常駐してない場所で素人にスキルの要ることをやらせたり、店や施設側が手伝うためには事前連絡の協力をお願いしてても連絡しないor直前連絡で相手に準備させてくれないパターンばかりじゃない?
車椅子の身障者が一人、家族で旅行をしようとした。宿代を安上がりに済ませるために、不人気な宿を取った。そこは無人駅を利用するので、交通不便だ。だから宿代は安かった。
ところが(IT技術をろくに使えないので)事前に JR の駅情報を調べなかった。だから、そこは無人駅であり、バリアフリーではない、と気づかなかった。すると当日になって、無人駅を利用できなくなり、困ってしまった。
そこで事後になって、自分の情報音痴と調査不足を棚に上げて、「 JR はバリアフリーにしろ」と大騒ぎした。
それを聞いた読者は、「だったら、隣の主要駅のそばの宿を利用すればいい。主要駅なら、バリアフリーだから、何も問題はないぞ」と指摘した。
それを受けて、本人は反論した。「主要駅のそばの宿は、宿代が高い。そこには行きたくない。私は宿代の安い宿に行きたいんだ。だから無人駅のそばの宿を使いたいんだ」と。
かくて、その人が 宿代を 3000円ほど節約するために、JR東 は 5900億円の出費をしてバリアフリーを実施すると決めた。そのうち 3000億円は、首都圏の乗客に負担してもらうことにした。
結局、1人の身障者に 3000円の利益を与えるために、莫大な乗客が 3000億円を負担することになった。たった 3000円の利益を得るために、何と 3000億円の損をする、と決めた。つまり、1円を得るために、1億円の損をする、と決めた。
これを国は歓迎した。「国の費用は1円も出さないまま、バリアフリーを実現するんだ。つまり無料でバリアフリーを実現するんだ。何て賢明なんだ!」と。
俺と水道代
https://goldhead.hatenablog.com/entry/20090528/p3
ここで水道代が定額なのをいいことに常識外れの水の使い方をしてる隣人にお気持ち出してますよね?
俺は食べ放題を定額サービスと見てるがそれをいいことにリソースをむさぼる連中を本気で軽蔑している
たとえば通信サービスだ。光にしろ携帯通信にしろアホみたいにトラフィックを使う一部のユーザーのせいで全体が迷惑するというのは往々にしてある
俺が住んでいたマンションもかつてファイル共有ソフトを濫用するユーザーがいたせいで滅茶苦茶遅くなった時期があった
これに限らずルール内だから何をしても良いと言い放つ輩とは共生できないと思ってる
節約のためと言い放って公園の水道水をすべての市民が使用しだして果たして維持できるだろうか?
聡明だった父が失われていくのがつらい。
増田両親を交えて茶の間で団欒をしていたとき妻の実家で不幸があったと連絡があり、増田夫婦は腰を下ろす間もなく日本を縦断して妻の実家に向かうことになった。当然妻は悲しんでいるが、しかし父はなぜか、自分の(趣味に関する関係のない)話をやめようとしない。そのため増田は強制的に話を打ち切って実家を去り、それから今日まで葬儀が行われていた。
そして、妻は実家に残り増田だけ先に空路で自宅に向かおうとした矢先、父から電話がかかってきた。見知らぬ土地で初めて会う親戚ばかりに囲まれて大変だったろう……などと言われることはなく、ただ「先日、趣味の話を中断して未来永劫聞く気はないと言われたことにショックを受けた」という怒りの連絡だった。
「それは訃報を受けた直後で傷心の人間に対して言うことじゃない」と反論しても聞いてもらえず、疲労困憊の極みにあった増田が仕方なく折れて謝ったが、電話を切った途端に疲れて倒れ込みそうになった。今は電車を逃してしまった無人駅でこの増田を書いている。
なにぶん誰にも言えることでもないので、ここに書いて供養する。