はてなキーワード: AKBとは
もう春です。焦っています。
嵐からあの発表から約10ヶ月あって、何もできていません。オタクとしては生きているのだけど。自分の嵐のオタク(仮)としての記録が何か残せたらいいなと思って、何かしよう、しようと思って、約300日です。本当にあっという間です。嵐の皆さんは毎日忙しそうなのにね。私はこんな普通の社会人の癖してね。
私は、2年前に嵐を、というか櫻井翔さんを好きになり、その年の5月にFCに入りました。あのお知らせが去年5月に来た時、少し運命的なものを感じながら更新しました。
活動が終わることはなんとなく薄ぼんやり頭の片隅にあったけれど、FC自体がなくなることは、全く予想できていませんでした。お金出して見たい欲しい過去のコンテンツ、本当に本当にまだまだたっくさんあります。ドリアラとかOneとかどうなるの・・・・・・?
つまりド新規です。しかも活動休止後にFCに入っているので、もしかしたらあんまりいないタイプ?かもしれません。あと、ド新規の癖して何語ってんだと言われたら本当にそうです。でも、どうしても語りたくなったので、語ります。
初めて国立に嵐が立ったとき、私は中学生でした。同級生の友人には、ハワイの海上でデビュー会見をしている嵐の記憶があるらしいので羨ましいです。私自身にはこの記憶は全くありません。私の中の一番古い嵐の記憶は、思い起こすと、プチシリーズのCMの様な気がします(2001年くらい)。シングルの一番古い記憶は多分「君のために僕がいる」で、「時代」に若干衝撃を受けた気がします。
小学生の頃、母親が松平健さんのことが好きだったおかげで、私の家では土曜の昼は、ほぼ毎週松平健さんが司会をつとめていた「バニラ気分」という番組を見るために、フジテレビがかかっていました。そうなると、その番組内企画の‘’まご‘’の嵐を自動的に見ることになります。私はこの「まごまご嵐」という最高の番組で、嵐のメンバーの名前をしっかり覚えました。番組を知らない方に説明すると、まごまご嵐とは、視聴者から依頼され、なかなか会いに行くことが難しい本当の孫の代わりに、嵐が1日孫になって、依頼された方のおじいちゃん・おばあちゃんのお家へ行き、お手伝い(農作業とか)をするというハートフル番組です。当時の嵐はみんな20代前半で、大野くんが25歳くらいでした。
テレビを見ながら、「良い番組よね」と母親が言っていたのを覚えています。少しお堅めの母親なので、当時金髪茶髪だらけ(一部坊主)の嵐の面々を見て最初は怪訝な顔をしていたと思うのですが、番組内容をきちんと見た上での発言だったと思います。この頃、幼すぎて恐らく理解していませんでしたが、既に私はおじいちゃん・おばあちゃんに優しい嵐に対して好感を持っていたのだと思います。後ほどこれが「VS嵐」になると思うと感慨深いし、「GRA(ゴールデンラッシュ嵐)」も「中華街留学」も良い思い出です。お城行ったり、子どもの晩ごはん作ったりもしてましたね。あと、大人になって、多分うっすら、「嵐の技ありッ!」も見ていたのだと思い出したりしました。お昼の番組って意外と見ますよね、小学生は特に。
中学生くらいになると、少し遅い時間の番組も見ることができるようになりました。というか、親の就寝後に起きて、音量最小限で深夜にテレビを見ることに興奮していました。私は、夜更かしをすることが異常に好きで、深夜帯の影響を現在に至るまで、受け続けています。ちなみに今も夜更かしすることだけは得意です。
社会不適合の片鱗がここから現れるなと書いていて思いましたが、嵐のことを書きます。
「嵐の宿題くん」で見る嵐は、面白爽やかお兄さん集団でした。あのゆるい空気、今ならわかります、大好きでした。
本当なら、「真夜中の嵐」からずーっと深夜帯の嵐を追いかけたかったです。
女子校だった高校生の頃、隣の席の子がやたら鮮やかな赤色の財布を持っていました。それを見た私が、
その子が
「だって翔くんの色だもん」と言ったのを今でもはっきり覚えています。
その時初めて、ジャニーズにメンカラがあることを知ったのです。
当時その子は嵐のFCに入っていて、ライブの当落で一日中そわそわするのを横で眺めていました。嵐のライブは、多名義で応募しても札幌ドーム第一希望でも外れるくらいのやばい代物ということはその子経由で知りました。正直、当時は北海道や福岡までライブに行く発想があることにびっくりしていましたが、這ってでも行く気持ちが今なら痛いほどわかります。
嵐が売れなかった頃の記憶がうっすらとあり、嵐が国民的アイドルになるまでの過程もなんとなくですが、テレビで見る範囲では、わかります。国民的アイドルになってからは、毎日誰かがテレビに出ていて、嵐の番組も毎週何かしらはずっと見ていました。だから、誰が何が得意で何が不得意かは知っていたし、なぜかどういう服のコーディネートを組むかまでも知っていました。
ダブルパーカーばっかり言われているけれど、私は「ひみつの嵐ちゃん!」がなかったら、漁サン(漁業用サンダル)にあんなにカラバリがあることを知らずに生きていたと思います。
出ていた紅白も勿論全部の年を欠かさずに見ているし、ラスト紅白の時に母親とテレビを見ながら、「もったいないねえ、こんなにいいグループなのにねえ…」としみじみ会話した記憶があります。
このことが、どんなに震える事実なのかを、きちんと好きになってから、把握しました。
(というか意識をしていなくても当たり前に嵐に触れていることが本当にすごい)
今、きちんと好きになれて、本当によかったな。という気持ちがあるけれど、もう少しだけでいいから、もっともっと早くちゃんと好きになりたかった、できることなら、オタクとして心底一生涯をかけて応援したかったというのが、昨年5月のお知らせを聞いてから最初に思ったことでした。というか、一生涯かけて応援している方々は、間違いなく見る目がありすぎます。私は大後悔しています。あの報告の後、本当にいろんな気持ちがまざり、号泣し、一週間ほど食欲がなくて、ここは現実なのか?幻なのか?と、雲の上を歩くように地に足がつかない状況で職場に行くことだけをしていたら、人生で初めてコロナになりました。ウィダー(inゼリー)さん、お世話になりました。ありがとうございます。
嵐のことをもっと早くに応援していたら、きっと今の私とは全く違う人間になっていたのだろうな、とも思います。もしそうだったら、今の今まで、同じ情熱で応援し続けられるかは正直わかりません。
でも、今、ずっとこれを書いているときだって思うのです。毎日、嵐のこと好きだなあ、大好きだなあって。
嵐との一方的な付き合いは、今だけでなくずっとずっとあったのに、なぜ今になってFCに入ったのか。それは、まあ単純に、好きなことに今気づいたから、というか、やっと認めたから、なんだと思います。
かっこよく?言うと初恋にやっと気づいたから、ラブソーのイントロがずっとかかっていたのに、聞こえてきたのが今、という感覚です。
きっかけは、ぐんぴぃのドッキリ動画に櫻井くんが出ていたことなんだけど、そこからFC入会まで、この気持ちが本当なのかどうかを確かめるのに3ヶ月かかりました。
私がこの気持ちになんとなく20年間くらい(改めて年数を数えると長)、蓋をしていたのは、異性のアイドルを本気で応援することに、照れや恥じらい、葛藤があったからなのかな…となんとなく思います。そんなことで?と思うかもしれないけれど、ジャニーズを、男性アイドルを好きって言うことはそれなりに勇気がいる、というか、お前なんかが応援すんの?と誰かの目に映ることが本当に怖いのです。特に思春期の頃は。
あとは、社会人になって、アイドルの凄さをよりクリアに捉えるようになった(仲間と何年間も続ける仕事、プロ根性など)と言うのもあります。
スクールカーストというものがありますが、ジャニオタは私の世代ではかなり上位の存在で、ディズニーオタと同じくらいの権威があったように思います(これを書いていて思いましたが、令和の世と時代が違います)。私の世代の学校は、音楽で言うとジャニとLDHに支配されつつ邦ロック、AKBももクロ坂道、K-POP、V系のオタクがいて、まあ二次元オタ(ボカロ、アニソンとか聞く層)もなんとなくいたみたいな感じでした。二次元のオタクは母数かなり多かったのですが、多くは語りませんが、まあなんというか、‘’そういう位置‘’にありました。でもオタクに優しい学校だったと今振り返ると思います。
当時、ヘ○リア、ボカロ、少年ジャンプ、ニコニコ動画…と二次元に染まりきっていた私は、素直にジャニーズが好き(というか嵐が好き)と言えなかったように思います。気持ちに蓋をしていたこと自体も封印していたような感じがします。今で言う逆張りの極致にいたので、ジャニーズ(笑)というレッテルをスクールカースト下位の下位(もしかしたらカーストからあぶれていたかもしれません)から貼っていました。嵐がFNSで色々と迷宮入りしたとき、ネットで草を生やされているのを野次馬根性で見ていたような、そんな哀れな存在だったのです。
素直になるまで時間かかりすぎだろと自分で思いますが、人生本当に何が起こるかわからないことを実感しました。アイドルってすごい。と堕とされた今、純粋に思います。
そして、四谷大塚の有名広告「なんで私が東大に?」と同じテンションで、「なんで私がジャニオタに?」となっているこの状況に毎度驚かされます。ファミクラストアの箱がたくさん家にあるの、自分で買ったものなのに結構びっくりします。
正直言うと未だにオタクと呼べるほどの存在ではない、まさにオタク(仮)です。Tの嵐!(仮)
今、嵐を好きになって本当に良かったと心の底から思います。そして、自分がどこの立場で物を言っているか、わからないけれど、私の世代の男性アイドルの代表格、ど真ん中が嵐というグループで本当に本当に良かった。この穏やかで優しくて、若い頃はかったるそうで、でも尖るとき尖ってて、ファンや見ている人々に寄り添ってくれて、面白くて、それがわざとらしい感じじゃなくて、どこかの商店街にいそうな空気感なのに、どこにもいない。そして、ちゃんと見ると(ちゃんと見なくても!)、実は全員イケメンなおじさ…お兄さん達大好きです。そして確信しています。こんなアイドルグループもう二度と出てこない。こんな好きな人たちに出逢う季節二度とない。
もう、春です。明日というか今日、札幌のライブ初日です。てか今日になってる。
昨年の夏、嵐がいる最後の夏だと思って勝手に切なくなっていました。
6月1日、どうなっているでしょうか。未来のことは何もわからないし、誰にもわからないです。どうか、嵐という最高のグループが、最高の景色で終えることができますように。
Five最高だったよ!
AKB総選挙の方が影響してるだろ。
AKB全盛期に、「選挙」と名の付くものを物心ついて初めてテレビで見た、それがアイドルの人気投票だった世代が選挙権を持つ頃だ。
しかもオタクも選対(選挙対策委員会)とか有志がつくってちゃんとした社会人という雰囲気の大人が会議室で票読みとかやってて
陣営によって票読みが正確なところとそうでもないところもあったりして、そういうオタクの選挙活動的なものもテレビで結構やってたんだよな。
グループ分けは「組閣」だし選挙ポスターがあったり立候補するメンバーは「何位までに入ったら○○します」とか公約までつくったり、
これもオタク有志がTwitterや動画で推しの魅力を宣伝したり、選挙で使う用語や概念を悉くつかってた。
便乗していろんなキャラやお菓子とかもこれまた単なる人気投票、好感度ランキングを「○○総選挙」とか猫も杓子もやりだして
あの頃から「選挙=人気投票、自分が好感を持った応援したいと思う対象に投票するもの」という概念が出てきた。
政治の世界の、議員や代表を選ぶ選挙は必ずしも好感を持った対象、応援したい人や党に入れるわけでもない。
別に支持してないし身近にいたら絶対嫌な奴だけど、実現したらまずい公約を掲げている候補を落とすために対抗馬だから入れるとか、
批判ばかりで口も見た目も悪いし問題もないわけではないが、自分のいる業界のことを代弁してるのはその候補者しかいないとか、いろんな理由がある。
極論、その人物がいい人か、好感を持てるかではなく「自分が票を入れることで、自分が得するか、自分が損しないか」という判断基準で入れるものであり、
政治家や党を応援するのも結局は自分のため、代議士という名の通り自分のやりたいこと、言いたいことを代表して代わりに議会や政治の場に持っていく、
自分の利益のために応援してるわけで、アイドルとかスポーツ選手を応援するとはまた違うんだよな。
でも「AKB総選挙」は、「推し」に投票したら投票した人間に利益があるかといえばそうでもない。
そりゃ頑張ってて人気もあるのに理不尽に干されてる自分の推しが自分の力で報われたら嬉しさはあるだろうが、
AKBの投票には金がいるわけで、投票するから節約とか果ては百万単位で金費やすオタクもいたり、そんなことをすれば生活は苦しくなる。
でも、生活が苦しくなろうが、経済的な見返りがなかろうが、心から応援したいと思う「推し」のために票を入れて、それが「当選」という形になれば嬉しい。
選挙に対してそういう概念を持つ人間に訴求する広報ができた党は、そういう有権者の世代の変化も見据えてやってたとしたら、やっぱり上手いんじゃないかな。
今30歳。ちょうど30歳。
10代の頃は10人くらいいるK-POPアイドルの顔の区別がついた。毎回髪色や衣装が変わっても、整形されてもわかった。
でも今は4人しかいないグループの顔が全然わからない。全員可愛いけど全員同じに見える。YouTubeのコメント欄には「個性豊かだ」というコメントに多数のいいねがついている。
若い子の顔の区別がつかないって、老化だなあと思っていたけど、最近友達がハマっているらしいジャニーズも何度見させられても一向に区別がつかない。
全員年上なのに。
10代の頃夢中になったOneDirectionは久々にみても誰だかわかる。結局年齢に関わらず新しい人の顔が覚えられなくなっているのかもしれない。
ホロライブが崩壊しかけている原因はずばり「推され・干され」だ。
一昔前のAKBとかを知っている人ならピンとくるだろう。運営が儲けのために明確に売り出すメンバーを選出してマーケティング対象に据えることを「推され」と言う。その逆、つまり運営から推されていないことを「干され」という。一時期の3期生だったりmiCometってのは明らかに運営に推されていた。人気のメンバーに会社としてお金をかけて売上を最大化するって話だから、営利企業のあるべき姿の一つのように思えるよな。だから別にこれは企業のスタンスとして間違ってるとは言えない。
だがこれをするにあたってカバーが色々と小さいミスを重ねているのは事実だ。
聞くところによるとホロライブのメンバーはカバーの正社員ではなく個人事業主として契約している。そのためか推されているメンバーと干されているメンバーで異なる契約内容・秘密保持契約を結んでいるようだ。これによりメンバー間でのコミュニケーションが円滑に行えておらず運営との間に不信感を生んでしまっているというのは想像に難くない。
当然運営のゴリ押しによる推されや明らかな干されはファンからも見え見えだったので少なからず不満は常に出ていた。しかし握手会やチーム単位でのライブ公演といった基礎的な活動は全メンバー一貫していたので最低限の横並び感もあり(先輩後輩の壁はあれど)気軽に相談できる相手を作りやすい土壌があったのではと推測できる。
現在のホロライブはどうなっているのか、「推され・干され」の要素からこちらも推測してみる。
特定のメンバーを運営が推している場合、案件や企画の数や質・マネージャーからのサポートあたりが手厚くなっていくだろう。推されている場合はできるかぎりタレントに負荷がかからないように細かなタスクを運営側が引き取ったりもしてくれると思われる。一方干されているメンバーに目を向けるとどうだろう。この偏った体制では運営側に悪気がなくとも手が足らずメンバー自身で出来ることはなるべくやってもらうしかなくなる。
このように受け持つ仕事の非対称性が大きくなっていくと益々メンバー間で相談しあえる環境は希薄になっていくだろう。そうなると自分と同じ仕事を受け持てているメンバーとしか話せなくなっていき推されメンバーだけで絡むことが多くなっていく。
要するにカバーが上場企業として会社を大きくさせようとする頑張りが、結果的にメンバー間の分断を加速させる構造をつくってしまっているということだ。推されメンバーに対しては「会社が想像している理想形」を押し付けているせいで、業務過多や意見の不一致を発生させている。がうるぐらはこの典型ではないだろうか。そして干されメンバーには明らかにケアが足りていないと思う。先日卒業した天音かなたは熱心なファンではない私でもかなり悲しい気持ちになってしまった。
当事者であるタレント陣からするとこの状況はあまりにも歪に映るため是正することを要求するだろうが、既に他社との契約が複雑に絡み合っている現状や株主を納得させる売上を維持するためにも根本的にこれらを変えていくことはそう簡単な話ではないだろう。卒業理由に頻繁に登場する「方向性の違い」はこういった事象を指しているのではないかと邪推してしまう。
以上、あけましておめでとう。