はてなキーワード: 麻布高校とは
夫は、帰国して成田空港を出て、わたしと電話で話をするまで、ローマの記者会見について、日本のテレビやネットで大炎上していたことを知らなかった…
同行していた財務省の方々が、なぜ、夫に伝えなかったのか。
今でも疑問に思います。
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夫は、日本の財務金融担当大臣として、IMFのストロスカーン専務理事と調印式を行いました。
リーマンショック後の金融危機に対応するため日本からI MFに1000億ドルの融資を実施するという合意文書に調印したのです。
日本がIMFの資金基盤を強化し、新興国を含む世界経済の安定に貢献するための重要な金融支援でした。
日本が世界的な金融危機に大きな貢献をし、その危機管理能力を高く評価されるものと、夫も、麻生太郎総理大臣も確信していたのでした。
夫は、成田空港到着後、財務省の公用車に乗りこむと直ぐに、わたしに電話をかけ、
と聞きました。
日本では、IMFとの調印式について全く報道されないどころか、
本人は、役所の方々から聞かされなければ何も知ることは出来ません。
ローマには、篠原尚之財務官も玉木林太郎国際局長やその他の幹部職員も、財務省側の秘書官などたくさんの方々が同行していました。
成田空港到着は午後3時過ぎ、わたしがテレビで見たのは午前9時。息子がインターネットで大騒ぎになっていることをわたしに知らせてくれたのはそれより前です。
なぜ、夫には情報は伝わっていなかったのか?
わたしは、夫の問いに
「なにも知らないのですか?その車に乗っている秘書官にすべて聞いて下さい!」
と答えるのが、やっとでした。
翌朝、山本高史秘書(中川事務所)が泣きながら、わたしの家に来ました。
IMF調印式のあと「今日の会見はなくなりました」と財務省側の事務秘書官から言われたので、財務大臣会合で各国の大臣からいただいたお土産などを、パッキングするために自分の部屋に
戻ったのだそうです。
しかし、その後、
後日、夫を連れ出したのは、玉木林太郎国際局長だったことがわかります。
山本秘書が部屋に戻ったのを確認すると、玉木林太郎国際局長は、まず、夫をランチに誘いました。
オフィシャルなランチ会合は既に終わっていましたが、内輪でやり直そう、と玉木林太郎さんがセッティングしました。
そこには、読売新聞の越前谷知子記者、日本テレビ原聡子記者がいました。
越前谷さんは、玉木林太郎さんとは特段の仲らしく、わたしは面識はありません。
一方、原聡子記者は、夫の好きな「笑点」の公開録画に誘うなどずいぶん近づいていましたが、日本テレビ社内的には担当外でした。
夫も、玉木林太郎さんから「記者会見はなくなりました」と聞いたそうです。
このとき、夫は、越前谷さんから、「記者会見がなくなったのなら、この薬を飲んで食事のあと、ゆっくり休んだら?」と言われて、渡された薬を飲みワインを一口だけ飲んだのだそうです。
夫は、ワイン好きでしたが、海外出張のときは飲まないようにしていました。
この直後、越前谷知子記者は、「おもしろいことが起こるわよ」と、複数の人に伝えていたそうです。
事件後、越前谷記者は、アメリカ勤務になり日本からは姿を消しています。
原聡子記者は、誰より先にわたしたちの自宅前に到着して夫の帰宅時にマイクを向けていました。
その後、日本テレビの花形情報番組の「バンキシャ!」のキャスターに抜擢されています。
話は戻ります。
「記者会見は、やはりやることになったので」と言って迎えに来たのです。
夫の死後、葬儀が終わったあとになってやっと現れた玉木林太郎さんは
「ホテルの部屋にお迎えに行ったとき、中川昭一大臣は酩酊状態ではなく、しっかりとしておられました。これによって中川大臣の名誉は保たれます。」
と言われました。
とお応えしました。
玉木林太郎さんは、麻布高校の同級生でしたが、在学中も卒業後も全くお付き合いはありませんでした。
夫が玉木さんを認識したのは、玉木さんが在アメリカ合衆国日本大使館経済公使になられた頃です。
夫が財務大臣に就任してから、玉木林太郎さんも国際局長へとジャンプアップし、なにかにつけて相談しているようで、いちばん近くにいた印象があります。
帰国後、予算委員会での審議の2日目の夜、自民党から慶應病院に入院するように促され、テレビのテロップで「財務大臣更迭」を知らされました。
「病室ではテレビを見ないでね」と、
高校生だった息子が、TSUTAYAで夫が大好きな映画をたくさん借りて来ました。
数ヶ月後、会見を見たのか恐る恐る尋ねると、
「見た、信じられなかった…」
そのときの夫の顔を忘れることができません。
わたしは、その後、何度も「記者会見」を見ましたが、ろれつがまわっていない夫の両脇には、篠原尚之財務官と白川日銀総裁が、何も言わず、表情をひとつ変えずに座っていたこと、テーブルにはワインが置かれていたことは、極めて不自然に思いましたし、今でも不思議でなりません。
夫に玉木林太郎さんを紹介した方もその後、民主党政権で外務事務次官に昇格しましたが、自民党に政権が戻ると、安倍総理から事実上の更迭、僅か9ヶ月で退任することになります。
安倍総理は、何かを知っていたのかも知れません。
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「こどもたちを頼む」
https://natalie.mu/music/news/116327
朝日新聞で連載された乃木坂46「乃木坂と、まなぶ」のスピンオフ企画として、乃木坂46と麻布高校討論部による討論会が昨日5月9日に東京・麻布高校で行われた。
また松村が「乃木坂には地方から出てきてお母さんと離れて暮らしてる子が多いので、みんな実家に帰ってお母さんとお話するだけでもお母さんが喜ぶんじゃないかな。私は絶対に家に帰って、お母さんが作ってくれた手料理を食べる。それが母の日のプレゼントかなって」と話すと、ほかのメンバーからは「それプレゼントあげてない! 逆だよ!」とツッコミが飛ぶ。
おれは今、こどおじをしている。 反ワク活動の結果社会から排斥されてしまい、 もう自活して生きることが経済的に不可能になったからだ。 しかしおれは反ワクを辞めない。 それがおれの生き方だからだ。
麻布高校の同級生が、40歳になったということで集まってパーティをするらしい。 食堂を貸し切って。 麻布高校の卒業生には強い母校愛がある。 みんなで思い出の校舎に集まって、今の状況を語り合うのはきっと素晴らしい日になるだろうと思うが、 おれは不参加に投票した。 第一に、おれは底辺の者でありこどおじであり、他のエリート同級生たちに合わせる顔がないから。 第二に、おれの反ワク活動をいじられる可能性があるから。また逆に、気を使わせたくもない。 第三に、ワクチニストが多すぎるから。
しかし、ふと考えると、もしかしたら今回会っておかないと もう一生会えなくなるやつもいるんじゃないかという気がしている。 一番大きなファクターはワクチンによるファだが、 仮にそれを抜きにして議論しても、 めちゃくちゃざっくりいうと、300人の同級生は統計的にいえばこれから1年に1人弱くらいの 勢いで死んでいく。
そもそも、統計的にいえばそもそも40歳になるまで生きられる確率すらたったの98%しかなく、 2%は死んでいる。300人の同級生でいえば6人は死んでいることになる。 とりわけ、麻布高校の出身者は知能が高い人間が多いから、おれのように社会に順応出来ず、 シャカハメされた結果自殺というパティーンや、 エリートサラリーマンになった結果ストレスで体を壊すとかも少なくないのではなかろうか。 おれが知らないだけで、死んだやつはいるかもしれない。
ワクチンに関しては、意外なことに打ってるやつが大半なのだが、 海外出張や海外での活動があるから打ったというケースがかなりある。 この点については、底辺の者で救われたと思う。 日本に戻ってくるためには3回接種が必要だったから、 駐在エリートになんかになってたらワクチンして IgG4がハネて確定で免ファされてた。 ワクチンのことも考えると今後、麻布の同級生はこれからかなりの率で死んでいくのではないかと思い、 やはり参加しておくべきかとも思ったが、 頭の弱いやつに反ワクをいじられたら喧嘩になってしまうのでやっぱやめた。 おれは今日、ベンチプレス102.5kgを5回した。
ところで、最近は自殺のことをよく考えるようになった。 理由は、もうこの世界に興味がないからだ。 この世界のことはもうよくわかってしまった。 この世界で大事なことは2つある。 1つは、お金持ちの家に生まれることだ。 経済的な成功に限っていえば99パーセントは生まれで決まっていると思う。 日本は、その他大勢の人間にとっては共産主義に等しい。 もう1つは、IQ100に生まれることだ。 社会においては、大部分であることが正義になる。 そのことはワクチンでよくわかった。 ワクチンの正しさや誤りなど、誰も気にしていないのだ。 ワクチンをみんなで打つことがもっとも大事なのであって、 ワクチンの危険性を見抜いてしまうような賢い人間は 社会不適合と見なされてしまう。 とてもおかしなことだが、これは事実だ。
あまりに馬鹿馬鹿しく、生きる気がうせた。 おれがテレビを見たくない理由は、知的障害者を見たくないからだ。 醜くて頭が悪そうな顔を見ると、吐きそうになる。
子供でもいれば、子供が育つまでは泥水をすすってでも生きようとでも思うのかも知れないが、 おれには子供はいないし、今すぐに近くの森に行って首を吊ったとて、 親が悲しむくらいで、それ以上のことは何も起きない。
しかし、あと2年くらいは様子を見てみようかと思っている。 ワクチン薬害がゴリゴリにハネてきたからだ。 今日も村島未悠という若い女が、体調不良で当面休養というニュースがあった。 ワクチンだろう。スパイクタンパクはエストロゲン受容体を結合することがわかっている。 だから乳癌、子宮癌、白血病が増えているのだ。 女ホルがかなり高い女だから、きっとスパタンにファックされたのだろう。
こんなのもあった。よしよし。
間違いなくワクチン薬害は若年化してきており、今後数年で国民のかなりの数がファされる可能性は十分にある。 おれは、6000万人死亡を予想しているが、確度としては5割以上はある。 そうならないためには、免ファされた場合でも時間が経つと回復するという楽観的な仮説が成り立つことが必要なのだが、 今起こってることは明らかにそれを示していない。 むしろ、免ファは確実に進行している。
IQが80-120しかない知的障害者はワクチンの毒性を見抜けないから打つ。 裕福な家にたまたま生まれた人間やたまたま事業がハネて金持ちになっただけの人間は 自分のポジションを守るために必ず打つ。 だから、ワクチン薬害がハネれば、この国はおれにとってパラダイスみたいな国になる。 ワクチン頼むぞ!!!差せ!!!!!差せ!!!!!!
表自界隈、山田太郎が買春してる程度の話が出ても別に気にしないだろうと思ったけど、意外とそうでもない。落胆したり非難したり突き放したり。今までにない温度感の醒め方を感じる。
山田太郎がパパ活おぢだと分かった途端に、二次元表自界隈の人達には「自分たちとは別の、得体の知れない不気味な生き物」に見え始めたのかもしれない。
言うても、麻布高校→慶応大学→アンダーセンコンサルティング→外資系企業渡り歩き→製造業マネジメントのエキスパート経験→連続起業(1社は上場)→政治家、という冗談みたいなキャリアの人物に「自分たちの気持ちをわかってくれる」「俺たちの代表」と思ってたことが逆に不思議だけども。
まあ、それは「俺たちの麻生」も同じか。
「アジア系女性」にアメリカの「差別の攻撃性」が向かう理由(リーガン 美香) | FRaU<script src="https://b.st-hatena.com/js/comment-widget.js" charset="utf-8" async></script>ポリコレが進んでいることとひどい差別があることは両立する。ポリコレを揶揄する理由にはならない。/ 荒れてる高校の方が校則が厳しくなる、みたいな感じかなあ。2021/04/02 10:58
つまり差別的な暴行が多発するアメリカって日本より人権意識が低い荒れた学校(ロクでなしブルースとかの)みたいな国って事?
麻布高校に6年いた経験を踏まえ良い面と悪い面を書く。これから書くことはおそらく他の上位の中高一貫の男子校に共通しているだろうと思う。
良い面は友人が(途中で落ちぶれる生徒もいるが)優秀で、自分の知り得なかったことが会得出来ることや、無意味な制限がなかったことだ。また全員ではないが教養がある面白い教師も多かった。カリキュラムとしては教養主義的なところがあり、受験に不要な教科を嫌がる者もいたが、為になったと思っている。内申点に気を遣い部活をやめられないというようなこともなくよかった。
悪い面もいろいろある。まず男子校だからと言って今の時代見逃すべきではないことである。教室の汚さ、ホモソーシャルな環境、友達同士で連むと社会の迷惑になる行動に走る割に、仲間内で閉鎖的になりやすいこと、女性蔑視などである。どうやら麻布に入学すると、歪んだ特権意識と抑圧された小学校時代の反動からか、行動範囲が広がった高校生は蛮行に走りやすいらしい。文化祭や運動会の不祥事や、飲食店での横暴な振る舞いなど、自由の範囲から逸脱して単なる愚かな振る舞いをしてしまうのだ。またどの生徒の親も基本的には裕福なので、よく変人が多いとメディアで取り挙げられるが、実際はこれ以上ないほど均質な生徒の集まりである。そのため多様性というものはどこにも存在していないと思う。その点、地元の小学校に通っていた頃は、びっくりするほど漢字が読めなかったり、物を知らない生徒がいるなどある程度の多様性が確保されており、これも必要な経験だったと今になって思う。
まとめ
中高一貫にも長所短所はあり、私は入学したことを後悔していないが、もう一度入学したいとは思わない。開成や筑駒は少し違ったところがあるのかもしれないが、少なくとも麻布に関しては、判断力と知性の欠如が余りにも目に余ったからである。また唯一避けた方が良いと思うのは小学校から私立に通って、上位の中学または高校に進学することだ。それは多様性を経験しないまま社会に出てしまうからだ。
学生運動が一番盛り上がっていたころからそろそろ50年になる。
この記事。
校則も生徒会もない理由 麻布、「自由」への高校紛争 : NIKKEI STYLE https://style.nikkei.com/article/DGXMZO50884940R11C19A0000000/?n_cid=SNSTW001
学生運動は1960年代~70年代初頭に盛り上がったまあ何というか、ざっくりいうと権利の闘争だ。中途半端に時期がリアルすぎて(今の団塊の世代が青春真っただ中にあった出来事=当時大学進学率20%以下のエリートたちにとって身近な活動だった)、うまくまとめられないまま、ビックリするほど若年層に歴史が伝わっていない。
調べてみると現在そこそこの地位だったり会社の上層部だったり芸能人だったりは結構かかわっている。意識高い存在自体が大学生だったとざっくり言っていい。
さて、この闘争は当時、大学生だけのものではなかった。ごく一部のエリート高校(中学含む)でもこの動きはあった。これがその一部を書いた記事だ。麻布高校はずっと東大入学TOP10に入るくらいの有名進学校。セーラームーンのタキシード仮面、地場衛(原作版)の母校のモデルで、私服登校ができる。自由だからこそ踏み外す人がいないというか、そういう学校だ。この事実が、ネットニュースをはじめメディアで取り上げられるのを初めて見た。
当時20歳だった当事者たちが、50年たつと70歳になる。
ビートルズがただの若者が好む外国の歌から教科書に載るくらいの存在になるくらいの時間がたった。
そろそろ誰か、当時のモブ学生がみんなそうであるように、今普通に生活していて「今どきの若いもんは」なんて言ってる壮年が、回顧録だとか自伝だとかであの頃を書き出すころだろう。
あの頃は若かった、金はなくとも自由があった、なんていって。
そろそろ総括の時間だろう。いい加減、自由がどうして存在しているのか、向き合うために必要な言葉を”大人”から記してほしい。