はてなキーワード: 和式とは
暇アノンも総括すればいいし、
日米安保、小選挙区制、特定秘密保護法、集団的自衛権、武器輸出緩和、高市政権などが成立しかけるたびに日本オワタ〜!って騒いではケロッと忘れてる和式リベラルも一回考えたほうがいいよ。まあ一生考えないけど。
ウーマンリブから和式フェミにイニシアチブ移行した経過も興味深い。
学生運動において女性活動家はしばしば革命の大義を盾に「公衆便所」を努めさせられた。
そのことを左翼は一度も総括していない。
ウーマンリブの闘士だけが異議申し立てしたが、彼女らは運動の退潮とともに散り散りになっていき、アカデミアに牙城を築いた職業フェミニストがそのあとをおそった。
職業フェミニストは「女性を抑圧しているのは因循姑息なジャップの家父長制だ」と矛先を逸らして「革命便所」利用者たちを免罪した。糞左翼にとって上野は恩人なのだ。
and so on....
俺は絶対どんなに切羽詰まっててもトイレットペーパーを二重に折りたたんで便器の形に沿って敷いてから尻をつける。
理由はもちろん汚ねえからだ。これって別に潔癖でもなく普通の感覚だと思うんだが。
でも結構汚れてることが多いから、そうじゃない奴が確実にいるんだよな。
だって俺みたいな奴ばっかりならどこのトイレも綺麗なはずだろ。
そういうやつ、いつも正気かよって思うんだよな。
どこの誰かもわからん奴の糞とか陰毛が付着してたり、チンコが触れたりした便器だぞ。
そういうの気にしない奴の尻なんてどう考えても汚いに決まってんだから。
そんな奴の尻が触れたところに自分の尻をつけるって、シンプルに正気を疑う(これがほんとのおしり合いってやかましいわ)
ちょっと良いトイレはアルコールクリーナーあるけど、そういう問題じゃないんだよな。
たしかにそれでふき取れば綺麗にはなると思うよ。けどなんとなく嫌じゃないか?俺はクリーナーがあっても断固としてペーパーを敷く。
あと女性は全部便座だけど、どうしてんのか気になる。
女性トイレの行列問題で、弱者男性が女性のスペース増設にキレまくってるじゃん?
国土交通省の指針案で女性用便器を男性以上にする動きが進んでる。
なのにXで「男のスペース奪うな」「スマホいじってる女が悪い」「和式に戻せ」ってうるせえ。
彼ら、ただの甘えでしかない。
社会で上手くいかないのを全部女のせいにして、女性が少しでもマシな環境を手に入れるのが許せないだけ。
自分より下の存在がいなくなるのが怖いから、女性の小さな改善さえ全力で潰そうとする。
弱者男性の「生きづらさ」?
そんなもんねえよ、ただの甘え。
女がトイレで苦しむのを「仕方ない」って放置してきた構造が問題なのに、それを指摘されたら逆ギレして女を叩くとか、情けなさすぎ。
老人が使うかと言うと、足腰弱ってる老人にこそ厳しい。
母が言うには、和式の頃は外出先で赤ちゃんをおぶってふんばる地獄だったそうで、道路も整備されてないし乳母車はおしにくいし、物理的に無理なので皆さん家に赤ちゃん1人残して買い物していたそうだ。
Xでなるとか言うクソ男が女子便器は全部和式にしたら並ばないとか言ってるツイートに和式の写真がついて流れてきたが、和式時代の方が長蛇の列だったわボケ。
立ちションしろとか女にネチョネチョセクハラ絡みしてるキモいXの男達本当に気持ち悪いな。
てゆーか便座のコンセント抜いて充電とか発想すら無かったけど、個室でそれやってると言ってる男達って個室で充電やってんの?
んで、そうして長時間頑張らないとうんこ出ないタイプも割といるんじゃないのかな。
夫もトイレを長時間占有する時間があるので困っている。占有したい時は先に声をかけてくれ~とお願いしている。
まあでもデキストリンやイヌリンをはじめたらかなり改善はされた。
顔真っ赤にして涙出るまで踏ん張らないと出ない人も多い。
でも女は多分、外出先でうんこする率は低いんじゃないかなあ、おそらく。男よりは。
ソースもないので私がそう思うだけですけど。
男もバラムツを食べてナプキンをつけて冬に重ね着して外出し、トイレのタイムを計ってみてほしい。
尻から油が出てくる肥満治療薬のやつでもいいや。二郎を食べてからね。
バラムツならお尻までガードできる夜用じゃないと不安だと思う。
さすがに夜用はでかいからズボンのシルエットにも出てしまうので、お尻まで隠せる上着を着る方が安心だ。
なので冬の方が試しやすいのではないだろうか。
まあでも12~50歳くらいの間ずっと28日周期で月に6日間は生理があるとして、生理中の女は雑に10~20%くらい?
その施設利用者の年齢層にもよるだろうけど。
私の体感的には、女子トイレで時間食ってるのはスマホポチポチ勢ではない。
自分の後ろにもめっちゃ並んでて、あの個室全然出てこねえな…とか思われる中でポチポチできる強メンタルはあんまりいないと思う。
脱ぎ着が大変そうな服の人はやっぱりちょっと時間かかっとると思う。
めちゃくちゃ重ね着とか矯正下着がピタピタとか、着物なんかは大変そう。
ワイドパンツ的なものはおろすと服が床につくから、マジックテープ的なもので留めたり、太ももくらいまで折ってから下げたりする。
これは結構手間取るよな。床が濡れてるとやっぱりちょっと…服がつくのは嫌だよね。
同じ理屈で髪が超ロングの人も髪をまとめたりすると思う。
それと子供連れはかなり時間かかってる。複数連れている人も多いしトイレはなかなかの戦場だ。
親が使用中に子供にドア開けられてギャー!とか、用を済ませて手洗いしてる時に「ままーやっぱりおしっこ」とか言われて絶望したり。
あとはお年寄り。単純に服の上げ下ろしで時間食うんだと思う。関節も痛いだろうから大変だね。
荷物を置く場所がない事も多い。ドア上部にひっかけたいが届かなかったりもするんだろう。
それと外国人。トイレの使用方法に戸惑ったり「流す」ボタンがわからなくてオロオロしている人が結構多いのではないだろうか。
外国人や近所のヤバい人対策でテプラや注意書きだらけのトイレも多い。読むものが多いと時間かかる人が増えそう。
高速道路のSA、大型の道の駅、イオンなんかの大型モールは並ぶ時間も少ないし数も多いし
このへんに並んで、全部の扉が見渡せて空いたらすぐわかって、トイレ使って手を洗っての導線がわかりやすかったりで大変ありがたい。
掃除用具入れが奥にあるとみんな一度は確認に行ってしまうので、行列の先頭から見える場所に大きく書くか、手前に配置してくれると嬉しい。
同じく和式・洋式もわかりやすくしてほしい。子供連れ・お年寄り・着ている服で和式は難しい事があるから。
和式なら空いてますよ~という善意の声掛けしてくれる人は神だ。
列の後ろでもわかるようになってたり、和式ファストパス列なんてあると嬉しいけどこれは難しいな。
市街地にある若者向けのファッションビルとかは待つことが多い。駅とか、地下街とかも。
地価が高いからできるだけトイレなんかに手間もコストもかけたくないんやろな、と思っている。
そういや学校も並んだなー、休み時間に集中してみんな行くから仕方がないのかな。
これはもうちょっとどうにかなるといいな。
まあそんな感じの事をいろいろ思いました。
俺は増田。旧統一教会の祝福2世だった男だ。大学入学を期に実家を離れて世間を知り、やっぱなんか違うなと思って教会を離れた。両親は信仰があり、絡むといちいち面倒なのでLINEでのやり取りするぐらいで、疎遠にしていた。結婚して地方都市に住んでいる妹も教会を離れているが、用もないのに連絡をする仲ではない。不仲と言うほどでもないが、一般的に兄妹ってそんなもんだと思う。
少し前に父が亡くなったので、何年かぶりに帰省した。持病があるのに医者と喧嘩して病院に行くのをやめていたので当然の結果だった。死に際は人に迷惑をかけるような状況じゃなかったのが救いだった。
この記事を読んでいる人の中で、ひょっとすると統一教会の葬式に出る人がいるかも知れない?ので、思い出がてら書いておく。
まず、服装がおかしい。男は黒スーツに白ネクタイ、女は白っぽいジャケットとスカートを着る。式場は教会の人ばかりだったのであまり気にならなかったが、火葬場で浮きまくって居心地が悪かった。
そして、葬式(統一教会では「聖和式」と言う)は肉体という殻を脱ぎ捨て霊界への新しい出発をするお祝いというていになっていて、万歳三唱がある。世間一般とかけ離れたことばかりする集団にも顔色ひとつ変えず親切に対応してくれた式場の人にはプロ意識の高さを感じた。
その他、家庭盟誓(やばい会社の社訓みたいな奴の統一教会バージョンだと思ってほしい。8番まであって長い)を唱えたり、聖歌(教会の歌。何かと歌う)を歌ったりした。毎週の礼拝ってこんな感じだった。
もう何年も教会に行っていないので結構忘れていたが、やっていたらなんとなく体が覚えていて、嫌なノスタルジーを感じた。
妹は式の間ずっと口をつぐんでいた。
親族は感染症を理由にほとんど参加しなかったが、教会の人が足を運んでくれてそれなりに人が集まった。自分や妹の顔を見ると皆にこやかに「久しぶりだね〜」と言った。
教会の人って基本的に親切で優しくて、家の隣に住んでいても良き隣人であるような人が多いのだが、時々地雷がある。
父も反ワクチン・反マスクだったが、他にもいそうな雰囲気だった。ある人に「増田くんもワクチン打ってしまったんでしょう…?」と言われた。(そう言った彼の職業は中学校の教師だったと記憶している)やっぱりカルトと陰謀論は親和性が高い。
また別の人に「お父さんは増田君の気持ちわかってたと思うよ…」っと慰めるように言われて何の話?となったりした。俺は「憎まれっ子世に憚る如く長生きするかと予想していたが、案外ポックリ逝ってくれて助かった」と言うのが本音だった。言える訳がないので「はぁ……そうですか……」曖昧に相槌を打った。
親切でちぐはぐで、柔らかくてグロテスク。言いようのない不快感があった。
父方の親戚で、一人の老紳士が通夜葬式の両日参列してくれた。もちろん、両親が教徒だと言うことは知っている。通夜の日、黒いネクタイを締めてきた彼は「明日は白いネクタイで来るね」と言った。色々思うところはあるだろうに、嫌な顔ひとつしなかった。なんて人間のできた人なんだと思った。こんな人を意味の分からない儀式に付き合わせて申し訳ないと思った。
市内に住んでいる父のきょうだいは出席しなかった。
後から聞いた話だが、葬式の時点で妹は妊娠していたらしい。「夫も子供も教会に関わらせたくない。必要ならできる限り経済的な支援はするが、それ以上は期待しないでほしい」と言われた。それでいいと思った。
教会には「氏族メシヤ」という考え方がある。教徒の親族に布教して家庭内の救世主になろう、という囲い込み戦略だ。しかし、実際は葬式に兄弟は来ず、子供達すら離れている。