まじいなぁ~ ・・・ No31 完結
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- 2018/04/08(Sun) -
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ものの2~3分で若い刑事がフォンへグラスに入った水と俺にはプラスティク容器に入ったアイスコーヒーを持って来た。 ついでに昔懐かしいステンレスの灰皿を置いていった。 つい先日書かれたフォンの供述調書を取りに行った刑事はまだ戻って来ない。 わざとらしくタバコに火をつけた。 フォンが目を丸くして驚いている。 端から見たらかなり大胆な行為かも知れないが、個室でタバコくらい俺にはなんてことはない。 ただ、窓も換気口もないのでタバコの煙がそのまま部屋に充満してしまった。 ま、いいかぁ。 ブラックのアイスコーヒーを啜りながら一本目のタバコを丁度消した時、刑事が部屋へ戻ってきた。 煙に嫌そうな顔をしてドアを目いっぱい開いて俺を睨んだ。 いくら睨まれても、ここで俺が悪たれをついても逮捕される訳では無いので好き勝手にやり放題だった。 「この調書には持っていた鞄を取られて、中の財布から現金2万円を抜き取られたと、書いてあるが・・・」 「だから、その辺はフォンの勘違いなんですよ。 ね、フォンさん」 「・・・・・」 「勘違いでも奪われたとある以上は」 「思い間違いだったんですよ」 「おたくね、こっちも仕事できちんと取り調べをしているわけだから、いい加減な事はここに書けない事くらいは分かるでしょうが」 「分かります。 良く分かりますが、以前の内容と、最近落ち着いてから思い出した事柄とに色々と違いがでまして、ね」 「2日にわたって同じ内容のことをそこのラッサミさんが言った事になってますがね」 「勘違いです」 「おたくね、勘違いでしたじゃ、済まないんだよ」 いらだってきている 「良く聞いてくださいよ・・・」 「本人が当時、動揺してどんな自供をしたかは知りませんが、その本人がここにいて、勘違いだと言っているんですよ」 「動揺していた当時と、今、こうして落ち着いている時と比べて、どちらに信憑性がありますか?」 「・・・・・」 「わかりますよね」 「あんた、弁護士じゃないんだろう」 「ええ、ただの知り合いで通訳です。 ですが、正しく通訳も翻訳も出来ますよ」 「今日、ここへ来たのは言った、言わないとか、やった、やらないとかの話じゃなくって、告訴を全面的に取り下げに来たんですよ」 「取り下げと言っても簡単ではないんだよ、あんた」 「簡単じゃない事は良くわかりますが、取り下げの事実は変わりません」 「そっちの人、えと、ラッサミさん・・・、この人の言う通り本当に取り下げに来たんですか?」 「・・・・はい」 「困ったなぁ」 「困ってるのはこっちです」 「自供の聴取ではあなたが殴られて、千葉の市川のアパートで鞄を奪われ、現金を抜き取られた事に間違い無いと供述してサインをしてるじゃありませんか?」 「・・・・・」 「刑事さん、サインをもらう前に本人へ読み聞かせて、確認してサインをもらってると思いますが、日本語が不自由な事と、当時は相手の事を憎んでいたでしょうから死刑にでもしてやりたいと思うのは分かりますよ。 でも、冷静になって考えてみるとかなり事実と供述が違うことに気が付いたわけですよ、フォンさんが、だから、こうして来ている訳ですよね」 「じゃ、供述書は全部間違いだとでも言いたいのかい」 「いえ、そう言ってる訳ではありません」 「いいか、この調書は2日も3日もかけて同じ内容を何度も確認しながら担当の刑事が書き上げて、内容に間違いが無ければサインして下さいと、サインをもらってるものなんだよな」 「ええ、でしょうね」 「間違いが無いからサインが有るわけだろうが」 「だから、その辺は勘違いでしたと、言っているんですよ」 「おたく、いい加減にしてもらえないかな・・・関係者でもない第3者が何を言ってるのか分かってるのか」 「刑事さん、そちらこそ何か勘違いしていませんか? 俺が話してることはここにいるフォンから聞いて、フォンに代わって通訳をしているわけだから、本人そのものでしょうか・・俺が」 「・・・・・」 「それに、あまり言いたくないですけどね、このまま裁判になって、証人喚問の時にフォンが「全て私の勘違いでした」と、言い出したらどうしますか? 検事さんも大恥をかきますよ、裁判官の前で」 「・・・・・」 「当然、検事さんから調べ直せと警察へ連絡が来たら、2度手間、3度手間を取るのはそちらのほうじゃないんですかね」 「・・・・・」 刑事が何も言葉を返してこなくなったこのチャンスに、言いたい事を言う事にした。 「刑事さん、今日は言い争いに来たんじゃないんですよ。 彼女が事実と違う供述をした様で、物事がかなり大きくなっているので、本当の事を伝えに来ただけですから。 それでも、フォンの調書を100%信用して裁判をすると言うのでしたら、彼女は裁判所で証言をひっくり返す事になりまよ」 「実は・・・もう逮捕されてる容疑者の家族とも会って来ていて、示談書も慰謝料も受け取っているんですよ」 「え?」 「示談成立済みで、慰謝料も受け取っていると言ったんですよ」 ざまあみろ^^ 「示談成立? 証拠はどこにある?」 「ここにありますよ、ほら」 鞄から1枚、書類を取りだして机の上に置いた 「え? なんだって?」 あわてて刑事が手に書類を取った 「こ・・これは」 「そうです、示談書です」 ^^ 「示談書と言っても・・・」 「ですよね。 受け取れませんか?」 「・・・・・」 「警察に示談書を持ち込んでも余り意味の無い事くらいは知ってますよ俺でも」 「・・・・」 「直接、担当検事へ送った方が早いですよね」 「そうすると無駄な仕事をひと月もさせてしまう訳ですから、検事へ送る前に誠意でここに今日来たんですよ」 「今回の事件はここにあります様に示談が成立していて、慰謝料も今、彼女が手にしてます」 「同じ書類が2部有りますので、1部は告訴の取り下げ請求としておいていきます」 「もう1枚のこちらは今日、これから私の知人の弁護士を通して検事局へ行ってもらい、提出させてもらいますので」 「まいったなあ・・・」 「刑事さんの顔を潰したらいけないと思ったんで先に知らせに来たんです」 「そこのフォンさん・・だっけ、本当に取り下げするの?」 「・・・・・はい」 「そうですか・・・、じゃ、1枚はこちらで預からしてもらいます」 「宜しく御願いします」 「まいったなぁ・・・あんた、仕事、何してる人なんだ?」 「まじめに納税をしてるただの会社員です」 ^^ 「なんだそりゃ?」 「いや、何でもありませんw ただの会社員ですがタイ語が話せるので外国人の相談役を引き受けただけです」 「タイ語?話せるのか?うちでボランティアの通訳しないか?」 「いやです!」 「え?なんでよ?」 「以前、新宿署でボランティアをして安い時給で24時間、寝てる時間も無く起こされた経験もありますので」 「え?そうなの?」 「そうです」 「いや~ まいったなぁ」 「こっちは先に検事局にいかないで、担当のポンジョ(本所警察署)へ顔を立てるつもりで来たんですけどね」 「そっかぁ~」 「取りあえず、1枚受け取ってください。 と、受け取り書、下さい」 「だなぁ~」 「もう1枚は、今日、これから新宿の弁護士に会ってこの事件の検事局を探してもらって持って行ってもらいますから」 「これで、間違い無く今回の事件の告訴の取り下げが出来ますよね」 「だなぁ~」 「では受け取りを下さい」 「ちょっとまって、ちょっとまって。 今、書類をもって来るから」 「御願いします」 「はいはい」 思いっきり困った顔をして刑事が出て行った。 フォンは横で震えていた。 怖かったのかな? 逮捕されると48時間以内に検察官(検事)のもとへ事件が移されるので、事件自体は検事扱いになる。 刑事は検事のお手伝い程度に供述調書を造り、それを元に検事が起訴(裁判)か、不起訴かを決める訳なので、最終的な判断は検事にある。 しかし、通常、示談が成立していればほぼ100%不起訴になる。 または、罰金刑になっても実刑は免れるのである。 今日、フォンからもらった1枚を錦糸町警察署へ提出する必要は本当の意味では無いのだが、提出しないよりもは早い釈放を狙ったのだった。 不起訴が分かっていながら、今後は供述書を作る事(取り調べ)はなくなる訳である。 ステンレスの灰皿を机の脚の脇にかくして置いたのだが、腕を伸ばして取りだし、机の上に置いてタバコに火をつけた。 最高にうまいいっぷくだった。 ブラックのアイスコーヒーもぬるくなっていた。 時計に目を落とすと午後3時を回っていた。 10分後、刑事が戻って来た。 書類を2枚机の上に置いた。 1枚は示談書の預かり書で、もう1枚は告訴の取り下げ状だった。 喜びでタバコを消す手が震えた。 「じゃ、そちらのフォンさんだっけ? ラッサミさんだっけ、ここに今日の日付とサインをして下さい。 ハンコは持ってませんよね」 「はい・・・ハンコは持って来ていません」 「じゃ、まず、日付と名前、登録証の名前ね。 ここに書いて」 「はい」 「こっちの書類にも日付と名前を」 「はい」 「あとは2枚との拇印をもらいます。 右手の人差し指でお願いします」 「はい」 「あ~、少し黒くなるけど、そこのティッシュで指を拭いて下さい」 「はい」 「はい、有り難うございます」 「では、この紙が示談書の預かり書で、こっちが告訴の取り下げ状です」 「はい」 「刑事さん、この2枚とも関係者が不起訴になったらもう必要ないですよね?」 「と、思いますが、取りあえずは2~3年は保管をしていて下さい」 「ですかぁ。 分かりました」 「では、随分とお時間を取らせましたけど、有り難うございました」 「あと、事件の事で、何かありますか?」 「いいえ、書類の提出に来ただけですから」 「そうですか」 「ええ」 「あんた見たいな人、始めてみたなあ」 「え?」 「警察を手玉にとる人だよ」 「いや? 何の事やら」 w 「では、これはこれで預かっておきますから」 「宜しくお願いします」 「・・・・・」 フォンは無口だったが、指に付いた黒いインクが気になっている様だった 「さて、フォンさん 帰ろうか」 「はい」 「失礼します」 「そこのエレベーターまで一緒に行きますから」 「有り難うございます」 閉まったエレベーターの中で両手の甲をみて見た。 指先が少しだけ震えていた。 興奮していた。 懲役5年を不起訴に出来そうなのだから当然のことかも知れないと自分で納得した。 エレベーターを降りて受付の脇を通り、正面玄関へ出た。 「ごめん、フォンさん、ちょっと待ってて」 と、警察署の中へ引き返した。 刑事からもらった書類のコピーをしたかったのだ 受付で「済みません、上で書類をもらったんですが、1部ずつコピーをお願いしたいんですが」と、下手にでてみた。 「え~コピーですか? 奥の交通課の隣に行ってください」 「有り難うございます」 交通課の隣の総務らしい部署にコピー機が見えた。 「済みません、上で戴いた書類のコピーをお願いしたいのですが」 ここでも下手にでるw 「あ? いいですよ。 用紙を下さい」 「2枚有りますので、1枚ずつお願いします」 「分かりました」 と、受け取った用紙を見てギョッとしている・・・だよね 無事に2枚コピーしてもらい正面玄関のフォンの元へ近づいた。 「はい、フォンさん。 コピー渡すね。 オリジナルは俺が持っておくから」 「ありがとうございます」 「もう二人でやることはないから、これでおしまいだね」 「そうですか」 「ま、いろいろ心境は複雑かも知れないけど、これでお互い幸せになれるさ」 「ですね・・・」 「取りあえず、有り難う。 君の借金は俺が責任をもってチャラにするから。 それと、今日、受け取った100万円は返せとは言わないから安心していいよ。 俺が約束するよ」 「はい・・・」 「もし、なにか心配事や相談事があるなら俺に連絡してくれ」 「はい」 「090-9312-9797 めめ、て言うから 俺の名前」 鞄からモンブランで用紙の裏にメモった 「? めめ ?」 「ああ、新宿のめめだよ」 「え? 本当のめめさん?」 「ああ、本物だよ」 「・・・・・・・知らなかった」 「ケース バイ ケースで鬼にも仏にもなるさぁ」 「名前は聞いたことがあります・・・」 「今回は鬼だったけど・・・フォンさんには」 「・・・・・」 「今度は力になれる事があれば遠慮しないで連絡してくれ。 出来る事ならするから」 「はい」 「ん?」 「めめさん・・・ごめんなさい」 「ん?」 「ゲオチャイのママさんが笑いながらお金を渡してくれたの・・・私に」 「よかったじゃん」 「だって・・・・」 「気にすることはないさ。 お互いに幸せになれるんだからさ」 「今回のことは・・・・ごめんなさい。 友達が直ぐに警察に行けばきっと借金は払わなくても良くなるって言われて・・・・」 「おおかた、そんな」事だろうと思ってたさ。 でも、もう終わったから」 「はい」 「もう止めよう、この事件の話は。 もう全てがチャラだからさ ね」 「はい」 「どこか送ろうか・・・と言っても、いずらいよね一緒は」 「はい・・・駅、そこですから歩きます」 「だね。 じゃ、またなにかあったら・・・・」 「はい。 さようなら」 「じゃね」 「はい」 ワイ(タイ式の両手を胸の前で合わせる動作)をしてフォンは駅へ足を進めた。 俺も駐車場のS500へもどりサンルーフと全ての窓を全開にしてタバコに火をつけた。 逮捕から20日後、 4人の内3人は不起訴。 勿論、タエちゃんも帰って来て、金沢へ向かった。 主犯格のゲオチャイのママの娘リカは罰金50万円の略式裁判判決だった。 1%でも可能性があれば俺は動くさ・・・・ 完結。
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