連載
井上英介の喫水線
物事の「喫水線」やその下にも目をこらしつつ、日本のいまを地方から眺めたい――。井上英介記者のコラムです。
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現金給付の阿南市その後
2024/12/14 02:07 2033文字人口約7万人の徳島県阿南市が2月、1世帯あたり10万円の現金を給付する物価高騰対策を実施し、私は本コラムでこれを批判した(2月10日朝刊「『選挙買収』やるなら堂々?」)。昨年11月に当選した岩佐義弘市長の選挙公約で総額は25億円。自治体の現金給付としては全国でも突出した規模だった。 25億円の原資
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石丸伸二氏という「劇薬」
2024/11/9 02:02 2005文字石丸伸二氏(42)を私が知ったのは、例の発言でだった。 2年前、広島県安芸高田市の市議会本会議。居眠りする、質問しない、と市長就任直後から議員たちを批判し続けてきた石丸氏が、議場で言い放った。 「恥を知れ、恥を!」 そのニュース映像に私は当時驚いた。しかし、もっと驚いたのは今年、任期途中で市長を辞
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DV被害者、守る天使たち
2024/10/12 02:00 2056文字匿名を条件に私の取材に応じてくれた女性を、Pさんと呼ぶことにする。 Pさんはある日、夫からひどい暴行を受けた。長く暴力に耐えてきたが、その日は一段と激しく殴られた。周囲の勧めで警察に行くと、刑事は「こんな暴力は見たことがない」と驚き、ドメスティックバイオレンス(DV)の被害者を支援する徳島市の団体
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復興常備Ⓡ食、発想は無限
2024/9/14 02:01 1984文字南海トラフ地震で、海に近い徳島の自宅にいて助かるのか。好きな釣りで海に出ていたら生還は無理だな。8月8日、初の臨時情報「巨大地震注意」に不吉な想像が駆け巡った。助かっても生活インフラが壊滅した地で生き抜くのは大変だ……。そこまで想像し、現に能登の人びとが今年の元日に直面した事態ではないかと思い至っ
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「土佐源氏」実は創作だった
2024/8/10 02:00 2040文字土佐湾を望む高知県須崎市から上り坂が続く。目指すは同県檮原(ゆすはら)町。四国山地で愛媛県と接する。車は非力な軽のポンコツで、エンジンが焼けそうだ。 目的地の「茶や谷」(同町四万川(しまがわ)区)は高知県でも有数の標高が高い集落だ。坂本龍馬は1862年に土佐を脱藩する際、茶や谷から韮(にら)ケ峠を
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映画トトロと幼き介護者
2024/7/13 02:02 2113文字少年期や青年期は遊びや勉強、友人との交流で世界が大きく広がっていく。そんな時期に親族の病気で過度の介護や家事に追われ、社会で孤立し、将来が閉ざされてしまう。こうしたヤングケアラー(幼き介護者)への支援をうたう法律が、6月に国会で成立した(改正子ども・若者育成支援推進法)。 宮崎駿監督の映画「となり
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「戦争」からの悲しき避難先
2024/6/8 02:00 2043文字記者を32年もやり、取材執筆した記事は数え切れない。記事が載ると大半の取材は記憶が薄れていくが、まれに残り続けるものもある。そんな印象的な取材のうちいくつかは脳裏に深く刻まれ、何年たとうが消えない。2011年6月、福島県南相馬市で自ら命を絶った93歳の女性の取材も、その一つだ。 女性を思い出したき
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秘境集落の消滅不可能性
2024/5/11 02:01 2033文字唐突だが、実を言うと人形があまり得意ではない。見るのもいやという人形恐怖症(ペディオフォビア)ではないが、商業施設の着飾ったマネキンも、桃の節句のひな人形も、そばにあると居心地が悪い。そんな私の中で、四国の山奥のとある集落が長く引っかかっていた。 2年前に徳島へ単身赴任し、夏休みに家族を呼んで剣山
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特定失踪者という不条理
2024/4/13 02:01 2115文字「あのとき、警察がきちんと捜査して……くれたら……」 取材のたびに何度も言葉に詰まる。時が流れても、母の涙が枯れることはない。 徳島県阿南市の賀上(かがみ)文代さん(72)の長男・大助さんは2001年12月、大阪市淀川区の社員寮からこつぜんと消えた。当時23歳。北朝鮮へ拉致された可能性が否定できな
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先端企業が少子化に挑む
2024/3/9 02:01 2079文字「本当ですか」。昨年、徳島大学幹部との懇談の席で、私は香美(かがみ)祥二副学長に思わず聞き返した。「らしいですよ」。彼も人づてに知ったようだ。事実ならすごい話である。 徳島県で、少子化や若者の流出が止まらない。県人口は80万人台だった2007年からつるべ落としで、今年1月1日現在69万3084人。
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「選挙買収」やるなら堂々?
2024/2/10 02:01 2098文字江戸時代の豪商、紀伊国屋文左衛門は吉原で豪遊し、小判をばらまいて花魁(おいらん)たちに拾わせたという。これ、本当の話か眉唾だが、稼いだ私財をどう使おうと当人の勝手だ。しかし自治体の公金となれば話は違う。 昨年11月の徳島県阿南市長選で、「1世帯一律10万円給付、18歳未満の子供1人につき3万円追加
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「なんちゃって農地」の備え
2024/1/13 02:01 2106文字「毎年、春先にはレンゲ畑を走りまわって遊んでいた。するとある日突然、あっという間にレンゲ畑がトラクターで耕されているのである。そうなるといよいよお米作りが始まる」 これは、昨年の第51回毎日農業記録賞一般の部で入選した徳島県小松島市の会社員、吉成昌代さん(52)の作品「おにぎりとお漬物」から引用、
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映画「福田村事件」の軽さ
2023/12/9 02:00 2077文字関東大震災から100年の今年、映画「福田村事件」が公開された。発災5日後の1923年9月6日、香川県から来た薬の行商の一行15人が千葉県福田村(現野田市)で自警団員らに襲われ、妊婦や子供を含む9人が殺された。15人は被差別部落の出身だった。この史実に基づく森達也監督の作品だ。 震災では「不逞鮮人(
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日本一のマアジはどこへ
2023/11/11 02:01 2092文字淡路島の南数キロ、紀伊水道に小島が浮かぶ。沼島(ぬしま)だ(兵庫県南あわじ市)。人口わずか400人足らずだが、島の漁師が一本釣りでとるマアジがなにしろ絶品だという。 日本近海に生息する約3700魚種の中で、アジは最も食されるおいしい魚の一つだ。私は子供のころ高級なマダイもヒラメも知らなかったが、母
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養殖業者は商社の奴隷か
2023/10/14 02:01 2061文字早朝、西日本のとある漁港の岸壁に漁船が横付けされた。 「乗ってください」 漁師にうながされて私が乗り込むと、船は凪(な)いだ海を滑るように進む。ほどなく沖の養殖生け簀(す)に着いた。漁師はひとりテキパキと動く。魚粉の固形餌を機械で船から生け簀に射出すると、無数のブリが集まり、水面が沸騰した。すごい
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中山間集落は滅ぶべきか
2023/9/9 02:01 2074文字島根県奥出雲町を目指してアクセルを踏み続けた。一人の専業農家に会うためだ。町は八岐(やまたの)大蛇(おろち)伝説の舞台で、山が深い。その日はちょうど梅雨入りで土砂降り。濃霧で視界もきかず、初めての山道は心細かった。 ハンドルを握りながら、私は農家が農水省に出した政策提言の内容を反すうしていた。 国
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再論~答えのない安楽死
2023/8/12 02:00 2055文字5月13日の本コラム「安楽死は正解のない哲学」で、認知症が進んだときの安楽死の是非について書いたところ、多数の反響をいただいた。一般の読者では安楽死を望む声が多く、福岡県の100歳の女性は「自分の死は自分で決めるべきだ、というのが私の信条だ」と寄せた(5月26日みんなの広場「安楽死、真剣に議論すべ
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アイドルは偶像にあらず
2023/7/8 02:00 2123文字私の世代は幼いころ山口百恵や西城秀樹に夢中になった。当時、アイドルはテレビ画面の向こうにいて私生活はうかがい知れなかった。今やSNS(ネット交流サービス)で私生活の一端をたやすく知ることができるようになったが、ファンとは一定の距離がある。そんな東京発のメジャーアイドルとはまるで異なる「地域アイドル
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大空へ飛べ!デロリアン
2023/6/10 02:02 2083文字映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の主人公は、米車デロリアンを改造したタイムマシンで時空を旅する。これと似た車を作ろうと、四国の田舎で苦闘を重ねる研究者がいる。むろんタイムマシンはSFで、目指すは空飛ぶ車。プロペラ付きのタイヤが水平に倒れて浮く仕組みがそっくりだ。里山と水田が広がる徳島県南部の
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安楽死は正解のない哲学
2023/5/13 02:01 2101文字西日本のある地方都市で高齢の認知症患者を長年診ている精神科医(59)と、じっくり話をする機会があった。「認知症だけは勘弁してほしい。自分が家族に迷惑をかけるくらいなら死んだ方がましです」。深く考えず感想を口にした私に相手は同意し、こう言った。「私は医師ですが、安楽死を肯定しています」 ドキリとした
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