世界トップレベルの超高齢化社会であるニッポン。
65歳以上の人口シェアは3割に迫り、その声が政治に反映されやすい「シルバー民主主義」の存在が指摘されている。
ある地方では、高齢者たちに不人気だった行政の方針が、高齢者たちが声を上げた後に修正された。
これはシルバー民主主義だったのか――。
この記事では、次の内容を知ることができます。
・見直し案が修正された札幌市の敬老パス問題
・「高齢者の数に押されたわけではない」札幌市が主張するわけ
・シルバー民主主義の存在、専門家に否定論も
・「クレクレ民主主義」とは
28歳の訴えにヤジ
2024年11月、札幌駅前のビルの一室。
札幌市民170人が集まった会合は、さながら「世代間闘争」の様相を呈した。
「現役世代の声も聴いてほしい。年金も介護も医療も全ての高齢者の福祉を現役世代が負担しているのに、なぜ交通費まで我々の給料から払わないといけないんですか!」
会社員の岡時寛さん(28)はマイクを手に立ち上がり、声を張り上げた。
周囲のパイプ椅子に座るのは、三回り以上も年齢差のある高齢者ばかり。
「君も年取るよ」「国の制度を変えましょう」。岡さんが話している間、そんなヤジにも似た声が上がった。
マイクを引き取った札幌市の秋元克広市長(68)は、こう言って場を収めるしかなかった。
「ぜひですね、冷静にお互い議論していければ――」
市が示した「敬老パス」の見直し案
会合のテーマは、市の「敬老パス」。70歳以上の市民が地下鉄やバス、路面電車(市電)に乗る際、料金が優遇される制度だ。
最大7万円分(自己負担は1万7000円)を利用でき、差額は市が助成する。つまりは税が投じられる。
市は23年11月、これを見直し、「敬老健康パス」へ全面的に転換すると発表した。
「素案」では、ウオーキングや介護予防教室への参加など健康のための活動をすればポイントが付与される制度を導入。そのポイントで公共交通機関を利用でき、「自己負担はゼロ」とうたった。
ポイント管理はスマートフォンの健康アプリなどで各自にしてもらう予定だった。
敬老パス制度は全国の自治体にもあるが、高齢化を背景に財政を圧迫し、各地で見直しが進む。
ただ、札幌市の場合、高齢化率(65歳以上の人口割合)が格別高いわけではない。28・7%(24年10月時点)で全国平均とほぼ変わらない。
それでも、市は持続可能な街づくりに向け、高齢者の健康寿命を延ばすことが必要と考えて見直しを決断した。
1年足らずで「当面存続」に転換
しかし、高齢者の反発は強かった。
慣れないスマホを使ったポイント管理への不安のほか、「健康のための努力を強制する制度」といった批判の声も噴出した。
24年4月には、市民団体「札幌敬老パスを守る連絡会」が現行制度の存続などを求める要請書を約2万6000人分の署名とともに市に提出した。
連絡会の三浦誠一共同代表(76)は「年金がか細くなってきていて、年寄りは貧乏。なくさないでほしい」と訴える。
そして市は9月、見直しの「修正案」を発表する。
内容は、現行の敬老パスの当面存続▽26年度から対象年齢を75歳以上、自己負担割合を一律50%にそれぞれ引き上げ▽健康アプリは対象年齢を40歳以上に変更――といったもので、見直し方針は発表から1年足らずで修正された。
11月の会合は、この修正案に対して市長が市民の疑問に答える場だった。
先着順だった参加者のほぼ7割は70歳以上の敬老パス利用者。会場からは、修正案にも「問題は健康アプリに対する不安だ」「私たちも一生懸命働いて今がある」などと反対意見が相次いだ。
会合で「現役世代の声を聴いて」と発言した岡さんは市の対応に憤る。
「結局、市は高齢者の声に折れたんです。理由があって見直しを宣言したわけだから、恩恵を受けている人たちの声で安易に変えてよいものではありません」
制度の理念に合わない利用実態
戦後80年を迎えた日本社会は、高齢化という試練に直面している。
全ての団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる「2025年問題」もある。
敬老パスを巡っては、千葉市が「高齢者人口の増加を踏まえると、助成は困難」と07年度をもってやめたように廃止した自治体があるほか、名古屋市が22年に無制限だった利用回数に制限をかけるなど上限を設けた自治体もある。
こうした動き…
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