村上春樹さんが語る小澤征爾さん 音楽の芯を追究した「特別な人」
エッセー集「デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界」(文芸春秋)を刊行した作家の村上春樹さん(75)が、毎日新聞の取材に応じた。インタビューの後半では、2月に逝去した指揮者の小澤征爾さんとの関わり、戦争が続く世界の現状への見方などについても語った。(インタビューの前編はこちらをお読みください)【構成・大井浩一、須藤唯哉】
<内容>
・1950~60年代、ジャズは知的体験
・「本当にすごいと思った人は3人」
・戦争、トランピズム…「中世に逆戻り」
山下洋輔さんの早大「再乱入ライブ」
――デヴィッド・ストーン・マーティン(David Stone Martin、以下はDSMと略記)が精力的にレコードジャケットをデザインした1950年代のジャズというのは、村上さんは後から聴いたわけですね。
◆そうですね。僕がジャズを聴き始めたのは60年代半ばだから、それ以前の音楽です。リアルタイムのジャズももちろんずっと聴いていましたけど、それと同時にさかのぼって、前の時代の音楽にひかれて、両方聴いていました。あと僕、学生時代に水道橋(東京)の「SWING」という古いジャズ専門の店で何年かアルバイトで働いて、そこではもっと古い30年代、20年代のジャズも聴き込んでいました。
――この100年ほどのジャズの歴史や、背景にある戦後史の流れが、この本を読むと分かってきます。その中で村上さんが最もひかれ、またジャズそのものがアクティブだったのが50年代といえるでしょうか。
◆迷いがない時代だったのかな、50年代は。例えば50年代のアメ車(アメリカ製の自動車)のデザインというのは唯一無二ですよね。そういう文化的な底力、アメリカ文化に対する迷いのない確信みたいなものがあって、DSMの場合はそれがジャズだったわけです。スイング時代のミュージシャンとモダン派のミュージシャンが同時代的に、並行して活動していました。情報を交換し合うところもあったし、反発し合うところもあったけど。日本のジャズミュージシャンも積極的に新しいジャズを取り入れて、新しい音楽を作ろうとしていたと思います。秋吉敏子さん(ピアニスト)や渡辺貞夫さん(アルトサックス奏者…
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