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まん丸、メジャーへの道 6

あることないこと 話半分でお付き合いくださいませ

2024.11.17

ガス抜き 




ブログ本編は「中締め」で「ひとまず終了」いたしましたが、不平不満がたまってきてどうしようもなくなったら、この「ガス抜き」で、爆発しないようにすかしっ屁のように抜いておこうと思います。

…しょっちゅう更新してたりして。(笑)





あと、お知らせ。

2025年2月から、「三流亭まん丸」の原点である大喜利サイト「大喜利グランプリ」へのボケ投稿を再開しました。

なんと10年ぶり。

10年のブランクは果てしなく大きいわけで相当期間リハビリになりそうですけど、ま、ボチボチ投稿して、ゆる~く楽しんでいこうと思ってます。


大喜利グランプリ  
(↑クリックするとサイトに飛びます)


もしよろしければ、ご覧ください。(笑)







ガス抜き

容器の中にある気体が膨張しすぎて、容器が破裂しないように中の気体を適当に抜くこと。






【ガス抜き4回目:2025年2月28日】

「金持ちに政治をやらしちゃいかん」


金持ちは損得でしかモノを考えないし、金持ちの視点でしか社会状況を判断できないから、「金持ちをさらに富ませる」ことしかやらない。

トランプが最たる例。
ディール(取引)は、ハナッから取引できるモノを持ってる奴しか相手にしないわけで、つまり持たざる者は最初から眼中にないということ。

トランプが取り立てた取り巻きたちも然り。
トランプに莫大な献金をして政治に関与できる立場を買い入れたイーロン・マスクが最たる例。
3000億ドルというフィンランド国家予算と同額の個人資産を有する奴が、コメ5kgの値段が4000円を超え、キャベツひと玉350円を超え、スーパーの商品棚の前でそれらを買うか買うまいかじっと立ち尽くし悩みぬく庶民たちの生活がわかるわけがない。(←あらら?日米がごっちゃになってすいません。でも米国だってそういうことでしょう。)

ま、要望・要求を実現するために多額の献金をする者、それを裏金として懐に入れ続ける世間知らずの世襲議員ども、献金した者の意向や都合しか反映していない偏り歪んだ政策…、自分たちに都合の良い法を作り、その法に則った「合法的収賄・贈賄」が蔓延ってる日本も同じような状況ですけどね。

あくまでも利益の追求が最優先で富む者は仕事(施し)をし、同等あるいはそれ以上の見返り(利益)を求めるのが資本主義における経済でありますが、それを政治に持ち込んではダメなんですよ。

政治とは「集団組織を構成する一人ひとりの人間が、幸福追求を決定することを可能とする制度設計を始めたとした環境整備と方向性を決定」すること(←松下政経塾HPによればね)、もっとわかりやすく言えば「政治の役割は、富める者・富まざる者関係なくその社会に生きるあらゆる人々が分け隔てなく誰もが公平に幸せになることを目的とし、多様性を尊重しながら話し合いによって、そのための社会の仕組みやルールを作ること」、ときには損得・効率という観点以上に、倫理や徳、情に配慮がなされなければならないのが政治なんです。

カネを出す者・取引材料のある者だけを相手にし、それ以外は切り捨てる・そうされたくなかったら問答無用で俺らの言うことを聞け!という、独善的・排他的かつ損得勘定だけで物事が決まる為政、富む者が一層富み、富まざる者が一層困窮してしまうような政治は、政治ではない。

で、結論。

「金持ちに政治をやらしちゃいかん」

ただし。

大富豪が自分の有する富(個人資産であって税金ではない)を、節分の豆みたいに、ただただバラまく政策ならハナシは別。(笑)







【ガス抜き3回目:2024年1月23日】


「トランプという人」


国家間の約束は、契約。

契約というものは、双方が対等・同等な立場で行われなければならないのが大原則。

強大な力をバックに「言う事聞かないなら〇〇してやるからな」と相手を恫喝して、力におびえる相手の弱者から献上品をカツアゲしたり、自分にだけ都合のいい不公平・不平等な条件を相手から申し出させる(「譲歩を引き出す」なんていってますがね・苦笑)なんていうやり方は、まるで「ヤ〇ザ」と同じ。

…今どきは「ヤク〇」の方が、カタギには手を出さないからまだマシかな。(苦笑)

こんなやり方は「取引(deal)」とはいわない。

取引はルールに則って行うものだけど、それらが気に食わなけりゃそこから離脱・脱退して、自分たちが好き勝手にルールを定めて好き放題にやるっていうんだから。

そんな、ルールやそれまでの国際的な慣習を無視してのやりたい放題は、武力による実力行使・核使用をちらつかせての恐喝によって自己欲求を満たそうとするロシアのプーチン・北朝鮮の金らと、手段(武力と関税)は違えど、本質は何ら変わらないですよ。

国民の信託が無ければ存在できないただの一国の大統領にすぎないのに、自分は「望めば何でもできる」絶対君主・絶対権力者の王様にでもなったと勘違いしているのでしょうかね。

王様だって民からの敬愛・思慕がなければ、ただの「裸の王様」ですよ。

「こいつ、力が衰えたな。一緒にいても何の得にもならん」と思われた瞬間に、力目当てに集まった取り巻き連中はクモの子散らすように離れ、組織はあっという間に崩壊するんです。

力(権力・財力・利権)だけの表面的な繋がりは脆いんですよ。

結局ね、組織はというものは信頼、信用、そして敬慕、「あの人のためなら」という浪花節…は言い過ぎかもしれませんが、人と人の心がそういうものでつながることで強固で盤石になり、円滑に回るようになるんです。

ゆえにトップに立つ人は優秀であると同時に「相手を慮る心がある」「相手の立場になってモノを考えられる」人、つまり「桃李不言下自成蹊」な方でないとダメ。

政治に関わる人は尚更です。

自分本位で多様性を一切の余地なく真っ向から否定する、自分の価値観や信条・考え方や言動を含め手法や手順といったやり方はすべて正しい、自分の味方しか重用せず他人の意見を全く聞かず「反論する=敵」という単純な思考でそれらを力によって封殺する、過ちを認めず一切の謝罪をしないし負けを認めない(=相手に敬意を払えない)、何から何まで儲かる・儲からないという基準でしか行動しない。

一民間企業ならこういうトップがいてもまあ許容できる(関わらなきゃいいだけ)けれど、政治には絶対に関わっちゃいけない。

たとえばデート中に夕飯のメニューを決める際、彼氏はカレーライス、彼女はうどん、で、話し合って、「じゃあ、カレーうどんを食べに行こう」、これが「政治」。

彼氏がうどんを一切認めずそれを選択肢から独断で外し、自分の食べたいカレーライスを一方的に押し付けるのは「政治」とはいわない。

つまり「様々な価値観や考えを有する人々が集まって一つの社会を営んでいく際に、それらの人々が主張する多種多様な権利が衝突して社会が混乱しないように、それぞれの権利を尊重しつつも調整を図りルールをつくる」のが「政治」なんですから、自分に異を唱えるものを認めない(多様性を否定する)という人は、そもそも政治にかかわる素養・資質を備えていないってことですよ。


私はね、こういう人間が大嫌い。

世界の中で一番軽蔑すべき類の人間だと思いますね。

「自分のことしか考えられない」、つまり「下品」なんですよ。

今、世界で最も下品な人間のひとりだと思いますよ。



可能なら下品な奴とは付き合いたくないけれど、でもね、こういう下品な奴と付き合わなきゃならないときもある。

下品な輩と付き合うには、なにより重要なのは距離感

ヘタな同調はせず、深入りせず、決して同じ土俵に乗らない、理にかなわない無茶苦茶な言い分に対しては反論せず、決してキレず、いちいち真に受けず、適当に受け流す。

さてさて、そういうタヌキ外交が今の政府にできるかどうか。

尻尾振ってすり寄るしかできないタヌキだと困るんだがなぁ。

…なんとも頼りないんだよなぁ。(苦笑)






【ガス抜き2回目:2024年11月17日】


「皇室に対する国連勧告」


女性差別撤廃条約は、男女の完全な平等の達成に貢献することを目的として、女子に対するあらゆる差別を撤廃することを基本理念とし、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他すべての分野において、女性の性に基づく排除や制限、さらには区別することも差別にあたると定義し、どんな分野においても男女の区別なく、すべての人が平等であることを基礎として、女性の人権及び基本的自由を守ることを目的に締結された条約です。

1979年12月18日に第34回国連総会において採択され、1981年9月3日発効されました。

2019年8月時点で締約国数は189ヶ国、もちろん日本も条約に署名(1980年7月17日)し、1985年6月24日に国会承認、同日内閣批准決定を受けて、1985年7月25日に国内発効されました。

ますはここまでを頭に入れておいてくださいね。




で、もう一つの大事なポイントがこれ。

この条約には、第28条、第29条に「留保」の規定があるということ。

「留保」、物凄く簡単に言うと、「締結に当たり条約を遵守していこうと思っているんだけど、国内に根付いちゃってる昔からの伝統や慣習、文化や宗教上などなどの理由からそれらをすぐに変え、今すぐに全ての条項をすべて守るのは難しいんですよ。特に〇〇と▽▽の条項については、国内にそれを変えてもいいという風潮や理解が浸透するまで、そういう環境が整うまではちょっと待ってほしいなぁって思ってるんです。あ、もちろんそれ以外のことについては条約の内容をきっちり履行していきますよ」ってこと。

この「留保」は締結した後に撤回することができますが、締結した後に「やっぱりここだけ留保したいんだけど…」はできません。

後だしはダメ、ダメなものは事前に言っておいてね、ってことですけど、これは国際的な約束事ですから当たり前のことですよね。

で、日本はこの条約を締結する際に、なにひとつ「留保」をしませんでした。


なにひとつ「留保」しませんでした。


なにひとつ「留保」しませんでした。


わかります?

この条約を締結する際に留保を行使する国は数多あったというのに、日本は一切留保しなかった、つまり「この条約に掲げられているすべての内容をすべて履行していきます」と国際的な場で堂々と宣言しちゃったわけですよ。





ここまでを踏まえた上で、ようやく本題。


それから約40年が経ちました。

今年の10月末、国連から「皇位継承は男系男子に限る」という皇室典範の改正について勧告がなされ、その勧告に対し、世の政治屋の皆さんは「皇室の在り方は日本が決める、内政干渉も甚だしい!」とたいそうご立腹のようです。

ま、私から言わせてもらえば

「はあ? 自分らの不勉強さ・無知さが招いた結果だろうよ。何をいまさら文句言ってんの?」


国連が勧告するのは当然なんです。

日本はあらゆる分野でのすべての男女差別を撤廃するという条約を、なにひとつ留保することなしに、締結・批准したんですもん。

にもかかわらずそれから40年近くも経っているのに、我が国の象徴天皇制のある意味肝である皇室典範とはいえ「皇位継承は男系男子に限る」という規定が残ってるわけで、「ありとあらゆる分野で例外なく一切の男女差別・区別を排除すると40年前に約束したのは日本でしょ?留保していないんだから早く是正してくださいな」って、国連が注文つけてくるのは至極当然のことなんですよ。

文句言われたくなかったら40年前に、「条約締結して批准しますが、皇室典範に対しては留保します」って意思表明しておけばよかっただけのハナシ。

それをしてこなかった政治屋さんたちが国連に対して「内政干渉だ!」と腹を立てるのはお門違いもいいところ。

「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」という憲法98条2項に書かれている通り、日本は「条約は法律に優位する」立場をとる(国内法が条約より優位という国もあるけど、それらの国は条文留保して締結している)と明記している以上、それをまるで無かったかのように(知らないだけかもしれませんけどね)、まるで国内事情の方が条約に勝るような言い草で立腹し勧告してきた国連に逆ギレするなんつぁ「私たちは国際条約がなんたるかを全く理解していませんよ~」って自分たちの不勉強ぶり無知ぶりを晒す大醜態なわけ。

腹を立てるのは国連に対してじゃないんですよ。

40年前にこの条約に署名・締結する際に「日本の皇室についてはこの条約の履行を留保する」ことを国連に意思表示しなかった当時の内閣の不勉強で無知な政治屋さんたちに対してであり、この大事な点をまったく指摘することなくロクな議論も経ずにすら~っと批准してしまった世襲やタレントらがウジャウジャ集う国会議員の不勉強で無知な政治屋さんたちに対して、なんですよ。

ね、昔っから「〇カに決定権・裁量権を持たしちゃいけない」、つまり「バ〇に政治はやらすな」っていうでしょ?

しちゃうと何十年後かに今回のような国家の基本を揺るがすようなオオゴトの原因を作りかねないわけですよ。

あ~、こわい、こわい。

票取りマシーン・客寄せパンダの今井某、生稲某、森下某…そういうタレント議員たち、ただ地盤看板カバンを受け継いだけで偉そうな顔してのさばる世間知らず常識知らずで不勉強・無知・無能な世襲議員たち、そういう輩たちが今だけよければという視点で適当に大した意図もなくなんとなくこれから決めていくことが、数十年後に日本の足枷となり大きな禍根になってくんですよ。

今回の国連からの勧告は、浅慮で無知で未来の責任を負うとしなかった政治屋たちに起因しているわけで、まさにそれが具現化した例。

あ~、やだ、やだ。

今の政治をみてると、この先の日本、日本の未来が心配でなりませんよ。





【ガス抜き1回目:2024年10月28日】


「衆議院議員選挙」


民主主義による意思決定の原則は、多様性な意見と個人・少数派権利の尊重、それらを集約するための議論による全会一致であって、多数決は意思決定手段の一つに過ぎません。
ゆえに本来は様々な意見を俎上に乗せ議論を重ね合意形成していくわけですが、意見の相違の溝を埋めるために根気よく粘り強く説明・説得し意思決定までに議論を尽くさねばならず大変な労力を要します。
ここが「民主主義は面倒で手間と時間がかかる」といわれる所以です。

ところが政権復帰してからの自公連立政権はこの民主主義的プロセスをまったく無視し、数の力により他の意見をまったく受け入れず「これしかない」「こうあるべきだ」という自己の意見・主張のみの実現を目指して政権運営してきたわけです。
これまでの戦後一貫してとられてきた国としての方針の大転換を伴うような重要事項でさえ、為政者の一存・意思のみによって、民意を十分にくみ取ったとはいえないおざなりの議論と数の力の濫用ともいえる多数決によって決められきました。
数の力による議論なき多数決による意思決定は民主主義への冒涜、権力によるはなはだしい専横としかいいようがありません。

安易な多数決が対話を閉ざす道具になっている
(東京外国語大学・大石高典准教授)


いえ、むしろ恣意的に対話(議論)せず、意思決定の一つの手段でしかない多数決を悪用・多用・濫用して、多様な異なる意見や主張を黙殺してきたわけです。対話(議論)の機会を設ければ、それらを俎上に乗せなければならず、決定に際し配慮や考慮をせざるを得ませんからね。

人の諸権利についての無知、忘却または蔑視が公共の不幸と政府の腐敗の諸原因である
(フランス人権宣言)


そして為政者は、数の力を背景にしたやりたい放題が長期常態化することで感覚がマヒし、何をやってもいい、何をしても大丈夫、という驕り・慢心・傲慢さにより、腐り始めた己を認識できなくなります。

権力は腐敗する
絶対的権力は絶対的に腐敗する
(ジョン・アクトン)


この格言は世の常、長い歴史において立証されている定理のようなもので、日本でも安倍政権以降の長き春を謳歌した自民党が案の定腐りました。
その専横は一層エスカレートし、民意を政策に反映させることがその使命であるのに、その民意を無視、いや民意そのものがもはやわからない、何が悪いのかすら理解できない・わからないほど、自民党は腐り果てます。
腐り始めたばかりの池の水は他の綺麗な水によりまだ再生可能ですが、腐りきった水しかない池は、もはや自らの力では再生できません。
自浄作用が全く働かなくなった腐った自民党に、それまで自民党を支持してきた人ですら愛想をつかし、今回NOを突きつけたのです。

権力の乱用と権利の侵害が、常に同じ目標に 向けて長期にわたって続き、人民を絶対的な専制の下に置こうとする意図が明らかであるときには、その ような政府を捨て去り、自らの将来の安全のために新たな保障の組織を作ることが、人民の権利であり義務である。
(アメリカ独立宣言)


これが具現化したのが今回の総選挙です。

驕れる人も久しからず
(平家物語)


民意は形となり、自公連立政権は過半数を割り込むこととなります。

だけど、これで安堵してはいけません。
権力は魔物、手にすると人を変えます。
新たに権力を握った者が、ふたたび腐った政治を繰り返さないように、我々有権者は政治を厳しい目で監視し続けなければならないのです。

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない
(日本国憲法第12条)


そのためには、我々有権者も「政治屋」と「政治家」を見極める目を持たねばなりません。

政治屋は次の選挙のことを考える
政治家は次の世代のことを考える
(ジェームス・クラーク)


資質の欠片もないタレントや芸能人上がりや、ボンボン育ちで民意とかけ離れた世界で生きてきた世襲、そして裏金・脱税行為を息をするかの如く行う利己主義的金満政治屋を、2度と政治の舞台に登壇させてはなりません。

政治屋を排除し、心の底から信じ自らの未来を託せるような志ある政治家を選び出す目、もし今そういう政治家がいないのであれば育てていく環境を整え、我々主権者国民が幸せになるための政治を取り戻しそれを保持するために、常に政治を監視し、政策に対して声を上げ続けていかなければならないのです。

一方で我々国民から信託されて選ばれた新たな議員は、この選挙の結果を謙虚に真摯に受け止め、永田町の論理で動く政治屋であることを恥じ決別することを覚悟し、青雲の志をもって国民のための政治家になるよう、心を入れ替えて努めなければいけません。

民主主義の大原則である、多様な意見・少数意見を尊重しながら徹底した議論による合意形成と意思決定をはかるという、国会の本来のあるべき姿に、戻していかなければなりません。

野党勢力250が政策・理念の一致無くしてただ政権奪取のために集まればそれは単なる野合であり、そんないい加減な烏合の衆政権には直面する喫緊の課題山積の日本を委ねることはできません。

そして自公も獲得議席215という現実を直視する必要があります。

安易に野党を連立与党に引き込む工作を画策しこれまでのように数の力による独りよがりの政権運営を遂行しようとするのではなく、少数与党として自公あわせて衆院過半数233に足らない18を埋めるべく、野党からの多様・少数の意見等をも取り入れながら政策立案・政権運営を行い、可能な限り全会一致に近づけるような合意形成をはかるための丁寧かつ徹底した議論に努めなければなりません。

面倒で時間と手間がかかるかもしれません。

でも、それが民主主義です。

今回の選挙は「腐った政治からの決別」「金権・利権誘導政治から国民が幸せになるための政治への転換」「日本の民主主義の再生」、このスタートラインにようやく立てたということなのではないでしょうか。

腐りきった日本の民主主義が再生されるか否かは、新たな議員たちが、有権者が選挙を通じて示した声を真摯に受け止め反省をし心の底からの改心した上で、信頼・信用が完全に失墜した腐りきった今の政治を本来あるべき姿に復元していく困難に挑む覚悟を示し遂行していくこと、そして我々有権者も政治に対して常に「おかしいものはおかしい」と声を上げ続けられるよう真剣に厳しい目で政治をチェックし続けていくこと、これらができるかどうかにかかっています。

今のままの政治が続くようでは日本に未来はありません。

これからが本当の勝負なのではないでしょうか。


以上、今回の総選挙の総括でした。



コメント

こんにちは。

ずーーと思ってました。
もう、ダメだと・・・
政治家うんぬんも悪いけど、同じ過ちを良しとする国民の無知、正義感はないのかと痛烈に感じた選挙が先日ありました。

その内、日本は中○と米○か露○の餌食になりそうです。

皇室・・・困ったものです。
私の考えは・・・言えないよ~~

2024.12.27  ヒツジのとっと  編集

ヒツジのとっとさん、コメントありがとうございます。

日本人は「お上」意識が強すぎます。「お上のやることについていけばそれでおいい」そして「自分が我慢してそれでうまくいくなら我慢した方がいい」という意識も。

お上のまつりごとよって生かしてもらっているなんていう中世封建的な考え方が骨の髄までしみ込んでいる民族なんですよね。

本来政治は、自分たちが幸せになるために自分たちで執り行うもの。

にもかかわらず、お上にまかせてどんな悪政でも口を出さずに耐え忍びながら一生懸命働くなんていうのは「美徳」どころか「あなたたち、おバカさんですか?」のはなし。

自分たちが幸せになること、自分たちの生活資質・環境・条件の向上こそ政治が存在する意義なんですから、それをないがしろにするお上なんてもんは直ちに一掃し、幸福をもたらす仕組みに作り替えていかねばなりません。

一つ一つの異なる意見を調整しながら個人の幸せと社会が効率的に回る仕組を両立させるための合意形成を図る、たしかに面倒くさい手間・時間のかかる作業かもしれませんが、でもそれを人任せにせず自分たちの手で自分たちの理想の形を作り上げるために執り行うのが民主主義。

「どうせ私が言ったところでなにもかわらん」と面倒くさがって全く声を上げず、選挙に於て投票率半分、政治への参加・政治の当事者意識が皆無の日本人は、まったく民主主義とは何か?を理解していないわけで。

この日本国民の意識・考え方が変わっていかねば、世襲とタレント議員が蔓延る無能な国会と内閣が、いつまでも国民意識とかけ離れた為政を続けることになるでしょう。

日本は民主主義国家とは名ばかりの、封建的な価値観・仕組がいつまでたっても残存する二流国であることを、日本国民は、もういい加減に自覚しなけりゃなりませんねぇ。

2024.12.30  三流亭まん丸  編集

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オヤジギャグ好きの
ただのそこらへんにいる
ちょいエロオヤジでございます。
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真偽のほどはいい加減。
そんな記事により
皆様に何か不都合が生じた場合、
その責任は痛感いたしますが、
責任はとりません。(笑)

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