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至急です!!きのふはけふの物語の現代語訳をしていただきたいです! ある人、供の者と寺へまゐる。和尚この人を御覧じて、「さてさて奇特の御参詣。」とて請じ給ひて、寺の者を呼びて、「まづまづお茶進上申せ。もみぢにたててまゐらせよ。」とおほせらる。この人聞いて不審して、いろいろ案じても合点ゆかず。「いやいや、聞くは一時の恥。」と思ひ、和尚に問い申せば、「こうようたてよ、と申してさうらふ。」とおほせらる。「もつとも。」と感じて帰りにけり。 お願いします!!!

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回答(3件)

二番目の臍で茶沸かすさまの回答に誤りがあります、 「こうよう」は「このようによく」ではなく、始めの方のおっしゃる通り「濃う良う(濃く良く)」という意味です。

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>住職の答えが洒落であったという、ただそれだけの話です。 というのもまちがい。 原文にはそのあとに ……「もつ共」と感じて歸るさに、人の所へ立より、此事いふべしとて、「小性衆、御茶一ぷく給はれ。紅葉にたてゝ御意にかけられよ」といふ。 亭主も小性もがてんゆかず、「いか成謂ぞ」と尋ねければ、「こくよくと云義理ぢや」といはれた。 聞えてこそ… という笑話らしい「オチ」があって、「ただそれだけの話」ではありません。

出典は笑い話を収めた短編集です。この話も言葉遊び、しゃれのお話です。一種のなぞなぞです。 ある人が寺参りをし、住職が小坊主に茶を命じたが、その言葉の意味が分からず、尋ね、住職の答えが洒落であったという、ただそれだけの話です。 茶を入れることを「たてる」と言い、「こうよう」とは「紅葉(こうよう/もみぢ)」であり、「かうよく(このように良く=うまく、十分に、入念に)」の音便・音変化である、以上が洒落の説明になります。 これを口語訳だけを読んで、わかりますか。 「口語訳なら読んで理解できるはず」というのがいかに浅はかか、それを伝えたく回答しました。

ある人が、供の者と一緒に寺へ参詣した。 寺の和尚が、この人をご覧になって、 「それにしても感心な御参詣だ。」と言って招き入れなさって、 寺男を呼んで、 「ともかくお茶をさしあげろ。「紅葉」にたてて差し上げろ。」 とおっしゃる。 この人がそれを聞いて不思議に思って、色々考えてもわからない。 「いやいや、聞くは一時の恥(、聞かぬは一生の恥と言うよ。物知らずと思われて少しくらい恥をかいても、やはりわからないことは聞いておこう)」と思い、和尚に(お茶を「紅葉」にたてるとはどういう意味かと)質問申し上げたところ、 「こうよう(濃う良う=紅葉)たてろ、と申したのです。」 とおっしゃった。 その人は、「なるほど!」と感心して帰ってしまった。

>「かうよく(このように良く=うまく、十分に、入念に)」の音便・音変化である、 「このように」って、どのように? 「和尚」が、茶の点て方を「このように」とやってみせたり、「良く」点てた茶を見せたりした描写、ありましたっけ。 茶を「濃く良く」たてる、のですよ。 「このように=かく」は、ウ音便しても「かう」で、 「こう」にはなりません。 「こう」は、音便でも音変化でもなく、「かう」の「現代仮名遣い」でしかなく、 「こう」は「濃く」のウ音便なんです。 臍で沸かした茶では、なかなか、「もみぢ」にはなりませんなあ。