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戦後80年

日本の終戦から、2025年で80年。「戦後80年」を考えるニュースをまとめました。

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古里を強制退去 93歳が忘れられない父とロシア人たちとの光景

宝金和江さんの父が元島民同士の交流を願って1952年に作成した入里節の全戸名簿の1ページ=七飯町で2025年7月9日午後4時15分、伊藤遥撮影 拡大
宝金和江さんの父が元島民同士の交流を願って1952年に作成した入里節の全戸名簿の1ページ=七飯町で2025年7月9日午後4時15分、伊藤遥撮影

 記憶に残るのは、北方領土の択捉(えとろふ)島での豊かな暮らし。

 島に上陸したロシア人と父との間で交わされた、あるやりとりの光景も忘れられない。

 北海道七飯(ななえ)町の洋裁店経営、宝金(ほうきん)和江さん(93)は1932年、島南東部の小さな集落・入里節(いりりぶし)で生まれた。

 幼少時から足が悪く、小学校には長姉におんぶされて通った。

 父要蔵さん(1888~1964年)は、コンブや千島のり、ギンナン草などの海藻類を採って生計を立てた。

 新潟県出身で、東京、函館、カムチャツカで水産関係の勉強をしてから島へ渡ってきていた。

 数人を雇い、コンブから抽出するヨードの研究も行っていた要蔵さん。

 事業は好調で、暮らし向きが良かった。

 「もう、裕福で、裕福で、裕福で」

 海藻類を売ると、函館から1年間分のコメが山のように届き、キャラメル、きび団子、ようかんといった菓子類にも事欠かなかった。

 ところが、45年の終戦後にロシア人が進駐してきた。

 多くの日本人家庭では襲撃を恐れて女性に男性の格好をさせたり、屋内に隠れさせたりしていた。

 だが、宝金さんの父は違った。

 学校にある大きなテーブルに白い布をかけ、ハマナスの赤い実で作った自家製ジャムと、スープでロシア人を迎えた。

 「よくいらっしゃいました」

 新しく建てた家にはロシア人将校を入居させるなど、一貫して温かくもてなした。

 「ハラショー、ハラショー(素晴らしい、素晴らしい)」

 喜んだ客たちは「もしロシア人が何か悪いことをしたら、チョロマ(ロシア語で「ろうや」)に入れるので、言ってください」と約束した。

 幼い頃にこのやりとりを見ていた宝金さんは言う。

 「向かい方さ、結局」

 敗戦から引き揚げまでの約2年間、ロシア人が集まるフォークダンスや映画上映会にも参加し、友好的な時間を過ごしたという。

 そんな古里を強制退去させられたのはつらかった。

宝金和江さん(左)と、洋裁店の後を継いだめいのまさみさん=七飯町で2025年7月9日午後4時9分、伊藤遥撮影 拡大
宝金和江さん(左)と、洋裁店の後を継いだめいのまさみさん=七飯町で2025年7月9日午後4時9分、伊藤遥撮影

 特に入里節には、三つ子の出産時に37歳で亡くなった母親のお墓があった。

 離れるさみしさを紛らわせるように、「さらばラバウルよ また来るまでは」と始まる軍歌「ラバウル小唄」の地名を「択捉」と置き換え、みんなで歌って港へ向かったのを覚えている。

 16歳で引き揚げてからは苦労の連続だった。

 幼い弟らの学費を工面するため洋裁を習い、姉と2人で寝る間も惜しんで働いた。

 要蔵さんは農業を始めた傍ら、「島の人たちがバラバラにならないよう、同じ人たちで一つの村を作りたい」と道知事に陳情したり、入里節の郷土誌として全戸名簿を作成したりした。

 「自分のことより人のことを考える、まじめな人でした」

 今年6月、北方領土から函館港への引き揚げ船の乗船名簿の閲覧会で、父やきょうだいの名前を見つけ、涙ぐんだ。

 死後の世界で両親に会えたら、こう伝えたい。

 「娘として恥じない人生をちゃんと送ってきたよ」

 きっと褒めてくれるはずだと信じている。【伊藤遥】

【時系列で見る】

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