第11話 学園の女王(ハイスクール・クイーン)(7)
楽しい楽しい学園祭の初日も終わり。
わたしたちのクラスは、一般客が去ったと同時に明日の準備と掃除をしました。30パック1200枚の紙皿と40パック2000個あったはずの紙コップは全てなくなり、材料もすっからかん、掃除が終わるまでに数時間ほどかかった。骨の折れる作業だったけど、それ以上に完売するほどの人気が出たことがとても嬉しかった。
「さようなら、妙ちゃん。また明日ね」
「明日も頑張ろう、橘さん!!」
「鶴見(つるみ)さま、佐伯(さえき)さま、おやすみなさい」
私は月明かりの中、クラスメイトの1人に元気よく別れの挨拶をしました。そして、わたしは大和さまたち一緒に帰宅をするために校門前で待機、いいえ、小走りであるところへと向かった。
それは大和さまたちが通る通学路とは真逆の方向、夜はあまり人気のない山の散歩道沿いの公園。その公園で、わたしはそこである人と出会う約束をした。
「お疲れ様です。妙さん」
赤みがかった月明かりをバックライトに、1人の女の人が待っていました。
銀色の髪の毛とワインのように真っ赤な紅の瞳が美しいアンジェリカのアリスさまが。
「アリスさま、どうでしたか? 東雲学園学園祭は?」
「とても楽しかったです。私は学校というものに一度も行ったことがないですから、このようなイベントは実は初めてです」
わたしとアリスさまは、すぐそばにあるブランコに腰掛ける。ゆらゆらと揺れる感覚がどこか安心感と気持ちよさを与えてくれる。やっぱり、ブランコは好き。
「それはとても嬉しいですわ。アリスさまにも、学園祭の魅力を堪能できて」
学園祭の主役はわたしたち学生。でも、それと同じくらいに一般のお客様も大切しないといけない。
勿論、アンジェリカのメンバーであるアリスさまも同じ。
「あと、大和さんのこともよく分かりました」
「何が分かりました!?」
「大和さんは、妙さんのことを好きです」
「本当にですか、本当!?」
わたしは嬉しさを隠せなかった。わざわざ大和さまがわたしのことをどのように思っているのかを調べるために、アリスさまに変装してもらったけど、その甲斐があった。
「大和さんは、妙さんのことをとてもいい親友だと思っています。ちょっとだけ変わり者でちょっとだけおせっかいだと思っていることもありますけど、料理が上手でとても優しくて安心して話せる人だと思っています」
「し、親友?」
「はい、親友です」
「そ、そうですよね……」
「妙さんは大和さんに素直になったほうがいいと思います」
「はぁ……、そうかぁ……」
少し残念だった。わたしが大和さまの心を射抜くまでには、もうちょっと時間がかかりそう。
「でも、ああいう親友がいるなんてとても素晴らしいです。大和さんは普段は少し億劫なところがありますが、エンジンがかかると誰よりも頑張る人です。大和さんの親友は、そういったところに魅力を感じているのかもしれません。少し羨ましいです」
アリスさまの見識は的確だった。一生懸命頑張る大和さまの姿、そこがわたしの心惹かれる理由の一つ。そらさまもそんな所が好きになったのだと思う。
「ところで、妙さん。気になったことが一つあります」
「なんでしょうか?」
「もしかして、デュタさんとミューナ、それとデュタさんのお友達って誰にも言えない秘密を隠していますよね?」
「えっ」
わたしは動揺した。わたしたちの中で極秘事項(トップシークレット)とされているデュタさまとミューナさまがネコ耳宇宙人であることを。それがアリスさまに気付かれたのだろうか? あるいは、デュタさまとミューナさまがアリスさまの前で正体を明らかにしたのだろうか? はたまた、それとは全く別のことだろうか?
そして、ミューナさまの親友に何か重大な秘密でもあるのだろうか? それについては全然見当がつかない。とにかく、下手に答えないほうがいいかも。
「心配しないでください。わたしはデュタさんたちの秘密は話しません。女の子なら、誰にも話したくない極秘事項(トップシークレット)の1つや2つは持っています。それを誰かに言ったりなんてしません。私を信用してください」
わたしは胸をなでおろした。アリスさまが意地の悪いことなどしないことは分かっていても、それでも多少なりの不安はあった。もし、デュタさまとミューナさまの秘密がばれたらどうしよう、そうなったとしたら2人は今まで通りの生活ができなくなるかもしれない。そんな不安と隣り合わせになる可能性があったのだから。
「でも、明日でお別れだと思うと少し寂しいです」
「そう言えば、そうでしたわ」
アリスさまと出会ってから今日で1週間。2人の仲はすっかり深まったけど、アリスさまの本来の目的を改めて気付かされた。彼女はあくまでもアイドルであって、仕事であって、東雲学園の学生ではないことを。
「この1週間、妙さんたちと出会えたことをとても感謝しています。皆さんと触れ合うことで、多くのことを学び、多くの思い出をもらいました。特に妙さんと出会えたことは、何にも代え難い素晴らしい出会いでした」
アリスさまはブランコから離れ、私の元へと近寄った。
「それに、妙さん。私はあなたのような美しくて可愛い人は今まで見たことがありません」
「アリスさま……」
アリスさまの紅の瞳はまるで神秘的な光を放つ宝石のように魅惑的で魅了的だった。そして、それに吸い込まれるかのように私は微動だに動くことができなかった。
それは、雰囲気に飲み込まれたといったものではない。物理的に動くことができず、思考もアリスさまの行動を否定することができない、まるで魔法にかかったのように。
アリスさまは、わたしの顎を手で引き寄せて顔を近づける。暖かい息が吹きあたる。
アリスさまの顔は、頬は紅く染まり恍惚に満ち、うっすらと汗すら見せていた。
わたしはそれが普通ではないことであると理解していても、否定することもできなかったし、否定する気にもならなかった。わたしも、それで良いかもしれないと思っていたからだ。
そして、唇と唇が10cmあるかないかの距離でアリスさまは。
「私、あなたのことが……」
突然、クラクションがアリスさまの言葉を遮った。
「わっ!?」
私は驚きとともに、後頭部から倒れた。そして、反転した世界から見えた風景は、ライトを照らす一台の黒塗りのワゴンカーだった。
「妙さん!?」
「わ、わたしは全然大丈夫……。だけど、あの車は」
わたしは頭を摩(さす)りながらゆっくりと立ち上がった。幸い、出血もたんこぶもできていない。
「あ、あれは、スタッフさんの車です。きっと私たちを迎えに来たのかもしれません」
アリスさまはほんの少し前までの艶やかな顔付きとは違い、どこか疲れを見せていた。もしかして、明日の本番へ向けてのプレッシャーがアリスさまの体調を悪くさせているのかもしれない。
ふらりと少し不安定さを見せながら振り向いたアリスは、ワゴンに向かって手を振った。
※
長い学園祭の初日が終わった。
自由行動ができたわけではなかったが、それでも妙のおかげで丸一日遊ぶことができた。日曜日の橘町名所ツアーの時もそうだが、また妙に助けられた。感謝をしてもし足りない。
しかし、楽しいことがあった後には必ず辛いことがある。
学園祭初日終了後の掃除と明日への準備。
これがまたとんでもなく大変だった。夕方から買出しに行くにしても材料がなかなか揃わないし、その量が量だ。女子に力仕事を任せるのはどうかと思うが、小麦粉と牛乳と生クリームのパックが満載の買い物袋は肩に大きな負担与え、学園に戻る頃にはすっかりクタクタとなってしまった。
そして、これとはもう一つ疲れることがあった。幼馴染みであり、親友であり、腐れ縁であるそらとの明日の約束だ。
下校をする直前、そらに嫌というほど釘を刺された。「明日の学園祭は、必ず私と一緒に遊んでほしい。幼馴染みだからそのくらい守れるよね?」と。
俺は約束を破るつもりは毛頭にない。それは月曜日に言われた時から同じだ。
ただ、それを2度も3度も言われると耳にタコができてしまう。そこまで言わなくても、俺だって分かっているのだから。
それでもそらはなかなか納得してくれなかった。一種の強迫観念に駆られていたのだろうか、俺が「約束は守る」と何度言っても聞き入れてくれない。そんなに俺のことが信用できないものなのか? それとも別に要因があったのだろうか? とにかく俺がそらから解放されるのに15分近くかかってしまった。
「大和遅いのじゃ、どこで油を売っていたのじゃ」
校門でくたびれた表情のミューナと全く疲れを見せないデュタ。どうやらミューナもあの後の掃除と準備が大変だったようだ。
「ちょっとそらと話していてな。まあ、大したことじゃない」
「そうか。大和にも事情があるというわけか」
デュタはこれ以上のことは追求しなかった。いつもならば追及してくるが、敢えて聞かなかったのはデュタなりに空気を読んだということだろうか? そうだとしたら、少しありがたい。
「しっかし、今日は疲れた疲れた。夕食もさっさと済まして、明日のために早く寝よう」
俺は欠伸を吐きながら、ストレッチで背筋を真っ直ぐ伸ばす。腰の骨がグリグリと鳴って、少し気持ちがいい。
「じゃが、その前に買っておきたい物がある」
「なんだ? それは大切なものか?」
「そうじゃ、妾にとってとっても大切なものじゃ」
ミューナは自信たっぷりに答えるが、俺はその自身を思いっきりへし折った。
「どうせ聖大天使(アークエンジェル)みんとの食頑か何かだろ。駄目だ、道草なんかしている余裕なんてない。小遣いだってないだろ」
「な、なんで分かるのじゃ!?」
2、3歩引き下がり、愕然とするミューナ。予想、見事に的中。
「この時間にお前が考えていることは大体2つ。1つは好物の魚肉ソーセージ、もう1つは聖大天使のみんとのことだ」
「ななな、ヤマトは妾の心で読めるというのか!? そのような能力、いつ身に付けたのじゃ!?」
「お前の思考回路が単純なだけだ」
流石に1ヶ月近く共同生活をしていると、ネコ耳宇宙人たちの行動パターンというのも少しずつ分かってくる。特にミューナは、単純な性格だから手玉に取りやすい。
「当たり前だけど駄目だぞ……、と言いたいところだけど、冷蔵庫のマヨネーズが空になっていたんだよな。まあ、あまり無駄遣いしない程度にしろよ」
「やったーなのじゃ!!」
全く、いい歳してガキっぽい。夜なんだし、少しは落ち着けよ。
そういえば、デュタとミューナの年齢って何歳だ? デュタは俺と同学年、ミューナは一つ下の学年で通学しているが、ネコ耳宇宙人の年齢の数え方って人間と同じなのだろうか? もしかしたら、俺が思っている以上に年上か年下なんてことも有り得るかもしれない。
「なぁ、デュ……」
「大和、あれってもしかして」
デュタは闇の向こうの街灯を指差した。
そこには4人の人物がくっきりと映し出されていた。
ブロンドヘアーの少女と白髪の少女、これは間違いなく妙とアリスだ。
あとの2人はサングラスと帽子、マスクを被っている。誰だか分からないが、アンジェリカのスタッフが2人を探していたのだろうか?
しかし、そのような平和的光景には見えなかった。
口元を塞がれ、両腕を拘束され、髪の毛を乱し振りほどこうとするが、覆面の2人組はがっちりと抑え込まれ抵抗のしようがない。
そして、妙とアリスは黒塗りのワゴン車に連れ込まれ、そのまま暗闇へと溶け込んでいったのだ。
俺とミューナは目の前の出来事をすぐに理解することはできなかったが、デュタは何が起きたのかをすぐに理解した。
「大和、警察に連絡をかけてくれ」
「えっ?」
「誘拐だ。妙とアリスが誘拐された」
「そ、それって……」
デュタの言っていたことがすぐに現実感が沸かなかった。
誘拐? それは、TVドラマやアニメの世界だけで起こるはずの犯罪で、目の前でこのようなことが起こるはずがない。何かの勘違いなのでは?
「大和!! しっかりしろ!!」
デュタの怒気が俺の思考をハッキリさせた。
それは肝から冷える恐ろしく怖い表情と声色。今までデュタの怒りを見たことはあるが、俺に対して怒りを見せたのは初めてだ。その初めての怒りが、目を覚ませたのだ。
「私はあの車を追う。大和は警察に電話をかけて、ミューナを連れて家に戻ってくれ」
「わ、分かった……」
「ミューナ、お主の戦果を期待しておるぞ」
俺とミューナが返答をすると、デュタは制服の姿かネコ耳宇宙人特有のスーツへと瞬きしない間に変わり、何もない空間から大型のカラーコーン状の機械を召喚した。
そして、青い光と粒子を放ち、黒い空へと飛び去っていった。
全身から嫌な汗が噴き出し、眩暈が襲った。
しかし、俺はそれを堪えて、携帯電話へと手をつけた。
抑えられぬ不安と焦り。
妙とアリス、それに助けに行ったデュタは大丈夫なのだろうか?
第11話 終わり
どうでしたか?今回の
彼女たちの極秘事項(トップシークレット)は。
今回は学園祭初日が終わった後の妙とアリスの秘密のやり取り、そして2人の身に起きた異常事態を書きました。どうしょうか?上手くいっているでしょうか?
今回力を入れたポイントは2つ。1つは、アリスが妙に対して何かありげな態度を見せる場面。妙も少し変わった女の子(というよりも電波なキャラ)として描いていますが、アリスも謎めいたキャラとして描いています。特に、アリスは妙に比べてセクシャル的な部分とミステリーさをより強調的に書くことを気をつけています。この公園でのやり取りの場面はそういったものに注意しました。
もう1つは、妙とアリスの誘拐。これは、物語を急転換させるためにギミックとして仕掛けました。ただし、唐突なものではなく、しっかりと伏線も張って。やはり順風満帆な展開ですと面白くありませんからね。だから、物語を盛り上げるために試練を与えてみました。
さて、とりあえず今回の掲載分の話はこれぐらいにして、ちょっと別のことを話したいと思います。
去年の今頃、自分は1年間で「
6話作り上げるぞ」と決めました。しかし、そのノルマを達成することが出来ませんでした。作ったのは5話半程度。まあ、PCがプログラムが無茶苦茶になったり、瞼にできものが出来てしばらく書くことが出来なかったというのもあったかもしれません。日によって、浮き沈みが激しいというのもあったかもしれません。ですが、そんな言い訳に過ぎない。自分が頑張ろう頑張ろうと思いつつも行動できない怠惰な人間であることが一番の原因だと思っています。
昔からそうなんですけど、案はいくらでも思いつくけど、それに行動が追いつかないことが多いんですよ。その結果、他の人と大きな溝が開いて、それでやる気を無くすというパターンがお約束でして……。自分でも分からないんですよ、どうしてこれが未だに改善できないのか。自分に甘いというのは分かっているんですけど、先のムラッ気に加えて、精神的な体力が無くて……。
今年こそノルマを達成しようと思ったのに、結局はそれを果たすことが出来なかった。本当に悔しくて悔しくてたまりません。なんで自分は情けないんだろうか?
思うように書けない日々が続くオリジナルのライトノベル。
来年は今年のようにならないようにしたいけど、どうやったらそれから脱却できるかが課題になってきそうだ。頭よりも体、そしてそれが長続きする精神力。なんか大変なことになりそうだ。
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