はてなキーワード: ボトムズとは
という特性がある。
うる星やつら然り
パトレイバー然り
攻殻機動隊然り
である。
原作者の高橋留美子の「これは私のじゃない、、、。」という発言はあまりにも有名だし
パトレイバーも1作目こそはヘッドギアとしてのパトレイバー第2小隊を崩さないままに、押井守の映画をやっていたが
2作目では、最早ヘッドギアのパトレイバーから大きくかけ離れた押井守のオリジナル映画といってもいいくらいに変えてくる。
士郎正宗の原作のイメージからは離れているものの、そこには原作のリスペクトがあり
そもそも人形つかいのエピソード自体が原作のストーリーである。
しかし、その続編のイノセンスは犬とオッサンの映画と呼ばれるほど、攻殻機動隊から離れた完全押井守映画となっている。
装甲騎兵ボトムズでもこれをやる気じゃねえの?
ってことだ。
第一部は、原作であるボトムズをリスペクトした押井色を抑えた作品をやって
第二部では、急転直下完全に押井映画にする気なのではないか???
と思うのだ。
ぜひそれをやってほしい
今日は、今から28年くらい前、私が20歳のときにゲーム会社の面接を受けた話をしたいと思います。
結局その会社には落ちてしまい、働くことはありませんでした。でも、とても印象に残っている面接でした。
当時面接を受けたのは、ゲームクリエイターの飯島さんが立ち上げた「パンドラボックス」という会社です。
飯島さんは、X68000などのPCゲームが流行っていた時代に『ラストハルマゲドン』や『ブライ』といった名作を手がけた方です。
一方で、のちに「伝説級のクソゲー」と言われる作品を出したことでも知られています。
なぜこの面接が印象に残っているかというと、面接会場で社長がいきなり怒り出したからです。
応募者が会場に集められ、社長が話をしていました。その中で、
「君たち、うち(パンドラボックス)のゲームをやったことがある人、手を挙げて」
と聞いたんです。
ところが、ほとんど誰も手を挙げなかった。
それを見た社長が、かなりショックを受けた様子で怒り出したんです。
気持ちは分からなくもありません。自分の会社のゲームを知らない人ばかりが面接に来ている。
でも、そこで怒るのではなく、「現実はこうなんだ」と受け止める場面だったのではないか、と当時20歳の私は感じました。
ちなみに正直に言うと、私自身もそんなに真剣ではありませんでした。
「ゲーム業界で働けたらいいな」くらいの軽い気持ちで応募していました。
面接は、社長室のような部屋で行われました。椅子が並べられ、順番を待つ形式です。
社長の机の後ろにはゲーム雑誌がずらりと並び、机にも雑誌が積まれていました。
そして社長は、面接の合間に自分の机にどっかり座って雑誌を読んでいるんです。
一方で、社員の方々はスーツ姿で緊張しながら応募者に付き添い、業界の話やゲームの話を丁寧にしてくれていました。
社員と応募者は緊張して向き合っている。
登山をテーマにしたゲームで、社員の方がとても誇らしそうに紹介してくれたのを覚えています。
その姿は印象的でした。
社長の怒りよりも、社員のワクワクした表情のほうが心に残っています。
面接が終わった帰り道、同じく面接に来ていた女性と少し仲良くなり、一緒にゲームセンターに寄りました。
格闘ゲームを少し遊び、「今あなた手を抜いたでしょ?」なんて軽いやり取りをしたのも、若い頃の思い出です。
この面接で覚えているのは、
そのくらいです。
週刊少年ジャンプ作品などを中心に、漫画・アニメの出版・映像、企画・編集を手がける編集プロダクション (株)樹想社ってところです。
そこも落ちましたが、こちらはとても良い思い出として残っています。
私は応募動機に「自分が作りたい本がある。ぜひ出させてほしい」と、かなり大きなことを書いてしまいました。今思えば、実力もないのにビッグマウスでした。
それが社長の目に留まり、「一度話を聞きたい」と呼ばれたのです。
「うちはアニメの本も出しているが、実際の仕事は少年誌のミニコーナーや読者ページの編集が中心になる。
と聞かれました。
私は「何でもやります」と答えましたが、正直、夢を見ていた部分もありました。
「あなたが出したい本って、具体的にどんな本ですか?」と聞かれました。
私はうまく答えられませんでした。口だけだったんです。
でも話題が変わり、私がその会社の出しているアニメ本をほとんど持っていることが分かると、急に場が和みました。
「これはどうだった?」「どこが面白かった?」と聞いてきました。
ボトムズの話で盛り上がり、好きなエピソードについて語り合いました。
もちろん不採用でした。
「今回は見送ることになったが、あなたと話した時間はとても楽しかった。あなたの目の輝きが印象に残っている。将来、何かを成し遂げる可能性を感じた」
そんな内容でした。
忙しい社長が、20歳の無名の若者に直筆で手紙を書いてくれた。それが、今でも忘れられません。
あのとき私は未熟でした。
実力もなく、夢ばかり語っていました。
今、自分が年を重ねて思うのは、
「若者の可能性を軽く扱わない大人でありたい」ということです。
実力がなくても、まだ形になっていなくても、その目の輝きは本物かもしれない。
あの手紙は、今でも私の中に残っている教訓です。
『ボトムズ』の高橋良輔監督のインタビュー、主にロボットアニメと戦争について語っているようだけど
気になったのは、この監督の母は子供を理由に職場の飲み会を断っていたので機械が壊れても直してもらえないというハラスメントを受けていたが飲み会に付き合う若い女性はすぐ直してもらえたとあっさり描いているところ。
独り身の女が飲み会に参加して、そこでどんなハラスメントを受ける羽目になったかは想像に難くないだろうに。
この方のお母様は子供を理由に飲み会を断れて、その分恵まれていたという考えには至らないのだろうか。
確かに優れた映像作家ではあるんだろうけれど所詮は男性目線でしか物事を見てないと言うか、
逆に言うと、その二人があの年代の男性としては凄すぎるんだろうけれど。
https://digital.asahi.com/sp/articles/ASTBZ0Q6DTBZPITB00NM.html