2024年、世界が変わった。コードを書く速度が10倍になり、設計の壁打ちに人間の同僚が不要になり、ジュニアだった若手が異常なスピードで成長し始めた。
だが、彼——勤続20年のシニアエンジニア、田中(仮名)——は、その波をこう切り捨てた。
これが、終わりの始まりだった。
田中には輝かしい過去がある。オンプレ時代のインフラ構築、レガシーシステムの保守、障害対応の修羅場。彼の経験は本物だ。それは誰も否定しない。
問題は、その経験を「盾」ではなく「鈍器」として使い始めたことだ。
Slackで若手がCopilotの便利さを共有すると、即座にスレッドがつく。
誰も聞いていない「俺の時代」が始まる。メモリ4GBのサーバーを手作業でチューニングしていた武勇伝。vi以外のエディタを使う奴は信用しないという信仰告白。長い。とにかく長い。
若手はリアクションに「👀」をつけて、そっとスレッドを閉じる。
やがてSlackでの彼の発言には、既読はつくが返信がつかなくなった。
理由は立派だった。品質管理。著作権リスク。エンジニアの成長阻害。どれも2024年なら一理あった。
だが2025年、それは燃料タンクに穴が空いた飛行機で「俺は落ちない」と叫ぶのと同じだった。
隣のチームはAIを前提としたワークフローを組み、リリースサイクルを3分の1に短縮していた。
田中のチームは従来通りのペースを守り、「堅実」という言葉で自分たちを慰めた。
四半期レビューで数字が並ぶ。隣のチームのデプロイ頻度は週12回。田中のチームは週2回。バグ率はほぼ同じ。
入社2年目のエンジニアが、AIエージェントを使ったコードレビュー自動化の発表をした。デモは鮮やかだった。
PRの差分を読み取り、過去の指摘パターンを学習し、レビューコメントを自動生成する。精度は人間のシニアレビュアーと遜色なかった。
「で、それがエッジケースに対応できるの?本番で予想外の入力が来たときに、そのAIは責任取ってくれるの?」
会場が少し静まった。若手は丁寧に答えた。「もちろん最終判断は人間です。ただ、レビューの80%を占める定型的な指摘を自動化することで——」
田中は遮った。
「それは"レビューしてる風"なだけだよ。本質的なレビューっていうのはね——」
5分間の独演が始まった。誰も遮らなかった。遮る価値がなかったからだ。
発表後、若手エンジニアのところに人が集まった。田中のところには誰も来なかった。
廊下で後輩がひとり、小声でこう言ったのを田中は聞いていない。
田中は自分が対象になるとは思っていなかった。20年の勤続。数々の障害対応。後輩の育成。貢献は十分なはずだ。
「田中さんのスキルセットと、今後の事業方向性との間に、ギャップが生まれています。」
翻訳すると、こうだ。「あなたの代わりはAIと若手の組み合わせで十分です。」
求人票には「LLM活用経験」「AIエージェント開発経験」「コンテキストエンジニアリング」の文字が踊る。
田中の職務経歴書にあるのは「Perl」「オンプレミス」「ウォーターフォール」。2010年で時が止まっていた。
面接でこう聞かれた。
田中は正直に答えた。
「AIは嘘をつくので、私はAIに頼らない開発を信条としています。」
面接官は微笑んだ。それは敬意の微笑みではなかった。「お疲れ様でした」の微笑みだった。
「AI使ってる奴らは"エンジニア"じゃなくて"オペレーター"だろ」
「10年後、AIバブルが弾けたとき、本物の技術者だけが生き残る」
いいねがつく。同じ境遇の人間がいるのだ。リプ欄には「わかる」「その通り」「AI信者は目を覚ませ」と並ぶ。
だが現実は動いている。彼がツイートしている間に、同世代のエンジニアが黙ってAIを学び、新しいポジションを掴んでいた。声の大きい者が正しいのではない。黙って適応した者が生き残るのだ。
ここで分岐が起きる。
田中はある日、元部下からの何気ないメッセージを受け取る。「田中さん、ClaudeCodeっていうの、騙されたと思って使ってみてください。」
プライドが邪魔をする。3日間メッセージを既読のまま放置する。だが4日目、暇に負けて触ってみる。
そして気づく。AIは敵ではなかった。自分の20年の知識を、10倍のスピードで現実にする増幅器だった。
ドメイン知識は消えない。障害対応で養った勘は消えない。それをAIに伝え、AIが手足となって動く。田中の頭の中にあった「こうすべき」が、入力して数秒で形になる。
「……なんで、もっと早く使わなかったんだ。」
田中は「本物のエンジニアリングとは何か」を語るnoteを月2回更新するようになった。読者は固定の200人。コメント欄は同意で満たされ、彼は満足していた。
契約社員としてレガシーシステムの保守案件を受けた。単価は年々下がった。「経験者」が減っているのに単価が下がるのは、システムそのものが廃棄されていくからだ。
50歳を過ぎた頃、保守していたシステムがAIを使ったリプレースで完全に置き換えられた。
変化を拒絶することの代償についての話だ。
蒸気機関を拒んだ馬車職人。電卓を拒んだ算盤の達人。インターネットを拒んだ書店主。彼らの技術は本物だった。彼らの誇りは正当だった。だが市場は感傷で動かない。
AIを使わないことは個人の自由だ。だが「使わないこと」を誇りに変え、それを他人に強制し、変化から目を逸らし続けるなら——市場はあなたを静かに、しかし確実に、置いていく。