はてなキーワード: ココロとは
モノカキ(Monokaki):シンプルで親しみやすく、誰でも「物語を書く人」になれる場所。
ツムギテ(Tsumugite):言葉を紡ぐ手。職人らしさと温かみを感じさせます。
ペンシルバトン(PencilBaton):作者から読者へ、あるいはリレー小説のように想いを繋ぐイメージ。
ヨミトキ(Yomitoki):物語を読み解く楽しさと、ときめきを掛け合わせた造語。
ココロノオト(Kokoro Note):作者の心の音を書き留める、日記のような親密な場所。
ハジマリノ(Hajimarino):ここから新しい物語や作家人生が始まる、という期待感。
カクヨ(Kakuyo)
ストリ(Storyの略) anond:20260103004729
「優しくして損した」って言葉が悪い奴の根拠にされると思うんだけど、ココロの賢さなら少なくともあんな奴に損して実利がないのはわかりきってたはずだよね
「損した」から「損した」と言っただけ。しかも陰口で言ったり心の中で思うにとどめず面前で言ってるのもむしろ高ポイント。
(しかもほんとに言うべきでないことに対して一線を敷いてるのか「それは本人の前で言う事じゃないよ」と窘めるシーンさえある)
dorawiiより
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【おっさんの個人的な見解です。あと「漫画」と書いたけど正確には「漫画家」かも】
初期のじゃりン子チエは書き込みが素晴らしかったのだが、10巻くらいから書き込みが減り、そしてキャラクターの顔がややコミカルになり、おでこが広くなってしまった。
アニメの再々々放送を見ていた自分としては、アニメは初期の絵を準拠としていたので、単行本の絵を見てびっくりしてしまった。話もなんだかマンネリ化してしまい、ストーリーが進まず、ドラえもんのような繰り返し漫画になってしまった気がする。暗い話が減り、その分キャラクターもコミカルな容姿にしたのかもしれないが、残念無念だった。
デイリーポータルZで描いてた初期の漫画(ココロミくんなど)は、べつやくさんの目がまだそこまで細くなかったのだが、今はすごく細くなっている。ちょっとしたことなのだが、前の方が可愛いくて好きだ。別にべつやくさんの実際の目が細くなったわけではないし、前の目に戻してくれたら嬉しいなといつも思っている。内容は相変わらず面白い。
初期は主人公(作者)の顔に愛嬌があったのだが、モーニング連載くらいからちょっとひねくれた感じの顔に変わってしまった。本人が愚痴をよく言う場面があるので、それに合わせたのだろうか。でも自分としては前の方が読みやすい。妻はずっと可愛く描いているのだから、本人も前みたいな愛嬌のある顔に描いて欲しい。
指一本あれば、世界を笑わせたり、笑わせたりできる。
A dorawii can move the world. 増田、はてな、滅びろ。覚えたての幼い文字が。dorawiiって誰だよ。強がりの型なんてないけどな。顔を見ると言えない言葉が。だから?見覚えのある懐かしい文字が。胸を揉んだつもりはありませんって供述がニュースで紹介されてたけど実際はおっぱいって言ってるもんなのかな。ココロを包んでくれる一言が。思いついたネガティブワードをぽんぽん並べてるだけ?怒りを分かちあえる幸福が。幼稚でしかない。一生を共に過ごす決意の言葉が。今日も世界中の誰かを、笑わせたり、笑わせたりしている。dorawiiは手のひらに収まるほどの小さな存在だけれど、dorawiiにしかできないことが、きっとある。世界190以上の国と地域で。
女性に会いたい。
tinderで前まではやってたけど、男のセフレしかできなかったから今はtappleをやってる。
プロフ写真を変えてからマッチングはしやすくなった。話もある程度は続く。
そんなかんやでデートの約束まで行ったが、どうやらドタキャンされたみたいだ。
先週の段階から正直その兆候はあった。事前に体調不良を理由にキャンセルする女にもう一度会える見込みはまずない。
心は既に何も感じなくなってる。こんなん繰り返してても寂しくなっていくだけかもしれない。でもさー会いたいんだもん。ココロには栄養がないとやってられんのよ。
あーもう疲れた。
帰ってシコれってことね。
なるほどやかましいわ。
次はpairsだな。
あー
久々にキレちまったよ。
テレビの番組で取り上げてたから、女子大が必要だねー、とか愚痴ったら。
あまりに頭にきたので何も言えなかった。
あのね。
泣き過ぎて、目が溶けた。
死に過ぎて、心が砕けた。
その破片を喉に流し込んだ。
ああ、これでやっと唄える。
それでは聞いて下さい。
曲名は、「泣き過ぎて、死に過ぎて、神が宿った」
(Aメロ - 静かな緊張感を伴って)
(サビ - 全ての楽器が爆発するように)
神が宿ったのではない! 私が神と成り代わった!
お前たちの白々しい光など この深淵の闇を照らせはしない!
お前たちの安っぽい「愛」じゃ この聖痕(スティグマ)は決して塞がらない
(Bメロ 2 - 再び加速し、怒りを込めて)
(サビ - 1回目よりもさらに激しく、絶叫に近い)
神が宿ったのではない! 私が神と成り代わった!
お前たちのちっぽけな正義など この罪の前では塵と同じ!
(Cメロ / 間奏 - テンポが急激に落ち、荘厳なクワイアとアルペジオ)
…この地獄こそ、私が望んだ聖域。
…この痛みこそ、私が愛した戴冠式。
…誰にも、何人(なんぴと)たりとも、この神域を侵させはしない…
(ギターソロ - テクニカルで、泣き叫ぶようなメロディと、重厚なリフが交錯する)
…ああ、これでやっと…
…独りになれた…
神が宿ったのではない! 私が神と成り代わった!
お前たちの白々しい光など この深淵の闇を照らせはしない!
(アウトロ - ギターのフィードバックノイズと、遠ざかる鐘の音。最後に、冷たい声で一言)
兵庫県文書問題の第三者委員会の調査報告書でココロンカードのエピソードがピックアップされていて嬉しい
簡単に説明すると小中学校9年間で使える美術館等が無料になるカードの裏に前知事の名前が入っているのが気に入らなかったのか
新規発行分から順次更新でいいものを全学年分裏に斎藤元彦の名前が入った新カードに更新したというもの
参考:博物館等の無料開放 ひょうごっ子ココロンカードについて (4/1)
https://www2.hyogo-c.ed.jp/hpe/shakyo/project/kokoron
自分は県職員アンケートの中でその話を知ったが斎藤元彦の為政者として際立っておかしな所
「税金や職員のリソースを選挙対策や自己顕示欲の為に使う」がよく分かる話だ
第三者委員会もこりゃ酷いと思ったらしく委員長が会見でわざわざ読み上げてるのだから驚いた
うちわやポスターに自分の顔写真とメッセージを入れさせる事と通底しているが
ココロンカードはその中でもやることがあまりにも小さいのがポイント
調査報告書(公表版)(第9章~第12章)(PDF:8,202KB)
https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk19/documents/honnpenn2.pdf (118P/PDF38P)
斎藤知事は、教育長に対し、ココロンカード発行事業に関し、既発行分も含めて小学1年生から中学3年生まで全学年分の差替えを求めたが、
その結果、令和6年度は例年に比して約140万円もの高額の費用をかけてココロンカードの差替えが行われた。
本調査委員会は、ココロンカード発行事業をめぐる斎藤知事の職員への言動、対応は、パワハラには該当しないと考える。しかし、その言動と職員への指示は不適切である。
本調査委員会は、必要性がなく、県民の利益と関わりのない(そのまま使用でき、使用者である小中学生にとって特に支障もない中で、これまでと運用を異にし、
小中学生全員のココロンカードを一斉に差し替えることは、斎藤知事の名前をアピールする、あるいは斎藤知事の個人的感情を満足させるためのものと考えざるを得ない)ココロンカードの全面差替えのために、
本来、県民のために使用されるべき兵庫県の予算から、例年に比し約140万円もの高額の費用が支出されたことは、県民にとっても不利益な、必要性のない支出であり、問題であると思科する。
https://www.youtube.com/live/yEEcogh7b00?si=YxyfQ_v3DbKdS4S8&t=2119
兵庫県では小中学生が美術館等を無料で入場できるココロンカードを発行して
新小学1年生や他府県から転校してきた児童生徒に配布しています
令和5年4月に配布されたものには斎藤知事の名前が入っています
これは公表用の我々の報告書の後ろの添付資料の9ということでつけておりますのでまた見ておいてください
知事はしかし令和5年度にすでに発行されているカードの知事の名前が井戸氏であることを問題にしました
そして新小学1年生に配布するものでなく全学年についてココロンカードをやりかえてはどうかという風な示唆をしております
我々のヒアリングでも逐次変えていったらいいという風に言っただけだという風にはおっしゃってます
あえてするというのは全学年も変えて欲しいという示唆であると我々は受け止めました
年始にイッキ読みしたんだけどさ。
最終13巻読んでる途中のあるシーン(主人公がある決断を告げるシーン)で感極まって号泣してしまった。
あれ?なんでこんなに感極まってるんだろう?なんでこんな号泣してんの?わたしは?
こういうのはちょっとめずらしい。
あざとい泣きものとかでも素直に泣くようなところはあるけれど、
なんで自分が泣いているのか明確に説明できずに号泣してしまうことなんて、
たぶん日常の中で途切れ途切れに読んでたらこんなふうにはならかった。
下手したら「なんだこれ?つまんね」で終わってなかったとは言い切れない。
それほど普段の日常というのは感性が鈍くなってるからわたしの場合。
それはともかく傑作漫画が読めてよかった。
短編も買おう。
僕達が生きていくためにはココロの栄養も必要でそれは精神的な意味だ。
僕達が心の栄養を得ようとしたときに食べやすいココロの栄養というものがある。
それが物語というもんだ。
とかさ、これは語呂合わせだけど、ひとつの小さなお話とも言える。
1192という数字を覚えるよりも、いいくにをつくろうという思いを込めて鎌倉幕府をつくったんだ
まあちょっとこれはココロの栄養の話とは少し違うけど、物語の食べやすさというものを説明する端緒になればと思う。
ただ生きているだけでなんとなくSNSとかにハマりながらニュースとか時事とか日々の生活を送っているとココロが死んでいく。
僕達は常に物語を与え続けないといけない。
それは文章の場合もあるし映像の場合もあるし、あるいは友達や家族とかとお話することであったりするかもしれない。
でも今の世の中なかなかいい人付き合いってないよね。
僕達は物語からたくさんのものを吸収してそれでココロを活かしているんだ。
オタクは正義感が強い、とかそういうのはたくさんの物語を摂取してるからだとか考えたことない?
え?それって洗脳されてるみたいで嫌だな、とか思うじゃん。
でもね、僕達はスタンドアローンで何も吸収しないとココロが駄目になる生き物なんだ。
それは忘れないで。
だから小説とかさ、時間の無駄だと思うようになったりする時期もあるけど呼んだほうがいい。
そう忘れるよ。だいたい読んでも忘れるよ。でも物語はものすごく食べやすいくて吸収しやすいんだよ。
普段、食べ物を食べてこれは吸収しやすいなあ、とか感じないだろ?
でも実際にはものすごく吸収してる。
実用書とか書いてることとか光速で忘れたりするじゃない?「勉強」しないと駄目じゃない。