悪魔のささやき
2013年4月9日に死んだサッチャー(Margaret Thatcher)に対して、ケン・ローチ(Ken Loach)は、《現代で最も不和を生じさせ、最も破壊的な首相》、《彼女の敵はイギリスの労働者階級》、《彼女の葬儀は民営化しよう》、と語った(Information Clearing House)。…ケン・ローチの映画には不和も破壊も無いのか? 敵は誰か?
『天使の分け前』(The Angels' Share) 観賞後記
[ストーリー] 無頼漢のロビー(ポール・ブラニガン)に、まともな職も家もない。暴力沙汰の裁判で社会奉仕活動を命じられたロビーは、現場の指導者ハリー(ジョン・ヘンショー)と、社会のゴミたち3人(ガリー・メイトランド、ウィリアム・ルアン、ジャスミン・リギンズ)と連む。オークションで稀少な樽入りスコッチウイスキーが出品されることを知ったロビーは、仲間を引き連れてウイスキーを掠め取り、悪徳業者タデウス(ロジャー・アラム)に転売して金を得る。ロビーたちの犯罪はバレず、盗品を‘天使の分け前’と嘯いてハリーに贈り、ロビーはタデウスに斡旋された蒸留所に就職するべく、妻子と共に街を出る。下劣な犯罪映画。
スコッチウイスキーが出てくる映画であるし、反・新保守主義を掲げるケン・ローチの監督作品であるし、話は暗くてもまぁ楽しめるであろう、などと勝手に予想した私がバカだった。酒類映画で『ボトル・ドリーム カリフォルニアワインの奇跡』(Bottle Shock:2008年)と異なり、失業映画でも『シェフ! 三ツ星レストランの舞台裏へようこそ』(Comme un Chef:2012年)と違い、弱者映画でも『人生、ここにあり!』(Si può fare:2008年)とも似ていない。これらの映画と比べ、『天使の分け前』は最も「映画」になっている、そこはさすがにケン・ローチ。しかし、その味悪さは人道性根が腐ったデヴィッド・フィンチャーの『ソーシャル・ネットワーク』(The Social Network:2010年)に近い。笑えない喜劇。
登場した「モルトミル」、「ラガヴーリン」傘下で「ラフロイグ」を真似ようとして失敗した酒で、スコッチウイスキー史の上で《最も不和を生じさせ、最も破壊的な》銘酒、いや迷酒である。そこを知らずしてか、本作『天使の分け前』は、スコッチウイスキーに対して窃盗や偽装を許す犯罪映画として不和と破壊をもたらした。ケン・ローチが描いた話は‘天使の分け前’ではなくて、正義にならない偽善、すなわち‘悪魔のささやき’であった。本作の《敵はイギリスの労働者階級》であり、私はケン・ローチにも《民営化》した《葬儀》が必要と確信した。
『天使の分け前』という映画を嗅いで味わった私がテイスティングノートに記したならば……鼻を近づけると目にまでチクチク刺すような刺激がある。アロマは、ペンキ、病院、墓場、燃えさしのプラスチック、ディーゼル車の排気、汗蒸れた使い古しの運動靴、再着火した紙巻タバコ。口に含むとトロリとしているが、柔らかくはなくて金属の味がする血のようだ。フレーバーは、腐って干乾びた魚が雨にうたれて放つ臭気、吐き気をもよおす酸っぱさ…
『天使の分け前』(The Angels' Share) 観賞後記
[ストーリー] 無頼漢のロビー(ポール・ブラニガン)に、まともな職も家もない。暴力沙汰の裁判で社会奉仕活動を命じられたロビーは、現場の指導者ハリー(ジョン・ヘンショー)と、社会のゴミたち3人(ガリー・メイトランド、ウィリアム・ルアン、ジャスミン・リギンズ)と連む。オークションで稀少な樽入りスコッチウイスキーが出品されることを知ったロビーは、仲間を引き連れてウイスキーを掠め取り、悪徳業者タデウス(ロジャー・アラム)に転売して金を得る。ロビーたちの犯罪はバレず、盗品を‘天使の分け前’と嘯いてハリーに贈り、ロビーはタデウスに斡旋された蒸留所に就職するべく、妻子と共に街を出る。下劣な犯罪映画。
スコッチウイスキーが出てくる映画であるし、反・新保守主義を掲げるケン・ローチの監督作品であるし、話は暗くてもまぁ楽しめるであろう、などと勝手に予想した私がバカだった。酒類映画で『ボトル・ドリーム カリフォルニアワインの奇跡』(Bottle Shock:2008年)と異なり、失業映画でも『シェフ! 三ツ星レストランの舞台裏へようこそ』(Comme un Chef:2012年)と違い、弱者映画でも『人生、ここにあり!』(Si può fare:2008年)とも似ていない。これらの映画と比べ、『天使の分け前』は最も「映画」になっている、そこはさすがにケン・ローチ。しかし、その味悪さは人道性根が腐ったデヴィッド・フィンチャーの『ソーシャル・ネットワーク』(The Social Network:2010年)に近い。笑えない喜劇。
登場した「モルトミル」、「ラガヴーリン」傘下で「ラフロイグ」を真似ようとして失敗した酒で、スコッチウイスキー史の上で《最も不和を生じさせ、最も破壊的な》銘酒、いや迷酒である。そこを知らずしてか、本作『天使の分け前』は、スコッチウイスキーに対して窃盗や偽装を許す犯罪映画として不和と破壊をもたらした。ケン・ローチが描いた話は‘天使の分け前’ではなくて、正義にならない偽善、すなわち‘悪魔のささやき’であった。本作の《敵はイギリスの労働者階級》であり、私はケン・ローチにも《民営化》した《葬儀》が必要と確信した。
『天使の分け前』という映画を嗅いで味わった私がテイスティングノートに記したならば……鼻を近づけると目にまでチクチク刺すような刺激がある。アロマは、ペンキ、病院、墓場、燃えさしのプラスチック、ディーゼル車の排気、汗蒸れた使い古しの運動靴、再着火した紙巻タバコ。口に含むとトロリとしているが、柔らかくはなくて金属の味がする血のようだ。フレーバーは、腐って干乾びた魚が雨にうたれて放つ臭気、吐き気をもよおす酸っぱさ…