帰山人の珈琲漫考

巴里の空の下コーヒーのにおいは流れる

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2022 [2022年04月26日 05時00分]
『パリのすてきなおじさん』(金井真紀:文・絵 広岡裕児:案内 柏書房:刊 2017)を遅まきながら読んだ。巴里(パリ)の空の下コーヒーのにおいは流れるか?
 巴里の空の下コーヒーのにおいは流れる (1)
 
《しばしば取材先でお菓子が出る。喜んでいただく。甘いものが苦手な広岡さんの分までいただく。だが、フランスのお菓子は総じて甘過ぎる。取材が終わる頃には体じゅうに甘味がまわって、わたしは「にがいものか、からいもので中和したい!」と騒ぐことになる。だいたいはカフェに行って、エスプレッソを飲んで対処する。席に座って飲むと二、三ユーロだけど、カウンターでの立ち飲みなら一ユーロちょっと。》 (金井真紀/前掲 『パリのすてきなおじさん』p.98)
 
《初(しょ)っ端(ぱな)は知っているところがいいだろうと、真紀さんが行ったことがあるサッカーのパリ・サンジェルマンのファンの溜まり場カフェに向かった。(略) カフェに行ってみると、なんと、そこはわたしが住んでいた通りの角ではないか! たしか老夫婦がやっていて、ときどきダブル・エクスプレッソとクロワッサンの朝食を食べにきた。あの頃はサッカーチームのステッカーさえない、板張りの古めかしい店だった。》 (広岡裕児:取材後記/前掲 『パリのすてきなおじさん』pp.244-245)
 
 巴里の空の下コーヒーのにおいは流れる (2)
『パリのすてきなおじさん』は、近来のパリの実状が知れて面白い。《酒のみ話の延長でたちあがった「パリのおじさん」企画》(「あとがき」)だけあって、取材された‘おじさん’たちからコーヒーのにおいは流れてこない。『パリのすてきなおじさん』には、コーヒーそれ自体に焦点をあてた話題が登場しない。巴里の空の下でコーヒーのにおいはあまり流れていない、それが近来の実状なのだろう。そして、金井真紀や広岡裕児の言に限らず、パリのカフェで飲まれているコーヒーはエスプレッソである。
 
《カウンターで立って飲む場合は、そもそもそんなに長居をしようと思わないときなので、飲み物も、小さなカップに入ったエスプレッソ(フランス語で「エクスプレス」)を頼む人がほとんどです。人が注文するのを聞いていると、わざわざ「エクスプレス」といって頼む人はほとんどなく、「アン・カフェ(コーヒー一杯)」といえば、自動的にエスプレッソが出てきます。フランスでは、カフェとはエスプレッソのことなのですね。(略) もう、パリのカフェではエスプレッソなしではいられなくなり、生意気なようですが、カフェによるエスプレッソの飲み比べなどもするようになりました。パリの普通のカフェで出るエスプレッソは、安い豆(たぶん)をたんなる機械にぶちこみ、ブシューッと蒸気を通して作るのですから、味にそんなに差が出るとも思えないのですが、それぞれのカフェにその店独特の味わいがあるような気がして、楽しい経験でした。》 (中条省平 「パリのエスプレッソ。」/全日本コーヒー協会Webサイト 「COFFEE TIMES」エッセイ 2021.04.15)
 
エスプレッソは、それが《安い豆(たぶん)をたんなる機械にぶちこみ》《味にそんなに差が出るとも思えない》《パリの普通のカフェで出るエスプレッソ》であっても、コーヒー豆(を挽いた粉)自体に《ブシューッと蒸気を通して作る》ものではない。この点、中条省平のエッセイからは、エスプレッソを捉え違えている‘におい’がする。だが、《フランスでは、カフェとはエスプレッソのこと》になった実状は確かである。巴里の空の下に流れているのはエスプレッソの‘におい’である。
 
《カウンターのなかに禿(は)げたギャルソンがいて、慣れた手つきでビールを注いでいた。このおじさんにはなしを聞こうか。聞かせてくれるだろうか。広岡さんと目配せしていたら、小柄な女主人が近づいてきて言った。「なにになさいますか?」 「ええと、わたしたちは日本人で、パリの取材をしているのだけど、あのテロのことを……」と広岡さんが言いかけた瞬間、女主人はぴしゃりと言った。「それはもう昔のことです」 ザッツ・オール。(略) 早く出ていけ、という顔つきだ。わたしは女主人に向き直って、最大限にこやかに言った。「コーヒーふたつください」 あれ、飲んでいくのかい。客なら仕方ない。そんな感じでニヤリと笑って、女主人はギャルソンに告げた。「こちらに、コーヒー二杯」。 二〇一五年十一月十三日に起きた、パリ同時多発テロ事件。(略) 現場となったのはサッカー場、劇場、そして五軒の飲食店だった。このカフェ「ル・コントワール・ヴォルテール」もそのひとつ。》 (金井真紀 「ちょっと寄り道5 同時多発テロの現場へ」/前掲 『パリのすてきなおじさん』pp.178-180)
 
《2015年11月に起きたパリ同時多発テロ事件の公判が13日、パリの裁判所で開かれ、実行犯グループ唯一の生存者サラ・アブデスラム被告(32)が「カフェで自爆するはずだったが、できなかった」と、事件当日の様子を初めて詳細に語った。仏メディアが報じた。供述によると、過激派組織「イスラム国」(IS)に共感しシリア行きを画策していた被告は、事件の1~2日前に親交が深かったテロの主犯格アブデルハミド・アバウド容疑者(治安部隊の銃撃で死亡)からパリ北部18区のカフェでの自爆テロを命じられた。「衝撃だった。心の準備が足りていなかったが、最後は説得された」。到着したカフェで飲み物を注文し、周囲で冗談を言い合う人々を見回して「自分にはできないと思った」。〔谷悠己〕》 (「カフェ見回し「自爆できない」 パリ同時テロ公判、実行犯唯一の生存者」/『中日新聞』 2022.04.14)
 
 巴里の空の下コーヒーのにおいは流れる (3)
巴里の空の下のカフェは、テロリズムの現場となることもあれば、テロリストの弁解となることもある。そこに‘血のにおい’が流れて‘嘘のにおい’が漂う、それは《昔のこと》ではない、これからも。そして、巴里の空の下コーヒーのにおいは流れるか?
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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