珈琲譚異録
『珈琲譚(こーひーたん) 喫茶と文芸をめぐる小曲集』(活字者編集部:編 田園都市出版社:刊 2023)、このコーヒー本は不思議。落ち着いたデザインのカバー(ジャケット)の全容を見ようと腰巻(帯紙)を外そうとしたところ、実は腰巻が付いてなくてそれに似せた印刷の一体カバーだった。カバーを外してみれば真っ黒な本体、目を凝らしてやっと見える背文字は‘珈琲譚’とだけ記されている。洒落ているのか野暮ったいのか判らない、そこが不思議に面白いコーヒー本。

《珈琲の煙はとりもなおさず心の言葉である、匂である。色であり音楽である。而して渋くて苦い珈琲末は心の心、霊魂の生地(きじ)。匙は感覚。凡て溶かして掻き廻す観相の余裕(ゆとり)から初めてとりあつめた哀楽のかげひなたが軟かな思の吐息となってたちのぼる。もの思わしい中に限りもない色と香の諸相をひき包んで六月の光線に美しい媚のあや糸を縺(もつ)らす苦い珈琲の風味は決して自己(われ)を忘れたロマンチックな空の幻でも単純な甘いセンチメントの歎きでもない。》 (北原白秋 『桐の花』 昼の思/前掲 『珈琲譚 喫茶と文芸をめぐる小曲集』 収載/底本 東雲堂書店:刊 1913/原文は舊字體舊假名遣ひ)
『珈琲譚 喫茶と文芸をめぐる小曲集』は、コーヒーやコーヒー店に触れた古いところの《哀楽のかげひなた》がたちのぼる文章を取り集めたアンソロジー。実質の編者は、樋口聡(ひぐち あきら/活字者@田園都市出版社発行人)である。本に載った写真は、全て樋口聡が「珈琲と紅茶とバロック音楽 平均律」(東京都目黒区/開業1980 移転再開2001.07.21)で撮ったもの。つまり、このコーヒー絡みのアンソロジーは、『日本の名随筆 別巻3 珈琲』(清水哲男:編 作品社:刊 1991)とか『こぽこぽ、珈琲』(杉田淳子・武藤正人:編 河出書房新社:刊 2017)とか『作家と珈琲』(平凡社編集部:編 平凡社:刊 2022)などとは異なり、樋口聡の‘喫茶活動’の延長線上に生まれた私的な《軟(やわら)かな思の吐息》である。樋口聡による他の著述から、コーヒーに関するところを抄出。
《キューバ・コーヒーはこってりと濃い。(略) 十代の女性でさえラム酒を生でやるキューバでは、いくらこってりしたコーヒーでも、自然と身体に馴染んでしまうから不思議だ。 キューバ・コーヒーのブランド名はクリスタル・マウンテンという。かつてはブルー・マウンテンとブレンドされて売られていたりした高級種だ。これは日本のコーヒー豆の挽き売り店でもマンデリンとブルー・マウンテンの中間ぐらいの価格で手に入る。》 (樋口聡 『キューバ大情報 カリブ海の穴場』 三修社:刊 1996)
《上海駅は商業ビルになっている。(略) そこに日本のモスバーガーがあったので、コーヒーを注文する。(略) ファーストフード店の、確実に不味いだろうコーヒーに五分も待っただろうか。サービス業の育たない中国では珍しい、満面の笑顔とホスピタリティ、それと一生懸命さでいれてくれたコーヒーは、しかしあまりにもぬるかった。ぬるすぎた。席についてクリームパウダーの袋を破ると、長らく保存されていたであろうそれは、粉でなくひとつの固形物になっていた。ぬるいコーヒーにそれを入れても全然溶けずに、表面にプカプカと浮かぶのみであった。 中華珈琲に気をつけろ。僕は体験からそう言える。》
《自転車さんを含む僕たち日本人三人は、ドンダン・タウンをテクテクと歩いて宿を探した。(略) 宿のロビーで、僕らは三人でベトナムコーヒーを飲みながら「大貧民」をした。中国でもベトナムでもなぜかトランプはすぐ手に入る。ゲームは大富豪から大貧民に次第に転落していって僕の大敗で幕を閉じたが、このベトナムコーヒーは絶品であった。東南アジア一円でコーヒーといえばネスカフェ、つまりインスタントというのと同義だが、珈琲産出国であるベトナムでは、独特のフィルターでいれるコーヒーが庶民の間でも広く愛されている。まあフランス支配の名残といえばそうかもしれない。》
(樋口聡 『アジアへ! 中国・ベトナム・カンボジア・インド夏紀行』 批評社:刊 1997)
《キトもまた寒い。そして高地で空気が薄い。(略) ストリートに出て屋台で朝一番の黒珈琲(カフェネグロ)を注文する。ラテンアメリカでは朝はカフェ・コン・レチェ(ミルクコーヒー)と決まったものだが、この屋台にはミルクもないのだった。だからネスカフェにお湯、そして砂糖だけのカフェネグロだ。ラテンアメリカではコーヒーを頼むとポットとネスカフェがどんと出てくる国が多いが、エクアドルもインスタントコーヒーの国だったのだ。きっとコーヒー豆は輸出に回され、庶民の口には入らないのだろう。 しかし食の伝統というものは、ラテンアメリカでは厳格に貫かれる。朝に飲むカフェ・コン・レチェは原則として夜には飲まない。カフェ・コン・レチェをお昼に注文すると、「今頃朝めしか?」と呆れられたり、あるいは無下に断わられたりする。》 (樋口聡 『僕とゲバラとラティーノたち ラテンアメリカ放浪記』 スリーエーネットワーク:刊 1999)
《キューバではどんな場合でも砂糖というものからは逃れられず、砂糖抜きのコーヒーなどは考えられない。(略) 市中のドルショップや土産物屋にはクビータ(Cubita)(クリスタル・マウンテンを炭火焙煎したもの)も並んでいる。 カリブの島国では水の確保が常に難題であるうえに、ハバナの旧市街では上下水道の老朽化が著しく、水の出ない世帯が一定程度ある。ところが街のスタンドに行けば手軽にコーヒーを飲むことができるのだった。 街角で会ったある老人曰く、「キューバには水はないが、コーヒーがある」 そんな皮肉な光景の主役という役回りもまた、キューバのコーヒーならではなのである。》 (樋口聡 第50章「コーヒー 国民のアイデンティティ形成に深く関与」/『キューバを知るための52章』 後藤政子・樋口聡:編 明石書店:刊 2002)

『珈琲譚 喫茶と文芸をめぐる小曲集』に収載された22作品も悪くはないが、二昔(ふたむかし)ほど前に樋口聡(ひぐち あきら)が彷徨(さまよ)っていた頃の‘珈琲譚’も面白いので、‘異録’として足しておく。

《珈琲の煙はとりもなおさず心の言葉である、匂である。色であり音楽である。而して渋くて苦い珈琲末は心の心、霊魂の生地(きじ)。匙は感覚。凡て溶かして掻き廻す観相の余裕(ゆとり)から初めてとりあつめた哀楽のかげひなたが軟かな思の吐息となってたちのぼる。もの思わしい中に限りもない色と香の諸相をひき包んで六月の光線に美しい媚のあや糸を縺(もつ)らす苦い珈琲の風味は決して自己(われ)を忘れたロマンチックな空の幻でも単純な甘いセンチメントの歎きでもない。》 (北原白秋 『桐の花』 昼の思/前掲 『珈琲譚 喫茶と文芸をめぐる小曲集』 収載/底本 東雲堂書店:刊 1913/原文は舊字體舊假名遣ひ)
『珈琲譚 喫茶と文芸をめぐる小曲集』は、コーヒーやコーヒー店に触れた古いところの《哀楽のかげひなた》がたちのぼる文章を取り集めたアンソロジー。実質の編者は、樋口聡(ひぐち あきら/活字者@田園都市出版社発行人)である。本に載った写真は、全て樋口聡が「珈琲と紅茶とバロック音楽 平均律」(東京都目黒区/開業1980 移転再開2001.07.21)で撮ったもの。つまり、このコーヒー絡みのアンソロジーは、『日本の名随筆 別巻3 珈琲』(清水哲男:編 作品社:刊 1991)とか『こぽこぽ、珈琲』(杉田淳子・武藤正人:編 河出書房新社:刊 2017)とか『作家と珈琲』(平凡社編集部:編 平凡社:刊 2022)などとは異なり、樋口聡の‘喫茶活動’の延長線上に生まれた私的な《軟(やわら)かな思の吐息》である。樋口聡による他の著述から、コーヒーに関するところを抄出。
《キューバ・コーヒーはこってりと濃い。(略) 十代の女性でさえラム酒を生でやるキューバでは、いくらこってりしたコーヒーでも、自然と身体に馴染んでしまうから不思議だ。 キューバ・コーヒーのブランド名はクリスタル・マウンテンという。かつてはブルー・マウンテンとブレンドされて売られていたりした高級種だ。これは日本のコーヒー豆の挽き売り店でもマンデリンとブルー・マウンテンの中間ぐらいの価格で手に入る。》 (樋口聡 『キューバ大情報 カリブ海の穴場』 三修社:刊 1996)
《上海駅は商業ビルになっている。(略) そこに日本のモスバーガーがあったので、コーヒーを注文する。(略) ファーストフード店の、確実に不味いだろうコーヒーに五分も待っただろうか。サービス業の育たない中国では珍しい、満面の笑顔とホスピタリティ、それと一生懸命さでいれてくれたコーヒーは、しかしあまりにもぬるかった。ぬるすぎた。席についてクリームパウダーの袋を破ると、長らく保存されていたであろうそれは、粉でなくひとつの固形物になっていた。ぬるいコーヒーにそれを入れても全然溶けずに、表面にプカプカと浮かぶのみであった。 中華珈琲に気をつけろ。僕は体験からそう言える。》
《自転車さんを含む僕たち日本人三人は、ドンダン・タウンをテクテクと歩いて宿を探した。(略) 宿のロビーで、僕らは三人でベトナムコーヒーを飲みながら「大貧民」をした。中国でもベトナムでもなぜかトランプはすぐ手に入る。ゲームは大富豪から大貧民に次第に転落していって僕の大敗で幕を閉じたが、このベトナムコーヒーは絶品であった。東南アジア一円でコーヒーといえばネスカフェ、つまりインスタントというのと同義だが、珈琲産出国であるベトナムでは、独特のフィルターでいれるコーヒーが庶民の間でも広く愛されている。まあフランス支配の名残といえばそうかもしれない。》
(樋口聡 『アジアへ! 中国・ベトナム・カンボジア・インド夏紀行』 批評社:刊 1997)
《キトもまた寒い。そして高地で空気が薄い。(略) ストリートに出て屋台で朝一番の黒珈琲(カフェネグロ)を注文する。ラテンアメリカでは朝はカフェ・コン・レチェ(ミルクコーヒー)と決まったものだが、この屋台にはミルクもないのだった。だからネスカフェにお湯、そして砂糖だけのカフェネグロだ。ラテンアメリカではコーヒーを頼むとポットとネスカフェがどんと出てくる国が多いが、エクアドルもインスタントコーヒーの国だったのだ。きっとコーヒー豆は輸出に回され、庶民の口には入らないのだろう。 しかし食の伝統というものは、ラテンアメリカでは厳格に貫かれる。朝に飲むカフェ・コン・レチェは原則として夜には飲まない。カフェ・コン・レチェをお昼に注文すると、「今頃朝めしか?」と呆れられたり、あるいは無下に断わられたりする。》 (樋口聡 『僕とゲバラとラティーノたち ラテンアメリカ放浪記』 スリーエーネットワーク:刊 1999)
《キューバではどんな場合でも砂糖というものからは逃れられず、砂糖抜きのコーヒーなどは考えられない。(略) 市中のドルショップや土産物屋にはクビータ(Cubita)(クリスタル・マウンテンを炭火焙煎したもの)も並んでいる。 カリブの島国では水の確保が常に難題であるうえに、ハバナの旧市街では上下水道の老朽化が著しく、水の出ない世帯が一定程度ある。ところが街のスタンドに行けば手軽にコーヒーを飲むことができるのだった。 街角で会ったある老人曰く、「キューバには水はないが、コーヒーがある」 そんな皮肉な光景の主役という役回りもまた、キューバのコーヒーならではなのである。》 (樋口聡 第50章「コーヒー 国民のアイデンティティ形成に深く関与」/『キューバを知るための52章』 後藤政子・樋口聡:編 明石書店:刊 2002)

『珈琲譚 喫茶と文芸をめぐる小曲集』に収載された22作品も悪くはないが、二昔(ふたむかし)ほど前に樋口聡(ひぐち あきら)が彷徨(さまよ)っていた頃の‘珈琲譚’も面白いので、‘異録’として足しておく。