なか野庵の想い出~(3)変りもの
なか野庵の休業日は不定休で、しかも予告無しに休むことも、休みのハズが開店していることも、しばしばあった。原則として、大将が「魚釣り」に出かけることで休業が決定し、天候により船が出るか出ないかの連絡一発が全てを左右する。営業時間中でも、客足が途切れた瞬間に大将が消えてしまう場合もある。
「魚釣り」とは言ったが、獲物はクロマグロなどで、もはや「漁」。マグロ目当ての場合に釣果を問うと、「外道ばかりで坊主と同じ、外道は欲しけりゃ持っていけ」と何度も私にも外道が渡された。マダイ・ヒラメ・カンパチ・カツオ・・・「オレの天職は釣りだ!蕎麦打ってるのは船に乗る経費稼ぎだ!」という大将の言葉に、常連は誰も反論しなかった(否、できなかった?)。
蕎麦職人は「釜前一生」なのだが、なか野庵大将の「釜前」は初見の女性客などに顔をしかめさせることも度々あった。巨大な特注砲金釜の前に仁王立ちする大将の右手には茹で箸、左手には瓶ビールかコップ酒、口にはくわえタバコ、なのだから。
なか野庵は「うどん」もメニューにある。これがまた旨い。しかし、昼の満席混雑時に「うどん」を頼むのは、キケンである。例えば、女性のグループ客で蕎麦とうどんとに分かれて頼むと、蕎麦が出てきて食べ終わってもうどんは出る気配すらない。うどん客は「遅すぎる」と半ばクレームを花番おっかさんに言い、おっかさんが大将にうどんを急かす。直後、大将の怒鳴り声。「そんなにうどんが食いたけリャあ、そこのうどん屋に行きゃあがれ!」。確かに、店の筋向い側の並びにうどん屋はあるのだが・・・この暴言(?)に二度と足を運ばなくなる客も多数いただろう。だが、「オレんとこは蕎麦屋だっ!」と言い放つ他方で、蕎麦とは別にうどん用「かえし」を用意し、うどんにも手は抜かない。
気難しく一刻で、だが気さくでお茶目でもある典型的な職人気質、この気質を人間の姿に凝縮したのが、大将だったのかもしれない。現代的な軽いホスピタリティなんか吹き飛ばして超越したところに、なか野庵の蕎麦屋としての本道と温かみがあるのであって、これを認めない客は無理に来なくて結構、と私も思って通っていた。
変り者には違いない大将だが、進取の気性も職人として見事。某日、大将が「沖縄にはウコンのスゴイのがあるらしいなぁ」と私に言った。聞けばTV番組で取り上げていたのを観たばかり、と。内容から判断して「そりゃあ、春うっちんだろうな」と私が返すと、「それだ、それだ。手に入ったらそれでウコン切りを打つんだがなぁ」。春うっちんの薬効を聞いて体の弱った客に食べてもらいたい、と言う。一旦店から出た私は、「わしたショップ」に走り、純「春うっちん」粉を入手して「なか野庵」に戻った。さすがに、大将も驚いていたが、即座に「春うっちん切り蕎麦」を打ち、目的とする客を呼び、皆で賞味。この間、数時間の中休みでの出来事である。他日では、私たち客の要望に応えて「コーヒー切り」「紅茶切り」も挑み、大将自身が納得できるまで何度も試行錯誤を繰り返していた。
変り者が打つ変わり蕎麦、素材に挑み客と勝負することが、なか野庵のホスピタリティだったのかもしれない。
「魚釣り」とは言ったが、獲物はクロマグロなどで、もはや「漁」。マグロ目当ての場合に釣果を問うと、「外道ばかりで坊主と同じ、外道は欲しけりゃ持っていけ」と何度も私にも外道が渡された。マダイ・ヒラメ・カンパチ・カツオ・・・「オレの天職は釣りだ!蕎麦打ってるのは船に乗る経費稼ぎだ!」という大将の言葉に、常連は誰も反論しなかった(否、できなかった?)。
蕎麦職人は「釜前一生」なのだが、なか野庵大将の「釜前」は初見の女性客などに顔をしかめさせることも度々あった。巨大な特注砲金釜の前に仁王立ちする大将の右手には茹で箸、左手には瓶ビールかコップ酒、口にはくわえタバコ、なのだから。
なか野庵は「うどん」もメニューにある。これがまた旨い。しかし、昼の満席混雑時に「うどん」を頼むのは、キケンである。例えば、女性のグループ客で蕎麦とうどんとに分かれて頼むと、蕎麦が出てきて食べ終わってもうどんは出る気配すらない。うどん客は「遅すぎる」と半ばクレームを花番おっかさんに言い、おっかさんが大将にうどんを急かす。直後、大将の怒鳴り声。「そんなにうどんが食いたけリャあ、そこのうどん屋に行きゃあがれ!」。確かに、店の筋向い側の並びにうどん屋はあるのだが・・・この暴言(?)に二度と足を運ばなくなる客も多数いただろう。だが、「オレんとこは蕎麦屋だっ!」と言い放つ他方で、蕎麦とは別にうどん用「かえし」を用意し、うどんにも手は抜かない。
気難しく一刻で、だが気さくでお茶目でもある典型的な職人気質、この気質を人間の姿に凝縮したのが、大将だったのかもしれない。現代的な軽いホスピタリティなんか吹き飛ばして超越したところに、なか野庵の蕎麦屋としての本道と温かみがあるのであって、これを認めない客は無理に来なくて結構、と私も思って通っていた。
変り者には違いない大将だが、進取の気性も職人として見事。某日、大将が「沖縄にはウコンのスゴイのがあるらしいなぁ」と私に言った。聞けばTV番組で取り上げていたのを観たばかり、と。内容から判断して「そりゃあ、春うっちんだろうな」と私が返すと、「それだ、それだ。手に入ったらそれでウコン切りを打つんだがなぁ」。春うっちんの薬効を聞いて体の弱った客に食べてもらいたい、と言う。一旦店から出た私は、「わしたショップ」に走り、純「春うっちん」粉を入手して「なか野庵」に戻った。さすがに、大将も驚いていたが、即座に「春うっちん切り蕎麦」を打ち、目的とする客を呼び、皆で賞味。この間、数時間の中休みでの出来事である。他日では、私たち客の要望に応えて「コーヒー切り」「紅茶切り」も挑み、大将自身が納得できるまで何度も試行錯誤を繰り返していた。
変り者が打つ変わり蕎麦、素材に挑み客と勝負することが、なか野庵のホスピタリティだったのかもしれない。