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私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

広島訪問;ゲバラ、カストロ、そして、オバマ

2010-04-14 10:28:59 | æ—¥è¨˜ãƒ»ã‚¨ãƒƒã‚»ã‚¤ãƒ»ã‚³ãƒ©ãƒ 
 キューバ革命成功から半年も経たない1959年7月15日、31歳のゲバラはキューバの経済使節団(総勢6名)の団長として、日本を訪れました。当時の日本ではゲバラの名を知るものは少なく、到着を報じたのは朝日新聞だけだったそうです。トヨタ自動車の工場を訪れたり、時の通産大臣池田勇人と短時間会ったりしたようですが、ゲバラは始めから広島訪問を希望したけれども、日本政府は彼の滞在日程に含めることをしませんでした。大阪を視察した7月24日の夜、彼は、腹心二人を連れて、夜行列車に乗って広島訪問を敢行します。とにかく、原爆が初めて投下された広島の地を自分の足で踏みしめ、そこで原爆の意味を考えてみたかったのです。何かの政治的計算があったと勘ぐる余地は全くありません。その意味で、ゲバラの広島訪問は感動に値します。
 カストロがゲバラから広島の話を聞いたことは確かですが、カストロの広島訪問は2003年3月まで実現しませんでした。カストロが初めて来日したのは、1995年12月ですが、この時も、2003年の訪日も、日本政府の招待ではなく、たまたまアジア諸国を訪問したついでの(飛行機の給油!)日本滞在という形で、アメリカ政府に対する日本政府の気兼ねの結果でした。2003年、カストロは3月1日から4日までの短い滞日でしたが、その半分の時間を広島訪問に費やしました。その時の外務省(川口外務大臣)の公式記録には、次のように書いてあります。:
■  広島滞在(3~4日)
 3日、カストロ議長は広島を訪問し、平和公園における献花及び原爆資料館視察のほか、広島県知事主催の昼食会に出席した。視察後、人類はこのヒロシマの苦しんだ経験を繰り返してはならないと述べるなど、深い感銘を受けた模様であった。■
カストロは慰霊碑に献花し、黙祷を捧げ、「人類の一人としてこの場所を訪れて慰霊する責務がある」という言葉を残しました。
 日頃から私が敬愛する友人から薦められて、田中三郎著『フィデル・カストロ 世界の無限の悲惨を背負う人 』(総頁635)という本を入手して読みました。アマゾンの投稿書評(二つ星)に「長大かつ熱烈なラブレター。フィデルファンの私でもまっ青。第八章は途中まで読んでドロップアウトです。ただこれほどまでにカストロに心酔している人が日本に存在している事はうれしいですが。よくぞ出版されました。出版社にも敬意を表します。」とあります。面白い書評です。
 ハギオグラフィ(hagiography)という、宗教的な聖人の伝記を意味する言葉があります。ギリシャ語のhagios(神聖な)が語源です。為にする所があって、やたらに主人公を持ち上げる伝記を“ハギオグラフィ”と軽蔑して呼ぶこともあります。しかし、上掲のカストロ伝は、文字通りの意味で、立派なハギオグラフィです。文字通りの聖人伝です。この現代の聖人に対する著者の尊崇の気持のあまりの強さから、その記述に偏りが生じている面があるかも知れませんが、1996年から2000年までの4年間、駐キューバ大使を務めた日本人外交官が、このようなハギオグラフィを書いたという事実そのものが異常であり、特筆に値すると思われます。上記の書評子が読み飛ばした第八章の後半で、田中三郎氏は、カストロに「ヨブの忍耐」を認め、アシジの聖フランシスの姿を重ねます。頼みもしないのに、東洋の異国の外交官にこれだけのハギオグラフィを書かせたフィデル・カストロ。もしも-残念ながら、もしも、ですが-中南米地域が、この200年間のアメリカ合州国の無法傲慢な支配を排除する日が到来したら、フィデル・カストロの名が、20世紀最高の偉人の一人として定着することは間違いありません。
 さて、オバマ大統領の広島訪問のことを考えてみましょう。ゲバラの場合も、カストロの場合も、是非、広島の地を踏んで、被爆者の霊を弔いたいという強い気持ちがあったことを疑うことは出来ません。しかし、私の判断では、オバマ大統領の心中にそうした衝動はありません。彼の広島訪問は、彼一流の政治的なそろばん勘定が合えば、実現するかもしれませんが、ゲバラやカストロと異なり、あくまで一つのパフォーマンスに過ぎないでしょう。ここまで断言的な悪口を私が言う一つの根拠は彼がNHKの単独インタヴューに応じた時のオバマ大統領の語り口にあります。
 オバマ大統領の初の来日は、予定が突然変更されて、1日おくれの2009年11月13日になりましたが、到着後すぐに行なわれた鳩山首相との会談が済み次第、共同記者会見が行われることになっていました。私は、当時、病気で床に就いていて、隣の部屋のテレビの音声だけを聞きながら、記者会見が始まるのを待っていました。
NHKも、開始時間が分からないまま、訪日を前にしてNHK特派員がワシントンで行なったオバマ大統領単独インタヴューの全体をテレビ画面に流して時間をつぶしていました。その音声だけを、ベッドの中で聞いていたわけです。メモは取っていませんので、今から書くことは、床の中での記憶だけに頼っています。オバマ氏は以前にも一度日本の土を踏んでいて、それは家族(奥さんと幼い娘さん二人)を連れて、義父の国インドネシアに向かう途中、東京に降り立ち、鎌倉の大仏を見物しました。「娘達は大仏より抹茶アイスクリームの方に興味があった」などと語っていました。広島訪問について問われると、オバマ大統領は、大体、次のような話をしていたと記憶しています。「今回は時間がないが、何時か是非行ってみたい。娘達も大きくなって、学校で日本の事を勉強しているから、前の鎌倉見物のように家族連れで広島にも旅行ができたら嬉しいのだが・・・」 日本のテレビ視聴者の中には、「アメリカの小学校では、日本の事もちゃんと教えていて、子供達も興味を持っているのだなあ」と感心した人もおいでかも知れませんが、期待をふくらますには当りません。北米の小学校では、いろいろのテーマを取り上げて、そのテーマに関係する物品を持ち寄ったりして勉強することがよく行なわれます。日本の着物や人形を親が子供に持たせたり、折り紙細工やお寿司の体験をするかもしれません。そういった事です。広島原爆の話は滅多に出ないでしょう。家族旅行のついでに広島にも立ち寄りたいとでも言いたげな、オバマ大統領のその語り口に、私は、床の中で腹を立て、ゲバラやカストロのことを思わずにはいられませんでした。
 オバマ大統領は24時間にも満たない滞日の後、そそくさと次の訪問国シンガポールに向けて飛び立ちました。

<付記>今朝のNHKニュースは、47カ国が参加したオバマ大統領の主宰の核安全保障サミットが成功裡に閉幕したと報じていました。確かにこのサミットはアメリカにとって大成功だったと思います。これで、次ぎに来るイラン制裁が、あたかも全世界の課題であり、希求であるかのように、演出される舞台装置が出来上がったのですから。我々としては、本質的ではないノイズに耳を奪われることなく、問題は、アメリカとイスラエルが、今後、イランに対してどのような行動に出るか、の一点にあることを肝に銘じて置かねばなりません。

藤永 茂 (2010年4月14日)



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 ゲバラさんは、広島までこっそりと(広島行きをみ... (池辺幸惠)
2010-04-16 04:54:25
 ゲバラさんは、広島までこっそりと(広島行きをみとめられなかったから)夜を徹してあの頃の鈍行みたいな列車にのって行ったのです。そして、慰霊碑に花束をあげ、真剣に前をみつめてい写真をわたしはもっています。
 一昨日、広島でのオリンピック反対、オバマジョリティーもおかしいぞ、ホロコーストでオリンビックをしますか?と、沖縄の山中で隠棲していた被爆者の月下(Yoshi)さんが広島に出てきて抗議なさいました。彼は墨作家でらして「Hiroshimaの理想を継ぐために」という手作りの本をたずさえてこられました。

 わたしも秋葉さんに申しあげましょう・・・。精神・平和のオリンピックを(順位なし)と。被爆者世界平和会議を広島がすればよいと。原爆だけでなく、原発も、劣化ウラン弾によるヒバクシャたち・・・そのうち全地球が被曝になってくるでしょう。

http://www.47news.jp/47topics/jitsuryoku/1-3.html
 室蘭が止まれば、世界の原発がストップする。室蘭は鳩山首相の選挙区、だから、あんなにできもしないような温暖化ストップ宣言をし、世界のリーダーに、とそして原発をすすめよう・・と、その心は・・・。
鳩山さんにも幻想をいだいていてはなりません。
この日本の技術をたしかなエコに生かせるようにしたいものです。
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池辺幸恵 様 (藤永 茂)
2010-04-16 14:34:53
池辺幸恵 様

いつも心にしみるコメントをいただき、有難うございます。ゲバラの広島行きについては、ネット上にも十分の量のインフォーメーションがありますから、沢山の人が知ってくれるとよいですね。

藤永 茂
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藤永先生 (とらよし)
2010-04-19 04:34:02
藤永先生

はじめまして。
新しいエントリーがアップされる度に、いつも開眼される思いで読ませていただいています。

昨今のアメリカの横暴ぶりはあまりにも酷く、拙ブログにて、先生が著書で紹介されていた「白人の重荷(The white man's burden)」を引用し、僭越ながら、こちらの記事にTBさせていただきました。
主旨に反してはいないと思いますが、「違う」とお思いでしたら、遠慮なく削除してください。

ところで、チェ・ゲバラ氏について、私はごく基本的な知識しかありませんが、水滸伝の晁蓋を重ねてしまいます。







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とらよし様 (藤永 茂)
2010-04-19 16:39:08
とらよし様

 ご親切なコメント、まことに有難うございます。水滸伝の晁蓋のこと、是非お聞かせ下さい。お願いします。

藤永 茂

返信する
藤永先生 (とらよし)
2010-04-20 23:09:45
藤永先生

私が先生にお聞かせするような事など無く、とんでもないことを言ってしまったと汗顔の至りです。

ですが、言葉足らずでしたので付け加えさせていただきますね。

私がこちらで申し上げた「水滸伝」は、中国の四大奇書の一つである「水滸伝」の原典ではなく、
作家の北方謙三氏がオリジナルとして書き上げた作品です。
そのため、原典をベースにして書かれた吉川英治氏とも柴田錬三郎氏とも全く違うのですが、自由な発想で登場人物を描いていますので、違和感がありません。

ことの始まりは同じです。
十二世紀中国、北宋末期。政治は腐敗し賄賂が横行する。
武官・文官・官吏が利権を分け、国を食い荒らし、残った利権を名門子弟が浅ましく食い尽くす。
搾取されるだけの善良なる民達は、明日の糧さえ手に入らない時代。
そこに、希望という、百八の星達が輝き集結します。

私が、チェ・ゲバラに興味を持ち始めたのは、恥ずかしながら3年ほど前のことで、ちょうどこの北方水滸伝の文庫が
発売された頃でした。
北方氏は、解説の中ではっきり言います。
「替天行道」の旗が翻る、梁山湖に浮かぶ梁山泊は、カリブ海に浮かぶキューバ。
頭領の一人『宋江』のモデルは、フェデル・カストロであり、もう一人の頭領『晁蓋』のモデルはチェ・ゲバラ。
小説に過ぎないと笑われるかもしれませんが、キューバ革命と北方水滸伝をほぼ同時に読んだ私には、
ゲバラが晁蓋に重なってしまいました。

メキシコ発った時、ゲバラ率いる革命メンバーは82名。(水滸伝では蜂起したメンバーが108名)。
キューバに到着した生き残りは12名。北方水滸伝では、この歴史に合わせるためか、原典には無い、驚くほどの人数が死んでいます。

北方水滸伝では、ゲバラのキャラクターが晁蓋だけでなく、他のキャラクターにも垣間見ることができます。
父親としてのゲバラは『楊志』に、医者としてのゲバラは『安道全』に、詩人としてのゲバラは『楽和』に。
この小説の梁山泊に集った者は、皆好漢で、滅法強くて、滅法優しく描かれています。
その好漢に愛された晁蓋(ゲバラ)。
故人を知ろうとする時、史実はもちろん、思い出、受け側が感じ取ったことを丁寧に伝えていくことも大切な後世の者の役割だと思うようになりました。

北方謙三氏と聞くと、ハードボイルドなバイオレンス作家との印象がありますが、晁蓋(ゲバラ)の描き方は素晴らしいと思います。

拙文を長々と失礼しました、、、、これまた汗顔デス。

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とらよし様 (藤永 茂)
2010-04-22 10:38:42
とらよし様

私がお願いしたことに素晴らしいご返事をいただき、有難うございます。
”北方氏は、解説の中ではっきり言います。
「替天行道」の旗が翻る、梁山湖に浮かぶ梁山泊は、カリブ海に浮かぶキューバ。”
この部分を読んだだけでも、すぐさま、北方水滸伝を読んでみたくなりました。
私のような老人の書くことは、どうも固くなりすぎていけません。これからも、若い方々のイマジネーションを
刺激するようなコメントを頂ければ幸いです。

藤永 茂
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週刊金曜日の本多勝一さんの記事から このブログ... (坂本 みなこ)
2010-05-12 18:46:25
週刊金曜日の本多勝一さんの記事から このブログに、Fidelの名に 飛び付き… 田中さんの本も読み 2008~2009にCubaで過ごしたおり 大使館の参事さんと話したら この本をボロカスに… たしかに おおげさなとは 思った箇所もありましたが、 Cubaで こんな いやな思いを させられたのは とても、残念でした。
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ゲバラとカストロについてのブログを書いてますが... (Venceremos)
2010-08-14 23:08:04
ゲバラとカストロについてのブログを書いてますが、オバマ大統領と絡めて書かれている点が読んでいて面しろかったです。もし興味があれば僕もブログでヒロシマとゲバラについて書いているの観てみてください!
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