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はてなキーワード: 金田一春彦とは

2022-05-10

anond:20220510151441

しかし「図に乗る」を「読経の転調に由来する」と説明したのは金田一春彦からで、どうもそれ以前には遡らないみたいなんだよなあ。

金田一春彦権威があったから広まってるだけで、説明自体にはそれほど信頼性が無さそうなんだけど。

「図に当たる」はどこでも「図=狙い・計画」の意味説明しているのに、

「図に乗る」のほうだけぜんぜん別の由来だということがあるかな

わざわざ迂遠説明をしなくても「物事計画どおりに進んで調子に乗る」というのが素直な解釈じゃないか

https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%9B%B3%E3%81%AB%E4%B9%97%E3%82%8B

一般に若年者など関係が下位にある者が、自分企図していたとおりに事が運ぶのに気をよくして、分を超えた言動をすること。

表記のゆれ:「図」に替えて「頭」を用いることがあるが、「図」はもともと「企図すること」の意なので適当用字とはいえない。

https://kotobank.jp/word/%E5%9B%B3%E3%81%AB%E4%B9%97%E3%82%8B-539406

精選版 日本国語大辞典

自分の思うように事がはこぶ。

https://kotobank.jp/word/%E5%9B%B3%E3%81%AB%E4%B9%97%E3%82%8B-539406

とっさの日本語便利帳

企てが思いどおりに運び、調子に乗りすぎること。つけあがる。悪乗りする。「図」は企てのこと。

2022-01-23

夏目漱石「月が綺麗ですね」の元ネタを遡る

夏目漱石は「月が綺麗ですね」となんか訳していない」という話から、「初出であるとされる70年代以前がどうだったのか知りたい」という話が出ていたので、Googleブックス検索していたのだが、1962年刊行の『日本人の知恵』にこのような話があるらしい。

さらにいえば、日本の社交の基本は「見る」ことで成立する。

若い男女の恋人同士が愛の告白をするとき西洋人のように、

「私はあなたを愛していますI love you)」

などとはけっしていわない。

そんなことばを口に出さなくとも、満月を仰ぎ見て、

「いいお月さんですね」

そして、二人でじっと空を見上げるだけで、意思は十分通じるのだ。

日本人の知恵 - 林屋辰三郎 - Google ブックス

この『日本人の知恵』という本は、

なんと、昭和37年に発行された本で、その前年朝日新聞に連載された「日本人の知恵」を再編集したもの

日本人の知恵 林屋辰三郎、加藤秀俊、梅棹忠夫、多田道太郎 *** - 意思による楽観のための読書日記

ということらしいので、つまり1961年朝日新聞掲載されたのだろう。

それならば世間に広く知られたとしてもおかしくないと思われる。

もうひとつさらに遡って戦前1935年刊行笠間杲雄『沙漠の国 ペルシア アラビア トルコ遍歴』にもよく似た表現があるようだ。

第一欧米人にとつては一生の浮沈を定める宿命的な宣言『アイ・ラヴ・ユウ』の同意語すら、日本語には無い。(中略)斯ういう意味外国人に答へると、然らばあなた日本人は、初めて男なり女なりを愛する場合に、どんな言葉意志を通ずるのかと、必ず二の矢の質問が飛ぶ。私は答へる。我々は「いい月ですね」と言つても、「海が静かね」といつても、時としては「アイ・ラブ・ユウ」の翻訳になるのだと。

沙漠の国: ペルシア・アラビア・トルコ遍歴 - Google ブックス

こちらは「いい月ですね」と「海が静かですね」が並列されており、あくまで「無数の表現のうちの2例」といった趣きではある。

さらに「I love you日本語にうまく訳せない」という話に限っては、

漱石文庫」に残された漱石メモ書きの中に、ジョージメレディスというイギリス小説家作品を取り上げて、

"I love you,Signora Laura."―Vittoria p.113.

I love you日本ニナキformulaナリ

と記した一節がある

夏目漱石が「I Love You」を「月が綺麗ですね」と訳したという伝説について - Togetter [トゥギャッター]

これは漱石英国留学時代メモ書きだそうなので、1901〜1902年ごろに書かれたものか。

同様の主張が1922年刊行されて当時のベストセラーになったという厨川白村近代恋愛観』に書かれている。

日本語には英語の『ラヴ』に相當する言葉が全く無い。『戀』とか『愛』とか云ふ字では感じがひどくちがう。" I love you "や" Je t'aime "に至つては、何としても之を日本語に譯すことが出來ない。

近代の戀愛觀 - Google ブックス

この厨川白村夏目漱石の教え子で、漱石とは恋愛観について議論を交わしていたというから、これは夏目漱石受け売りだった可能性が高い。

というわけでグルグルまわっているうちに夏目漱石に戻ってきてしまった。

夏目漱石が「I love you日本語に訳せない」と言う

→その話が厨川白村を通じてよく知られるようになる

→じゃあ日本人恋人に何て言うの?

→「いい月ですね」とか「海が静かですね」とかそういうことを言うんじゃね?

日本人は「愛しています」とは言わず「いい月ですね」と言うんだ!

→その話が朝日新聞を通じてよく知られるようになる

→なんかいろいろ混線して「夏目漱石I love youを月が綺麗ですねと訳した」という話になる

みたいな流れが朧気ながら見えてくるような見えてこないような。

いかがでしたか

追記

国立国会図書館デジタルコレクションで調べてみたところ、1908年の『明治学報』に掲載された上田敏「予の観たる欧米各国」という講演の書き起こしにこういう記述があった。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1890371/1/24

日本では「我汝を愛す」と云ふことは言へない、日本では何と云ふかと云ふと、「私アナタに惣れました」と云ふ、それでは「アイ、ラブ、ユー」と云ふことに当らない、「我汝を愛する俯仰天地に愧ず」それはどう云ふたら宜いか、(笑声起る)、所が「私はアナタに惣れました」といふことは日本語ではない、さういふ日本語は昔からないです、だから日本ではそれをパラフレーズするか、或はペリプラスチック、言廻はして、「誠にアナタはよい人だ」とか何とか云ふ工合に云ふより外言ひ方はない、「私はアナタが好です」と云ふと何だか芝居が好きだとか、御鮨が好だとか云ふやうになつて悪いです、

上田敏は高名な英文学者で「山のあなたの空遠く幸住むと人のいふ」や「秋の日のヴィオロンためいきの」などの詩訳で知られる。夏目漱石よりは年下だが、同時期に東京帝国大学で教鞭をとっていたこともあり、文学論を語り合う仲だったという。夏目漱石上田敏かいずれが先なのかはさておき、どうも「I love you日本語に訳せない」というようなことは当時の教養人のあいだで盛んに言われていたようだ。

1927年の『帝人タイムス』でもこのような記述を見つけた。

https://dl.ndl.go.jp/pid/2348792/1/6

西洋デハ人ノ表情ガ露骨デアツテ 例ヘバ恋ヲ囁クニモ 真正面カラ アイラヴユー ト斬込ムガ 日本デハ 良イお月デスネー ト言フ調子デ 後ハ眼ト素振リニ物ヲ言ハス

いまのところ「月が綺麗ですね」系統の話についてはこれが最も古いか


ツルゲーネフの『片恋』を二葉亭四迷が訳したときに「Yours」という台詞を「死んでも可いわ…」と訳した。

これが「二葉亭四迷I love youを死んでもいいわと訳した」と変形されて巷間に流布されている。

そして、これを最初に言ったのは、おそらく土岐善麿であろう。

1957年の『ことば随筆』にこう書かれている。

「アイ・ラブ・ユウ」を日本語に直訳すれば「われ、なんじを愛す」であろうが、二葉亭四迷はそれを「死んでもいいわ」と表現したことがある。ツルゲーネフの「あいびき」の中にあるのを読んで、その訳しぶりのすばらしさにおどろいた記憶がある。

この記述は、同年に高見順引用していたり、のちに金田一春彦がいくつかの著書で引用していたりしている。

たとえば金田一春彦1975年日本人言語表現』では、

土岐善麿氏によると、二葉亭四迷は、トゥルゲーネフのある小説女性の言うI love you.を訳すのにはたと困ったそうだ。何でも相愛の男女が愛を確かめあうクライマックスの場面であるが、男がI love you.と言い、女もそれに答えてI love you.と言う。男のせりふの方は「ぼくはあなたが好きだ」で簡単だ。が女の方はそうはいかない。もし、「私もあなたが好きです」とでも言ったら、それは教養のないあばずれ女ということになる。女のI love you.を日本語で何と訳すべきか、二葉亭は、二日二晩考えた末、今も名訳として伝わっている日本語を思いついた。それは「死んでもいいわ」という文句という文句だという。

といった具合だ。

2021-03-30

どなたか教えて下さい。

次のような言語があるはずなので、何語か教えて下さい

アフロアジア語族言語

名詞性別がある

・「立派なもの、役に立つもの男性名詞、小さいもの・役立たないもの女性名詞」になる。

・そのため、「女のおっぱい」は大きいし赤ちゃんに乳を与える役割があるから男性名詞、逆に「男のおっぱい」は小さいし特に役割もないか女性名詞になる(笑)

岩波新書日本語」(金田一春彦・著)の下巻「文法から見た日本語」の項目に載ってるはず

2018-07-09

anond:20180709111128

そう言われるとそんな気もしてくるな

金田一春彦言葉は生き物」

伝わればいいか

2015-09-24

味わい深い回文世界

すいすいすいようび~のちゃんねえがやってる回文が実に味わい深い。

行きの意味はまぁ分かるにしろ

と、言うかまぁ、まっとうな題としての日本語だと思うのだが

折り返しの文の日本語をまったく無視した、意味不明度、読めない度は特筆すべきである

調べてみると、WEB上で回文ジェネレーターなるものは多々あり、

簡単に作れることは、ご存じの方も多いことだろう。

私が推測するに、ジェネレーターを通していない、手作り感が特に味わい深い。

なぜかというと、たまに間違えてたりするからだ。

読者はただ読むだけではなく、

その味わい深い回文を一文字文字読み解き、

一度は、おそらくはひらがなで書き起こしているとみられる、

それから読み返してみて、

回文を味わっていることは容易に想像ができる。

折り返しの文をどう読むか、まるでパズルを解くかのようだ。

しかし、パズルと言えども正解は既に出ている。

なかなか趣がある。

折り返しの文には全くの意味が無い。

読み解いたおのおのが、なんとなく、自分との人生に向き合ったとき

かすかに自分人生に、かすったぽい単語勝手解釈意味を深めているのである

その一行に幻を見るのである

意味が通ってそうなときもあり、

実はほとんど通ってなかったりと。

その回文の奇妙きてれつさは、

日本語母国語とする私たちからしても

「そんな字面ねーよ!」

「どー読むんだよ!」

非難うごであるが、

からしてみたら、もっとやれゴーゴーである

金田一春彦

2014-04-23

昔の日本語の発音は違っていたというのは知っていたが、動画でその復元音声を聞いてみるとまた印象が違う。

ほとんど何を入っているのかわからない。古文法(かつ文語)というのもあるかもしれないが、おそらく話し言葉でもわからないだろう。

今話している日本語もきっと数百年後には不思議な発音法に聞こえるのだろう。

そう考えると、今ある日常がすこしだけ貴重に思えてくる。保存する価値が有るように思える。

小沢昭一氏が「流しの芸」や「客寄せ」、「見世物」、「厄祓い」、…、そういった民俗的な放浪芸のたぐいを収集、録音したCDがある。これもまた今となってはかなり時代を感じるのだが、おそろしく臨場感がある。今はその殆どがなくなってしまったが、当時は(すくなくとも取材された地域では)保存するとか考えるまでもない身近なものだったのだろうと感じさせる。

保存するにしても日常に寄り添いすぎて誰もとっておかないようなつまらないチラシ、パッケージ、謳い文句、宣伝歌の類が意外と生々しさを感じさせるんじゃないだろうか。

そういうのを保存している物好きはどのくらいいるのだろう。公的機関ではまさか保存すまい。


追記:

聞いてみたいという人がいたので、自分が見た動画を幾つか紹介しま

古代語 From Proto-Indo-European 古代言語音声集 How Ancient Languages Sound Like - YouTube

日本語以外にもいろんな古言語が聞ける。8:01から上代日本語10:01から中古日本語(これは多分↓の動画と同じもの

朗読 源氏物語(Tale of Genji) 若紫1 平安朝日本語復元による試み - YouTube

金田一春彦指導平安時代の発音復元。多分ブコメで触れられているものゆっくりに感じるけどどうなんだろう。

100年前の日本人の声 - Japanese voice 100 years ago - - YouTube

100年前の録音音声。これも多分ブコメで触れられているもの。このへんだと普通にわかる。少し落語っぽいから落語にそのまま継承されているのかも。

 
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