■学長くんガチョーン. Dr.ハインリッヒさん
iU超客員教授の漫才師。双子の女性でありながら、双子色も女性色も出さず、ファンタジックかつ奇怪な世界観で表現する。漫才師ではあるがぼくはこの2人は言葉やスタイルなど、その枠を超えるアーティストだと見ていて、そのエキスをiUに振りまいてもらいたいと思いました。必ず「絵」が浮かぶネタの成り立ち、否定しないツッコミなど聞きたいこと山盛り。まずは第一回として。
◆なぜ芸人に
幸:子どもの頃から好きだった。京都で育って、テレビでダウンタウンさんなどお笑いを見ていて。小学校後半くらいから芸人になろうとおもっていた。
彩:明るみには出していなかったが、やりたいなあ、と。
幸:心の中で。
◆双子
彩:双子だけど双子のネタはしていない。
幸:兄弟である、双子であることを使ったネタは1本もない。シンプルに思いつかない。双子である、家族であることを生かしたネタが。あんまりそこを面白いと思っていない。
彩:他の人がやっていたら面白くてみるが、二人でそれをやって別に面白いと思わない。
幸:メリットは面白いと思っているニュアンスが完全に伝わりやすい。細かいことが何をゆわんとしているかすぐわかってくれる。デメリットは声。どっちが何を言っているかメリハリが付けにくい。落語みたいと言われたり。一人で喋っているみたい、と。
彩:メリットは同時にデメリットでもある。分かりすぎる。幸さんがネタをつくるが、フレーズを聞かされて面白いからそれをやろう、と二人の間でしか伝わってないときもある。二人で面白いと思っているだけで。
◆こだわり
幸:双子感を出そうとも思ってないので、お互いに好きな髪型を。
彩:同じ格好で出てきたら、お客さんが双子ネタをするんだとお客さんが思うので分けている。(知っている人はわかるとおもうが)あのネタが急に始まるので、びっくりされるので。
幸:最初からちょっと離している。
◆目標?
幸:目標としている人はいない。自分たちのやりたい働き方のモデルになるような人はいない。
彩:独自の道を歩いています。
◆成功?
彩:あんまり成功がない。いわゆる結果というものが出ていない。賞レースなど。
◆ネタ作り
幸:映像から入っている。フレーズから入る、も同時にある。例えば「羽衣を纏いて斜め上に飛びたい」はフレーズから。「トンネルを抜けると、めっちゃデブの鰯がチャーハン食べてた」はフレーズと画が同時。
◆好きな絵
幸:「魚のまわりで」というパウル・クレーの絵がある。真ん中に魚の絵があって、魚の周りにクリップとか訳のわからないのもの絵が描いてある。そういうのを見るのが好きで、子どもの頃から絵を見て笑っていた。有名なところで言うとダリとか。大体溶けている。オーケストラの楽器とかが溶けているのを「ええやん」とおもって見ていた。
ルールがあまりない。絵描きの人によってはあるのかもしれないが。なんでこれがこうしてあるのか、荒唐無稽な感じやぱっと見支離滅裂であるが、なにか秩序があるんだろうな、というのが好き。
ネタでも、好きなことを勝手に言っているだけだと言われることがあるが、そうでもない。好きなことを勝手に言っているというより、自分の中で流れや秩序や伏線がある。何でもかんでも言えばいいということではない、とおもっている。
◆言葉
幸:ファーストインスピレーションの言葉が一番面白い。もっと面白いものがあるのではないかとこねくり回すこともあるが、やはり一番最初にポンと来た言葉が一番面白い。
◆ええやん
彩:本当にええやん。とちょっとおもっている。例えば「トンネルを抜けると」でいうと、「めっちゃデブの鰯がチャーハン食べてた」といわれて、「そんなありえへんやろ」といってしまうとそこで話が終わってしまうので、導入は受け止めて、次に「どれくらいのデブ?」と聞くのですが、この人が言うことには全部ついていくスタンスです、というのを最初にやっておかないと、もうこの漫才は聞けないよ、という感じ。
◆たまにちゃうで
彩:面白いポイントだとおもってやっている。
幸:面白いポイント且つここまでは理解できるけど、そこからはちゃうで、がなんかある。
彩:急に突き放すやつ、ちょいちょいある。この道はいいけどその道はちゃうで、というのがある。
◆終わり方
幸:時が来たから終わらせている。勘違いしている人が多いが、漫才は落語と違うので最後は落とさなくていい。本当は。NSCでは作家の先生に「落語ちゃうんやからうまいこと言うな」と怒られる。
彩:NSCに入って漫才を作る人は結構こだわったりするが、そんなにこだわらなくていい。
幸:漫才番組やM-1を見ているお客さんは上手いことを言うと勝ちで上手なんだと思っているところもあるが、本来の漫才としては時が来たら切る、というのはやってもいいこと。
彩:話は終わらせないといけない。
幸:起承転結がきたら。急にバーンと終わるのはいけないけど。
彩:我々のネタには急にバーンと終わるのもあるが。
幸さんの中で、台本書いても、途中?というのが結構多い。一人で全部つくるわけではない。途中まで書いてあって、どうやって終わらすか喋りながら考える。
幸:終わらす部分を彩さんに相談する。自分の中では終わりにこだわりがないことが多い。
彩:(幸さんは)終わりに興味がない。
幸:「伏線を回収しない物語があるのです」はこれが強すぎる言葉なので、最初から決まっていましたが、例えば「トンネルを抜けると」のネタは最後「メビウス」で終わっているが、別になんでもいい。ぐるぐる同じことを言っていているから「メビウス」という言葉があるなあとおもってそれにした。
彩:急に終わるところも楽しんでほしい。
幸:「メビウスやからもうええわ」何がええんや!ともおもってほしい。
彩:本当はもうええわけない。
◆学校
幸:小中高は正直しんどい場所だった。
彩:学校をあまり楽しめていない子だった。上になるほど自由になるから楽になっていったが。京都市内の小学校に通っていたが、3年の途中から亀岡に移った。そっちの方がしんどかった。
幸:亀岡はノリの合わない街だった。京都市内にいたときの方が面白いことがあった。亀岡はツルッとした街だった。
彩:中学校から吹奏楽部でホルンを吹いていた。それだけ楽しかった。部活は楽しんでいた。学校の感じは楽しくなかった。そしてホルンで音大へ行った。大学は幸さんのほうが楽しそうだった。
幸:京都の大谷大学。小中高までにくらべたら気が楽だった。授業も自分で選べる。図書館に結構行ったりしていた。勉強をちゃんとしていた。
大学生、遊びたい人が多いと思うから、遊んだらいいとおもうが、興味があることは勉強したほうがいい。
専門の先生がいたわけではないが、ジェンダー論やフェミニズムに対する興味があり、大学の図書館で、独学で学んだ。高校くらいまではそのような授業はない。自分の興味があることを独学しようと思えば、図書館もあり、大学は特に充実した場所。
彩:(幸さんは)文学部。別に社会学としてフェミニズムを専門的にやっている大学ではなかった。
幸:ライトな授業はあったが、より深く知るには独学。それを大学は自由にできる場所とおもっていた。
大学で学んだことは今に生きている。ジェンダー論だけでなく、大谷大学だから宗教学・仏教学・キリスト教概説・西洋哲学の授業も充実していた。
彩:(幸さんに)哲学の授業が面白いと教えてもらっていた。
幸:そのあたりに入った知識は今でも血に流れている。
学生さんは大学へ高い学費を払って入っているから、知識を利用したらいい。
彩:本を探すことは大人になってから探すのは大変。大学の図書館にある。触っておいたほうがいい本がいっぱいある。
幸:脳みそも今が1番やわらかい。
◆野望
幸:宇宙規模で人々が幸せになる、とりわけ女性が幸せになるような流れをつくるお手伝いができたら。
彩:漫才をしながらそういうエネルギーを出して、みなさんにそういうエネルギーを流し、地球の波動を上げていきたい。人間の波動が上がると地球の波動があがる。風の時代ということで。
◆キミたちへのメッセージ
彩:やりたいことをやって生きてほしい。やってしまった後悔より、やらなかった後悔の方が人生で打撃だともっと年上の人が言っていた。死に際に思うらしい。無理かもとおもうようなことも絶対目指してやったほうがいい。それになれなくても、目指した時間は無駄ではない。これはきいてくる。やりたいことやってくださいとしかいいようがない。
幸:よく寝て。40でつくづく思うが、睡眠めちゃくちゃ大事。睡眠を入れないと脳に知識も入っていかない。寝ていないと考え方がネガティブな方に転がっていく。ポジティブな波動や人間として善良であることの1番の要は睡眠。
彩:若い人に寝ろと言っている。寝なくても元気に生きていける世代じゃないか。
幸:だからこそ寝て。寝たほうが寿命も長くなる。正しい判断もできる。時には間違うこともあるとおもうが、それもいいこと。
彩:間違っていい。間違ったところで死なない。
幸:あんまり触れてないことに触れて。手っ取り早く触れたかったらペガサスのウィキペディアとか読んで。ペガサスのウィキペディアとても面白い。まず、「ペーガソス」から始まるので、ぜひご覧ください。
★後記
インタビュー後、なんばグランド花月や浅草公会堂で単独ライブ「原液、形而上学」(漫才のタイトルちゃうね)を開かれたのですが、満席で。芸人としてブレイクされています。何より。京都国際映画祭「学長くん寄席」@祇園花月にもご出演いただきました。今後もiUとおつきあいいただければうれしいです。