■Buenos ワケあって。
ワケあって永田町に住んでいます。
同じマンションには、ハマコーさんや、カメイシズカさんや、その手合いが、住んでるんだか、事務所があるんだかで、選挙や内閣改造の時には、茶封筒を小脇に抱えたチョビ髭のじいさんやら、政治記者風のサングラスやらがとぐろを巻いていて、実にポップでない。
別段、政治に近づこうとしているワケではありません。
10年ほど前に役人を辞めて官舎を追い出された際、あるツテで、そこの空き部屋が使えることになり、まぁギャグ精神でもって潜り込んだんです。
人の住むとこじゃねえな。
でも、セキュリティは高いですよ。
国会と首相官邸がすぐそばで、おまわりさん率がやたら高いし。
ワケあって役人になりました。
もう25年前のことです。
パンクだったのに、ある晩、音楽に挫折しまして。
才能がない!と痛烈に気がついたわけです。
そこで、官僚という国家の手先に転じたのです。
それがまた10年ほど前に、国を飛び出して、アメリカに渡り、また帰国してぼやぼやしています。
シリメツレツ。
と、周りからは罵られたりします。
しかし、本人はいたって一直線で、むかしっからちーっとも変わっていない気がしています。
ワケあって蝶ネクタイです。
ばりばり役所の出世街道を走っていたころです。
政府の予算を説明するため、
官房長(えらい)のカバン持ちで自民党本部を訪れました。
そのとき会った、初対面の方に、
「キミは蝶ネクタイが似合いそうだ。
これからずっと蝶ネクタイでいたまえ。」
と言われました。
いたまえ。
板前、に聞こえました。
ワケわかんないオヤジ。
ポップやのー。
とか思ってたら、官房長(えらい)が、
「はい、そうさせます。」
と答えてしまったので、
それからあわてて蝶ネクタイを買いに行き、
以来ずっと言いつけを守っています。
その谷さんという官房長は
後に人事院総裁になり、
時の政権と対立して有名になりました。
自民党で初めて会ったひとは、
名前を小渕恵三といいました。
(少年タケシ それでもポップか! 改訂)