2020.11.30 Mon
スターバックスドラえもんシーズン2
大方の感想は、ここで宇多丸師匠が1で語られていたこと通りのことが、2でも起きているという状況ですね。
そんな感じで、今日はスターバックスドラえもんシーズン2ですね。うそです。スタンドバイミードラえもん2です。
全体的な感想を言うのであれば、感動を無理やりさせようとして中身が如何にもなペラッペラ映画になっちゃった。あと、気持ち悪い(・ω・)ってのが、総評。
姉と一緒に二回目の鬼滅の刃と一緒に見てきました。
とりあえず、この動画で語っている宇多丸師匠の語る理由で泣けなかったし、感動も無かったなー。そもそも、のび太が嫌い。美化しすぎな話が受け入れられないんですよねー。のび太、しずかの親父が言うほど良い性格してるどころか屑だし。
柴田理恵なら泣いてそう。
ってか、この話を見て思うんだけど、よく、のび太ってジャイアンとスネ夫と疎遠にならなかったよね。ってなるし、あんだけ屑なことして、なんで、こんな仲良くなってるの?とか思ったり。
ついでに、しずかのおやじ、のび太を美化しすぎやろ!と。毎回、思うのよ。あいつ、日常は屑の極みですよ。っか、のび太って基本の性格、屑だぞ?映画は主人公補正でいいやつになるだけ!!日常の9割は屑!だから友達は、金持ちの屑と、力持ちの屑しか寄ってこないの!!!
いや、あいつ、そんないい奴じゃないですよ?しずかのお父さん、だまされないでー!!!!!!
ってなるしでさ。
本当に、のび太の結婚前夜って、テレビで放映されていたのを見るたびに、この、のび太の過大評価が個人的にスッゲー違和感が強いのよ。
それで、あの、ほら、、まだドラえもんで感動できる要素である、ばあちゃんの要素まで入れれば、そりゃ、感動させる映画にすることもできるだろうよ。って思うけど、でも、ここってアニメでさんざん映像化された感動どころだからさ、それを繋ぎ合わせて一本のレールにして補強すれば、そりゃー……そりゃ、こんな風にしたら泣いたりする人はいるだろうけど、自分のように、のび太は屑って思っている人間だったり、重度のファンからすると絶対に泣けないよ。
ってなって、如何にも邦画の悪いところとして「ほら、泣けよ!」みたいな演出あるでしょ?それが、露骨なんですよねwいや、この手の監督の性格って、ほとんどそうなのよ。感動系をとるから、もう、絶対に-!って感じで、感動ポルノにしちゃうでしょ?そういうことなのよ。
んで、さらに、私、のび太って名前がDQNネームだと思ってるから、この名前を付けたのび太の両親ってDQNじゃね?とか、のび太の母親の行動が、のび太を屑にしている要因ではないか?とか考えちゃうから、もうね。
最終的に、泣かせたいポイントに手を加えすぎて感動ポルノだよねって感じにしちゃう。
のび太の恐竜のリメイクで、のび太が顔芸するシーンで、私、大笑いしたんだけどさ。あれですよ。言ってしまえばw感動させようってポイントで、ああいうのが何度も何度も続くから、萎えるよね。
私、ドラえもん嫌いだけど、そういう部分も、ドラえもんって作品をなめているんじゃなかろうか?ってなるわ。「ドラ泣き」って感じのキャッチコピーも、割と、あれ邦画の良くない癖だよね。割と真面目に。
柴田理恵なら泣いてそうだけどね。(二回目
そういう要素を入れたから、もう真面目に見る気力も失せちゃったんですよね。
柴田理恵なら泣いていそうだけどね。(三回目
だから、鬼滅の刃って、そういうのないから面白かったんだろうなーとは思うのよ。
ついでに言うと、日本の、この手の如何にもなさ、日本の大作系フルCGアニメってなんでピクサーコンプレックス全開な絵面なんだろ(=ω=)
それでいて、こぎれいな話でもやれば、日本はピクサーを超えた!って思いこんでそうな部分、あるよね。
ってか、こぎれいな話をやることによって日本の漫画の面白さを表現しようとしているんだろうけど、ドラえもんって映画が、そういう表現が多くて、主人公補正的な話が多いだけで基本、屑が暴走してドラえもんが復讐に手を貸して、屑が更に、屑になる話だし、基本、ドラえもんって、そんな話ですよw
だから、まじめに、なんで静かってのび太を好きになったの?って考えていたら、なんか、もう、ね。ばあちゃんか、いや、しずかか。なんかが、のび太のことを「そのままでいい。」とはいうけど、いや、あいつの性格を知っていたら、それはそれで問題やろ・……ってなったりする。
大人になって自己肯定感を出せないのは解るけどさ。そりゃ、余計に自分の嫌なところを見るから肯定感が持てないのび太の気持ちもわかるけどさ、でも、お前ほど、恵まれた環境もねーよ!って私にとっては思うので、なんかね。あいつ、ああいうのが許されるんだったら、それはそれで、なんか、屑と言うかなんというか。
ってか、なんやかんやで、ね。
あんなに恵まれた環境の中なのに、相談しにくい親とか、私のような環境じゃないのに、「僕はだめだー!」みたいなことをいって脱走してさ。
最終的には、変わらないまま終わる。
ってのもどうなのよ。
自分を変えたらアイデンティティが崩壊するとか、そういう環境でもないのよ。ジャイアン、スネ夫、出木杉と、スッゲー仲が良い感じだし、しずかって嫁もいるのに、それで変わっていこうとか、そういうあれではなく、いつもののび太のまま甘やかされたまま幸せな人生を送ります。
無理やりばあちゃんの話につなげて感動させようとした結果が、余計に、のび太を屑にしたのが、今回のドラえもんで、これじゃぁ、受けねぇよ。って思うわ。
マリッジブルーになって結婚式当日に嫁を放置した、のび太をよく、しずかは待っていられたな!!って思うわ、もう、あのラストを見るとさ。。
男なんだから。ってのは言わないけど、せめて、愛する人が自分を受け入れてくれたんだから、それにこたえようとしてくぁれなくても、なんとか頑張ろうとするのが人間ではなかろうか?って思って。
なんか、だめな映画だなーって思った。
大体、ジャイアンの暴力描写もどうなん?回り、止めないじゃない?大体、プリキュアやら、スーパー戦隊シリーズやら、仮面ライダーやら、ウルトラマンになると悪いことをしている奴に対する抑止としての彼らなんだけど、ドラえもんの世界って、大人すら、そういうことしないでしょ。杏だけ、やばいカツアゲやら、暴力案件を起こしておいて大人が何もしない。って、そういう世界からして、ドラえもんっておかしいだろ。って思うから。あのセリフ、かっこいいかなんかだと思って入れたら、単なる屑ですよ。あの、凄いカッコよく見えるけど言っていること屑って言う。
少なくとも、上記の作品はさ、作中で悪いことをしているガキがいたら、「お前、そういうのやめい。」って言うシーンは実際にあるからさ、だから、私は、子供が出来たらドラえもんは見せたくない。って思うわけよ。
なんか、スッゲーむかついた。
なんかね。
姉ちゃんと一緒に「えぇぇぇ……」ってなったしw
結局、のび太の子供のころにやったアホな独り相撲を大人になってもやってるって、どうなの?って。そういう感情の制御くらい、もう、こういう風になるんだからさ、なんか、ずるいよね。
結局、主人公だから、あんないい嫁さんがもらえた。って部分しか見えないよ。
大体、のび太が、ああいうしずかの親父が言っていたような性格なら……日常的に描かないと説得力がないわけで、劇場版くらいでしょ?そういうなんか、補正的な性格になるのって、要は、ジャイアンと同じだよね。だから、クソなんだよ。
そこは、作者のミスでもあるんだよね。
結局、それによって、しずかが、のび太、ひいては男にとって都合のいい女のシンボルとしてしか描かれていないのが甚だ不快でしたね。
夏目漱石が「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」って言うのはマイトガインで、あのパープルでさえも使っていた言葉ですけど、正に、今回ののび太って、これそのもので……精神的な成長や、そういうものを放棄しているんですよ。結局、こいつはドラえもんって言う装置があったからこそこうなったって言うことに対してはね、色々とあれよね。結局、屑でも、良いの?ってなるし、安易に、こういう男でも愛があれば、こういう環境であれば結婚していい。ってメッセージは、下手に虐待とか、家庭の不満を生む兆しになることすら無視しているのではないか?って思う。
だって、結婚式で逃げ出せば、どうせ、今度は育児で逃げ出すでしょうよ。それをしても、またしずかは、都合の良い女として、のび太を甘やかす女でいるのか?って思うと、本当に不快になるもん。野比家、不安でしかねーわ。
その狡さが、最終的に不快になるほどの靄っとした映画だった。

いや、でもさ、なんで、私、これが受け入れられないのか考えたんだけどさ。大体、この自己肯定感を成長と相まって描いた名作ドラマがあるんだけど。
それが、濱田龍臣君主演のウルトラマンジードってドラマなんですけどね?
あれこそ、悪のウルトラマンの子供として生まれながらも、自分は自分でいていい。って言うのを描いた悪のウルトラマンのクローンである朝倉リクは、自分のままでいていい。それでいて、皆を助けられるような存在になるための正義のヒーローとして成長する物語なんですよね。
それでも、世間からの誹謗中傷がある中でさ。
彼はウルトラマンとして人のために戦うのよ。
時に暴走しながら、時に己の正体に葛藤しながら、それでも、最終的にはウルトラマンキングに認められ、そして、劇場版では一人の戦士としての成長を完全に認められ、朝倉リクは、そのアイデンティティを保ったまま、ヒーローとして彼は、今の地位を築いているわけでございますよ。
だから、スタンドバイミードラえもん2は、なんか、本当に、あれなんで、ウルトラマンジードを見るほうが良いです。

後、個人的に見ていて思ったんだけどさ。
日本のCG主体のアニメって、大体、最近だとフルCGで言えばULTRAMANだってそうだし、攻殻機動隊もそうだし。最近で言えば、D4DJとか、バンドりとか、凄いでしょ?あのCGでありながら二次元に見えても違和感のない構図と言うかさ。
こっち方面でカッコよかったり、面白かったりで凄いのが出来てるんだから、わざわざ、日本でピクサーをまねたような「嫉妬してますー!!」みたいなコンプレックス全開のアニメを作らなくてよくね?って思うことがある(=ω=)
そう思うのは自分がオタクだからなんだろうけど。
でも、なんか、日本は、もう、こういう味のある3D映画って、あるわけですよ。なのに、わざわざ、ああいうピクサーコンプレックス全開の絵柄でやる意味って何なの?むしろ、私、あれを海外に出したら恥ずかしいと思わないの?とすら思うし、逆にULTRAMAN、根と振りで、凄い反響があって、むしろ、結構な評価を受けたのに、ドラえもんに関してギャーギャーなるって、なんかね。日本人が、如何に、あの普段、アニメを見ない層が、どれだけ、この手のアニメをBAKAにしているのかよくわかるね。
んで、正直、私、あの無理やりピクサーコンプレックス全開のドラえもんのキャラ達が気持ち悪すぎて、如何にも感動的なシーンで泣けって言われても「うわ、気持ちわるwww」って思わず言っちゃって、一度、視線が、全部、こっちに向きました(=ω=)
いやだって、こんなアニメにそそぐならULTRAMANとか、そういう方面のアニメに、金、注いでくれよ。って思うわ。他のアニメーター、助けてやれや。ってなるわ。
と、言うことで……
見に行きたい人は、宇多丸師匠の動画を見てから、見に行きましょう。でも、スターバックスドラえもんシーズン2は柴田理恵なら泣いてそうですよね。
柴田理恵なら泣いているなら、問題はないと思います。山崎貴のような感動ポルノ監督が日本のCGアニメの第一人者的な部分はあるけど、私、やっぱり、ULTRAMANとか、この手の先人たちが作り上げた本来、アニメメインの監督たちが蔑ろにされる現状って言うのは、如何に日本がエンターテインメント業界として遅れているのか、その部分も垣間見えると思いました。
ついでに、二回目の鬼滅の刃の映画は文句なく泣きました(・ω・)ってか、鬼滅の刃様のせいでスターバックスドラえもんシーズン2の内容は殆ど吹っ飛びました。すげぇな。
鬼滅の刃。
鬼滅の刃様、強いだろ(=ω=)
見比べていると、なぜ、ドラえもんは鬼滅の刃に負けたのか、それがよくわかる気がしますね。
いや、まじで。
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