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Author:人生まだまだ
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何気ない心惹かれる魅力は、派手さの中に無い

新しい年を迎えたと思ったら、すでに睦月(1月)が終わろうとしていた。ただ、空暗記の陰暦で、睦月、如月、・・などと、呼んでいて、意味を解する機会はなかったように思う。睦月と言う意味に、いろいろな仮説があり、睦び月が、『睦月』になったと言うのが一番有力しされている。睦び月とは、仲良くするとか、仲睦まじいと言う意味である。明日からは、如月となる。因みに、如月は、『衣更着きさらぎ』寒さが厳しく、重ね着をすると言う意味だそうだ。分厚く曇った灰色の空から、吹き下りて来る寒風は、ちらほら咲き始めた、紅梅、白梅の花びらを震えさせていた。陽春を迎えて咲き始める桜花は、皆の注目を浴び、開花宣言だ、桜前線が北上し始めたなど、満開情報の発表、お花見ツアーだと持て囃され、全国の桜の名所はお祭り騒ぎだ。確かに、暖かくなると、気持ちも解放感になり、戸外に出る機会も多く、その時期に咲く花は、皆に愛でられるのは理解できる。しかし、春一番、寒風に晒されて咲く梅花は、忍耐強く、健気なさを感じさせる花で、派手な桜に比べ、地味な花だが、私は好きだ。人も、あまり目立たず、お淑やかで、物静かで、教養を表にひけらさず、秘めている人は、魅力がある。

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同じものでも、価値観の違いで、答えがいくつもある。

まだ、町は静かに眠っていた。東雲(しののめ)時、辺りが薄明るさを増した頃、東の空が、明けに染まり始め、送電線の二本の鉄塔の間から、朝日が昇り始めていた。鉄塔の高さは、同じ規格だろうが、本来手前が高く、当然、先が低く見えると思うのだが、先の方が高く見えた。地形の関係だと分かっているが、何でそんなことに興味を持ったかと言うと、子供の頃、鉄一貫目と、綿一貫目では、どちらが重たい、大きな時計と、小さな時計では、どちらが速く進むかなどと言う、トンチな遊びがあった。当然、答えは、同じだろうと答えるのが普通だったが、ある年上の子が、綿が重い、大きな時計の方が速いと言った。その時は、皆な、あいつは、馬鹿だ、なんて言っていたが、その子の言い分では、綿を一貫目集めるのは大変だから、小さな時計は、組み立てるのに、沢山の手間が掛かるからだと言うのだ。今から思えば、価値観の違い、その子との洞察力の違いだったと気づくことが出来る。その当時、新聞配達のアルバイトをした。ひと月300円位になった。その稼いだ300円と、お年玉で貰った300円は、おなじ300円であっても、確かに、価値観が違っていた。

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強い北風が、一段と身に染みる。

部屋の中は、ぬくぬくして、シンビジューム、シクラメン、セントポーリア、カランコエが満開に咲き、春爛漫と表現出来そうだったが、一歩ドアをあけて、外へ踏み出すと、思わず、身を縮めてしまうくらいの寒さ、このギャップが命取りだと、報道していたが、毎朝の事なので、慣れてしまった。東屋のベンチに腰掛けたかったが、凍り付いた地面から伝わってきた冷たさを温存していて、座った途端、尻が凍ってひび割れしそうだった経験から避けた。ここの東屋は、日の出スポットの一つで、総合公園で、最後に見られる日の出である。黒く影を落とした丘陵の上、雲をかき分けるようにして、陽が昇って来た。目の前に暗く沈んでいた谷津田の中にも朝が届いた。暫くすると、東屋のトタン屋根に陽射しが当たると、張り付いていた霜が溶けだし、ポタリ、ポタリと、しずくになって落ち始めた。陽射しの当たったベンチは、直ぐに暖かくならないので、東屋を後にして、また歩き始めた。

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地球の出来た初めから変わらぬリズム、日の出が好きだ。

丘の上に立ち、襟巻を顎が隠れるまで引き上げ、寒風を少しでも避けようと、背を丸めながら、鼻水をすすり、日の出を待った。丘陵の黒く影を残す稜線の向こう、低く垂れこめた雲の上部が明るくなった。数分ごとに明るさを増し、突然、雲の一角が小爆発を起こし、太陽が顔を出した。日の出を迎えると、私の立っている丘は、スポットライトが当てられたように浮かび上がった。丘陵の稜線に漂っていた雲は、綿飴が溶ける様に消えて行き、朝を迎えた、鳥たちの賑やかな喜びの歌は、静寂の世界を破った。日の出まで、待つ間の寒さに震えていた体にとって、降り注ぐ暖かい陽射しは、今一番のご馳走だった。こうして、今日の一日は、ここから始まった。新鮮な気持ちを頂き、一気に丘をくだり、足取りも軽く、帰り道を辿って行った。

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暖かい陽射しの中、鳥の声を聞きながら

真っ青な空から降り注ぐ、暖かい陽射しを、たっぷりと体に浴びながら、山の斜面の道をゆっくりと下って行くと、頭上で、ピピ、ピィーイ、ピピ、ピィーイと鳴く声が聞えた。見上げると、杉の木のテッペンで『カワラヒワ』が、天下を取ったように鳴いていた。さらに道を下って来ると、今度は、チィ、チィ、チィと鳴く声がした。鳴き声で、すぐに『メジロ』だと分かった。忍び足で、鳴き声のする方へ近づいてゆくと、ハゼの実を啄んでいる姿を見つけた。せっかちなメジロは、上の枝に止まったかと思うと、下の枝に飛んだりして、ジッとしていない。暫くカメラのファインダーを覗きながら、その動きを追ったが、中々ピントが合わない。少し気持ちが、じれて来た時だった。その姿がピントにあった。間髪入れず、シャッターを切った。水仙が、お日様に向かって顔をそろえ、日向ぼっこをしていた。皆同じ顔をしているので、呼び名が分からなかったが、仲間に入れてくれと頼んでみた。

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突然、みぞれが降り出す、寒い朝になった。

冷たい風に、顔を突っ張らせ、両手をポケットに突っ込みながら歩いていると、どんより曇った空から、突然、みぞれが降り始めた。サラサラ、サラサラ、歩いて行く周りの枯れ草や、ものに当たる音が響き渡った。帽子のひさしに当たり、顔に跳ねて来る。ダウンジャケットの縫い目に白い粒が溜まる。凍っているように見える空に、送電線の鉄塔が、アイスピックを突き立てた様に立ち並ぶ、丘陵に向かって速足で歩いた。そして、常緑樹の繁る林の中に、逃げ込んだ。みぞれが小雨に変わり、10分ほどで止んだ。頭上で、ジィ-、ジィ-と、コゲラが鳴いた。足を止め、椎の木の葉陰を通して、目を凝らして鳴き声のする方角を探っていると、今度は、コン、コン、コンと音がしてきた。おっ、クヌギの枝に抱き付き、嘴でドラミングをしているコゲラの姿を見つけた。コゲラは、つがいの絆が強く、片方の鳥が死ぬまで続くほど、夫婦仲が良い鳥だ。出来る者なら、見習いたいものだが、人間は複雑だ。底冷えのする朝になった。早々に引き上げ帰宅した。

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自然を泣かす人間は、そのうち自然に泣かされる。

ヒューヒューと泣いているのは誰、雲に押されて、吹き下りて来た北風さん、いや、いや違うだろう。ヒューヒューと、泣いているのは誰、冷たい北風に吹かれて、寒い寒いと首を振っている葦たち、いや、いや違うだろう。ヒィーヨ、ヒィーヨと鳴いているのは誰、親とはぐれたヒヨドリが、枯草の中を跳ねまわり、お母さん、お母さんと、呼んでいる鳴き声だろう。いや、いや違うだろう。ポタ、ポタ、ポタと、涙を落とす音が聞えて来るのは誰、土手から湧き落ちる清水の音、いや、いや違うだろう。ウワァー、ウワァーと大声で泣いているのは誰、竹林、クヌギ林、杉林の上を通り過ぎていく風の叫び声、いや、いや違うだろう。そう、私は知っている。泣いているのは、開発という怪物に、木は切られ、丘は崩され、けもの道は寸断され、水脈は切られた。大地はコンクリートを張られ息が出来ないと泣き、木々はいつ切られるか怯えて泣き、そこに棲む動物たちは行き場を失って泣き、そんな情景を見ていると、私まで泣きたくなってしまう

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白梅と紅梅の違いでショック

総合公園の梅林では、冷たい風に震えながらも、春の到来を待ちかねた様に、白梅がちらほらと開花し始めていた。今朝、梅林を通り過ぎる時、白梅を追いかける様にして、紅梅が咲き始めているのを見つけて足を止めた。来月には、紅白の梅花で、梅林は彩られる事だろう。そんなことを思い浮かべながら、一つの疑問がわいた。外見から見ると同じ木に見えるのだが、何で、紅梅、白梅に分かれて咲くのだろうと。今まで、ただ梅花には、白梅と紅梅があると、観念的に知っていただけであった。帰宅して、梅花をネットで調べて、驚いた。紅梅か、白梅かは、咲いた花の色ではなくて、木の幹を切った断面の色によって決められると言う事を、今日の今日まで知らなかったことにショックを受けた。果たして、このことを知っている人は、何人くらいいるのだろうか、ひょっとして、私だけだったら、更にショックだ。もう少し調べてみると、朝の食卓に定番で顔を出す、『梅干し』はすべて、実の大きい白梅から作られていて、実の小さい紅梅は、酸味や苦味が強いので、食用に向かないそうだ。ちなみに、梅の収穫量が一番多いのは、和歌山県で、全国の収穫量の64%を占めているそうだ。明日、あらためて梅の木を見てみよう。

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夜から朝へ続くトンネルを抜けて

丘陵の陰にスッポリ嵌った、谷津田の淵を歩いて行く。まだ谷の中は薄暗く、上空に見える青空から届く僅かな明かりを頼りに、田圃に足がはまらないように、一歩ずつしっかり地を踏む足取りで歩いて行く。チッ、チッと鳴く声がする。姿は確認できないが、『アオジ』だ。進む足取りの先へ先へと鳴き声が移って行く。まるで道案内をしてくれているように感じた。丘陵の稜線から陽射しが漏れた。谷津田を抜け出す頃には、太陽が顔を出すだろう。案の定、谷津田を抜け出ると、目の前に広々とした田んぼが広がり、遠く焼却場の二本の煙突が見える上空に、明るく眩しい太陽が姿を現していた。一点の曇りのない大空が、朝焼けに染まり、大きな朝がやって来た。お日様に手を合わせ、一日の平穏を祈った。寒さのため、鼻水が垂れそうになり、子供の頃に良くやった、袖で拭った。これでは、ご利益は半減してしまいそうだ。苦笑しながら、さらに、体のバランスを取りながら、太陽の放つ陽射しの輪の中に向かって歩き出した。

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路傍の花に、かすかな春を感じる朝

日の出前の一番冷え込む時、まだ、通勤ラッシュの乗用車の出番はなかった。ライトを照らしながら、定期便の大型トラックが、我が物顔に国道を飛ばして来る。すれ違いざまの車が発する風で、体が引き込まれそうになる。一歩身を引きながら、国道を下って行くと、丁度、丘陵の頂きから昇る日の出を迎えた。朝早くから笑顔を見せていた『日本水仙』が、朝の挨拶をくれた。寒さの影響か、香りは無かった。スイセンと言う名前は、中国での呼び名の水仙を、日本で音読みにしたようだ。中国で、仙人は、天にある天仙、地にある地仙、水にある水仙にいると言う、中国の古典に由来するものらしい。日本の三大水仙の群生地の一つが、千葉県にあった。淡路島、越前海岸、そして、南房総の鋸南町の三カ所だった。春の訪れを告げる花として、梅花と共に、陽だまりで咲く水仙も名乗りを上げた。枯草の中に、赤い実を見つけた。サルトリイバラの実だった。雨の降らない日々が続くため、すっかり干からびてしまっていた。

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