はてなキーワード: 公明とは
石破内閣で辺野古(キャンプ・シュワブ)周辺での海難事故を想定した場合、国土交通大臣が公明党員であることが問題解決を遅らせる原因になる懸念があります。
公明党の「親中派」としての側面が、辺野古での事故対応、特に米軍が関与する海難事故においてどのように作用するかという点は、安全保障と外交のジレンマを読み解く上で非常に重要です。
公明党は伝統的に中国との独自のパイプを重視する「知中派・親中派」の議員を多く抱えており、これが米軍基地問題と交差した際、対応に特有の「色」が生まれます。
通常、辺野古で事故が起きた際、自民党は日米同盟への悪影響を最小限にするため、米軍側の説明を早期に受け入れる傾向があります。しかし、公明党の親中派的背景を持つ議員は、以下のような動機から異なるアプローチを取ることがあります。
親中派議員の論理では、日本が過度に米国の意向にのみ従うことは、地域(アジア)の安定を損なうと考えます。そのため、米軍の過失による事故に対しては、「日本の主権(海保による立ち入り調査など)」をより強く主張し、米側に厳しい再発防止策を求める姿勢を見せることで、バランスを取ろうとします。
「中国とも話せるが、米国の不備にも毅然と言える」という姿勢を示すことは、公明党が単なる自民党の補完勢力ではなく、独自の平和外交哲学(中道主義)を持っていることを支持者にアピールする機会となります。
ここが最も複雑な点ですが、親中派議員は「辺野古での不手際が中国を刺激、あるいは利することを防ぐ」という視点も持っています。
辺野古で大規模な海難事故が起き、日本政府の対応が後手に回れば、中国側から「日米同盟の機能不全」や「沖縄の民意無視」として宣伝材料に使われる恐れがあります。
親中派議員は、地域の緊張を高めないために、事故後、速やかに情報公開を行い、地元の怒りを鎮めることを優先します。これは「中国に対する隙を見せない」という、一種のリアリズムに基づいた対応です。
国交相(公明)と防衛相(自民)の間で、中国に対する認識の差が表面化する可能性があります。
| 視点 | 防衛省(自民強硬派) | 国交省(公明親中派的配慮) |
|---|---|---|
| 事故の捉え方 | 「日米同盟の抑止力を維持しつつ、早期復旧」 | 「近隣諸国へのメッセージも含め、法と対話を重視」 |
| 中国への意識 | 「中国の脅威があるから、少々の事故でも工事は止められない」 | 「不適切な対応が、中国との外交関係や地域情勢を不安定化させる」 |
石破政権特有の力学石破首相自身も「アジア版NATO」を構想するなど、多角的な安保観を持っています。公明党の親中派議員が「中国との対話の重要性」を説きつつ、辺野古での米軍の姿勢を批判した場合、石破首相はそれを「日米対等な関係構築」のための追い風として利用し、米側に対してより強い交渉に臨むシナリオも考えられます。
公明党の親中派的側面は、辺野古事故において「米軍に対する日本側のハードルを上げる」方向に働きます。これは、単なる「親中」という言葉のイメージとは異なり、日米関係を相対化し、日本独自の法執行(海保の権限行使など)を正当化するロジックとして機能する可能性が高いと言えます。
我が家の備蓄、災害対策について整理しがてら書く。身バレ防止に一部フェイクもまじえて。
食料……田畑、米は俵単位で保冷庫保存、倉庫にローリングストック多数(店が遠く来客多いので生協やコストコ等で買いだめしがちである)、鶏(毎朝卵5個ほど、可愛がっているのでつぶしたくはない)
エネルギー……太陽光発電、電気自動車、モバイルソーラーパネルとポタ電、薪数年分
衛生……風呂は主に太陽熱温水器、離れに薪風呂、トイレは合併浄化槽ゆえ管理必要、いざとなったら庭に作れるか?娘の生理用品ストックは増やした(妻は布ナプキン愛用者なのでその手段もあり。トイトレは遠い昔だが子どもたちは布オムツも併用した)。
洗剤は石鹸や重曹など、環境負荷が低く多用途のものを妻が工夫してくれている。消耗品もミツロウラップなどなるたけ使い捨てにならないものを選択。洗濯は手洗いは厳しいか?太陽光はこれに使用?
調理……プロパン、止まったら薪ストーブ、ピザ窯、かまど、バーベキュー台、ロケットストーブ、一応卓上コンロ
東日本大震災をきっかけに、自分たちの暮らしを少しでも消費から創造へシフトしたい、万が一の事態でも生き延びたいと地方移住し、ドシロウトが脱サラ就農して作ってきた我が家の暮らしだ。
当然収入は減ったが手応えのある愉快な日々を送っている。コロナ禍でも子どもたちが友達と野山で遊び、家ではアナログゲーム、映画鑑賞、読書とのびのびと過ごせたときは、つくづくこの環境がありがたかった。
もし資源輸入国のこの国において、政治の失策により原油もレアアースも輸入停止となっても、しばらくは不便なりに生きることはできるだろう。
作物については昨今の気候変動で不安要素も多いが、燃料や化成肥料がなくとも出荷はともかく、自分たちの食い扶持だけならどうにか確保できると踏んでいる。手植え手刈りはぞっとしないし、機械なしの脱穀、籾ずりは未経験だが昔はやれていたわけで、少量ならどうにかなるだろう。自家用精米器はある。
タンパク源が卵、大豆となるのが物足りない。海はやや遠いがたまに釣りに行くべきか。今からでも狩猟免許取得を検討すべきか?ジビエはさほど好まないのだが…。
しかし自家採取の種には限りがあるし、車や発電機の故障には対処できない。もとより自給自足で全てを賄えるわけはない。パスポートは全員所持しているが海外移住はハードルが高すぎる。移民への風当たりの強さを、今実感できない日本人はいるのか。加害者側として。
病気や怪我をしても、薬や石油製品の不足により病院では対応ができないとなってしまったら?家族全員今のところ健康だし、養生には努めてきたが、現代医療にしか救えない事態はあるに決まっている。
それが一番怖いし、何より俺が恐れているのは飢えた人々の醜い争いだ。
自分が、家族を守るために卑怯な嘘をつき、知り合いどころか友人までも裏切らざるをえなくなることだ。この危機感を共有しあえる友人や、日頃からお互い様でやってきた隣人たちとは共助していくにしても。自然と共に生きてきた高齢者の知恵に助けられることも増えるに違いない。
だが、日本のこの方向性を推し進めてきた自民、公明、維新、補完勢力である維新、国民、保守、参政を支持してきた有権者たち、変わらないからと棄権してきた者たちに、俺はこの貴重な生きる糧をニコニコ差し出す気になれるだろうか?
米の値段が高すぎるとこぼし農業は補助金漬けと嘲笑い、投資に血道を上げ、自給率より防衛力と嘯き、ガザには目もくれず大谷にうつつを抜かしていたお前らに?
農業を、親戚に言えない恥ずかしい仕事だと、子どもを公立に通わせることを虐待だと罵った(長子は塾なしで地方旧帝に合格したが)東京在住の親たちにすら、非常時には分け与えねばならないだろうことを考えると気が重くなる。だがそのころには既に物流も崩壊しているのかもしれない。
虫も土も触れられず、畑仕事も薪割りもできない老親を呼び寄せて養うしかないのだろうか?あちらも「不潔」な古民家になど住みたくもないだろうが。
なら混乱の中で野垂れ死ねと突き放すほど薄情になれるだろうか。子どもたちの前で。
夜は一緒に寝ている大型犬たちを、畑の見張りに出さなくてはならなくなるのかとまで妄想する(こいつらの餌も贅沢言えなくなるだろうが大丈夫だろうか…)。
俺は想像力過多だろうか?別に悲観的に思い悩んだり、パニックになったりはしていない。自然に頭に浮かび体が動くだけだ。
たしかにハヤカワSFやホラー/パニック映画にに触れすぎたきらいはある。週末は「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を家族で観に行く予定だ。今傍らで末っ子が下巻を読んでいる。
始まりは天災という違いはあれど、あの地球で起こると予想されたことははたして絵空事だろうか?
彼女の専攻は何だった?
大体みなフィクションだけでなく海外ニュースにも無関心すぎる。キューバを見ろ。まさに石油が断たれた国の惨状が、今目の前で繰り広げられているではないか。なんと酷い権力者の所業だろうか。
ここまで恥知らずの外道を平和主義者のトランプさんと持て囃した奴らは見ているか?こんな目に遭わされないようにあいつのケツを舐めろと言うのか?
もちろん俺だってあのときは考えすぎたなと笑いたいよ。全然それで、それこそがいいよ。
夏は久しぶりに家族旅行の計画を立てているんだ。やれやれ取り越し苦労で助かったと備蓄品の祝杯をあげよう。我が家の田舎暮らしは続いていくだけだ。
世界中の人がそうやって平凡でありきたりな日常を送れることこそが幸いだ。
だが万が一最悪の状況が訪れたなら。
不慮の事故や致死的な発病さえなければ…おそらく俺はあんたらより長く生き延びることができるだろう。
だが生きながら地獄を見たくはないのだ。阿鼻叫喚渦巻く中、扉を閉ざして自分たちだけ美味く飯を食い笑って暮らせると思うか?
今からでもできることをしてくれ。
ひっそりと備えを。
そしてどうか、こんな世の中は嫌だと声を上げてくれ。みな自分の生活で手一杯だろうが。そうして政治を語り合うことさえ忌避してきた結果がこれだ。原発事故さえ俺たちの目を覚まさせるには「十分ではなかったのだ」?
そんな冷笑を許すな。今。目を開けろ。これまでも虫ケラのように殺され世界に残酷に見捨てられる人々の苦しみは尽きなかった。目を逸らして踊っていた俺たちの横にもう現実が立っている。
ついに俺たちの番が来た。
いや弱い者から倒れていくのだ。
政府に、君らが担ぎ上げたサナに、アメリカの人殺しにけして加担するな、日本を窮地に陥れるなと抗議してくれ。
飛行機代は正直惜しいが(実家に泊まるのも憂鬱だがここに書いたような話を冷静にせねばなるまい)、3月25日の平和憲法を守るための緊急アクションにはどうにか行けたらと考えている。
近くに住み、時間の余裕がある人はどうか一員となってほしい。手ぶらでいい、意に沿わないならコールもしなくていい。突っ立ってるだけでいいのだ。ただ数となってくれ。
あなたがそこにいることは、このクソまみれの世界がどうか、ほんの少しでも、優しい美しい場所になってほしいという確かな祈りだ。
そう願う人たちと共に立つことはきっと少なからずあなたの心を安らかにするし、ごくわずかでも現実を動かすと信じて実際に動いたこと、生憎その願いがストレートに叶わなくとも、結局無惨に敗れ続けようが…その行動は0に近いかもしれないが、けして0ではない。
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そんな冷笑を許すな。今。目を開けろ。これまでも虫ケラのように殺され世界に残酷に見捨てられる人々の苦しみは尽きなかった。目を逸らして踊っていた俺たちの横にもう現実が立っている。
ついに俺たちの番が来た。
いや弱い者から倒れていくのだ。
政府に、君らが担ぎ上げたサナに、アメリカの人殺しにけして加担するな、日本を窮地に陥れるなと抗議してくれ。
飛行機代は正直惜しいが(実家に泊まるのも憂鬱だがここに書いたような話を冷静にせねばなるまい)、3月25日の国会前アクションにはどうにか行けたらと考えている。
近くに住み、時間の余裕がある人はどうか一員となってほしい。手ぶらでいい、意に沿わないならコールもしなくていい。突っ立ってるだけでいいのだ。ただ数となってくれ。
あなたがそこにいることは、このクソまみれの世界がどうか、ほんの少しでも、優しい美しい場所になってほしいという確かな祈りだ。
そう願う人たちと共に立つことはきっと少なからずあなたの心を安らかにするし、ごくわずかでも現実を動かすと信じて実際に動いたこと、生憎その願いがストレートに叶わなくとも、結局無惨に敗れ続けようが…その行動は0に近いかもしれないが、けして0ではない。
日本の野党って、個々の能力というより「構造的に仕事できないポジション」になってる気がする。
本来、民主主義って与党と野党で対立構造を作って、その綱引きの中で政策が調整されるものだと思う。
でも日本の場合、その対立がどこで起きてるかというと、与野党じゃなくて自民党の中なんだよな。
自民党って巨大政党だから、党内に右も左もいて、結局は派閥やグループ同士の争いで政策が調整される。
しかも連立を組むときは、公明とか第三勢力も入るから、少数派の意見も一応は吸い上げる構造になる。
「監視」
そうなると野党は何をするのかという話になるんだけど、正直よく分からない。
実際、「野党だからこそ実現できた成果」とか「野党だからこそ担える役割」って、誰も具体的に示せてない気がする。
しいて言えば国民民主党が現実路線で少し違う立ち位置を取ろうとしているけど、今度は逆に「自民の補完勢力」と左派から叩かれる。
みたいな奇妙な構図になってる。
んんwwww その「にわか10年」を免罪符にしつつ語っておるが、票の流れと組織戦の肝がごっそり抜けておるですぞ、増田氏。表情だけ追って中身(誰が誰にどの資源と動員を渡したか)を見ていないのが致命的ですぞ。
拙者なら、今回の結果を本当に説明したければ次を押さえるですぞ。
そして4年後の見立てを語るなら、山野氏の「思想が怪しい」伝聞ではなく、教科書採択・文化政策・行政DX・都市計画での具体の意思決定履歴と、県レベルにスケールした時の実装能力で評価すべきですぞ。馳氏側が挽回するなら、危機広報と県市連携の設計を人に依らず回る形で公開し、配分の透明性(ダッシュボード化)で不信を逆手に取るのが近道ですぞ。
増田氏、観戦記としては悪くないが、実務のレイヤーに届いておらぬですぞ。次は数字と組織の足跡で語って、真の「地元理解」を見せてほしいですぞ。