スマホに中年を誘う、初代「ドラクエ」起爆剤に
ジャーナリスト 新 清士
27年前にファミコンソフトで登場
このキャンペーンは、ドラクエシリーズの最新情報やゲームを提供するスマホ用情報アプリ「ドラゴンクエスト ポータルアプリ」の配信をスクエニが開始したことに合わせたもの。ドラクエ1を入手するためにはポータルアプリのダウンロードが前提になる。
同社は無料配信期間を12月10日まで延長し、ポータルアプリのダウンロード数は累計で350万を大きく超えた。ユーザー囲い込みキャンペーンとしては大成功といえるだろう。
ドラクエシリーズは「国民的RPG」と呼ばれるほどの高い知名度を持つゲームだ。ドラクエ1は1986年5月、任天堂の家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」用に発売され、大ヒットした。同アプリ内では300円で販売している。
スクエニは12月12日、「ドラクエ8 空と海と大地と呪われし姫君」のスマホ用アプリ配信も始めた。ドラクエ8は2004年にソニー・コンピュータエンタテインメントの家庭用ゲーム機「プレイステーション(PS)2」向けに登場し、全世界で490万本以上の出荷を記録した。
スマホアプリでは無料で楽しめるアイテム課金型のソーシャルゲームしか売れないというのが「常識」とされるなか、2800円と高価格ながら発売直後はアップルのコンテンツ配信サービス「アップストア」のトップセールスで2位に食い込んだ。有料カテゴリーでは1位を維持しており、滑り出しは好調のようだ。
今回、特に注目したいのがドラクエ1だ。83年に発売されたファミコンや、その後に発売されたドラクエ1などの家庭用ゲームが次々にヒットした理由として、当時の時代背景がある。80年代半ば以降の日本は急速な経済成長を続け、後に「バブル」と呼ばれる時期に突入する。そのころ働き盛りだったのが、47~49年ごろの第1次ベビーブーム期に生まれた団塊世代の人たちだ。
バブル期の日本は消費者の可処分所得が急激に伸び続けた時期でもある。総務省統計局によると、2人以上の勤労者世帯の可処分所得は80年ごろは月約30万円だったのに対し、ドラクエ1が発売された86年には38万円、90年には44万円と右肩上がりの状況が続いた。働けば働くほど結果が出た時代といえる。
マリオと全く違う、RPGに衝撃
このころ親にファミコンやゲームを買ってもらっていたのが、団塊ジュニア世代たちだ。71~74年の出生数が毎年200万人を超える団塊ジュニアたちはドラクエ1発売時には小中学生になっていた。まさに最もゲームを遊ぶ時期だ。
当時の日本は1台1万4800円もするファミコンと、1本5500円のドラクエ1などのゲームソフトのように高額なおもちゃを子供に買い与えられるほど、家計に余裕のある世帯が多い時期でもあった。
日本のゲーム産業は、米国のようにコンピューター技術の応用分野の一つとして登場したものではない。2000年代の韓国や中国のように行政が支援したわけでもなく、自然に形成されてきた産業だ。その一つの要因として、当時の好調な経済状況と子供たちの旺盛なニーズが国内市場拡大を引き起こした面が大きい。
当時、ドラクエ1は多くの子供たちに衝撃を与えた。家庭用ゲームは任天堂の「スーパーマリオブラザーズ」に代表されるアクションゲームが中心だった。そこへ明確なストーリーが表現されているRPGという全く新しいタイプのゲームが登場したからだ。
平和だった世界に闇の竜王が現れ、宝物を奪う。伝説の勇者の血を引く主人公が竜王を討伐するため旅に出る――。ドラクエ1のそんなストーリーに多くの子供たちが熱中し、ファミコン版は150万本の大ヒットゲームになった。
親指操作だけで簡単に遊べる
ドラクエ1はこれまでファミコン以外のゲーム機器に何度か移植されてきている。今回のスマホアプリ版は縦型の画面に対応し、親指操作だけで簡単に遊べるように工夫されている。モンスターとの戦闘などゲームを進めるテンポも早くなるように改良され、気軽に遊べるゲームという印象が強い。
かつてファミコンでドラクエ1を遊んだ人たちの多くは今、40歳前後だ。一般に、人は子供のころの印象深い経験を、20年以上経過すると楽しかった思い出として記憶の中で受け止めるようになるという。今回、子供時代を思い出しながら改めてドラクエ1を楽しんだ人も多いはずだ。
ファミコンがきっかけでゲーム業界に入り、有名ゲームの開発に関わった後、現在は独立系開発者として活躍している40代のあるゲームデザイナーA氏もそんな一人だ。今回、ゲームをクリアしたことで過去のいろんなことを思い出したという。彼はドラクエ1を「最高のゲーム」と評した。A氏と同じような感想を持つ、かつてドラクエ1を遊んだゲーム開発者は少なくないようだ。
自分が必ず成長するという感覚
RPGはゲーム内の地図上を歩き回っていると何度もモンスターと遭遇する。それらと戦って倒しながらゲームを進めるのが基本だ。A氏は今回、ドラクエ1は「プレーヤーが1人なので、モンスターとの戦いの駆け引きに深みがない」と感じたという。しかもゲームを進めることで強力なアイテム「ロトのよろい」を手に入れると、主人公はほぼ無敵になる。
当時はそうした無敵状態でも、出現するモンスターを倒し続けることが「最高におもしろかった」(A氏)という。現在の複雑な家庭用ゲームからみると、やや単純なゲームといえなくもない。それでも「ついポチポチとボタンを押してモンスターを倒し続けることがやめられない魅力がある」(A氏)。当時の子供たちはゲーム内でモンスターを倒し続けることで、自分自身も成長するように感じていたのかもしれない。
A氏は、ボタンを押し続けてゲームをずっと遊び続けたくなるドラクエ1の感覚は、09年に登場した「怪盗ロワイヤル」(ディー・エヌ・エー)など「少し前のソーシャルゲームに似ている」とも指摘している。時間をかけて単にボタンを押し続けるだけだが、自分が必ず成長するという素朴な感覚がドラクエ1時代のRPGに近いという。
産業社会の価値観をなぞったゲーム
ゲームデザイナーとしてドラクエシリーズの開発に携わってきた堀井雄二氏は、ドラクエ1の開発当時、ライターとして青少年向け雑誌で読書コーナーをまとめていた。雑誌で出した「お題」に対し読者が送ってくるハガキを使い、ユーモアのある座談会や小説を誌面に掲載する仕事だった。そうした経験から堀井氏は、誰にでも伝わるように短いセリフでいかに面白く表現するかを追求していた。ドラクエ1に登場するキャラクターがシンプルな言葉で生活感を醸し出しているのもそのためだろう。
一方、ゲームと社会との関係の研究を行っているマルチメディア振興センター研究員の七邊信重氏は、「ドラクエ1は当時の産業社会の価値観をなぞったゲーム」と表現する。今の時代からドラクエ1を見直すと新しい発見があるというのだ。
七邊氏はドラクエ1の登場キャラクターについて、「主人公の勇者以外は自律的な思考で行動することなく、勇者のために存在し、サポートする役割を持っている。平和を実現した勇者は竜王を倒した功績により王女と結婚することになる」と解説する。開発者である堀井氏が、当時の子供たちがゲームを通じて成功体験を感じられるように意図していたとみられる。
プレーヤーはゲーム内でモンスターと戦って経験を積み、レベルアップして武器を獲得しながら闇の竜王を倒すために必要な手段を一つ一つ獲得していく。「敗北、死、身体の衰えといったプレーヤーを不快にする要素を丁寧に排除し、目的実現に向けてプレーヤーが進歩と成長を続けられるように設計されている」(七邊氏)
クリアすることで大きな達成感
ゲーム内で戦い続けていると、プレーヤーが操作する主人公は必ず成長し、いずれ竜王を倒せる。ゲームとはいえ努力が結果に結びつくのだ。七邊氏は「日本の80年代は、多くの人々が経済成長は続くと信じていた時代で、ドラクエ1で表現されている制作者の価値観を多くのプレーヤーが共有していた」と指摘する。そのうえで「プレーしてクリアすると、とても大きな達成感を得られるゲーム」と評価する。こうした点に80年代と現在の違いを感じるという。
スクエニは今後、ドラクエシリーズの他の6タイトルも順次、スマホに移植すると発表している。88年の発売当時、学校を休んでゲームソフトを買いに行く子供が続出、社会現象になるほど大ヒットした「ドラゴンクエスト3 そして伝説へ…」のアプリ版などをリリースするたびに大きな話題を集めそうだ。スマホやタブレット(多機能携帯端末)向けソーシャルゲームとして新作「ドラゴンクエストモンスターズ スーパーライト」をリリースすることも発表している。
中年を癒やす一服の清涼剤になれるか
スクエニがスマホ向けにドラクエを次々にリリースする背景には、ゲーム機の主役の座が専用機・端末からスマホに移ってきたことがある。さらに団塊ジュニア世代はゲーム業界にとっても巨大なマーケットだ。なじみの薄いソーシャルゲームには手を出さなかった彼らも、子供のころに熱中したドラクエなら気楽に楽しめるはず、との読みもある。団塊ジュニア攻略の先兵役としてドラクエはまさに適役といえる。
最大のポイントは、昔は家庭用ゲーム機で遊んだドラクエを、スマホでいかに快適に楽しめるかという点だろう。働き盛りの中年世代は日々、仕事や家事、子育てなどに慌ただしく追われている。ドラクエが、空いた時間にスマホを使って手軽に息抜きできる一服の清涼剤になれるとしたら、爆発的なヒットも期待できそうだ。何かと悩みの多い中年たちにとって、スマホでドラクエを遊ぶひとときは、子供のころを思い出し、自分の人生を見直す癒やしの時間にもなるかもしれない。
1970年生まれ。慶応義塾大学商学部および環境情報学部卒。ゲーム会社で営業、企画職を経験後、ゲーム産業を中心としたジャーナリストに。立命館大学映像学部非常勤講師も務める。グリーが設置した外部有識者が議論する「利用環境の向上に関するアドバイザリーボード」にもメンバーとして参加している。著書に電子書籍「ゲーム産業の興亡」 (アゴラ出版局)がある 。