スマホゲーム内の広告を「等価交換」 セガ、コストを圧縮
ジャーナリスト 新 清士
ランキング上位確保がヒットの条件
米アップルの「アップストア」や米グーグルの「グーグルプレイ」といったコンテンツ配信サービスを通じてリリースされるスマホ向けゲーム。日本における市場規模の明確な統計データは存在しない。ただ、ゲーム業界の関係者に尋ねると、実感として「昨年の2倍以上に急成長している」という意見が多い。
新作ゲームが次々に登場し、競争は激しさを増す一方だ。そこで、ゲームリリース時に配信サービスの「無料ダウンロードランキング」や「売り上げランキング」の上位に位置させ、ユーザーに認知してもらうことがヒットのカギになる。ゲームをダウンロードしてもらうには広告宣伝が欠かせず、広告代理店を使って数千万円かけることが当たり前になっている。ユーザーを維持するための広告宣伝費も毎月最低1000万円ほどかかるという状況だ。
こうしたなか、コストを少しでも抑えて広告の効率を高めるため、ゲーム各社は「クロスプロモーション」という手法を導入している。これは自社ゲームの画面内で自社の他のゲームを宣伝するものだ。自社のゲームユーザーに関心を持ってもらい、別のゲームもダウンロードしてもらう狙いだ。
現時点では最も低コストで効果のある広告手法として多くのゲーム会社が活用している。しかし、どのゲーム会社も、展開しているゲームソフトの数や自社ゲームのユーザー数は限られており、1社だけで展開する広告の効果は一定規模以上には広がりにくいという面がある。
こうした課題を解決する広告の仕組みとして注目されているのが、セガが今夏から本格的に始めた広告サービスのノアパスだ。これは、クロスプロモーションを他の企業との間で展開するという広告システムだ。自社のゲーム画面で他社のゲームの広告を、他社のゲーム画面で自社のゲームの広告をお互いに掲載し合うわけだ。
スマホ向けゲームを手がけるセガネットワークスの岩城農・執行役員事業本部長は「ノアパスの基本的な原理はシンプル」と説明する。ノアパスに参加する企業間でクロスプロモーションを行うシステムを、セガが無料で提供する。参加企業にかかる費用は、このシステムを導入するための比較的容易な開発のコストだけだ。
自社単独より大規模にアピール
ノアパスの運用ルールもシンプルだ。自社ゲーム内で他社ゲームの広告を掲載した回数と同じ回数を、相手のゲーム内で掲載できるという「等価交換」が基本になる。そのため、他社のゲームを自社ゲーム内で宣伝すればするほど、自社ゲームを他社のゲーム内で宣伝することが可能になる。
他社のゲームを自社ゲーム内で広告した回数はためておくこともできる。新作タイトルのリリース時やキャンペーン展開といったタイミングに合わせ、ためておいた広告枠を一気に利用し、他社のゲーム画面を通じて自社ゲームへのユーザーの注目度を高めることができるのだ。
自社単独でのクロスプロモーションよりも規模は大きく、接触するユーザーの数も飛躍的に増える。この結果、広告宣伝費の大幅な圧縮が可能になり、その分の費用を開発に回すことができる。岩城氏はノアパスの効用として「広告宣伝費の大きさがゲームのヒットを決めるのではなく、ゲームの質の高さで争える」と強調する。
セガがノアパスのシステムを無料で他社に提供できるのは、同社がすでに社内の複数のゲーム広告を展開するために開発済みの仕組みで、それを活用するからだという。開発費の償却も終えており「他社から費用をもらう必要性がない」(岩城氏)。この点が、広告収入を収益の前提としている広告代理店との決定的な違いだろう。
ノアパスに参加するゲーム各社への制約事項が特にないという点も注目される。自社の広告宣伝戦略はノアパスに関係なく自由に展開できる。ディー・エヌ・エー(DeNA)やグリーが展開している既存のフィーチャーフォン向けのプラットフォーム事業のように、自社で展開したゲームは他社に展開してはならないといった囲い込みの要素は、ノアパスにはない。ノアパスと並行して広告代理店のサービスを利用しても構わない。
ノアパスをユーザーの側からみると、何らかの個人情報を含むID登録をしなくても、いろんなゲーム会社の一押しソフトを見つけることが容易になるというメリットがある。
ノアパスの導入後、セガは自社ゲームソフトを発売する際に数千万円かかっていた広告宣伝費を一気に5分の1程度にまで大きく圧縮できたという。すでに販売中のゲームソフトの人気を維持するうえでもノアパスは一定の効果をもたらしているという。
自前主義を捨て市場変化に対抗
セガがノアパスを他社に開放した最大の理由を尋ねると、岩城氏は「自前主義では今後のゲーム市場の変化に耐えられない。多くの競合他社とコラボレーションする仕組みを整えたかった」と説明した。
スマホ向けゲーム市場は移り変わりが激しい。半年後にはどんなゲームがヒットするのかも予測できない。しかし、ノアパスに参加しているゲーム会社から大ヒットゲームが登場すれば、その画面に広告が掲載された他社のゲームも注目され、参加企業が恩恵を受ける可能性がある。競合企業と手を組んで市場状況の変化に柔軟に対応し、負けにくい状況をつくろうというわけだ。
セガは今年4月から他社にノアパスへの参加を打診し始めた。現在は30社が参加しており、検討中の企業も25社に及ぶ。大半の企業はノアパスの効果が実際にあるのかを試している段階だろう。
セガによると、9月に入ってノアパスの広告を毎日一度は見るユーザーは100万人を超えている。一度でも見たことのあるユーザーは2500万人以上と「4月時点の2倍で、年末までにはさらに倍に膨らみそうな勢い」(岩城氏)だという。
スマホアプリに集中投資を決断
セガは2年半ほど前、非常に厳しい状態に置かれていた。フィーチャーフォン向けのソーシャルゲームが大ヒットするなか、同社は完全に出遅れ、ブームに乗れなかったためだ。家庭用ゲーム機市場の将来性もみえず、同社のゲーム事業の先行きにも不透明感が漂っていた。
セガの経営企画室では当時、今後どうすれば生き残れるかを連日議論していた。2011年1月にオンラインRPG(ロールプレイングゲーム)の「キングダムコンクエスト」をスマホ向けにリリースしたものの、スマホ市場はまだまだ市場規模が小さく、会社全体を支えるほどの収益をあげていなかった。
セガの経営陣は将来を見越し、スマホ用アプリ開発に投資を集中させると決断。自社の様々な開発チームに指示した。昨年後半からソーシャルゲーム市場の中心はフィーチャーフォンからスマホへと急速に移行し、同社にとっても追い風が吹き始めた。
昨年11月には報道各社向けのゲーム体験会を開催。「ドラゴンコインズ」といった新作5本をはじめ、今年春までに新作10タイトルを投入すると発表した。報道陣からは「セガの動きは市場の変化に合わせて速い」と評価する声もあがった。岩城氏によると「我慢しながら準備していたことが、やっと表に出せたタイミングだった」という。
リリース後のゲームの販促も支援
こうした動きと並行して、多数の自社ゲームソフトの販売を広告面からサポートするため、ノアパスの構想が着々と練り上げられていった。
セガのゲームは9月25日時点で、アップストアのトップセールスランキングのトップ100以内に7作品が並んでいる。8月から本格展開が始まり「1日4000万円の売り上げに達している」(業界関係者)といわれるRPG「チェインクロニクル」など、ヒット作が続いている。
他にも上位に食い込むゲームソフトを出し続けており、同社ではノアパスの利用は各ゲームのヒット確率を高めるとみている。岩城氏は「当社のスマホ向けゲームはリリースしてからの寿命が長い。こうしたことは、発売したら終わりになるこれまでの家庭用ゲーム機ではあり得なかった。効果的にプロモーションをすることで継続的に遊ばれるだろう」と自信をみせる。さらに「スマホ向けアプリ分野では予測が難しいとされた業績も、参入から3年目でようやく読めるようになってきた」(岩城氏)と手応えを感じている様子だ。
ソーシャルゲーム市場変える起爆剤
同社はノアパスのさらなる機能拡張も視野に入れ始めた。その一つがカヤック(神奈川県鎌倉市)のゲーム向けソーシャルネットワーキングサービス「ロビー」が利用できる機能をノアパスに組み込んだことだ。ノアパスに参加した企業が個別にコミュニティーサービスを用意する手間とコストを減らし、同時にプラットフォームとしてさらなる存在感を増す狙いだ。
スマホ事業において、ハードウエアのプラットフォームに関してアップルとグーグルの優位性はもはや揺るがない状況にある。セガは広告ネットワークという全く違ったところに着目することで、スマホ世代の新しいソフトウエアプラットフォームを確立しようとしている。ノアパスは今後、ソーシャルゲーム市場を劇的に変化させる起爆剤になるかもしれない。
1970年生まれ。慶応義塾大学商学部および環境情報学部卒。ゲーム会社で営業、企画職を経験後、ゲーム産業を中心としたジャーナリストに。立命館大学映像学部非常勤講師も務める。グリーが設置した外部有識者が議論する「利用環境の向上に関するアドバイザリーボード」にもメンバーとして参加している。著書に電子書籍「ゲーム産業の興亡」 (アゴラ出版局)がある 。
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