『契約の意味』
欧米国際社会における『契約』の意味を理解できず、とんでもなく勘違いしている日本人は大勢いるが、其の際たるものが日本政府と外務省であろう。
千島列島を放棄したサンフランシスコ講和条約を破棄しないで、条約を結んだままで南千島(北方領土)の返還を『日本固有の領土だから』と返還要求する不見識は、国際社会の常識に反し、誰からも支持されない。
何故なら、『契約』とは、結んでいる間は関係者全員を縛るものだからである。
『元々自分のモノなのだから(昔、事情が有って放棄したが)自分に返して欲しい』とか、
『(本来自分のモノなのだったのだから)ロシアが不法占拠している』などの言葉は『契約』の意味を全く理解していないから可能な論議で、日本国内では通用するかも知れないが国際的に通用する話ではない。
日ロ首脳会談で麻生太郎とロシアのメドベージェフ大統領との会談が実りあるものに成らないのは当然であったのです。
何度に日本が交渉したくても、元々の対話の土台が存在しない。
『道義や人倫に悖る契約でも有効』
シェークスピアの『ベニスの商人』に出て来るユダヤ人高利貸しシャイロックは、借金のかた(担保)に人肉1ポンドを契約するが、(道義や人倫に悖る契約でも)法廷では『契約』自体は合法とされている。
『契約』とは、『人と人』がするものだと日本人は思っていますが、欧米を中心とする一神教を信奉する民族ではもともとは『神と人』とがするものです。
『新約聖書』の『約』とは、神との契約のことで『新しい解釈(翻訳)』の意味ではない。
又多くの日本人が誤解しているようだが、キリスト教の『新約』の意味は、ユダヤ教の神(ヤハウェ)との契約(旧約}を反古にして、神(イエス・キリスト)と新たに契約したという意味ではない。
『新約』は2世紀頃ユダヤ教改革派(キリスト教)が掲げた教義で、あくまでも出発点はユダヤ教でありキリスト教の教祖であるナザレのイエスはユダヤ人でユダヤ教徒だった。
キリスト教徒にとっても『古い契約』(旧約聖書)は(破棄されていないので)今でも有効で何ら効力を失っていない。
『契約』とは、幾等自分が関係しない遥か昔に結ばれていても、破棄しない限りは現在の自分たちを縛るモノのなのです。
『神との契約』(差別と選別)
ユダヤ・キリスト教の中心となる教理は、『神との契約』である。
欧米社会が『契約社会である』とよく言われるが、其の根本にある原理は『神との契約』であるので、『人と人との契約』でもこの考え方は援用されて『神の代理人である人』が契約するとの建前になっている。
神を信じれば人と神の契約が成立し、神はひと(信者)を保護し何らかの『利益を与える』と約束する。
欧米一神教の先祖宗教のユダヤ教は、『神との契約』をユダヤ人が守ればユダヤ人を保護し世界をユダヤ人のものにする事を、神が保証する約束である。
キリスト教は、『神との契約』を守った人は死んで肉体は滅んでも別の世界での『永遠の命(魂のことか?)』を、保証すると約束している。
『無契約者や契約違反に対する過酷な罰則』
神を信じなければ契約は成立しないが、契約していない異教徒は無視するか『過酷な運命(最期の審判)』に遭う。
日本人は、『同じ人間だから理解し合える』と思っているが、一神教(ユダヤ・キリスト)教徒からすれば、自分達と異教徒たる日本人は同じではない。
日本人は、キリスト教は『道徳を説いている』と思っている人が多いが、全く違うのです。
神と契約を結び『その内容(契約条件)を守れ』と言っているのです。
契約を結ぶには、先ずは契約相手を信じなければいけないが、神と人は対等ではないので、神の提示した内容に人が条件をつけることは出来ない。
『大手損害保険会社との不思議な共通点』
ユダヤ教改革派(キリスト教)もユダヤ教も圧倒的に権力を持っている『神』と殆んど『力』を持っていない『個人』とが一対一で契約を結ぶ方式になっているが、ここが問題です。
力関係が違いすぎて、『人』は神との契約条件に対して何らの異議も言えない仕組みに成っている。
しかも、『神と契約した者』だけが救われ、『契約しなかった者』はたとえ善人でも救われない。
この辺の関係は、大手損害保険会社と我々一般契約者の関係と『全く同じ』と言ってよいほど非常に似ている。
力関係が対等でないものの契約は、長年掛け金を払い込んでいても何時でも一方的に些細な契約違反を理由として解約される危険がある。
保険会社が一方的に契約約款に違反したとか何とか難癖を付けて契約金の支払いを拒んでも、一般契約者は泣き寝入りするしかなく、力の無い個人はどうする事も出来ない。
悪徳損害保険会社と旧約聖書の神は良く似ています。
我々日本人的には卑しくも神を名乗るなら、契約の有無に係われず全ての人々を助けるのが『神』の本来の仕事だと思うのですが、何ともけち臭く契約者(それも少しの契約違反も無かった人)だけを助けるでは、損保会社と同程度の悪行(自分だけが得をする余りにも狭い近視眼的な商行為)であると、言わざるを得ない。
因みに日本の古くからの商道徳は此れとは大きく違い、交わした契約の条文よりも双方の人間関係や信用に重きを置き、短期の利益に惑わされることなく相手との長期的な信頼関係の構築こそが大事で有ると考えられてきた。
『過酷な契約違反の罰則』
ユダヤ人は弱小民族ですが、彼らの神であるヤハウェ(エホバ)の命令を守っていれば、強大になり世界の中心になれると『約束』した。
ところが、ユダヤ人は『神と契約』して保護してもらう契約(約束)なのに『契約事項に違反した』としてバビロンの虜囚やエジプトでの奴隷体験、そして神殿破壊からローマ帝国によるユダヤ国家崩壊に至っています。
旧約聖書でもソドムとゴモラの都市の殲滅やノアの箱舟の洪水による全ての生命の絶滅など、神は人に対して何度も度外れた懲罰行為を行っているが理由は何れも(神と交わした)『契約違反』を咎められたのである。
『欧米民主主義に対する大きな誤解』
ルソーの『イギリスの人民は自由だと思っているが、それは大まちがいだ。彼らが自由なのは、議員を選挙する間だけのことで、議員が選ばれるやいなや、イギリス人民はドレイとなり、無に帰してしまう』などの皮肉な言葉もあるが、
『人』を最高の存在と考えている日本人的な解釈では、近代欧米型民主主義とは『主権在民』であるから(何とも素直に)一般の人々一人一人が『主権者』で有ると考えられている。
『西欧民主主義社会の根本『契約』一神教の世界観』
『主権者は神』
聖書(神との約束)で神は人に向かって宣言している。『わたしはあなたを創造した神である。』
なぜ『人』は神に服従しなければならないかと言うと、『人』は神に創造されたので『神の所有物で、全て神に従わなければならない』と神と人が約束(契約)したことになっている。
『過酷な上下関係と神からの委託』
一神教(キリスト教)的な考え方では 『神』は『人』に地球の管理を委託して、『人』は神の信任に答えて地球を管理し開発し文明を建設する使命を帯びていると考える。
この考え方からは、ブッシュ・ジュニアの強制民主化の使命の為にイラクに侵攻したりもするし、過激な環境保護団体シーシェパードの様にクジラ保護の使命の為には南氷洋で捕鯨船に体当たりする。
『契約の基本目的は支配』
旧約聖書の創世記によると『神』が『人』を創造されたのは『人』を通して世界を支配するためで、それゆえ『神』が『人』の契約も、支配を目的としていると言うことができる。
『神と人の関係』
一神教的な人と神の関係は、ルカの福音書や、マルコの福音書などの記述のように、自分の財産を管理させる『主人』と管理を任された『下僕』の関係に当たります。
神は『人』に管理させるために地球を創造し、万物は『人と神との契約』の中において、統治する対象として神から与えられたものなのなのです。
要するに、人命・人類の上に、超然として超人類社会的な存在としての「神」を設定し、その「神」の教義に逆らう人類を「神」の名で正義の剣で殺す、ということですね。
「道徳」を説き、清く貧しく慈悲の心を説きながら、弱者に寄り添って、「自分が殺されても他人を殺さない」というのが、宗教だと感じていました。
が、そうではないのですね。恐ろしい差別主義です。
「神」を裏切る個人の生命は断絶してよく、「神」を信仰する個人の生命は守られる。
内心の自由の範囲であれば、「神」でも何でもいいのですが、外形的な行為となったり、言論内容としては、荒唐無稽な反科学ですね。
>千島列島を放棄したサンフランシスコ講和条約
単純なことですが、サンフランシスコではソ連は条約に調印していません。
またその時、吉田全権は演説で択捉、国後はいわゆる千島に入らないと明言しています。
約束らしいことは、終戦前「日本の領土は、連合国が指定する旧来の日本とその周辺にある小島」に限るというポツダム宣言を受諾しただけです。
要は、北朝鮮拉致問題と同じで、アメリカに頼るだけで自主的な外交をさぼってきた報いということです。
仰られていることは全面的に同意できるに内容なのですが、一番最後の言葉である>『荒唐無稽な反科学ですね。』だけは少し解釈が違います。
『科学、反科学』の問題と言えなくもないが、この問題とは若干少し意味が違うのではないか。?
今回の記事の主題は『契約』の意味で、日本人一般が考えている『契約』と西欧世界や世界の常識としての『契約』の解釈が違うのではないか。?
例えば日米核密約の話ですが、これは『核の傘』に密接に関連している。
核の傘を有効足らしめるためには当然日米の密約も有りうる話ですが、連載していた記事で、此れがそもそも胡散臭い。
人と人との『約束』とは何時でも都合が悪くなれば破棄できる性質を持っている。
信用する方が間違っているのです。
正し結んでいる間は拘束する。日本人はこの相反する二つの性格を混同して誤解しているのです。
>『サンフランシスコではソ連は条約に調印していません』
其れを日本人が言うから世界の人々の信用を失うのです。
『日本の為に良かれ』と思っての主張でしょうが其の発言が日本の国家としての権威を傷つけています。
サンフランシスコ条約の意味を非常に狭く限定した解釈で、講和条約とはソ連を含む連合国の日本占領の解消の為の世界に対する日本国の国際公約でも有るのです。
どの様な国際条約でも、国際条約とは日本が世界に向かって約束したのであり、講和条約は第二次世界大戦の終戦処理として、現日本憲法と一体のモノです。
調印のあるなしと、条約の文言の正しさや及ぶ範囲に影響は有りません。(ソ連以外にも調印していない国は有りますが条約の及ぶ範囲は調印国に限定されていない)
其の考え方が正しいなら、もう一度ソ連(現ロシア)と白黒決着を付ける為に戦争を再開しなけれならなくなる。
日本側で『違法行為』だと解釈しがちなソ連軍の第二次世界大戦参戦ですが、ソ連はこの世界大戦で誰よりも多くの損害が出している。
ロシアは連合国との対日参戦の約束を履行した褒美が千島だと解釈していて何ら後ろめたさを感じていない。
>『吉田全権は演説で択捉、国後はいわゆる千島に入らないと明言』
これは国会演説等の日本国内の話ではないでしょうか。?其れも調印後の釈明(苦し紛れの言い逃れ)です。
それなら私も承知していますが、国際的な恥さらし以外の何ものでもない。
サンフランシスコ会議の会場で語られたとの記録は、私は全く知りませんでした。
何かその様な事が有ったのであればお教え願いますが、交渉段階で発言されたとしても公式の記録としては残されていません。
残されているのはサンフランシスコ条約の文言だけです。
そして、それには千島放棄は明記されている。
南千島は『千島ではない』では例え日本人でも誰も理論として矛盾していて納得する人はいないでしょう。
だから『南千島』とは呼べず、地名抜きのスローガンである北方領土返還としか日本政府は言えないのです。
竹島が北西領土や尖閣列島が南西領土などと呼ばないように、日本政府に世界に通じる道理があれば堂々と南千島列島の返還を主張するべきですが、其れが出来ない弱みが有る。
『北方領土返還』の言葉自体が、残念ながら日本の主張の一貫性のなさ、根拠の無さを証明している。
北千島と南千島を別ける法的根拠は極めて希薄でどちらも同じ千島列島ですよ。
因みに日本共産党は南千島だけではなく北千島を含む全千島列島の返還を要求しています。
この北方領土交渉問題に関しては後日記事にしたいと思っています。
また、当時ソ連との間で千島列島の定義で論争があったのに、条約を急ぐアメリカに押されて文言の変更を押し切れなかったのが日本外交の失敗です。
1951年9月7日の吉田主席全権が各国全権を前に条約受諾演説をしました。そのうちの関係部分です。長くなってごめんなさい。
「奄美大島、琉球諸島、その他平和条約第3条によって国際連合の信託統治のもとにおかるるべき北緯29度以南の諸島の主権が日本に残されるという米全権および英全権の発言を私は国民の名において多大の喜びをもって了承するものであります。私は世界、特にアジアの平和と安全が速やかに確立され、これらの諸島が1日も早く日本国の行政のもとにもどることをきたいするものであります。千島列島ならびに南樺太の地域は日本が侵略によって奪取したものだとのソ連の主張には承伏致ししかねます。日本開国の当時、千島南部の2島択捉・国後両島が日本領土であることについては帝政ロシアも何ら異議をさしはさまなかったものであります。ただウルップ以北の千島諸島と樺太南部は当時日露両国人混在の地でありました。1875年5月7日日露両政府は平和的外交交渉を通じて樺太南部は露領としてその代償として千島諸島は日本領とすることに話合いをつけたものであります。名は代償でありますが、実は樺太南部を譲渡して交渉の妥結をはかったのであります。その後、樺太南部は1905年9月5日ルーズベルト米合衆国大統領の仲介によって結ばれたポーツマス平和条約で、日本領となったものであります。また日本の本土たる北海道の一部を構成する色丹島及び歯舞諸島も終戦当時たまたま日本兵が存在したためソ連軍に占領されたまでであります」
これは契約ではなく、貴兄の契約論には何ら異議がありません。アメリカにそそのかされ、そのうちアメリカが何とかしてくれるだろうと思っていたのでしょう。
>『これは契約ではなく、貴兄の契約論には何ら異議がありません』<
矢張り此れが最大の誤解でしょう。
『講和条約は契約(約束)ではない』との解釈ですが、これは無理です。
『公約を守れなくても大した事ではない』と言い切った無責任宰相を戴くニホン国らしい解釈では有りますが日本国内だけのローカルルールならいざ知らず世界に通用する論理ではありません。
公約もマニフェストも宣言も条約も『約束』(契約)であり、政党の綱領さえも社会大衆(有権者)に対する『約束』(契約)と解釈するべきでしょう。
そして世界ルールでは「『契約』は破棄しない限り、締結者を拘束し続けます。
また吉田茂の条約受諾演説ですが、これはどの様に読んでも、
『吉田全権は演説で『択捉、国後はいわゆる千島に入らないと明言』どころか其の正反対の『千島南部に入る』と明言していますよ。
『入らないと明言した』との解釈は、残念ながら日本国内でしか通用しないでしょう。
吉田茂は『千島南部の2島択捉・国後両島』とはっきりと明言しているが、
これでは日本南部の鹿児島宮崎が日本に含まれるのが当たり前で有る様に、
国際社会では『択捉・国後2島が千島に含まれる』のが当たり前です。
『国後択捉の南千島は千島ではない』との論は、誰が聞いても詭弁にしか聞こえません。
又南千島二島と北海道の付属の島で有る歯舞色丹2島が全く性格が違うモノだとも明言している。
日本国が、歯舞色丹の即時返還と国後択捉など千島問題が別物だとの主張をすれば全ての国から支持を得られるでしょうが、現在の主張『4島一括返還』には条約上の権利も道理もありません。
確かに千島の日本の権利についての正当性を語っているが、其の権利(領有権)の放棄に賛成しているのですよ。
日本のように周囲を海に、それも200kmの海峡で守られているので領有権争いにはそれ程悩まされていないので、『自分のモノは自分のもの』とナイーブな反応をしがちですが地続きの欧州はそうでは有りません。
第二次世界大戦のドイツは敗戦の責任を問われてドイツの産みの親とも本拠地とも生命線とも考えられるプロイセンの地を全て失っています。
『この土地は昔からの自分のものだった』と発言したとしても『放棄します』と署名(契約)して仕舞えば、例え自分の側に領有の正当性が有ったとしても何の言い訳にもならないのですよ。
今ドイツがオーデル・ナイセラインを否定すれば世界中から非難されるだけでは止まらず、欧州大乱、秩序が無茶苦茶になりますよ。
幾等自分の正当な所有物でも、『契約』で権利を放棄して他所のモノになれば、どれ程その権利が正当であったとしても権利は消滅してしまうのです。
其れよりこの受諾演説ですが、これほど売国的な屈辱的な演説はありません。
日本は千島放棄と沖縄の施政権放棄を明言するだけでは止まらず沖縄住民が米軍の軍政下に置かれることに感謝さえしています。
此れを売国的と言わずして何を倍国的犯罪行為と言えるでしょうか。
しかもこれは文脈上日本の本州などの四島以外の北方の千島列島と南方の琉球列島を同列に論じていて、多数の日本人住民が住む沖縄放棄を確認して、其の上で日本の潜在主権が認められたと、『多大の喜びをもって了承』と発言。
奴隷根性丸出しともいえる卑屈さである。
この演説から解釈できる事実は、
この条約締結時点では、日本の吉田茂は全千島の主権の放棄を了解していた。
千島は施政権も主権を完全放棄したが、沖縄は施政権は放棄したが潜在主権を認めてくれた事に吉田茂は喜び大感激しているのですよ。
この文脈からは日本政府の主張とは正反対に『千島放棄』が因り鮮明になる。
この売国奴は、日本列島の北も南も連合国に差し上げたのに、占領下の南の潜在主権を認められたと喜んでいるのですよ。
吉田さんに厳しい評価ですが、マッカーサー退任を感謝の気持ちで送った日本人の気持ちは、卑屈であっても偽らざる心情でした。
6年間の軍政のひどさはマスコミの報道統制で日本人全体には知られる事はほとんど無かったが、しかし報道されなかったから無かったにはならない。
イラクやアフガンと同じ様な事柄は起こっていたが完全隠蔽され、国民の目からは隠されていただけです。
1960年代公民権運動以前のアメリカが酷い人種差別の国家だった事は明白です。
彼らは日本占領の60年程前にはインデアン(ネイティブアメリカン)を絶滅戦争を仕掛けて殆んど皆殺しにしていますし其の30年前には奴隷制国家だったのです。
確かに日本人も朝鮮人や中国人に対してひどい人種差別したが、日本人は相手を『人間として劣る』と差別したが、アメリカ人は『人間ではない』と差別したのですよ。
根本的に違います。
日本は朝鮮人を強制連行したことは有るが、アメリカ人の様に人間を市場で競りにかけ『人』を家畜として売り買いしたことは無い。悪事の次元が違います。
米軍の占領解除(日本国の独立)を心待ちしていたのは、正に日本人全体『偽らざる心情』でしょう。
ただこのサンフランシスコ講和条約ですが、皆さん良く知られていない裏の事情が有る。
国連ではアメリカ軍マッカーサー元帥のGHQに変わる機関として国連主導の極東委員会の設置が既に決まっていた。
ところが此れではアメリカ一国で全てが主導していたGHQが握る既得権益が脅かされる。
しかし日本が独立(講和条約締結)すれば国連の日本管理の為の極東委員会設置の根拠自体が失われる。
そのために大慌てで日本国憲法を制定し、講和条約を結んでに日本を名目的に独立させる必要がアメリカにはあった。
そもそもサンフランシスコ講和条約の動機が不純なのですよ。
其の目的が『日本の完全独立』ではないことだけは間違いない。
それどころか、日本独立の目的は、日本を半永久的にアメリカの支配の下に置こうとしてキューバやフィリッピンやパナマを独立させた同じ方式なのは明らかです。
日本を永久に独立させないための高等戦術として日本国を独立させた。
そして其の仕組みは現在も継承されていますが、力関係が対等でない、『力が全く無い者』は条約の条件に口出しする資格が無い。
結ぶか結ばないかだけが選択出来るだけで、これは記事にも書いたとおりで、主人と下僕の関係になっています。
そしてアメリカはヤルタ会談で日本の千島列島をソ連に引き渡す事を約束していた。
サンフランシスコ条約の不平等性不当性はこの時に決まっていたのです。
しかし第二次世界大戦後に、冷戦を永久的に維持する仕組みとして、正当な歯舞色丹2島の即時返還に対してアメリカは反対し、『北方4島一括返還』以外の要求では沖縄は返還しないと恫喝して2島即時返還の道を閉ざして、『ソ連が不法占拠』とのプロパガンダを繰り返して日本とソ連が仲良くなる道を完全に塞ぐ事に成功する。
日本が周辺諸国と和解出来ない状態に追い込んで、『対米従属』以外の道は無い様に誘導して今日の日本の政治を決定付けているのがこれ等の条約です。
NASAがアポロ11号の全音声を公開するそうですが、何とも不思議な話ですね。
あれから40年も経ってしまっているのですよ。
音声なんか、40年前に公開していて、極々当たり前の話だと思いませんか。?
何故今まで(秘密にして)公開してこなかったのか。?
その理由の方が、公開される音声よりよっぽど興味が起こりませんか。?
最近、アポロ11号の音声で『a』が有るのか無いのかの問題が音声をNASAが調べて『有る』で決着しています。
これ、ないと困るらしいのです。
『人』にaが無いと人類の意味になり、アームストロング船長のあの有名な言葉が、『人類にとっての一歩は人類にとっての一歩になる』と何とも間の抜けたおバカなことになる。
それにしても今頃音声だけ公開とは・・・・数%しか公開されていない映像の方は何時全面公開になるのでしょうか。?
NASAが公開しない(公開できない)理由を、なんとしても知りたいものですね。
しかし今回の四つの記事は連載になっていて、核の傘とか外交密約とか相互確証破壊とか、国際条約の有効性について書いたのですが、誰も話に乗ってこない。
何故でしょうね。日本にとって最も重要な話だと思うのですが。不思議です。