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2024-12-12

フランツ・リストピアノ名曲重要曲七選(中期)

 anond:20241212205415の続きである

 マリーとの破局よりもピアニストとしての活動を選び、欧州中をわかせていたリストだったが(何しろリスト風呂の残り湯を飲もうとして待機しているファンがいるとかいレベルである)、1847年にポーランドの大地主の娘であり、キエフ軍人ザインヴィトゲンシュタイン侯爵夫人カロリーヌ出会う。コンサートツアーリストキエフに来ることを知ったカロリーヌ(別居中)は、娘の誕生日のためという名目リストを招待し(誕生日に大スターを招待できるというわけでだからどのくらいのレベル金持ちかがよく分かる)、急速に二人は深い関係になっていく(意味深)。リストピアニストとしての活動打ち切りカロリーヌと一時の同居生活を経たあと、48年からヴァイマール宮廷楽長としてカロリーヌと共に腰を落ち着けることになる。カロリーヌは長い訴訟を経て婚姻無効を勝ち取るが、リストとの結婚は認められなかった。ちなみに、カロリーヌ博覧強記で雄弁な人だったらしく(リストの多くの作品にも口を出している)、あのワーグナーが引くほどだったということであるカロリーヌ身分を巡る微妙問題に加えて、音楽界の動向的にもリストドイツに居づらくなり、約10年で宮廷楽長を辞任する。つまりリストの「中期」は短い。宮廷楽長になったことで、オーケストラ作品が多く書かれるようになった一方、新規ピアノ曲はこの時期にはあまりない。大スターの座を捨てて半分隠退生活に入ったようにも見える。しかし、この時期こそが作曲家としてのリスト確立する重要時代である。前期の作品の少なくない曲(巡礼の年パガニーニ練習曲もそうだ)はこの時期に改訂され、より演奏効果は高まり、内容も充実することになる。

1. 超絶技巧練習曲 S.139(1852年出版

 リスト代表作の一つ。この時期に改訂を経て完全版になった。長年の改訂を経て磨きに磨き抜かれ、チェルニーの影響下にあった「48」や、パガニーニの影響で改訂した「24」と比べてみると明らかに内容的に充実し、演奏効果も増大している。

 この曲集の決定的な録音はウラジーミルオフニコフ(EMI)だろう。どの曲も非常に質が高く、穴がない(この練習曲集は多彩な技巧のデパートなので、どこか苦手なものが出るのが常)。が、残念ながら入手性は悪い。世間的に有名なのはラザール・ベルマン(Melodiya)で、新旧二種類あるが、新版1963年)が気合いが入っている。ただ、キンキンとぶっ叩くような録音で、そこまで好きにはなれない。横山幸雄SONY)は録音も良く、やはり穴も少ない。特に第5番「鬼火」の演奏が素晴らしい。

2. パガニーニによる大練習曲 S.141(1851年出版

 この曲もこの時期に改訂されて完全版になった。初版第4曲は単音アルペッジョになりおとなしくなったが、それ以外の曲については、難易度を落としつつ、同等以上の演奏効果を発揮できるようになった。第3番「ラ・カンパネッラ」はここで非常に完成度を上げたおかげで今日までよく知られている。

 パガ超と違い録音が多い。有名なのはアンドレワッツEMI)だと思う。昔図書館で借りて聴いたことがあるが、穴がなく安定している。その他だとフィンランドピアニスト、マッティ・レカリオ(Ondine)の激烈な演奏があるが、残念ながら廃盤で入手困難(Naxos Music Libraryにはあったかな?)。フィリペツのパガ超のCDNAXOS)にも入っており、これまた大変安定した演奏で、パガ超と合わせてフィリペツを買えば良いだろう。あと、「ため息」で紹介した福間洸太朗(アコースティカ)のCDにも入っている。非常に高水準の演奏だと思う。

3. ピアノソナタ ロ短調 S.138(1854年出版

 ピアノソナタが量産されていたのはベートーヴェン(32曲)までの時代であり、19世紀半ばにはピアノソナタ落ち目ジャンルであった。一方、気合いの入った大曲を書く時にピアノソナタという古典的様式を敢えて選ぶことはその後もあり、ショパンリストソナタはその例だろう。リストソナタは、単一楽章という異例の様式だが、単一楽章の中で多楽章形式の要素とソナタ形式提示部・展開部・再現部)の要素を融合させ、しかも一つの動機(冒頭のタッタラ~タ~ララタラララ~というつかみ所のないアレ)によって全体が統一されているという極めて斬新で前衛的な曲だった。そのため当時はよく言って賛否両論といったところで、現在ではリスト最高傑作の一つとして評価されている。

 リスト最高傑作であるからして録音も非常に多く、推薦音源を挙げるのは難しい。取り敢えずクリスティアン・ツィメルマン(Deutsche Grammophone)の演奏が端正であり、技術的にもハイレベルで良いと思う(難所でタッチが浅くならず、深く充実した響きが聞こえるのが良い!)。ぶっ飛び系なので好みは分かれると思うが、カティア・ブニアティシヴィリSONY)の演奏をよく聴いている。

 なお、この曲と関連する重要作品としてスケルツォマーチ S.177がある。面白い曲だが泣く泣く割愛した。デミジェンコHyperionHelios)が良い演奏している(ソナタや「伝説」とカップリング)ので聴いてほしい。

4. バラード第2番 ロ短調 S.171 (1854年出版

 ショパン1832年パリデビューし、特にサロンでの繊細な演奏女性たちの心をわしづかみにした。リストショパン演奏に狂った一人である(またかよ)。リストショパンのことを友人と思っていたが、ショパンの方は割と適当にあしらっていたという話もあり、リスト片思いだったのかもしれない。ただし、ショパン練習曲作品10リストに、作品25をマリーに献呈している。つまりリスト夫妻にショパン練習曲は捧げられたわけで、結構親しい関係にあったことが分かる。リストショパン死後にショパンの本を書くくらいにショパンには思い入れがあり(最近新訳が出た)、弟子にもショパンを弾けと言っていたようであるが、作曲面でもポロネーズバラードなど明らかにショパンの影響と思われる様式の曲を書いている。中でもバラード第2番は大変な傑作で、冒頭の重苦しい主題が終盤にロ長調になって戻ってくるところは本当に感動的である

 これまたあまり推薦音源が思いつかないが、アンスネスEMI)のCDがかなり良かった覚えがある。前期で出したノンネンヴェルトの僧房も入っている。

5. ハンガリー詩曲第1~15番(1851/53年出版

 トムとジェリーで有名なハンガリー詩曲もこの時期に改訂が終わって現在の形になっている。リスト採録しているのはハンガリーマジャール)ではなく、ロマ音楽なのだが、リストは、ロマ民謡を素材に使ってハンガリー民族叙事詩を作り上げようとしていた(それがバルトークのようなマジャールからドイツ人が勝手なことやりやがって・・・という風に見えていたわけだが)。どの曲も重々しいラッサンと華やかなフリシュカという二つの舞曲的なパートから成り立っていて、構造的に単純で、しかピアニスト時代のようにド派手で豪快な曲が多く、リスト入門に良いと思われる。

 ミッシャ・ディヒター(Phillipes)が全曲では有名だと思う。ハンガリーリストの再来とされていたかシフラ・ジェルジの録音もあったはず。第2番はホロヴィッツ編曲版を弾いているスルタノフの爆演が好き(https://www.youtube.com/watch?v=_BFalOtwUy8)だが、スルタノフを聴くと大概の演奏が物足りなくなるおそれがある。残念ながらスルタノフは若くして亡くなってしまった。ホロヴィッツ編曲版ではない場合、第2番はカデンツァを挿入する部分があるので、独自カデンツァが見物になる。その点で一番に言及しなければならないのは我らがスーパーヴィルトゥオーゾのアムラン(Hyperion)で、アルカンの大練習曲 op.76の引用が入り3分以上続く頭のおかしいぶっ飛んだカデンツァだ。日本公演の映像もある(https://www.youtube.com/watch?v=pIMzL2-4bjg/8:30あたりから)。あとは自作ジャズカデンツァを用いて全体にやる気がみなぎるデニスマツーエフBMG)、ラフマニノフカデンツァ使用し爆演系のレオニード・クズミン(Russian Disc)がお勧め。ただしクズミンのCD廃盤倒産で入手困難であり、今後他社からの再発が望まれる。

 第15番「ラコッツィ行進曲」は何よりもホロヴィッツ本人のいかれた演奏聴くべきだろう(古い音源なので検索すればすぐ出てくる)。音質は悪いが、聴く価値がある。昔ホロヴィッツ編曲版にチャレンジしている勇者を見つけていたく感動したことを思い出した(https://www.nicovideo.jp/watch/sm10176725)。

 なお、15番以降19番までハンガリー詩曲はあるが、晩年様式なのでこれ以上は紹介しない。

6. タンホイザー序曲(1849年出版

 リストドイツ宮廷音楽家として、新ドイツ派(当時のドイツにおける管弦楽の停滞(と彼らは考えていた)を問題視し、ロマン主義音楽再生を志す人々)の頭目的な存在だった。そのため、同じような立場にある人々、特に売れっ子とは言い難かったワーグナー作品積極的に上演・紹介したのだが、40年代以降ピアノ編曲もいくつも作っている。リストの最も有名なワーグナー編曲は「トリスタントとイゾルデ」の終曲(愛の死 S.447)だが、自分タンホイザー序曲が単独では最上作品だと思う。何よりも前期のオペラ編曲もの同様、豪壮無比な超絶技巧を聴かせてくれるのが良い。

 ちなみにリストの次女コジマは夫のハンス・フォン・ビューローワーグナーにとっては恩人)を裏切ってワーグナー不倫し、リスト激怒する(後に和解)のだが、自分マリーやカロリーヌやらせいたことだ。

 タンホイザー序曲の録音は意外とない。ユーリ・ファヴォリン気合いが入った演奏https://www.youtube.com/watch?v=xJYkouNnuwo)が一番良いのだが、CDは手に入りにくい(一応、ヴァン・クライバーンコンクールでの演奏があるらしいのだが・・・)。スタジオ録音が望まれる。前期作品の時に名前を挙げたロルティ(CHANDOS)も美しいが、技巧的には前者が圧倒的。実は、ワーグナー本人もピアノ編曲を作っているが(https://www.youtube.com/watch?v=KdXPFBcP1bQ/カツァリスのCD「ワグネリアーナ」に入っている)、リスト編曲と比べると一目(耳?)瞭然、どちらが音楽的に充実しているかは明らかである

7. 詩的で宗教的な調べ(1853年第3稿出版

 30~40年代から書かれている曲だが、やはり最終版になったのはこの時期。もっとも早く書かれた「死者の追憶」(第3稿第4曲)を聴くと、非常に調性が曖昧な曲で、30年代から既に晩年様式が準備されていたことが分かる。第3曲「孤独の中の神の祝福」はリスト敬虔さが音楽昇華された隠れた傑作。アムランが好んでおり、2回も録音している(ノルマが入っているMusic & Arts盤とソナタや「補遺」がセットになっているHyperion)。

 この曲の中で最も有名なのは、第7曲の「葬送――1849年10月」だろう。非常に暗い曲だが、タイトルが指す通り、ハンガリー革命で奮闘し、鎮圧され死んだ人たちのための追悼音楽

 全曲では先のユーリ・ファヴォリンが録音しているが、筆者は未入手。配信で聴けたかと思う。どうでもいいことだが、デミジェンコライブ録音(Hyperion/7番のみ)を聴くと、明らかに鼻歌で歌っていて面白いグバイドゥーリナシャコンヌでも結構はっきり聞こえる)。

 宮廷楽長としての生活の中でリストの前期作品の多くが音楽的に充実されたが、音楽界での軋轢劇場でのトラブルカロリーヌ身分を巡る問題で長くは続かなかった。そろそろ次の時代に進もう。

追記

 前期のところに、ベートーヴェン交響曲ピアノ編曲についてのコメントがあった(anond:20241212215414)。

 リストベートーヴェン交響曲を全曲編曲しているが、初版出版1865年で、時期的には後期にあたる。ただし、3、5-7番の編曲は1837年には出来ており、個別出版されていたようだ。リストピアニスト時代からベートーヴェン作品布教に熱心に取り組んでおり、その一環として作られた。ボンベートーヴェン記念碑建設のために多額の資金提供したりもしている(ちなみに同様に寄付を呼びかけるためにシューマン作曲したのが「幻想曲 ハ長調」だ)。

 リスト作品の中でも記念碑的なものになるが、コンセプトは幻想交響曲編曲同様なので泣く泣く割愛した。

 
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